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まんちこさんのおつかい
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一週間ほどが過ぎた。
帆布のお買い物袋を提げたメルシャが、鼻歌交じりで町内を歩いていく。
相変わらず幻獣ウエイトレスとしての接客はダメダメなメルシャだが、ひとりでお使いができる程度には人間の世界に馴染んできた。
もっとも〈クリプティアム〉のキュートな制服で外に出るのはまだキツイ。
せめてもの抵抗として、おつかいの時のメルシャはスカートの下に膝上丈のジャージを履いていくことにしている。
生活に慣れてみると、この街には思った以上に幻獣や亜人たちが暮らしていることがわかった。
たとえばこの大きなパティスリー〈シュヴァルツシルト〉。
〈クリプティアム〉で出しているスイーツ類のほとんどを作ってくれているお菓子工房だ。
「こんにちはー」
裏口をノックすると、のっそりと中から出てきたのは見上げるような女オーガだった。身長二メートルはある。
「あ、まんち子さん、いらっしゃい」
オーガ娘は巨体に似合わない澄んだ声で言った。
まんち子という呼び名はすでに〈クリプティアム〉の外まで広まっている。メルシャ本人もすっかり受け入れてしまっている。
メルシャは笑顔で封筒を差し出す。
「こんにちはゴルガーラ。お使いついでに、追加の発注書持ってきたぞー。新作の桃ヨーグルトムースすごい好評だぞ。出すそばから売り切れちゃうから、発注二倍だって」
「ほんと? うれしい! あれ、自信作なの!」
オーガ娘は愛らしく手を叩いた。
このゴルガーラはスイーツ修行のためにこちらの世界へやってきた女の子だ。筋肉ムキムキな体格からは想像もつかない繊細な才能の持ち主で、今やオーナーの信頼も厚い。
「あっ、よかったらこれ試食してみて。試作品なの」
ゴルガーラはでっかい手に小さなフルーツタルトを乗せてメルシャに差し出す。
発注なんて電話かメールですむのに、メルシャたちがわざわざこうやって直接顔を出すのは、このお楽しみがあるからだ。
「うまーい!」
おいしいタルトを頬張って、メルシャは次の目的地へ向かう。
続いてやってきたのは、〈村岡縫製〉という看板を掲げた小さな被服工場だった。
「こんにちはー、親方いるかー?」
事務所に出てきたのは人間のお爺さんだった。
「おうまんち子さん。例の不燃性制服かい?」
「うん。できてるかー?」
親方はすまなそうに、開いたドアの向こうの作業場を指差した。
作業場では、人間の膝ほどの背丈のブラウニーたちが忙しそうに裁断や縫製の作業をしていた。
「すまねえ。予定じゃサンプルが今日あがるはずだったんだけどな、なんでもあっちの世界でアラクネの組合がスト中らしくてよ。生地が届かねえんだわ」
メルシャは明るくうなずく。
「問題ない。べつに急いでないからな。ツンツンしたのが時々炎上して裸になるだけだ」
「悪いな。目処ついたら電話すっからよ」
「ブラウニーたち、今日も忙しそうだな」
親方は作業場を向いて、目を細めた。
「ああ、ほんとに助かってるよ。跡継ぎも人手もねえし、この工場ももう閉めるっきゃねえなと思ってたところに、あいつらが来てくれてよ。仕事も上等だからこのところ受注もうなぎ登りだよ」
「親方がいい人だからだ。ブラウニーは正直で優しい人のところにしかいつかないからな」
なにげないメルシャの言葉に、親方は鼻をすする。
「けっ。バカヤロ、年寄り泣かせること言うない」
にこりとして、メルシャは手を振る。
「じゃあ、また来る。親方もまた店に遊びにきてくれ」
「おう、そのうち邪魔するよ」
大通りで出会ったのは、なんとも華麗な出で立ちの二人組だった。
サラサラのブロンドヘアを長く伸ばしたエルフたちだ。
チュニックといい、銀の装飾品といい、腰に佩いたレイピアといい、ほとんどパンタゲアそのままの服装。
鮮やかな緋色のベレー帽とマントはエルフ聖庁に仕えるクレリックの証だ。
このエルフは〈境界警士〉。異世界特区であるこの街で、幻獣・亜人に関わるトラブル処理を市から公式に委任されたパンタゲア人の取締官である。
若い男女のコンビで、言うまでもなくどちらも呆れるほどの美貌だった。
女のほうが、メルシャを見るなりちょっと偉そうに言った。
「マンティコア。真面目に働いているようでけっこうですね」
