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魔女のたくらみ 2
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明くる日も、〈クリプティアム〉の一日は変わらず過ぎていった。
ぴかりそ@帰還兵のレビュー記事から一週間も過ぎるとあの殺人的な混雑はさすがになくなって、今はほどよくお客が回転している。
夜の七時を回ると、客足も途絶えがち。閉店まであと一時間もない。
手持ち無沙汰になった征矢はカウンターの中で早めの片づけにかかる。
きい。
遠慮がちにドアが開いた。
「こ、こんばんは」
ぴかりそ@帰還兵こと、奥屋敷光莉。
メルシャの顔がさっと青ざめる。
しかし光莉はメルシャには目もくれず、お気に入りのテーブルに向かう。
接客に行ったポエニッサが、むすっとしてカウンターへ戻って来た。
「カフェモカひとつお願いしまーす。あと征矢さんご指名だそうですわ」
「おれは接客係じゃないんだがなあ」
つぶやく征矢に、ポエニッサはふくれっ面で返す。
「ふん、いつものことじゃありませんの。お相手して差し上げたらいかが?」
たしかに光莉は、このところ連日のようにやって来ていた。そして幻獣娘たちにはほとんど目もくれず、征矢と他愛もないおしゃべりをして帰る。
忙しい時間帯に邪魔をされるわけではないし、店にとってはVIP客でもあるし、征矢も業務に差し障りのない範囲で相手をしていた。
光莉は美少女で頭もいい。正直に言えば、征矢もちょっとした雑談につきあうのは決していやいやではなかった。
メルシャがおろおろと横から征矢の袖を引っ張る。
「あ、あの、征矢どの……」
「なんだよ」
「実は……」
言いかけて、ハッとなる。こわごわと視線を移すと、光莉は冷たい目でじーっとメルシャをロックオンしている。
「あの、やっぱりなんでもない」
「ヘンなヤツだな」
征矢はカフェモカを手に、光莉のテーブルへ。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
「あ、あの、征矢さま。ちょ、ちょっと今、話せますか?」
征矢を前にした光莉の様子はひどく気弱げで、憔悴しているようだった。明らかにいつもと様子が違う。
征矢はカウンターを見る。手は足りている。今ならならいいだろう。
あくまでも店員としての礼儀を崩さず、征矢は丁寧に答える。この点、征矢は必要以上に堅苦しい。
「はい。なんでしょう」
「実は……少し困ったことがあるんです」
「と言いますと」
「それが、少し込み入った話で……よろしければ、こちらに座ってください」
光莉は向かいの椅子をすすめるが、征矢はにこやかに断る。
「営業中ですのでお客さまと同席はいたしかねます。これでよろしいでしょうか」
征矢はうやうやしく床に片膝をつき、顔の位置を下げる。
そのポジションがいたくきゅんきゅんきたらしく、光莉は一瞬「はうっ」と瞳をキラキラさせていたが、すぐに声をひそめて語りだした。
「あの、実は、さっきおうちに帰ったら、玄関の近くにおかしな男の人がウロウロしていたのです……今、家族がいないので、私、怖くて」
どうやらリアルに差し迫った話のようだ。
「知ってる人ですか?」
「いえ、ぜんぜん。私、たまにテレビ出たり、ネットでも顔を出しているもので、ときどき危ない人がつきまとってくることがあって」
「ああ、なるほど。ストーカーのたぐいですね」
その種の話は征矢も聞いたことがある。しゃれにならない事件に発展するケースもあると聞く。女の子ひとりではさぞ不安なことだろう。
征矢は尋ねる。
「それで、自分はどうすれば」
「その……もし、もしお時間があれば、お店が終わってから、うちまで一緒に来ていただけないでしょうか……? こんなことをお願いしてご迷惑だとは重々わかってはいるのですけれど、ほかにこんなときに頼れる方を知らないのです」
光莉は手を合わせ、すがるように征矢を見つめる。SNSのフォロワーが何万人いようと、実生活でこういうときに助けになる人間はいないということか。皮肉な話だ。
征矢はすぐにうなずいて見せた。
「いいですよ。八時過ぎになりますけどよろしいでしょうか」
「本当に!? いいんですか!? うれしい! ありがとうございます!」
今にも征矢にしがみつきそうな勢いで、光莉は叫んだ。
カウンターからその様子を見ている幻獣娘たちは、まことに穏やかならぬ目つきだったが。
中でもメルシャのうろたえぶりは異様なレベルだった。
閉店後、手早く片づけを終えた征矢は、自室で私服に着替える。お得意様の女の子を待たせるわけにはいかないので、急ぎ足で店へと戻る。
