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光莉の正体
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窓も、家具もない部屋だった。
照明の消えた室内に、テーブルがひとつだけ。
タワー型PCに、大型の高解像度モニターが三面点灯している。
一見したところ予算のかかったゲーミングPCのようだが、そうではなかった。
モニターに映し出されているのは、何百という画像だった。
すべて、征矢の画像だった。
〈クリプティアム〉で働いている征矢。近くのスーパーで買い物をしている征矢。開いた窓越しに見える、私室でくつろぐ征矢。ショッピングモールに幻獣娘たちと行ったときの姿もあった。
あきらかに盗撮したものだった。
テーブルの上には、ファスナー付きのビニール袋があった。ストローが一本、入っている。
この間、公園で間接キスしたときのものらしかった。
暗さに目が慣れてくると、四方の壁一面になにか貼ってあるのがわかった。
一枚残らず、征矢の写真だった。
征矢は我知らず叫んでいた。
「こ、こわあああああっっっっっっっ!」
「仕方ないじゃないですか。こんなに私を夢中にさせる征矢さまがいけないんですよ? 私、征矢さまのことなら、すべて知りたいんですもの」
黒い下着姿の光莉が、甘ったるく微笑みながら戸口に立っている。
征矢は生まれて初めて、女性に対して心底から怯えていた。
間違いない。
奥屋敷光莉は、正真正銘のアレな人だ。
「自分、帰ります」
震えを抑え切れない声で、征矢は言う。
光莉は首をかしげる。
「帰れませんよ? 征矢さまは、永久に私と一緒なのですから」
「うわああああ!」
征矢は光莉の小さな体を押しやり、部屋から飛び出す。
階段を駆け下り、玄関のドアに飛びつく。
指がこわばって、ドアロックのサムターンを回すだけのことがなかなかできない。
背後から、ひた、ひた、と裸足の光莉が追ってくるのがわかる。
「征矢さま? どこに行くつもりですか?」
ロックが外れた。
靴を履いているヒマはない。体当たりするようにドアを開け、家の外へ。
小さな門扉は開いていた。
(助かった!)
征矢は転がるように走り出る。
だが。
一歩門から出たところで、征矢の足はぴたりと止まる。
なにかが、ずらりと半円を描いて並び、門を囲んでいた。
それは、大きな羊だった。
もこもこした金色の毛に包まれている。頭の左右にはぐるっと曲がったツノが一対。それが、何十頭も入る
「ひ、羊……?」
なまめかしい下着姿のままの光莉が、門のところに立っていた。
「ええ。私の使い魔、電気羊ちゃんたちです」
使い魔?
よくわからないが、たしかに牧場で見るのどかな家畜とは違うようだ。
どの羊も両眼を不気味な緑色に輝かせ、ツノからはバチバチとスパークを放っている。
ゴリゴリに好戦的な雰囲気。
光莉は門柱にもたれ、悲しげな目で征矢を見つめる。
「どこに行かれるんですか征矢さま。こんなにお慕いしている光莉を置いて。さあ、お部屋に戻りましょう」
「だ、誰が戻るか! 不審人物だなんてウソまでついて、まともじゃないぞ君は!」
しばし、ぽかんとなる光莉。
「…………なにがですか?」
「うん、この状況で、下着一枚のそのかっこで『なにがですか?』って真顔で聞けちゃうその感性がすでにまともじゃないって気づこう!」
「可愛くないですか、この下着」
「可愛いけど! 論点今そこじゃないし!」
「えっ、ではしないのですか、セックス」
「もうそのアプローチ、恐怖しかないよ!」
光莉の目つきが、急激に険悪になる。
「どうしても、戻っていただけないのですか」
「ああ、おれは帰る」
光莉の目は、もはや空洞のようだ。
「ダメです。ダメです。絶対ダメです。そんなこと許されません。征矢さまは、私といなくちゃダメなのです」
征矢はきっぱりと言い放つ。
「許す許さないは君の決めるこっちゃない。あの羊がなんだか知らないが、止めるというならぶん殴ってでも押し通る。脅しは効かな……」
バシン!