眼鏡越しにこちらを見るその目つきは冷ややかだ。
メルシャも「ふん」と鼻を鳴らす。
元が付くとはいえ、れっきとした魔王軍の将校だった身としては、エルフ聖庁のクレリックは決してウマの合う相手ではない。
水と油。犬と猿。魔獣と聖騎士なのだ。
「フリーデリントか。相変わらず景気の悪い貧血面だな」
境界警士フリーデリントは、静かに詰め寄ってくる。
「お黙りなさい。街の名士である坂嶋さんの身分保証があるから特例を認めていますが、本来魔王軍の将校の居住など我々は認めませんからね」
「うるさいな。毎度毎度ひとの顔見りゃグチグチと……この冷え性エルフ」
小声でメルシャはぶつぶつ。
フリーデリントの尖った大きな耳は、それを聞き逃さなかった。
「冷え性のなにが悪いんですかなにが! 強制送還されたいんですかこの有毒生物!」
フリーデリントは逆上して、声が一オクターブ高くなる。
「ま、まあまあ先輩。そう感情的にならないで……」
同行している気弱そうな男性エルフが必死になだめる。
眼鏡エルフはそこではっと我に返った。
コホン、と咳払いをして乱れた髪をさっと肩から払う。
「と、とにかく、くれぐれも素行には気をつけるように。最近、ほかにも素性の良くない輩が市内を徘徊しているという噂が流れているんですから」
メルシャは首を傾げる。
「素性の良くない輩? だれだ?」
「密貿易人だそうです。あなた、なにか知らないでしょうね」
フリーデリントは疑り深そうな目をメルシャに向ける。
「知らんぞ」
「そうですか。とにかく怪しい人物を見かけたらすぐ境界警務局に連絡してください。もちろんあなたも、この街の治安を乱すような行動を取ったらただちに逮捕しますからね。いいですね」
「へいへいわかりましたよーだ」
メルシャはくるんと身を翻すと、お尻ぺんぺんポーズ。エルフたちを小ばかにしたように舌を出し、ついでにしっぽで下品な挑発ジェスチャーもかます。
「こ、この不逞幻獣ー!」
「ふはははは! さらば!」
今度こそマジギレしたエルフを置き去りにして、メルシャは高笑いとともに空へと飛び上がった。
次の目的地に向かってぱさぱさと飛んでいたメルシャは、ふと眼下に見慣れた人影を見止めた。
「う」
あの魔法使い。〈殲雷の魔女ぴかりそ〉だった。
帆布のお買い物袋を提げたメルシャが、鼻歌交じりで町内を歩いていく。
相変わらず幻獣ウエイトレスとしての接客はダメダメなメルシャだが、ひとりでお使いができる程度には人間の世界に馴染んできた。
もっとも〈クリプティアム〉のキュートな制服で外に出るのはまだキツイ。
せめてもの抵抗として、おつかいの時のメルシャはスカートの下に膝上丈のジャージを履いていくことにしている。
生活に慣れてみると、この街には思った以上に幻獣や亜人たちが暮らしていることがわかった。
たとえばこの大きなパティスリー〈シュヴァルツシルト〉。
〈クリプティアム〉で出しているスイーツ類のほとんどを作ってくれているお菓子工房だ。
「こんにちはー」
裏口をノックすると、のっそりと中から出てきたのは見上げるような女オーガだった。身長二メートルはある。
「あ、まんち子さん、いらっしゃい」
オーガ娘は巨体に似合わない澄んだ声で言った。
まんち子という呼び名はすでに〈クリプティアム〉の外まで広まっている。メルシャ本人もすっかり受け入れてしまっている。
メルシャは笑顔で封筒を差し出す。
「こんにちはゴルガーラ。お使いついでに、追加の発注書持ってきたぞー。新作の桃ヨーグルトムースすごい好評だぞ。出すそばから売り切れちゃうから、発注二倍だって」
「ほんと? うれしい! あれ、自信作なの!」
オーガ娘は愛らしく手を叩いた。
このゴルガーラはスイーツ修行のためにこちらの世界へやってきた女の子だ。筋肉ムキムキな体格からは想像もつかない繊細な才能の持ち主で、今やオーナーの信頼も厚い。
「あっ、よかったらこれ試食してみて。試作品なの」
ゴルガーラはでっかい手に小さなフルーツタルトを乗せてメルシャに差し出す。
発注なんて電話かメールですむのに、メルシャたちがわざわざこうやって直接顔を出すのは、このお楽しみがあるからだ。
「うまーい!」
おいしいタルトを頬張って、メルシャは次の目的地へ向かう。
続いてやってきたのは、〈村岡縫製〉という看板を掲げた小さな被服工場だった。
「こんにちはー、親方いるかー?」
