翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部

第08話 年代記【彗星・愛憎の一族】

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 もはや当たり前となってしまった年代記クロニクルの攻略だが、最近になって出発前のお約束とも言えるやり取りが一つ増えた。

「アルテミシア様が出撃されるのであれば、俺も連れて行ってくれ! 頼む!」

 見目麗しい貴公子が腰を折り頭を下げながら軍師タマキに懇願するシーンは、まだ始まったばかりの今週だけで既に三回ほど見ている。

「そう言われましても、キャシアスさんは守備も魔防も低いので、敵の攻撃を耐えられませんよね?」
「姫が危険な場所へ向かうというのに、俺だけが大人しく留守番など出来るわけないだろう!」
「1ターンで沈まれても困るので、お留守番していてください」

 このキャシアスという男は所謂良家の子息で、亡国の王女と共に登場する貴族ポジションの人物だ。彗星では一番好きだったペアなので出来ることなら替わってやりたいところだが、タマキが言うとおりキャシアスは防御面が心許ないのである。

「ちょっとキャシアス。貴方、またやっているの?」

 背後から現れたのは、キャシアスと同じく彗星の世界から召喚された聖騎士パラディンのメイベルだ。彼らは幼馴染であり、元は婚約関係にあったのだが紆余曲折あり現在は解消している。しかし子供の頃からの付き合いがあるからか、互いに遠慮がなく、呆れた様子のメイベルに引きずられるようにしてキャシアスは去っていった。
 だんだんと遠くなっていく「ううっ……姫っ、ひめぇ……」と啜り泣くキャシアスの声と、「うるさい!」というメイベルの声と共に打撃音が聞こえるのを背に、俺たちは年代記クロニクルの中へと足を踏み入れた。

 今日の攻略先は年代記クロニクル【彗星・愛憎の一族】だ。シリーズ三作目である【彗星のレギンレイヴ】は、一族間の愛憎劇をメインに据えた物語である。主人公であるノエル王子は血縁者に恵まれず、親類縁者たちと血で血を洗う戦いを繰り広げることとなる。数多い肉親の中で唯一、味方をしてくれるのは物語の導入で行方不明になってしまう姉ユーフェミアだけだ。本編は祖国を敵に回すという終始重苦しい雰囲気の物語である。

「俺の名はレオナルド! ノエル王子が幼少の折より護衛役を務めている重騎士ホプリテスだ。貴殿の名は何と申す?」
「俺はエリアス。君たちとは別の大陸から来た勇者ブレイブだ。今日は、よろしく頼む」
「うむ! エリアス殿か! 見ての通り守備には自信があるから、いざというときは俺の背後に隠れるといい!」
「ああ、ありがとう。だが俺も防御には結構自信があるから、魔導士たちを護ってやってくれ」

 今回の出撃メンバーの一人であるレオナルドは、つい先ほど召喚されたばかりの壮年で大柄な騎士だ。各種マップのクリア時に貰えるボーナス経験値を貯めこんでいたものを利用してレベルを上昇させたらしいので、このセフィロトでの戦い方にはまだ順応していない。

「ところで、我らが防衛するべき拠点はどこにあるんだ?」
「拠点? 俺たちの拠点はセフィロトの大図書館だから、年代記クロニクルの内部にはそういうのは無いぞ」

 彗星から実装された拠点防衛という、勝敗に係わるシステムがリコレクションズには存在しない。理由は命中率などの廃止理由と同じで、なるべくシステムを簡素化したいからだそうだ。
 これによって割を食いそうなキャラクターが一定数存在する。いま目の前に居る彼――重騎士ホプリテスのレオナルドがまさにそうだ。彼は個人スキル・兵種スキルの全てが拠点防衛向けのスキルである。いくつかのスキルは仕様変更に伴い調整が入れられているが、命中・回避等のように廃止されたシステムのもの以外はわりかし適当な感じに仕上げられている。

「そんな……皆からは『人間要塞』と呼ばれ、拠点防衛といえばレオナルドだといわれていた俺が……護るべき拠点が無い……だと?」

 今日の出撃メンバーで前衛職は俺たち二人だけなので移動中は自然と話し相手になってしまうのだが、俺の返事が予想外だったらしいレオナルドは膝から崩れ落ちる。重騎士ホプリテスが身につけている鎧は一人では身に着けられないほど重く、一度座ったり転んだりすると自力では立ち上がれなくなるほど重い。

