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臨界
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征矢の頭上で回転する魔法円は、次第にその速度を上げ、輝きを強めていた。
仕組みはよくわからないが、あの男の言う「臨界」が近いのは征矢にもわかる。
可能な限り首をひねって周囲を見回す。
今くくりつけられている台から数歩のところに、征矢のバットケースが転がっていた。羊人間たちが律儀に、征矢と一緒に運んできたのだろう。
魔女を相手の武器としては、なんとも心もとないが。
いやそれよりなにより、まずはこの拘束を解くのが先決だ。
枷は四ヶ所。革のベルトが手首と足首を締めつけている。
征矢は光莉に気づかれないように、さっきから右手首の枷だけでも抜けられないか試行錯誤している。
ベルトのテンションはさほどきつくない。肌が汗で濡れてきたせいもあって、あと少しで(お、抜けるかも)という感じになってきている。
とりあえず片手が自由になれば、なにかしらの可能性は開ける。
征矢にはもうひとつ気になることが合った。
あの男、グノーメンダースト卿と名乗った軽薄そうな短パンのおっさんが、さっきから妙に落ち着かない。
この祭壇への階段を登ったり降りたり、祭壇の上をうろうろしたり、ひっきりなしに携帯端末を見たり。表情もなにか不安げだ。
(外で、なにかが起こっている)
例の「窓」は閉じられてしまったので、ここからはなにもわからない。でも、グノーメンダーストの様子はただごとではなかった。
征矢は気づかないふりをしながら、慎重に観察を続ける。
またちらりと携帯端末の画面を見たグノーメンダーストは、とうとう血相を変えて光莉に詰め寄り、怒鳴り始めた。
「おい! 外のでっけえヒツジどもを止めろ! これ以上マンティコアを刺激するな!」
マンティコア? メルシャのことか?
征矢はひそかに耳をそばだてる。
旅立ちに備えてジュースで喉を潤していた光莉は、小バカにしたような笑みでグノーメンダーストを一瞥した。
「なにをビクビクしているの? 私の顔を見るたびに怖くてだらしなく失禁していた臆病なマンティコアですよ? パンタゲアで魔王軍の現役将校だったときですら、しっぽを巻いて私から逃げ出した腰抜け幻獣ですよ?」
たしかにメルシャの話をしているようだ。ひどい言われようだが、間違ってはいない。
征矢も訝る。
この男、なにをうろたえているんだ? メルシャがなにをしているんだ?
数百年間ずっとふざけ半分で生き続けているみたいなあのグノーメンダースト卿が、本気で警告していた。
「それはなお嬢ちゃん、あのマンティコアがまだ未成熟で、殻をかぶってるからだよ。悪いこた言わねえ。これ以上殻を叩いて中にいる『もの』を引っ張り出すようなマネすんじゃねえ」
羊巨人プリクソスとモプソスは、倒れたマンティコアに向けて、執拗に電撃を浴びせ続けていた。
数十万ボルトの熱雷が角からほとばしるたび、メルシャの体はゴムボールみたいに跳ね、また地面に叩きつけられる。
人間ならかすめただけで即死するエネルギーだが、マンティコアは異様なくらい強健だ。心臓が止まるどころか、一秒もせずに立ち上がろうとしてくる。
メルシャのメイド衣装はいたるところが焼け焦げ、全身も傷だらけだ。
けれど不思議なことに、メルシャはちっとも痛みを感じなかった。あれほど強かった恐怖ももう感じない。
死ぬ気がしないのだ。
なんの根拠もないが、それは確信だった。
自分の中にある「なにか」が、そう言っている。
また、ふらふらと立ち上がった。
かすれた声で、それでも減らず口をたたく。
「どうした……もう店じまいか……ちっとも効いてないぞ……」
二体の羊巨人たちが、また左右からの電撃を放つ。フルパワーだ。
「!!」