事務所に出てきたのは人間のお爺さんだった。
「おうまんち子さん。例の不燃性制服かい?」
「うん。できてるかー?」
親方はすまなそうに、開いたドアの向こうの作業場を指差した。
作業場では、人間の膝ほどの背丈のブラウニーたちが忙しそうに裁断や縫製の作業をしていた。
「すまねえ。予定じゃサンプルが今日あがるはずだったんだけどな、なんでもあっちの世界でアラクネの組合がスト中らしくてよ。生地が届かねえんだわ」
メルシャは明るくうなずく。
「問題ない。べつに急いでないからな。ツンツンしたのが時々炎上して裸になるだけだ」
「悪いな。目処ついたら電話すっからよ」
「ブラウニーたち、今日も忙しそうだな」
親方は作業場を向いて、目を細めた。
「ああ、ほんとに助かってるよ。跡継ぎも人手もねえし、この工場ももう閉めるっきゃねえなと思ってたところに、あいつらが来てくれてよ。仕事も上等だからこのところ受注もうなぎ登りだよ」
「親方がいい人だからだ。ブラウニーは正直で優しい人のところにしかいつかないからな」
なにげないメルシャの言葉に、親方は鼻をすする。
「けっ。バカヤロ、年寄り泣かせること言うない」
にこりとして、メルシャは手を振る。
「じゃあ、また来る。親方もまた店に遊びにきてくれ」
「おう、そのうち邪魔するよ」
大通りで出会ったのは、なんとも華麗な出で立ちの二人組だった。
サラサラのブロンドヘアを長く伸ばしたエルフたちだ。
チュニックといい、銀の装飾品といい、腰に佩いたレイピアといい、ほとんどパンタゲアそのままの服装。
鮮やかな緋色のベレー帽とマントはエルフ聖庁に仕えるクレリックの証だ。
このエルフは〈境界警士〉。異世界特区であるこの街で、幻獣・亜人に関わるトラブル処理を市から公式に委任されたパンタゲア人の取締官である。
若い男女のコンビで、言うまでもなくどちらも呆れるほどの美貌だった。
女のほうが、メルシャを見るなりちょっと偉そうに言った。
「マンティコア。真面目に働いているようでけっこうですね」
眼鏡越しにこちらを見るその目つきは冷ややかだ。
メルシャも「ふん」と鼻を鳴らす。
元が付くとはいえ、れっきとした魔王軍の将校だった身としては、エルフ聖庁のクレリックは決してウマの合う相手ではない。
水と油。犬と猿。魔獣と聖騎士なのだ。
「フリーデリントか。相変わらず景気の悪い貧血面だな」
境界警士フリーデリントは、静かに詰め寄ってくる。
「お黙りなさい。街の名士である坂嶋さんの身分保証があるから特例を認めていますが、本来魔王軍の将校の居住など我々は認めませんからね」
「うるさいな。毎度毎度ひとの顔見りゃグチグチと……この冷え性エルフ」
小声でメルシャはぶつぶつ。
フリーデリントの尖った大きな耳は、それを聞き逃さなかった。
「冷え性のなにが悪いんですかなにが! 強制送還されたいんですかこの有毒生物!」
フリーデリントは逆上して、声が一オクターブ高くなる。
「ま、まあまあ先輩。そう感情的にならないで……」
同行している気弱そうな男性エルフが必死になだめる。
眼鏡エルフはそこではっと我に返った。
コホン、と咳払いをして乱れた髪をさっと肩から払う。
「と、とにかく、くれぐれも素行には気をつけるように。最近、ほかにも素性の良くない輩が市内を徘徊しているという噂が流れているんですから」
メルシャは首を傾げる。
「素性の良くない輩? だれだ?」
「密貿易人だそうです。あなた、なにか知らないでしょうね」
フリーデリントは疑り深そうな目をメルシャに向ける。
「知らんぞ」
「そうですか。とにかく怪しい人物を見かけたらすぐ境界警務局に連絡してください。もちろんあなたも、この街の治安を乱すような行動を取ったらただちに逮捕しますからね。いいですね」
「へいへいわかりましたよーだ」
メルシャはくるんと身を翻すと、お尻ぺんぺんポーズ。エルフたちを小ばかにしたように舌を出し、ついでにしっぽで下品な挑発ジェスチャーもかます。
「こ、この不逞幻獣ー!」
「ふはははは! さらば!」
今度こそマジギレしたエルフを置き去りにして、メルシャは高笑いとともに空へと飛び上がった。
次の目的地に向かってぱさぱさと飛んでいたメルシャは、ふと眼下に見慣れた人影を見止めた。
「う」
あの魔法使い。〈殲雷の魔女ぴかりそ〉だった。
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