幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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魔女のたくらみ

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「ひいい!」
 ぴかりその口調は穏やかだが、その声を聞いただけでメルシャのしっぽは恐怖でくるんと丸くなり、太ももの中へ潜り込んでしまう。
 メルシャの肩に手を置いて、ぴかりそは後ろから顔を近づけてくる。
「盗み聞きなんて悪い子ねえ。お仕置きが必要かしら」
「あわわわわ」
 戦場の恐ろしい記憶が、メルシャの脳裡に甦る。
 金色の羊に乗って、高笑いとともにアンデッドの軍勢を吹き飛ばしていく残酷な魔法使いの姿が。
 メルシャの膝がガクガクと震える。
 五人の守将と二万のアンデッド兵が固めた、魔王軍西方の要であるバサドバ要塞が瞬く間に壊滅させられたあの凄惨な一日がフラッシュバックする。
 正門を抜かれ、陣営が総崩れになった直後、メルシャ自身脇目も振らずに逃げた。
 今でも背後から追ってくる稲妻と轟音の恐怖は体に染みついている。
 こいつは必要なら本当にメルシャを殺すだろう。眉一つ動かさずに。
 こいつに較べたら征矢の折檻など全身エステみたいなものだ。
 丸まったしっぽの先から、じゃーっと毒液が漏れ出した。
「あらあら、みっともないですね。またお洩らし?」
 ぴかりそはメルシャのスカートの中へ、無造作に手を突っ込んだ。ジャージの内ももを濡らしている雫を指で拭うと、ぺろりと舐める。
 メルシャは恐ろしくて、身じろぎひとつできない。
 耳元で、ぴかりそがささやく。
「今の話、どこまで聞いたのかしら?」
 メルシャは全力で首を左右に振る。
「な、なんにも! なんにも聞いてない!」
「ふーん。ほんとかしらね?」
「ほ、ほんとだってば!」
 ぴかりそは目を細め、ねっとりとマンティコアの顔を観察する。
 半べそで、歯の根も合わない怯えようだ。
 ふっ、と相好を崩して、ぴかりそはメルシャの肩をぽんぽんと叩いた。
「まあいいです。信じたわけじゃありませんけど。今ここであったこと、もし一言でも誰かに洩らしたら……わかってますね?」
 メルシャはコクコクとうなずく。
「どこにいようと、しゃべれば私にはわかりますからね。魔王でも再生できないレベルに炭化させられたくはないですよね?」
 コクコク。
「おおこわ」
 グノーメンダーストが横を向いてつぶやく。
 ようやくぴかりその手が肩から離れた。
「素直でよろしい。行ってけっこうですよメルシャ・マンティコーラ」
 今にもつんのめりそうになりながら、メルシャはわたわたと魔女から逃げ出す。
 振り返ると、ぴかりそは穏やかに微笑みながら、人差し指を唇に当ててみせた。
「ナイショの約束、破ってはダメですよ」
 メルシャは背中の翼を開き、一目散に〈クリプティアム〉へと飛んで戻った。


 転がるように裏口から駆け込んできたメルシャを、カウンターの中で征矢はあきれ顔で迎えた。
「遅いぞまんち子。どこで道草食ってた」
「ちょ、ちょっと道に迷って……すまない」
 征矢はさらに小言を言いかけて、あることに気づいた。
 明らかにメルシャの顔色がおかしい。なにがあってもバカ特有の元気さだけは失わないヤツらしくない。
 メルシャは、ひどくそそくさと征矢の前から離れようとする。
 これまた、らしくない。
「待て」
 征矢はメルシャの手をつかんだ。
 冷たい。そして小刻みに震えている。ふつうじゃない。
「どした。なにかあったのか」
 メルシャの手をぎゅっと握ったまま、静かに征矢は訊く。
「べ、べつに、なにも……」
「ほんとか?」
 征矢は正面から、メルシャの目をのぞき込む。
 数秒前まで恐怖で冷え切っていたメルシャの体が、急にカーッと熱を帯びてくる。
 紙のように血の気が失せていた顔にもたちまち赤みが差してくる。
 それどころか、頬は熱でも出たみたいに火照り、汗まで吹き出す。
「お前、なんかヘンだぞ」
「そ、それは、征矢どのがじーっと見つめるからだ! こんなに近くで見られたら誰だってどきどきする!」
 メルシャは釈明する。事実そのとおりだった。
「大丈夫なんだな?」
「も、問題ない」
「後ろを向け」
 征矢の意外な命令に、メルシャは怪訝な表情になる。
「え?」
「いいから」
 メルシャは言われるままに、お尻を向ける。
 征矢が手を伸ばしたのは、メルシャのしっぽに巻かれたスカーフのリボンだった。征矢が買ってやったものだ。
 その青いリボンを、征矢はぎゅっと結び直してやる。
「なにか困ったことがればちゃんと言えよ。もしどうしても人に言えないトラブルだったら、こいつを締め直して気合入れろ。いいな?」
「うん、わかった!」
 メルシャは顔いっぱいの笑みを見せた。
 けれど征矢が離れていくとその笑顔は、すっ、とかき消えてしまうのだった。
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