46 / 55
あなたがここにいる理由
しおりを挟む
征矢はますます渋面になった。
「今、裏魔法って言葉が聞こえたけど」
グノーメンダースト卿はへらへらと笑った。
「ぶっちゃけ合法ではないっすよ。おいらっちも仕事じゃなけりゃわざわざやりたい術式じゃねーっす。まあ、ちゃんとヴァースドリフトは発生させるんで、兄さんはそこで寝ててくれたらいいっすよ。ここはそのためにわざわざこしらえた祭壇なんでね」
祭壇……。
征矢の目が次第に闇に慣れてくる。
今いるところは、かなり高い石段の頂上だというのがぼんやりと見て取れるようになってきた。
この高さから逆算すると、この空間の巨大さがおおよそ推し量れる。へたな体育館より大きいはずだ。
しかしこんなでっかい空間が、ごく一般的なあの住宅の中に収まるわけもなく。
征矢の混乱を察したのか、光莉が口を開いた。
「ずいぶん祭壇が大きくてビックリしました? どうしてもこの大きさが必要らしくって、魔法で空間を歪めているんです。これでもお金かかってるんですよ。この家だってそのために買ったんだし」
「家買ったのか!? なんだそのトチ狂った経済感覚!」
光莉は肩をすくめる。
「まあ多少借金はできましたけど、それはどうでもいいことです。どのみち返す気はありませんし」
「てか君、家族は? なんにも言わないのか?」
「家族? ああ、私、とっくに別居してます。もともと家族仲がいいわけでもありませんでしたので。どうせ私たちふたりとも、次に目が覚めたらパンタゲア。もう二度とこっちには戻ってこないんですから!」
手枷をガチャガチャさせて征矢はもがいた。
「おいふざけるな! 異世界になんか行かないぞ!」
光莉が、征矢の胸にあごを乗せて甘えた声を出す。
「どうして? 楽しいですよ、異世界」
「楽しいって……」
指を折って、光莉は数え上げ始める。
「向こうではなんでもやり放題ですよ。魔王討伐でも、秘宝探索でも、モンスターハントでも。ドラゴン退治したい? できますよ。王様になってハーレム作りたい? お望みのまま。そう、力さえあればね」
征矢、あからさまなゲンナリ顔。
「どれも興味ないな」
光莉の頬がぷっとふくれる。
「どうしてわからないのかしら。征矢さまこそ予言の勇者なのですよ? 向こうの世界では最強のチート能力が約束されているのですよ? そのうえで、極限のスリルを楽しみながら冒険の毎日を過ごすのです。あの充実感! 一度味わったら病みつきですよ? 考えてみてください。予言の勇者征矢さまと、〈殲雷の魔女ぴかりそ〉がパーティを組めば、それこそ無敵。世界征服だって夢じゃありません」
「絶対負けないとわかってるゲームなんか面白いのか?」
冷静な征矢の指摘に、光莉は言い返す。
「絶対負けないなんて言ってませんよ? 私が見ただけでも、まあまあの数の勇者がヘタを打ってましたから」
「ちなみにヘタ打つとどうなるんだ?」
光莉はほがらかに即答。
「死にますよ、ふつうに」
「えっ、死ぬの!?」
「ええ、だいたいクエスト三回に一回の割合で」
「けっこうな高確率! そこそこムズゲー!」
征矢をじっと見つめる光莉の双眸は、異常な興奮にギラギラしていた。
「だからこそ、生き抜いてクエストを達成したときの超越感、達成感がすごいのです! もうネトゲなんかメじゃないですから!」
「あらためて言うけど常軌を逸しているな君は。完璧に」
「ええそうですとも。私は完全に中毒なのです、あの生きるか死ぬかのヒリヒリ感に。こっちの世界でどんなに有名人になってチヤホヤされようと、SNSに『いいね』が十万回つこうと、そんなものでは私、完全には満たされないのです。あの昂ぶりをもう一度味わうためなら私、なんだって犠牲にするつもりです」
自分の胸に手を当てて、光莉はきっぱりと言い切る。
「それはあれだ。アドレナリン中毒ってやつだ。医者に行ったほうがいいと思う」
依然として、征矢との温度差は大きい。
光莉は一転して、なだめるような口調になった。
「ねえ、だったら教えてください。征矢さまがこの世界にいなきゃいけない理由って、なんですか?」
理由……?