血が煮える高温と、骨という骨が砕けそうな衝撃が駆け抜ける。
とうとう、メルシャの意識が飛んだ。
仕組みはよくわからないが、あの男の言う「臨界」が近いのは征矢にもわかる。
可能な限り首をひねって周囲を見回す。
今くくりつけられている台から数歩のところに、征矢のバットケースが転がっていた。羊人間たちが律儀に、征矢と一緒に運んできたのだろう。
魔女を相手の武器としては、なんとも心もとないが。
いやそれよりなにより、まずはこの拘束を解くのが先決だ。
枷は四ヶ所。革のベルトが手首と足首を締めつけている。
征矢は光莉に気づかれないように、さっきから右手首の枷だけでも抜けられないか試行錯誤している。
ベルトのテンションはさほどきつくない。肌が汗で濡れてきたせいもあって、あと少しで(お、抜けるかも)という感じになってきている。
とりあえず片手が自由になれば、なにかしらの可能性は開ける。
征矢にはもうひとつ気になることが合った。
あの男、グノーメンダースト卿と名乗った軽薄そうな短パンのおっさんが、さっきから妙に落ち着かない。
この祭壇への階段を登ったり降りたり、祭壇の上をうろうろしたり、ひっきりなしに携帯端末を見たり。表情もなにか不安げだ。
(外で、なにかが起こっている)
例の「窓」は閉じられてしまったので、ここからはなにもわからない。でも、グノーメンダーストの様子はただごとではなかった。
征矢は気づかないふりをしながら、慎重に観察を続ける。
またちらりと携帯端末の画面を見たグノーメンダーストは、とうとう血相を変えて光莉に詰め寄り、怒鳴り始めた。
「おい! 外のでっけえヒツジどもを止めろ! これ以上マンティコアを刺激するな!」
マンティコア? メルシャのことか?
征矢はひそかに耳をそばだてる。
旅立ちに備えてジュースで喉を潤していた光莉は、小バカにしたような笑みでグノーメンダーストを一瞥した。
「なにをビクビクしているの? 私の顔を見るたびに怖くてだらしなく失禁していた臆病なマンティコアですよ? パンタゲアで魔王軍の現役将校だったときですら、しっぽを巻いて私から逃げ出した腰抜け幻獣ですよ?」
たしかにメルシャの話をしているようだ。ひどい言われようだが、間違ってはいない。
征矢も訝る。
この男、なにをうろたえているんだ? メルシャがなにをしているんだ?
数百年間ずっとふざけ半分で生き続けているみたいなあのグノーメンダースト卿が、本気で警告していた。
「それはなお嬢ちゃん、あのマンティコアがまだ未成熟で、殻をかぶってるからだよ。悪いこた言わねえ。これ以上殻を叩いて中にいる『もの』を引っ張り出すようなマネすんじゃねえ」
羊巨人プリクソスとモプソスは、倒れたマンティコアに向けて、執拗に電撃を浴びせ続けていた。
数十万ボルトの熱雷が角からほとばしるたび、メルシャの体はゴムボールみたいに跳ね、また地面に叩きつけられる。
人間ならかすめただけで即死するエネルギーだが、マンティコアは異様なくらい強健だ。心臓が止まるどころか、一秒もせずに立ち上がろうとしてくる。
メルシャのメイド衣装はいたるところが焼け焦げ、全身も傷だらけだ。
けれど不思議なことに、メルシャはちっとも痛みを感じなかった。あれほど強かった恐怖ももう感じない。
死ぬ気がしないのだ。
なんの根拠もないが、それは確信だった。
自分の中にある「なにか」が、そう言っている。
また、ふらふらと立ち上がった。
かすれた声で、それでも減らず口をたたく。
「どうした……もう店じまいか……ちっとも効いてないぞ……」
二体の羊巨人たちが、また左右からの電撃を放つ。フルパワーだ。
「!!」
血が煮える高温と、骨という骨が砕けそうな衝撃が駆け抜ける。
とうとう、メルシャの意識が飛んだ。
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