いつのまにか征矢の背後に忍び寄っていた一頭の電気羊が、頭からぶつかってくる。
「んがっ!」
激突の瞬間、青白い放電が征矢の体を貫く。
感電攻撃だった。
征矢は気を失って崩れ落ちる。
ぐったり横たわる征矢を見下ろして、光莉はうつろな薄笑いを浮かべる。
「脅すつもりなんてありません。実力行使あるのみです」
照明の消えた室内に、テーブルがひとつだけ。
タワー型PCに、大型の高解像度モニターが三面点灯している。
一見したところ予算のかかったゲーミングPCのようだが、そうではなかった。
モニターに映し出されているのは、何百という画像だった。
すべて、征矢の画像だった。
〈クリプティアム〉で働いている征矢。近くのスーパーで買い物をしている征矢。開いた窓越しに見える、私室でくつろぐ征矢。ショッピングモールに幻獣娘たちと行ったときの姿もあった。
あきらかに盗撮したものだった。
テーブルの上には、ファスナー付きのビニール袋があった。ストローが一本、入っている。
この間、公園で間接キスしたときのものらしかった。
暗さに目が慣れてくると、四方の壁一面になにか貼ってあるのがわかった。
一枚残らず、征矢の写真だった。
征矢は我知らず叫んでいた。
「こ、こわあああああっっっっっっっ!」
「仕方ないじゃないですか。こんなに私を夢中にさせる征矢さまがいけないんですよ? 私、征矢さまのことなら、すべて知りたいんですもの」
黒い下着姿の光莉が、甘ったるく微笑みながら戸口に立っている。
征矢は生まれて初めて、女性に対して心底から怯えていた。
間違いない。
奥屋敷光莉は、正真正銘のアレな人だ。
「自分、帰ります」
震えを抑え切れない声で、征矢は言う。
光莉は首をかしげる。
「帰れませんよ? 征矢さまは、永久に私と一緒なのですから」
「うわああああ!」
征矢は光莉の小さな体を押しやり、部屋から飛び出す。
階段を駆け下り、玄関のドアに飛びつく。
指がこわばって、ドアロックのサムターンを回すだけのことがなかなかできない。
背後から、ひた、ひた、と裸足の光莉が追ってくるのがわかる。
「征矢さま? どこに行くつもりですか?」
ロックが外れた。
靴を履いているヒマはない。体当たりするようにドアを開け、家の外へ。
小さな門扉は開いていた。
(助かった!)
征矢は転がるように走り出る。
だが。
一歩門から出たところで、征矢の足はぴたりと止まる。
なにかが、ずらりと半円を描いて並び、門を囲んでいた。
それは、大きな羊だった。
もこもこした金色の毛に包まれている。頭の左右にはぐるっと曲がったツノが一対。それが、何十頭も入る
「ひ、羊……?」
なまめかしい下着姿のままの光莉が、門のところに立っていた。
「ええ。私の使い魔、電気羊ちゃんたちです」
使い魔?
よくわからないが、たしかに牧場で見るのどかな家畜とは違うようだ。
どの羊も両眼を不気味な緑色に輝かせ、ツノからはバチバチとスパークを放っている。
ゴリゴリに好戦的な雰囲気。
光莉は門柱にもたれ、悲しげな目で征矢を見つめる。
「どこに行かれるんですか征矢さま。こんなにお慕いしている光莉を置いて。さあ、お部屋に戻りましょう」
「だ、誰が戻るか! 不審人物だなんてウソまでついて、まともじゃないぞ君は!」
しばし、ぽかんとなる光莉。
「…………なにがですか?」
「うん、この状況で、下着一枚のそのかっこで『なにがですか?』って真顔で聞けちゃうその感性がすでにまともじゃないって気づこう!」
「可愛くないですか、この下着」
「可愛いけど! 論点今そこじゃないし!」
「えっ、ではしないのですか、セックス」
「もうそのアプローチ、恐怖しかないよ!」
光莉の目つきが、急激に険悪になる。
「どうしても、戻っていただけないのですか」
「ああ、おれは帰る」
光莉の目は、もはや空洞のようだ。
「ダメです。ダメです。絶対ダメです。そんなこと許されません。征矢さまは、私といなくちゃダメなのです」
征矢はきっぱりと言い放つ。
「許す許さないは君の決めるこっちゃない。あの羊がなんだか知らないが、止めるというならぶん殴ってでも押し通る。脅しは効かな……」
バシン!
いつのまにか征矢の背後に忍び寄っていた一頭の電気羊が、頭からぶつかってくる。
「んがっ!」
激突の瞬間、青白い放電が征矢の体を貫く。
感電攻撃だった。
征矢は気を失って崩れ落ちる。
ぐったり横たわる征矢を見下ろして、光莉はうつろな薄笑いを浮かべる。
「脅すつもりなんてありません。実力行使あるのみです」
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