 これはファンの間で勝手に広がった妄想なのだが、『レオナルドって笑うと歯が光りそう』と言う物が在る。本編がドロドロの愛憎劇ということで、少しでも明るくする為にメイン寄りの味方キャラクターは、出来る限り明るく爽やかな者を出そうとした黒やんのやらかしである。レオナルドは爽やかというよりも暑苦しいタイプの男だ。なのでここまで判りやすく落ち込んでいるのは珍しくない。

 ひとまずは手を貸して立ち上がらせようと思ったところで、タマキからの指示が届く。

「う~んと。私は新参のレギンレイヴァーなので拠点防衛は未経験でよく解らないですけど、代わりと言ってはなんですが友軍のノエル王子を護衛してください」
「なんとっ! あそこにおわすのは我らがノエル王子! このレオナルド、必ずや王子をお守りいたしましょうぞ!」

 重い鎧をものともせずにレオナルドは勢いよく立ち上がると、重騎士ホプリテスにしては素早い動きでマップ上を進んでいく。

 年代記クロニクル【彗星・愛憎の一族】は、他の年代記クロニクルとは違った意味で歴史が歪んでいるマップである。
 今回の友軍は主人公であるノエル王子。対する敵軍の長は原作では味方のはずのノエルの姉ユーフェミアだ。
 この姉弟は作中で親兄弟と殺し合うことになり原因は大小様々あるのだが、竜族と手を結んで人類を滅ぼそうとしているノエル王子たちの父親を止めるのが最大の目的である。間違ってもこの姉弟が殺し合いに発展するようなフラグは存在しない。

 今回のマップは駐屯地の一角。木製の柵に囲まれ、テントなどを設置している場所だ。その駐屯地の四方を囲むようにしてユーフェミアたちは布陣している。
このマップでは天候が雨のために移動力が減少する効果がある。これがなかなか厄介だが、ノエル王子は進んで移動しないので自軍は待ち伏せ型で対応できる。なのでさして問題はない。
 レオナルドの守備力があれば魔法以外は耐えきれるはずなので、俺の役割は魔導士のジェシカが誘い出したラムダを撃破することである。相手は騎馬魔導士系なので位置取りに気を付けなくてはならないが、魔法同士の相性などを考慮すれば炎魔法を扱うジェシカのほうが有利なので俺は念の為一マス開けて後方へ待機する。

 そして地味に難易度が高いこのマップの戦闘発生のきっかけは、実に下らない理由だったりする。

「ノエル! 私が後で食べようと思っていたレモンの砂糖漬けを勝手に食べたでしょう!?」
「あれが姉上の物だったなんて知らなかったんです! ごめんなさい! 許してください!」
「絶対に許しません!」

 こんな理由で争いに発展したせいもあってなのか、ユーフェミアに味方することになってしまった三騎士は遠い目をしている。本来であれば素直に謝れば許してくれる女性だ。拗れてしまったのは歪みの精ディストーションのせいである。

 このマップの厄介な部分は敵大将であるユーフェミアが持つスキルだ。彼女は原作での登場時、表向きは死んだということになっていたので身分を隠している。
 なので兵種クラス歌姫ディーバというものになっている。この兵種クラス吟遊詩人バードの女版といった性能で、兵種スキルである『歌う』による再行動があるせいで敵の行動が読みにくくなるのだ。
 さらにこのマップの難易度を跳ね上げている要因の一つが、ユーフェミアの臣下である三人の騎士たちである。彼らはユーフェミアの臣下専用のバフを貰えるので、元のステータスの高さも相まって強敵だ。

 十字路の中心付近で敵を迎え撃つために布陣し、まず最初は南方から攻め込んでくるラムダだ。
 初期配置の関係で先にこちらへ到達するラムダは原作では魔導騎士マギナイトだったので魔導士系としては守備が高い。初撃はジェシカに受けてもらい、自軍のターンで俺が攻撃したのだが、そのHPを削りきることはできなかった。
 しかし次のターンにはデルタ将軍がこちらに接敵してくるはずなので、俺はジェシカの盾になるようにと前に出たままである必要がある。幸いなことにこのセフィロトでは俺の持つ聖剣テミスに遠距離反撃の性能が付いている。射程2の敵限定の反撃となるが、タマキが味方全員の魔防を上昇させるアイテムを使用してくれているので一度くらい耐えられるだろう。