征矢はおし黙る。
即答できなかった。
光莉の顔に、冷徹な微笑が浮かぶ。
「私にはありません。私ね、異世界へ行く前は学校に友だちなんか一人もいなかったし、家族は私をいないものとして扱っていました。娘がひきこもりなんて、世間体が悪いってね。私はパンタゲアではじめて、生きる意味を知ったのです」
光莉は畳みかけてくる。
「征矢さま、あなたには、絶対にかなえたい将来の夢ってありますか? 一生の仕事にしたい特技ってありますか? 命を懸けて守らなきゃいけない恋人や家族や親友が近くにいますか?」
征矢は言葉を失った。
ある。
と、胸を張って断言することができなかった。
かさにかかって光莉は結論づけた。
「ね? あなたはもともと異世界へ行くために生まれたのです。この世界に私たちの居場所はないの。私と一緒に行きましょう。パンタゲアで伝説の勇者として、冒険したり、いやらしいことをしたりして、毎日面白おかしく暮らしましょう。私はずっとおそばにいて、昼も夜もずうーっと征矢さまに誠心誠意お仕えします。征矢さまのしてほしいこと、なんでもしてあげます」
ぼそりと、征矢はつぶやいた。
「なるほどな。ぐうの音も出ない正論とはこのことだ」
「でしょう」
「君は、ほんとによくおれのことを調べてあげているな」
光莉は、鼻と鼻がくっきそうなほど顔を寄せてくる。
「もちろんです。私は征矢さまを世界でいちばん理解している女の子。征矢さまのことはなんだって知っていますし、もっともっと知りたいです」
「たしかにこのまま毎日バイトして、高校卒業して、就職して、ただ親父みたいなダメ人間になりたくないというだけの理由で堅実な人生を歩む人生なんて、夢も希望もないな」
征矢は考え込む。
光莉は満面の笑顔になった。
「どうですか? 一言『君と一緒に行く』と言ってくれれば、こんな鎖、すぐ外してあげますよ」
光莉と一緒に異世界へ行く――――か。
それも悪くないのかも知れないな。
征矢の唇が、わずかに開いた。
「今、裏魔法って言葉が聞こえたけど」
グノーメンダースト卿はへらへらと笑った。
「ぶっちゃけ合法ではないっすよ。おいらっちも仕事じゃなけりゃわざわざやりたい術式じゃねーっす。まあ、ちゃんとヴァースドリフトは発生させるんで、兄さんはそこで寝ててくれたらいいっすよ。ここはそのためにわざわざこしらえた祭壇なんでね」
祭壇……。
征矢の目が次第に闇に慣れてくる。
今いるところは、かなり高い石段の頂上だというのがぼんやりと見て取れるようになってきた。
この高さから逆算すると、この空間の巨大さがおおよそ推し量れる。へたな体育館より大きいはずだ。
しかしこんなでっかい空間が、ごく一般的なあの住宅の中に収まるわけもなく。
征矢の混乱を察したのか、光莉が口を開いた。
「ずいぶん祭壇が大きくてビックリしました? どうしてもこの大きさが必要らしくって、魔法で空間を歪めているんです。これでもお金かかってるんですよ。この家だってそのために買ったんだし」
「家買ったのか!? なんだそのトチ狂った経済感覚!」
光莉は肩をすくめる。
「まあ多少借金はできましたけど、それはどうでもいいことです。どのみち返す気はありませんし」
「てか君、家族は? なんにも言わないのか?」
「家族? ああ、私、とっくに別居してます。もともと家族仲がいいわけでもありませんでしたので。どうせ私たちふたりとも、次に目が覚めたらパンタゲア。もう二度とこっちには戻ってこないんですから!」
手枷をガチャガチャさせて征矢はもがいた。
「おいふざけるな! 異世界になんか行かないぞ!」
光莉が、征矢の胸にあごを乗せて甘えた声を出す。
「どうして? 楽しいですよ、異世界」
「楽しいって……」
指を折って、光莉は数え上げ始める。
「向こうではなんでもやり放題ですよ。魔王討伐でも、秘宝探索でも、モンスターハントでも。ドラゴン退治したい? できますよ。王様になってハーレム作りたい? お望みのまま。そう、力さえあればね」
征矢、あからさまなゲンナリ顔。
「どれも興味ないな」
