幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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グノーメンダースト卿

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 川沿いにある遊歩道だった。平日の真っ昼間で、人はほとんど通らない場所だ。
 川を眺めるベンチに、男と二人並んで座っている。男は見ない顔だが、表情や話しぶりから見るに、かなり親密そうだ。
 メルシャは顔をしかめた。
 あの女、毎日のように店にやってきては、やたらと征矢を自分のテーブルに呼んでべたべたしてるくせに、彼氏持ちだったか。
 しかし相手の男。こいつはどうだろう。
 金茶に染めた髪にハット。日焼け肌。サングラスに短いアゴ髭。前を大きく開けたベースボールシャツにハーフパンツ。首周りや手首にはじゃらじゃらとシルバーアクセ。
 少なくとも高校生ではないが、一見して年齢不詳。職業不詳。平日昼間からなにブラブラしてんだ系のあやしいおじさんだ。
(男の趣味悪いなあ、あいつ)
 ぴかりそのことはトラウマ級に恐ろしいが、それだけにヤツが征矢にまとわりついている現状は大問題だ。ぴかりそが来店するたびに、メルシャはなるべく顔を合わさないようにコソコソしなくてはならない。
 なにより、征矢の彼女気取りのあの態度。非常に気に食わない。
 ぴかりそを征矢と〈クリプティアム〉から遠ざけることは、メルシャにとっては喫緊の、しかしすこぶる困難な課題であった。
 ぴかりその私生活に関する情報は、今後の対策を講じるうえでも非常に有用だ。オトコ関係ならなおさらである。
 これは千載一遇のチャンス。
 メルシャは気づかれないよう少し離れたところに着地し、物陰に身を潜めながらそろそろと接近した。
「……で、支払いなんだけどさ」
 男がそう言うのが聞こえた。
 支払い?
 こちらの文化についてはまだ知らないことも多いメルシャだが、胡散臭いおじさんが若い女の子にお金を渡す行為といえばパンタゲアでも相場は決まっていた。
 こっちでは確か援助交際とかいうらしい。ユニカがそんな言葉を教えてくれた。
 ぴかりそが指でおじさんの肩をつんつんした。
「焦らないでください。実物をこの目で確認したら全部お支払いします」
 あれっ? 
 ちょっと予想と違う。メルシャは首をひねる。
 お金を払うのはぴかりその方? ならば援助交際とやらではなさそうだ。
 男がくっくっと笑う。
「しかしあんたも無茶言うねえ。予言の勇者を利用しようなんてさ……」
 予言の勇者。征矢のことだ。
(利用とはなんだ? あいつ、征矢どのを利用してなにをする気だ?)
 メルシャは眉をひそめた。
 と、とにかくもう少し話を……。
 ライオン耳をそばだて、メルシャはさらに身を乗り出す。
(ふぇっ?)
 いない。
 ベンチに座っていたはずのぴかりそたちの姿がない。
 ほんの一瞬、目を離した間に消えた。
「いようメルシャじゃん。おひさー」
 背後から、軽薄な声がした。あの男の声だ。
 振り返る。ベースボールシャツの男がニタニタ笑っている。
「おいらっちだよおいらっち……ってもわかんねえかこの面じゃ」
 サングラスを外す。それでもやはり見覚えのない顔だ。
 男は顔の皮膚をつまんで、無造作にぺろんとめくり上げた。
 黄ばんだガイコツが、やっぱりニタニタ笑っていた。
「このイケメンを忘れたなんてつれねえことは言ってくれるなよメルシャ・マンティコーラ将軍」
 メルシャの大きな目がちょっとの間だけ驚きに見開かれたが、それはすぐに剣呑に細められた。
「グノーメンダースト卿。なんでここにいる?」
 このガイコツ男・グノーメンダースト卿は、パンタゲアでは悪名高いリッチだ。
 アンデッドの魔術師にして死の商人。
 ふつうリッチといえばダンジョンや古城の奥にふんぞり返っているものだが、こいつは違う。カネになるならどこへでも飛んで行く。商売相手は選ばない。ブラックな魔宝具や魔法文書のたぐいを、魔王軍だけでなく聖庁のクレリックたちにも見境なく売り歩く商魂たくましいビジネスマン。
 それが、グノーメンダースト卿だ。
 魔王軍に籍を置いていればこの男の顔と名前を知らない者はない。メルシャも当然、顔見知りだった。
 言うまでもなく、いい印象は持っていない。信用ならない商売人。トラブルメーカー。「卿」なんて尊称を名乗っちゃいるが、本当に貴族の爵位を持っているのかどうかも怪しいものだ。
 さっき境界警士のフリーデリントが言ってた「素性の良くない密貿易人」とは、間違いなくこいつのことだろう。
「なんでって、そりゃ商売に決まってるだろうよ。おいらっちが儲けにならならない場所に来たためしがあるかい」
 グノーメンダースト卿はへらへらと笑った。
「あまりぺらぺら喋らないでちょうだいね。いちおう秘密作戦なんだから」
 また、背中で声がした。
 もちろん、やつだ。
〈殲雷の魔女〉ぴかりそだ。
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