 同じように背後ではレオナルドが盾になり、背後に控えたアルテミシア王女が敵と交戦していた。友軍であるノエル王子もモブ兵士を相手に危なげなく戦っている。

「ノエル様! ユーフェミアさまのおやつを横取りするとは何という事ですか!?」

 俺に攻撃を仕掛けながら叫んでいるのはデルタ将軍だ。彼は若いころにユーフェミアの母親に恋慕していたので、出発前に見たキャシアスに負けず劣らずの妄信ぶりを持つ。
 でも俺はノエル王子じゃないし、おやつも横取りしていないのでいい迷惑だ。果物の砂糖漬けは一般的な保存食なので、街が近ければ簡単に入手できるだろう。

「なあ、ジェシカさん。ここから街までって結構遠いのか?」
「騎馬で片道二日くらいかしら? 天馬ペガサス飛竜ワイバーンなら半日くらいで辿りつけると思う」
「そうだよな。さっきの見晴らし台から見えた感じだと、それくらいの距離だよな」

 ある程度舗装されているとはいえ、緑生い茂る山の中だと進行速度は遅くなる。だが天馬ペガサスなどの飛行ユニットであれば、地形に関係なく直線距離で移動できる。
 ユーフェミアが仲間になっている時期となると物語も後半戦に入っているし、デルタたちが仲間になっているという事はエンディングが近い時期で間違いない。王都に近づいているという事は、人の住んでいる場所も多くなるという事なので買い出しにも出やすいはずなのだ。彗星は金策も取りやすいので資金難というのは、ほぼありえない。

「フットワークの軽いラムダでも、ユーフェミアさまの忠犬であるデルタ将軍でも誰でもいいから買い出しに行けばよかったのに」
「個人的な買い物だと行き辛かったんだろうな。デルタ殿は見るからに真面目そうだし」

 仲間たちと位置を何度も入れ替わりながら交戦し続け、やっとのことでユーフェミアのもとに辿り着く。魔導士系である彼女は守備が低いので、さして苦労なく倒すことができた。瞬間、周囲を硫黄のような匂いが包む。
 ユーフェミアの口からはこれまでとは僅かにだが、姿かたちの異なる歪みの精ディストーションが現れた。白っぽく透けていた身体は黒く染まり、手には小さな槍のようなものを持っている。
 この年代記クロニクルに登場する歪みの精ディストーションは、これまでに登場したものと性能が異なる。今までに戦った歪みの精ディストーションは飛行魔導士系だったが、この黒い個体は竜騎士ワイバーンナイトと似たような性能となっている。しかも偶数ターンの初めに自身を中心とした縦三列にいる敵に10の固定ダメージを与えてくる奥義を持っているのだ。これが厄介なのである。
 
 今回は弓兵を断っての出撃なので飛行特効は乗せられないのだが、レオナルドに耐えてもらいながら配置を調整する。
 セオリー通りに角に追い込んで囲んでからは武器相性で俺が優先的に攻撃を受けることとなるのだが、スキル『後の先』の性能とタマキからの回復があれば十分耐えられる範囲だ。これで俺にも☆5キャラクターと同じように奥義があればいいのだが、レアリティが足りないので身に着けることはできないのが残念だ。

 俺は聖剣テミスで一撃を叩きこむ。歪みの精ディストーションが反撃で突き出してきた槍の軌道をずらし致命傷を避ける。速さは拮抗しているようで、お互いに追撃は無く、このターンの戦闘は終了する。

「敵のターンで歪みの精クリオネの奥義が飛んできます! 直後に戦闘になるエリアスさん、気を付けてください!」
「わかった。任せてくれ」

 俺のスキルはリコレクションズだと性能変更が多く、『必殺封じ』のスキルも『戦闘中、相手の必殺率を0パーセントにする』から『敵の奥義による効果を半減する』と変更されている。なので偶数ターンに飛んでくる固定ダメージが俺だけ半分で済む。
 傭兵の兵種スキルである『後の先』も反撃時に守備・回避にプラス補正が付くスキルなのだが、リコレクションズでは回避の概念がないので反撃時に守備・魔防にプラス4という性能になっている。
 敵との武器相性とかもあるので攻撃を耐えるのはぎりぎりの範囲だが、歪みの精ディストーションのHPはそう高くはないのでこの戦闘で倒し切れるはずだ。