住居と店を仕切るドアのところに、メルシャが立っていた。
「あ、あの、征矢どの!」
ぴかりそ@帰還兵のレビュー記事から一週間も過ぎるとあの殺人的な混雑はさすがになくなって、今はほどよくお客が回転している。
夜の七時を回ると、客足も途絶えがち。閉店まであと一時間もない。
手持ち無沙汰になった征矢はカウンターの中で早めの片づけにかかる。
きい。
遠慮がちにドアが開いた。
「こ、こんばんは」
ぴかりそ@帰還兵こと、奥屋敷光莉。
メルシャの顔がさっと青ざめる。
しかし光莉はメルシャには目もくれず、お気に入りのテーブルに向かう。
接客に行ったポエニッサが、むすっとしてカウンターへ戻って来た。
「カフェモカひとつお願いしまーす。あと征矢さんご指名だそうですわ」
「おれは接客係じゃないんだがなあ」
つぶやく征矢に、ポエニッサはふくれっ面で返す。
「ふん、いつものことじゃありませんの。お相手して差し上げたらいかが?」
たしかに光莉は、このところ連日のようにやって来ていた。そして幻獣娘たちにはほとんど目もくれず、征矢と他愛もないおしゃべりをして帰る。
忙しい時間帯に邪魔をされるわけではないし、店にとってはVIP客でもあるし、征矢も業務に差し障りのない範囲で相手をしていた。
光莉は美少女で頭もいい。正直に言えば、征矢もちょっとした雑談につきあうのは決していやいやではなかった。
メルシャがおろおろと横から征矢の袖を引っ張る。
「あ、あの、征矢どの……」
「なんだよ」
「実は……」
言いかけて、ハッとなる。こわごわと視線を移すと、光莉は冷たい目でじーっとメルシャをロックオンしている。
「あの、やっぱりなんでもない」
「ヘンなヤツだな」
征矢はカフェモカを手に、光莉のテーブルへ。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
「あ、あの、征矢さま。ちょ、ちょっと今、話せますか?」
征矢を前にした光莉の様子はひどく気弱げで、憔悴しているようだった。明らかにいつもと様子が違う。
征矢はカウンターを見る。手は足りている。今ならならいいだろう。
あくまでも店員としての礼儀を崩さず、征矢は丁寧に答える。この点、征矢は必要以上に堅苦しい。
「はい。なんでしょう」
「実は……少し困ったことがあるんです」
「と言いますと」
「それが、少し込み入った話で……よろしければ、こちらに座ってください」
光莉は向かいの椅子をすすめるが、征矢はにこやかに断る。
「営業中ですのでお客さまと同席はいたしかねます。これでよろしいでしょうか」
征矢はうやうやしく床に片膝をつき、顔の位置を下げる。
そのポジションがいたくきゅんきゅんきたらしく、光莉は一瞬「はうっ」と瞳をキラキラさせていたが、すぐに声をひそめて語りだした。
「あの、実は、さっきおうちに帰ったら、玄関の近くにおかしな男の人がウロウロしていたのです……今、家族がいないので、私、怖くて」
どうやらリアルに差し迫った話のようだ。
「知ってる人ですか?」
「いえ、ぜんぜん。私、たまにテレビ出たり、ネットでも顔を出しているもので、ときどき危ない人がつきまとってくることがあって」
「ああ、なるほど。ストーカーのたぐいですね」
その種の話は征矢も聞いたことがある。しゃれにならない事件に発展するケースもあると聞く。女の子ひとりではさぞ不安なことだろう。
征矢は尋ねる。
「それで、自分はどうすれば」
「その……もし、もしお時間があれば、お店が終わってから、うちまで一緒に来ていただけないでしょうか……? こんなことをお願いしてご迷惑だとは重々わかってはいるのですけれど、ほかにこんなときに頼れる方を知らないのです」
光莉は手を合わせ、すがるように征矢を見つめる。SNSのフォロワーが何万人いようと、実生活でこういうときに助けになる人間はいないということか。皮肉な話だ。
征矢はすぐにうなずいて見せた。
「いいですよ。八時過ぎになりますけどよろしいでしょうか」
「本当に!? いいんですか!? うれしい! ありがとうございます!」
今にも征矢にしがみつきそうな勢いで、光莉は叫んだ。
カウンターからその様子を見ている幻獣娘たちは、まことに穏やかならぬ目つきだったが。
中でもメルシャのうろたえぶりは異様なレベルだった。
閉店後、手早く片づけを終えた征矢は、自室で私服に着替える。お得意様の女の子を待たせるわけにはいかないので、急ぎ足で店へと戻る。
住居と店を仕切るドアのところに、メルシャが立っていた。
「あ、あの、征矢どの!」
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