幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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進撃の幻獣娘 2

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 キアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 アルラウネの死の絶叫がほとばしった。
 至近距離にいた数体の羊人間が跳ね飛ばされて地面に転がる。
 超音波の衝撃で全身の骨が粉々になったらしく、倒れた体はぐにゃぐにゃのゴム人形のようだ。
 少し離れていた羊人間たちも脳や眼球、三半規管に激震を食らい、気絶したり頭を抱えてのたうちまわっている。
「皆殺しじゃああああああ!」
 アルルは高笑いとともに、右に左に絶叫を放つ。
 羊人間軍団は面白いように吹き飛ばされ、算を乱して逃げ惑いはじめた。
 散り散りになった羊人間の前に、資材置き場から持ってきた長大な材木を抱えたミノタウロスが現れる。
「んもおーっ!」
 ミノンが横殴りに振り回す材木は、羊人間たちをボーリングのピンみたいに軽々と薙ぎ倒す。
 捨て身の体当たりで反撃を試みる羊人間もいるが、接近できないので狙いが定まらない。材木は通電性が悪いため感電攻撃もできない。羊人間たちは一方的にバタバタと刈り倒されるがままだ。
 別方向に走った羊人間たちの前には、美しいユニコーン少女がいた。見るからに華奢で、武器も持っていない。
「あーん、やだあ。こっち来ないでえー」
 悩ましい悲鳴をあげながら、ふにゃふにゃと女の子走りでユニコーン娘は逃げていく。ときどき「ぽてっ」とこけて、ミニスカートから純白のぱんつがチラッとしたりもする。
 美少女が「来ないで」と言いながら逃げれば、問答無用で追いかけてしまうのはオスの本能である。羊人間たちは全身から火花をスパークさせながら襲いかかった。
「いやあん。男のひと怖いのおっ」
 ところが、いくら造成地を全力疾走しても、羊人間たちはいっこうにユニコーン娘に追いつけない。あとちょっとで感電攻撃の射程内という絶妙な距離が、まったく詰められない。
 羊人間たちの走る速度は、急激に遅くなっていく。
 ついには完全にスタミナを切らして、羊人間たちはがくりと膝をついてしまった。
 ユニカは無邪気な顔で、そんな羊人間たちを見下ろす。
「あれあれ? もう充電切れちゃった? んもお、みんなムキムキしてるクセに淡白ねえ。うふふ。わたし、足速いでしょ?」
 メイド制服のスカートから伸びた、すらりとした脚をユニカは見せつける。モデル並みの脚線美だが、そこにはサラブレッド以上の馬力が秘められている。
 羊人間たちはもはや突進する余力もなく、這うようにユニカに迫るのが精いっぱいだ。
 ユニカは無情に、空に向かって言う。
「ポエニッサ、あとはよろしくぅ」
 羊人間たちも、つられて頭上を見上げる。
 夜空から、炎の塊が急降下してくる。
 フェニックスが地面をなめるように飛びすぎる。
 あとには、こんがりと美味しそうにウェルダンで焼かれた羊肉の山が残るばかりだった。


 幻獣娘たちは最初の場所――――奥屋敷光莉宅の前に再び集合した。
 平凡そのものだった建売住宅は、今やその正体を隠そうともしていない。
 家全体がグロテスクに膨れ上がり、その形を歪めていた。
 壁はまるでそれ自体が奇怪な生き物であるかのように流動し、見ている間にも刻々とシルエットを変えている。
 ささやかな二階建て住宅は、今や尖塔を備えた真っ黒な城館のようだ。
 まさに魔女の礼拝堂だった。
 周囲のがらんとした造成地には、あちこちに煙をあげる羊の丸焼きが散らばり、ちょっといい匂いが漂う。
 アルルがまた地面にツバを吐く。
「クソどもが。ちょれえのう。ナメられたもんじゃあ」
 全員かすり傷ひとつない。
 ぼろぼろでまだぶっ倒れているメルシャを除いて。
 ユニカが、ピクピクしているメルシャのお腹をつつく。さっきの乱戦でだいぶ痛めつけられたようで、スカートはめくりあがり、顔も制服も足跡だらけだ。
「やあん、この子まだ起きないわ。睡眠姦しちゃおうかしら」
「あとになさい。それより、本丸攻めが先ですわ」
 火の鳥モードのポエニッサがキッと光莉の家をにらみ据える。
「行くんだなも」
 ささくれだらけになった材木を肩にかついだミノンが、ずんずんと前進を始める。
 家の方から、光莉の声が響いた。姿は見えない。
 幻獣娘たちの足が止まる。
「あらあら、私の騎士団、もうやっつけてしまったの? 意外とやりますね、あなたたち」
「もちっと歯ごたえのあるヤツ用意せえや、クソスベタが」
 アルルが吠える。
 光莉の声は小馬鹿にしたように笑う。
「勇ましくてけっこうね。ご希望どおり、次はもうちょっと手強いですよ。出てらっしゃい、プリクソス、モプソス!」


 ぼこん。
 門前の地面が二箇所、突然盛り上がった。
 地中から、でっかい羊の頭が突き出す。
 続いて、幅広い肩、筋肉隆々の胸、腹筋バキバキの腹、逞しく長い脚が地上に現れる。
 身長およそ八メートル。
 全身真っ黒な羊頭の巨人が、幻獣娘たちの前に立ちはだかった。頭はほぼ二階建ての屋根の高さだ。
 しかも、二体。
「ウソでしょ……」
 茫然と、ユニカが頭上を見つめる。
「んもおおおおお!」
 ミノンが担いでいた材木で殴りかかる。
 羊巨人プリクソスの膝を打った瞬間、材木の方が小枝のようにぱきんと真っ二つに折れてしまった。無論、プリクソスはびくともしない。
「つ、強いんだなも!」
「大丈夫! わたしたちにはまだアルルがいる! アルルのフルボリューム・キラースクリームがあればあんなヤツ一撃よ!」
 頼もしげにユニカが言う。
 だが、そのアルルがいない。さっきまでここに立ってたのに。
 ……おやおや?
 全員が、慌ててアルラウネの小さな体を探す。
「あーっ!」
 いた。
 地べたにぶっ倒れたきりのメルシャの横に。並んですやすやと眠りこけている。
「ちょっ! なに寝てんのよう!?」
 ユニカが抱き起こすが、アルルはかろうじて薄く目を開いただけだった。
「むにゃ……もうだめなのれす。あるるは寝まふ……」
「ああん、やだあ、この子ドーピングが切れたわ!」
「よりにもよってこのタイミングでですの!?」
 ポエニッサも悲鳴を上げる。
 全員が、すぐ目の前にいる二体の巨人を見上げた。
 やばい。
 これは、大ピンチですぞ。
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