「呪われよ、人の子よ! 呪われよ、セフィロトの光竜!」

 最後の一撃を叩きこんだと同時に、これまでは音すら発する事の無かった歪みの精ディストーションが憎悪を含んだ呪いの言葉を吐く。
 セフィロトの光竜というのは、ドルフたち司書ライブラリアンから話を聞けるこの地の守護者だ。セフィロトの十侯爵家を束ねる存在で竜族としては珍しく、同居してくれる程度に人間に好意的であるらしい。
 個体名は前世でのプレイ中に一度も出てきていなかったので不明だが、若くして爵位を継ぎ苦労したドルフの兄が何度も世話になった存在らしい。『人というのは失敗を繰り返し成長する』という部分が気に入っているらしく、ドルフの専用装備である神器『光剣アイン』も、このセフィロトの光竜から貸し与えられたものだ。

「今回の歪みの精ディストーションはなんかいつもと違いましたし、帰ったらアナベル隊長に相談したほうが良さそうです」
「うん、そうだね。十侯会議も近いし光竜にも報告をあげられるだろうから、僕も兄上に伝えておくよ」

 戦闘が終わると合流してきたドルフがタマキと話し込んでいる。話題に上がった『十侯会議』というのはセフィロトの十侯爵家の当主たちが一堂に会する場である。これにはドルフの兄のほかに、ティフェレト家の当主であるアナベル隊長も参加する。大図書館の司書ライブラリアンたちの行動指針などはここで決定されるらしく、アナベル隊長が予算などの交渉をしてくれているそうだ。

 ひとまずはこの年代記クロニクルの登場人物たちに事情を説明しようと、倒れていたユーフェミアを見てくれていた三騎士たちのもとへと向かう。そこでは甲斐甲斐しく主君の介抱をするデルタ将軍と、少し離れた場所でノエル王子の従者に何かの袋を渡しているラムダの姿が見える。先ほどは俺と直接対峙しなかったもう一人はノエル王子に頭を下げているようだ。

「姉上。申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが、こちらの木の実をお召し上がりください」

 少し怯えた様子のノエル王子が、従者に渡された袋を姉ユーフェミアへと差し出す。これまでに見たことない形相だった姉が余程恐ろしかったのだろう、捕食される直前の草食動物のように震えている。
 歪みの精ディストーションに取りつかれていた影響で起き上がるのも辛そうなユーフェミアは、臣下に支えられながら体を起こすと、そっと手でノエルの頬に触れる。

「私こそ少し大人げなかったわ。ごめんなさい」
「あねうえ……」

 そこへ半ば強引かもしれないが割り込むように事情を説明すると、雨で濡れた体を一刻も早く温めるために俺たちは大図書館へと戻った。
 揃いも揃ってずぶ濡れになっているのだが、向こうが雨であることは元から判っていた。なので待機していた者たちが濡れた体を拭くためのタオルや、冷えた体を芯から温めるためにとホットドリンクが用意されていた。

「まあ! こんなにずぶ濡れになって!」
「今は暖かい時期だし、そんなに寒くはないから平気だよ」

 大判のタオルを持ったミシェルが駆け寄ってくると、俺の頭をわしゃわしゃと拭いてくれる。季節としては初夏なので、衣類が含んだ水気さえ絞ってしまえば部屋に戻って着替えたほうが早いくらいだ。

「ではこちらだけでも飲んでくださいまし」
「これは……生姜と蜂蜜か?」
「お湯で溶いただけですが、わたくし初めて生姜をすり下ろしましたの」

 本人はお湯と言っているが湯気は上がっていない。きっとそこそこ時間が経って程よく冷めて飲みやすい温度になっているのだろう。受け取ったマグも人肌くらいに温かい。

「ミシェルの手作りか。ありがとう、嬉しいよ」
「ささっ、ぐいっとお行きになって下さいな」

 なんだか既視感のあるやり取りだが、これはなんだろうか。しかし甘く涼感ある香りにつられるように、俺は一気に飲み干す。温度は思っていたよりも温い。

「ステータスはどうなりましたか?」
「……え?」

 輝く笑顔で聞いて来たミシェルの手には『黄金の蜂蜜酒ドーピングアイテム』の空き瓶が握られていた。全ステータスの中からランダムに三種類上昇させるレアアイテムである。

「力がカンストして、魔防も増えたな。なんか上昇した数値が多いけど、まさか……」
「成し遂げました!」

 今回は以前のように倒れることは無かったが、早く着替えるようにとミシェルに背を押されながら俺は部屋へと戻ることとなった。その後は言わずもがなだが、アイテム効果の問診である。
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