幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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幻獣少女のデスマーチ

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 個人経営の喫茶店としてはかなりの席数がある〈クリプティアム〉だが、それが満席になるまでものの三十分だった。
 しかしそれでも客は増え続け、ドアの外には入場待ちの列まででき始める。
 征矢の予測をもさらに上回る盛況だった。
「な、なんでいきなりこんなにお客さまが……」
 カウンターに紅茶セットを受け取りにきたミノンが、目を点にしてつぶやく。
 ミノンのトレイにティーポットを置いて、征矢は励ます。
「さっきの女の子が宣伝してくれたおかげだよ。今はあんまりあれこれ考えるな。目の前の仕事を淡々とこなせ。お客さまには笑顔な」
「はいだなも」
 にっこりしてみせるミノン。征矢も笑顔を返す。
「よしその調子だ。カワイイ笑顔だぞ」
「んもっ!?」
 ミノンのほっぺたにさっと赤みが差す。恥ずかしそうにミノンはトレイを手にカウンターを離れていった。
 幻獣娘たちは地獄の忙しさだ。
 オーダーを取ってサーブするだけが仕事ではない。話しかけられれば笑顔で少しおしゃべりをし、写真のリクエストがあれば応え、なでくり、もふもふは丁重にお断りする。ふつうのウエイトレスよりさらに大変なのだ。
 幸い、客の大半はいかにも例の「ぴかりそ@帰還兵」をフォローしてそうな若い女性で、とりたてて厄介そうなタイプはいないものの、接客業に、いやそもそもこの世界にまだ慣れていない幻獣娘たちにとっては文字通り戦場に放り込まれたようなものだろう。
 直前に征矢が飛ばした檄は、案外リアルに効果があった。あれで多少なりとも心構えができていなければ、あっという間に全員がパニックに陥って、幻獣カフェ〈クリプティアム〉は崩壊していたかもしれない。
 征矢もまた、怒涛の勢いでキッチンを回していた。
 一秒も休まずコーヒーを淹れ、パフェを作り、パンケーキやフレンチトーストを焼き、紅茶の葉を補充し、スムージーのミキサーを回し続けた。
 そしてその合間合間には幻獣娘たちに目を配り、こまめに、穏やかに声をかける。
「花子、走らなくてもいい。品よくな」
「馬子、お客さまをナンパしない!」
「牛子、泣くな! がんばれ!」
 幻獣娘の手が足りないと見ればときには自分でカウンターを出て食器を下げ、サーブも行う。
 カウンターに食器を下げに戻ってきたポエニッサが、思わず疲れたため息をつく。ストレスで、頭のてっぺんから細い煙が上がりだしている。
「あーっ、もう、なんですのこの忙しさ!」
 その前に、レモンを絞った水のグラスがさっと差し出された。
 征矢が、忙しく作業しながらからりとした微笑を向けていた。
「鳥子。頭から煙出てるぞ。美人が台なしだ。これ飲んでスマイルで」
「え……? あ、え? な、なんですの急に」
 ポエニッサの顔がかあっと赤くなり、脳天の煙がさらに増える。
 征矢の笑顔は変わらない。
「いいから。早く飲んで」
「は、はい……」
 グラスの水を飲み干すと、ポエニッサの頭の熱もすーっと下がっていく。
「あ、ありがと……」
 仕事に戻ろうと一歩踏み出しかけて、ポエニッサは振り返る。
「あ、あの……さっきはあんなに無礼だったのに、なんで今は優しいんですの?」
「おれがムスッとしてたら君たちもピリピリするだろう。そしたらお客さんも楽しくないだろう? おれ、もともと顔こわいしな。だからしんどくても営業中はおれも笑顔だ。ここまでみんなよくやってる。あと少しがんばろうな」
 征矢の笑みが伝染したように、ポエニッサの口角も自然に上がる。
「はい!」
 ポエニッサが小走りに離れていくと、征矢はちらりと壁の時計を見る。
 閉店までまだあと四時間もある。
 自分の頬をビタンと叩いて、征矢は自分にも気合を入れ直した。


「ふう、やっとカラスどもを追い払った。まったくもってとんだ横槍が入ったものだ。おや?」
 体のあちこちにカラスの黒い羽根を付け、全身ミミズ腫れだらけになったマンティコアのメルシャが〈クリプティアム〉の前に戻ってきたとき、その入り口には人間たちの長い行列ができていた。
「なんだ? なんだこの軍勢は?」
 物陰からいくら見ても状況がさっぱりわからない。メルシャはそろそろと列の先頭へと歩み寄った。若い女の子のグループだった。
「あー、ちと尋ねたい。貴様らはここでなにをしている?」
「えー、入場待ちですけど……あっ、幻獣ちゃんだー」
「耳カワイイー! 写真いいですかー?」
 女の子たちは、メルシャのライオン耳を見てさっそくお目当ての幻獣を見られたと大はしゃぎだ。
「なっ……! かっ、カワイイとか言うな! そういう侮辱は許さん! オレは魔王軍先鋒、メルシャ・マンティコー……」
 メルシャが言い終わる前に、「がちゃっ」とドアが開いた。
 さっき同様、迫力のある顔の征矢が顔を出す。
 すぐにマンティコアと目が合う。
 思わずビクッとなってしまったのをゴマかすように、メルシャは声を張る。
「こ、ここで会ったが百年目だぞサカシマセ……あぐううう」
 征矢が一瞬でマンティコアの鼻と口を力いっぱいつかむ。満面の営業スマイルを浮かべて。
 メルシャはあっという間に行列の客たちから見えない、ポーチ横の生け垣の陰に引きずり込まれてしまった。
 征矢は手に持っていた籐のバスケットをメルシャに押しつける。
「おいお前、あそこに並んでる人たちにこれを配れ。お待たせして申し訳ありませんとご挨拶してな」
 バスケットの中身は、個別包装されたクッキーだった。
「な、なんでオレがそんなことを……!」
「黙れ。いいからやれ。殺すぞ」
 征矢の営業スマイルが、さっとかき消えた。
 途轍もない忙しさにピリピリと気が立っている征矢の目つきは、さっきやられたときの数十倍恐ろしかった。背後から「ゴゴゴゴ……」という地鳴りの音が聞こえるようだ。
 じょー。
 恐怖のあまりマンティコアのしっぽが丸まり、脚の間から薄い毒液が漏れ出す。
 ガタガタ震える手でメルシャはバスケットを受け取る。
「配る時は愛想よくしろ。全部配り終わったら入ってこい。裏からな」
 メルシャは声もなくカクカクとうなずく。
「返事は!?」
「はひっ! すぐやりますっ!」
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