光莉の頬がぷっとふくれる。
「どうしてわからないのかしら。征矢さまこそ予言の勇者なのですよ? 向こうの世界では最強のチート能力が約束されているのですよ? そのうえで、極限のスリルを楽しみながら冒険の毎日を過ごすのです。あの充実感! 一度味わったら病みつきですよ? 考えてみてください。予言の勇者征矢さまと、〈殲雷の魔女ぴかりそ〉がパーティを組めば、それこそ無敵。世界征服だって夢じゃありません」
「絶対負けないとわかってるゲームなんか面白いのか?」
冷静な征矢の指摘に、光莉は言い返す。
「絶対負けないなんて言ってませんよ? 私が見ただけでも、まあまあの数の勇者がヘタを打ってましたから」
「ちなみにヘタ打つとどうなるんだ?」
光莉はほがらかに即答。
「死にますよ、ふつうに」
「えっ、死ぬの!?」
「ええ、だいたいクエスト三回に一回の割合で」
「けっこうな高確率! そこそこムズゲー!」
征矢をじっと見つめる光莉の双眸は、異常な興奮にギラギラしていた。
「だからこそ、生き抜いてクエストを達成したときの超越感、達成感がすごいのです! もうネトゲなんかメじゃないですから!」
「あらためて言うけど常軌を逸しているな君は。完璧に」
「ええそうですとも。私は完全に中毒なのです、あの生きるか死ぬかのヒリヒリ感に。こっちの世界でどんなに有名人になってチヤホヤされようと、SNSに『いいね』が十万回つこうと、そんなものでは私、完全には満たされないのです。あの昂ぶりをもう一度味わうためなら私、なんだって犠牲にするつもりです」
自分の胸に手を当てて、光莉はきっぱりと言い切る。
「それはあれだ。アドレナリン中毒ってやつだ。医者に行ったほうがいいと思う」
依然として、征矢との温度差は大きい。
光莉は一転して、なだめるような口調になった。
「ねえ、だったら教えてください。征矢さまがこの世界にいなきゃいけない理由って、なんですか?」
理由……?
征矢はおし黙る。
即答できなかった。
光莉の顔に、冷徹な微笑が浮かぶ。
「私にはありません。私ね、異世界へ行く前は学校に友だちなんか一人もいなかったし、家族は私をいないものとして扱っていました。娘がひきこもりなんて、世間体が悪いってね。私はパンタゲアではじめて、生きる意味を知ったのです」
光莉は畳みかけてくる。
「征矢さま、あなたには、絶対にかなえたい将来の夢ってありますか? 一生の仕事にしたい特技ってありますか? 命を懸けて守らなきゃいけない恋人や家族や親友が近くにいますか?」
征矢は言葉を失った。
ある。
と、胸を張って断言することができなかった。
かさにかかって光莉は結論づけた。
「ね? あなたはもともと異世界へ行くために生まれたのです。この世界に私たちの居場所はないの。私と一緒に行きましょう。パンタゲアで伝説の勇者として、冒険したり、いやらしいことをしたりして、毎日面白おかしく暮らしましょう。私はずっとおそばにいて、昼も夜もずうーっと征矢さまに誠心誠意お仕えします。征矢さまのしてほしいこと、なんでもしてあげます」
ぼそりと、征矢はつぶやいた。
「なるほどな。ぐうの音も出ない正論とはこのことだ」
「でしょう」
「君は、ほんとによくおれのことを調べてあげているな」
光莉は、鼻と鼻がくっきそうなほど顔を寄せてくる。
「もちろんです。私は征矢さまを世界でいちばん理解している女の子。征矢さまのことはなんだって知っていますし、もっともっと知りたいです」
「たしかにこのまま毎日バイトして、高校卒業して、就職して、ただ親父みたいなダメ人間になりたくないというだけの理由で堅実な人生を歩む人生なんて、夢も希望もないな」
征矢は考え込む。
光莉は満面の笑顔になった。
「どうですか? 一言『君と一緒に行く』と言ってくれれば、こんな鎖、すぐ外してあげますよ」
光莉と一緒に異世界へ行く――――か。
それも悪くないのかも知れないな。
征矢の唇が、わずかに開いた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる