幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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ぴかりその家

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 母屋で夕食の支度をしていた椿は、リビングがやけに静かなことに気づいた。
 ふだんならまだ晩ごはんにありついていない子たちがぴーぴーと空腹を訴える頃だ。
 リビングには誰もいない。
 とっくに閉められた店の方まで見てみたが、幻獣娘たちの姿はどこにもなかった。
「やや?」


「あっ、いた。あそこだ」
 メルシャがささやき、足を止める。マンティコアの五感は鋭い。とくに眼は、暗がりでも遠目が効く。
 幻獣娘たちもメルシャにならい、物陰へ身を寄せる。
 ここは〈クリプティアム〉から数分歩いた、暗い路上。
 百メートルほど先にあるバス停に、征矢とぴかりそがいた。あまり本数の多くないバスを待ちながら、仲良さそうにおしゃべりしている。
「いい雰囲気ねえ」
 ユニカがつぶやく。
 すぐにバスが来て、二人は乗り込んだ。
 遠ざかっていくバスのテールランプを眺めながら、メルシャが幻獣娘たちの顔を見回す。
「ど、どうする? まだ追うのか? 相手は機械だぞ」
 ポエニッサが大きく手を振った。華奢な腕がたちまち朱色の翼に変わる。
「もちろん追いますわ。路線バスていどの速度どうってことありませんもの」
 言うが早いか、バサリとはばたいてもう舞い上がっている。全身が炎に包まれ、オレンジ色の軌跡がどんどん高度を上げていく。
 ユニカもスカートをめくって太ももを強調する。
「ユニコーンの脚力なめてもらっちゃ困るわ。あんまり走るの好きじゃないけどねえ」
 ミノンも力強く地面を蹴ってみせる。
「うちも、ユニちゃんほどじゃないけどけっこう速いんだなも」
 ユニコーンとミノタウロスは、靴音高く走り出した。
 二人並んで、法定速度の乗用車をびゅんびゅん抜いていく。
「マジかあ……行きたくないなあ……」
 テンションどん底のメルシャがうめく。
 ここに至っても、メルシャはまだぴかりそを追うことにためらいがある。
 征矢のことは心配だが、それに匹敵する恐怖心がメルシャの心を重くふさいでいた。
 ドスッ!
 メルシャのお尻を、活力剤ハイになったアルルが思いきりキックする。
「痛った!」
「チンタラすんなノロマァ! わしぁ見ての通り植物じゃ。飛ぶのも走るのもアカン。おんどれ運べや」
「ええー? お前、そこそこ重……アッー!」
 ドスッ! もう一発蹴られる。
「ナメとると脳みそシェイクにしてドブに流すぞ尿もれ毒ライオンが! 早よ行けや!」
「わかった! わかったから! 蹴らないで!」
 メルシャはアルルの小さな体を背後から抱くと、背中の翼を広げてしぶしぶ夜空へと飛び上がった。


 バスを降りた征矢は、驚きを隠せなかった。
 一面に、なんにもない平らな地面が広がっていた。野原でも、公園でもない。
 分譲地だった。
 将来はここにたくさんの家が建って、住宅街になるのだろう。だが今は、区画分けのためのアスファルトの道路とわずかな街路灯だけがあって、ほかにはなんにもない。空き地だけだ。
「こちらです」
 光莉に連れられて数分歩く。
 ぽつん。と一軒だけ、二階建ての住宅があった。
 日頃の光莉のファッションからして、ネオゴシック様式の大邸宅かなんかに住んでると思ったが、なんとも拍子抜けするごく平凡な建て売り住宅がそこにあった。
 がらーんとした平地に、寂しく孤立するマイホーム。
 なんともシュールな風景だった。
「変な場所のおうちでびっくりしたでしょう?」
 いやびっくりしたけども。しかし正直に言うのも失礼な気がして、征矢は話をそらした。
「じゃ、じゃあちょっと、そのへんを見てきます。その……あやしいヤツがいないかどうか。中で待っててください」
 光莉を門の中に入れると、征矢はバットケースを肩に、家の周りをぐるっと歩いて回る。
 といっても、あたりには電柱一本ないのである。あやしいヤツがいれば丸見えだ。
 もちろんそんな人影はどこにも見えない。停まっている自動車もない。やや離れたところに、建築中の家と資材置き場が見えるだけだ。
 ふむ。征矢は安全を確信した。
「今日のところは、おかしな人はいなさそうですね」
 門のところで待っていた光莉に、征矢は報告する。
 光莉はそっと、征矢の腕に触れる。
「ありがとうございます。征矢くんが来てくれたおかげで、とっても心強いです」
「いや、たしかにここでヘンな人を見かけたら怖いですね。ご近所もいないし。心細いのももっともですよ。じゃあ、自分帰ります。また、店で」
 軽く会釈してきびすを返した征矢を、光莉は慌てて呼び止める。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「ほかになにか」
 はにかんで、もじもじしながら光莉は言う。
「あの……せっかく来ていただいたし、ちょっと寄っていってください……」
 征矢は時計を見る。
「でも、時間も遅いし、迷惑では」
「ううん、ぜんぜんそんなことないです。それに、さっきも言いましたけど……両親、いないんです。今、家には私だけ……」
 光莉はぽおっと頬を火照らせ、意味ありげな上目遣いでじっと征矢を見つめている。
 ハッ! 
 征矢はなにかにピンときて、光莉を見つめ返す。
「奥屋敷さん、それって……」
 こくん。光莉は小さくうなずく。
 真剣な面持ちで、征矢は言った。
「まさかおれに……メシを作れと?」
「違います!」
 光莉は小さな足を踏み鳴らした。
「あーわかりました」
「そう! それです征矢さま!」
 あらためて、うるうる目で光莉は征矢を見上げる。
 征矢はとっておきのドヤ顔で言い切る。
「洗い物ですね? 困ったひとだ」
「違いますっ! んもう察しの悪いひと! 女の子が『今日、両親いないの』って言ったらふつう考えることはひとつですよ!? わかりますよね!?」
 イライラが嵩じて、光莉の言葉も乱れ気味。
 征矢は困った様子であごを撫でる。
「ちょっと難しいな。ヒントないですか」
「クイズじゃありません! んもー! いいから入って! 中に入ってくれたらわかりますから! いいから入ってくださあいー!」
 とうとう光莉は青春ときめき路線をあきらめ、征矢の腕を強引にぐいぐい引っ張り始めた。
「わかりましたわかりました。じゃあほんとにちょっとだけ、お邪魔します」
 根負けした征矢は、仕方なく光莉について家の中へ入った。
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