幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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光莉とランチ

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 あ。あの子だ。
 サンドイッチを頬張りながら、征矢はその美少女を目で追う。
 ぴかりそ@帰還兵。本名・奥屋敷光莉だ。
 ぱっつん前髪。長い黒髪。黒基調のゴスロリ調ファッション。
 征矢は〈クリプティアム〉から程遠からぬ公園にいた。
 陽気のいい昼下がり。征矢は弁当を持ってこの公園のベンチで短い昼休憩を過ごしていた。
 べつに〈クリプティアム〉や幻獣娘たちががいやなわけではないのだが、なにしろ朝から晩まで毎日一緒にいる顔ぶれだ。ときにはひとりになって、ちょっとした気分転換をしたいのだ。
 すぐに、二人の目が合った。
 まぶしい日差しの中で、奥屋敷光莉の顔がふわりと笑み崩れた。少し早足で近づいてくる。
「ごきげんよう、征矢さま。奇遇ですね、こんなところでお会いできるなんて」
 征矢はサンドイッチを口に入れたまま、「こんにちは。昨日はどうも」と軽く会釈。
 光莉は征矢の真ん前で足を止めた。
「ここでお昼ごはんですか?」
「です。そちらはお散歩ですか」
「はい。ほんとに偶然。征矢さまはお食事、お店でするのかと思ってました」
 征矢は例によって感情の見えづらい顔で咀嚼を続ける。
「たいていはそうですね。今日は天気がいいし、それに店の中はずっと騒がしいので」
 光莉も晴れ渡った空を見上げる。
「ほんとうに、今日はお外が気持ちいいですね。私もご一緒してかまいませんでしょうか?」
 ちょっと意外な申し出に、征矢は少し面食らう。
「え?」
 少しはにかんだように、光莉はうつむく。
「その、こんな場所でたまたまお会いできたのもなにかのご縁のような気がして。その、もしご迷惑じゃなければなのですけど」
「はあ。自分はかまいませんけど」
「嬉しい。お邪魔いたします」
 光莉は征矢の横にちょこんと腰を下ろした。
 近い。
 今まで「店員と客」という関係でしか顔を合わせていなかった女の子と、いきなり店の外で、この距離感。征矢はちょっぴり気詰まりだ。
 うららかな空を見上げて、光莉がつぶやいた。
「ピクニックみたいです、こうしていると」
「そうですね。あ、よかったらおひとつどうぞ。サンドイッチですけど」
 征矢は密封容器に詰めた、炙ったボローニャソーセージとトマトとレタスのサンドイッチを差し出す。光莉はキラキラした目でそれを見つめる。
「まあ、おいしそう。もしかして、ご自分で?」
「はい。だから味は保証しませんが」
「あの、でも、私がいただいてしまったら、征矢さまのお腹が足りなくなりませんか?」
 心配する光莉。征矢は少し笑った。
「大丈夫ですよ。もしそうなっても、仕事しながらなんかつまみますから」
「ほんとですか? よろしいんでしょうか?」
 何度も念押ししてから、ようやく光莉は直角三角形に切られたサンドイッチを一切れつまむ。ぱく。もぐもぐ。
「あら、おいしい」
 唇を手のひらで覆って、光莉は目を見張る。
「よかったです」
「マヨネーズソースが、なんというか、複雑です」
「特製です。まあ、そこらへんのもの適当に刻んで混ぜただけですけど。アンチョビとか、ケッパーとか、タマネギとか、セロリとか。あと摩り下ろしニンニクをちょっとだけ」
 征矢は店から持ってきたプラカップのストローから、よく冷えたフルーツウォーターでサンドイッチを流し込む。
 光莉は身を乗り出すようにしてそのカップをのぞき込む。じー。
「それもおいしそう。〈クリプティアム〉のフルーツメニューってどれもとってもクオリティ高いですよね」
「ああ、オーナーの知り合いに青果卸し関係の人がいるそうで、うちはほんとに質のいい果物が入ってくるんですよ。個人的にはこういうこじゃれた飲み物は趣味じゃないんですが、店の余り物です」
 ここで征矢は、カップをひたっと見つめる光莉の視線に気づく。
「えーと……これも一口どうぞと言いたいですが、自分口つけちゃってますので……そうだな、ちょっと待ってください。この蓋を外します」
 ストローが刺さった蓋をつかむ征矢の手を、光莉は静かに押さえつけた。
「あの、どうかそのままで」
「え……でも」
 戸惑う征矢。光莉はいたって大真面目な顔で言った。
「私、征矢さまと間接キスというものをしてみたいのです」
「はい?」
「ダメでしょうか」
「いや、そんなハッキリ言います? 間接キスって、もうちょっとこう、偶発性というか、奥ゆかしさというか、ついうっかり口つけちゃってハッと気づいてキュン的なそういう……」
「口内衛生は保っているつもりではありますが、ご心配なら歯磨きしてまいります」
「そこは心配してないです! もうそこまで言うんならいいですよハイどうぞ」
 ときめきもクソもあったものじゃないな。女の子からそこまであけすけに言われたら、男が照れててもみっともないだけだ。
 征矢は持っていたプラカップを押しつけるように渡す。
 しばらくの間、光莉はストローを凝視。それからふっと目線を征矢に戻す。
「誤解があるといやなのでお断りしておきますが、私、誰とでもこんなことをするわけではありませんので」
「あー、そうですか」
「それと、決していやらしい気持ちからこんなことするわけではないのです」
「はいはいわかってます」
「すみませんウソでした。ちょっといやらしい気持ちもあります」
「あるのかよ! 女の子は言わないでいいですそういうこと。なんでもいいから早く飲んじゃってください」
 光莉は姿勢を正し、両手でカップを包むと、目を閉じて小さく口を開けた。
「それでは、謹んでいただきます」
 光莉のつやつやピンクの唇が、ストローを「はむっ」と咥える。
「んっ」
 なにか心にグッときたのか、光莉は眉根を寄せ、行儀よく閉じられた膝頭にきゅうっと力がはいる。
 こくん。光莉は口の中の甘酸っぱい液体を飲み込む。
 が、ストローはまだ口から離れない。
 ちゅうちゅう。ごくごく。ちゅうちゅう。ごくごく。
 妙にきちんと背筋を伸ばしたまま、光莉は一心不乱に飲み続けた。
 征矢はぎょっとなる。
(すげー飲むなこの子! 行っても一口だろ間接キスってふつう!)
「ぷはっ」
 カップの中身を大半吸い尽くして、ようやく光莉はストローを離した。
 光莉は少し乱れた黒髪をかき上げ、唇からしたたる雫をそっとハンカチで拭う。
「ふう……失礼しました。つい興奮していっぱい飲んでしまいました」
「だからそういうこと言わないでいいです」
 残り僅かになったカップを、光莉はそっと征矢に返す。
「とてもおいしかったです、ストロー」
「はい!? 中身がですよね!?」
「思った以上によかったです、間接キス。ごちそうさまでした」
 ほんのりと頬を火照らせて、光莉は満足そうに唇を舐める。
「ほんと言わないでいいです、そういうことは」
 征矢は困惑と照れくささの混ざった複雑な面持ちだ。
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