幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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征矢の決意

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 『一緒に行く』

 という言葉が紡ぎ出されるまで、あとほんのコンマ数秒だった。
 その、間際。
「おい、電気羊が全滅しちまったぜ。いいのかよ」
 グノーメンダースト卿が、いきなり割り込んできた。
 光莉が舌打ちする。
「んもう。あの子たち、脅かしたら逃げ帰ると思ったのに」
 その台詞を征矢は聞き逃さなかった。
「待て。あの子たちってなんだ。まさか……」
 征矢に背を向け、光莉は軽く杖を振った。
 光莉の顔の高さほどの空間に、楕円形の「窓」が開いた。そこから見えるのは、魔法で投影されたこの家の外の景色らしかった。
 四人の幻獣娘たちの姿があった。あとだらしなく気絶しているメルシャと。
 征矢の目と口が、ぽかんと開く。
「あいつら……なんでこんなところに?」
 とにかく全員どえらく気色ばんでいることは見てすぐわかった。どうやってここに征矢がいると知ったのかはわからないが、とにかく征矢を助けようとしてくれているのは間違いない。
 光莉は「窓」に向かって語りかける。
「あらあら、私の騎士団、もうやっつけちゃったの? 意外とやりますね、あなたたち」
「もちっと歯ごたえのあるヤツ用意せえや、クソスベタが」
 窓の中のアルルが怒鳴り返した。ぎょっとなる征矢。
(花子口わるっ! あんなキャラだったっけ!?)
「勇ましくてけっこうね。ご希望どおり、次はもうちょっと手強いですよ。出てらっしゃい、プリクソス、モプソス!」
 また光莉が杖をふるった。「窓」の中に、羊頭の巨人が二体現れた。
 巨人たちは角から青白い電撃を放ち、幻獣娘たちは一転逃げ惑う。とくにミノンは突然眠り込んでしまったアルルと気絶したきりのメルシャを両脇に抱えて大わらわだ。
「おい、やめろ。あの子たちは関係ないだろう。手を出すな」
 征矢は語気を荒げる。
「ふふっ、ちょっと威圧してるだけです。大切な儀式の邪魔をされては大変ですもの」
 薄笑いで光莉は言う。
 電撃が空中のポエニッサをかすめた。
 ポエニッサはバランスを失って墜落し、仲間たちのほうへよたよたと自力で走り出した。
 それを見た途端、征矢の顔が、本格的にけわしくなった。
 ひと仕事終えて、光莉が戻ってくる。
「さて、なんのお話だったかしら? ああ、そうでした。お気持ちは固まりました、征矢さま?」
 しばらく、征矢は無言で考える。やがて、ゆっくりとうなずく。
「……ああ。行くよ、君と」
「ウソつきね、征矢さまは」
 光莉は恋人がふざけてやるみたいに、征矢の鼻をつまんでくにゅくにゅした。
「そんなこと言って、手枷を外させたいだけでしょう? ダメダメ。だまされませんから」
 くそ。ばれたか。イカレていても魔女の直感は鋭い。
 光莉はせせら笑う。
「あの幻獣たちが押しかけてくる可能性もちゃんと予想していました。でもおあいにくさま。そのために可愛い使い魔たちが完璧な防御陣を張っていますから。ただ、私のこと死ぬほど怖がってるあのマンティコアまで一緒に来たのはちょっぴり驚きでしたけど」
 征矢はぼそりと言った。
 ひどく沈んだ声で。
「おれは、思ってもみなかった」
 光莉は眉をひそめる。
「はい?」
「あいつらがおれを助けにくるなんて、これっぽっちも考えなかった。だって、まだ知り合って十日足らずだぞ? そんな子たちが、おれなんかのために危険を冒すかふつう? ひどい話だよ。君のほうが、おれよりよっぽどあの子たちをちゃんと理解してたわけだ」
 征矢の瞳は、自分への怒りに暗く燃えていた。
「おれは、あの子らに合わす顔がない」
「ならよかったですね。もう顔は合わさなくてもいいですよ。儀式は順調に進行していますから」
 光莉は頭上を指差す。
「儀式?」
 いつの間にか頭上の虚空に、なにやら幾何学的な模様が展開している。
 暗い空間いっぱいに、真円の大枠。その中でいくつもの小さな円と直線が、複雑に絡み合いながらゆっくりと回転している。
 魔法円というやつだろう。
 グノーメンダースト卿が付け加える。
「見えっかなお兄ちゃん? あれが今回使う〈ポータル〉。あっこを焦点にして人工ヴァースドリフトを起こすんだわ。もうじき臨界に達するから、それまでちょっと待ってな」
 光莉が征矢の胸に顔をくっつける。
「一緒に行きましょうね、征矢くん」
 冗談じゃないぞ。
 征矢は懸命に頭を巡らせた。なんとかここから逃げないと。
 逃げて、あの子たちに謝らないと。
 
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