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025、ひとりになって
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部屋に戻り、柔らかなベッドの中に身を埋めると、ようやく一日の疲れが押し寄せてきた。
あれから、隠し部屋でのあの出来事の後――部室には目々澤部長と蓮華寺先輩がまだ残っていた。隠し部屋に行く前に部長が言っていたことを思い出し、どうしていいかわからずに戸惑ってしまったが、部長は「今日は早く帰れ」と、いつものぶっきらぼうの様子で私達を追い出した。
そうして、白人先輩と累は、私を家の前まで送ってくれた。
「目々澤部長は強がってるだけだよ。あれは有理須ちゃんとしたがってるね」
なんて、白人先輩の軽口に照れながら、私たちは日常――みたいな顔をしてそれぞれの家へと帰っていった。
けれど、心の中にはまだ重たい何かが残っている。天井を見上げながら、今日の出来事を振り返っていた。
――あの天使。
ベッドの中で一人になって、頭の中に蘇るのは、体育館で見たあの恐ろしいまでに美しい姿だ。背中の翼、透き通るような白い装束、虚ろな赤い瞳。そして私の名前を呼んだ、直接意識に刻み込まれるような声。
「はいざきありす」
その声を思い返すたび、背筋が冷たくなる。まるで、私の全てを見透かされたような感覚。天使はなぜ私の名前を知っていたのだろう――
胸の奥で小さなざわめきが起こる。あの時の感覚を、無理やり追い出そうとするかのように布団をぎゅっと握りしめるが、それでも消えない。何かが、私に問いかけている気がする。
――私、何か……特別なの?
思わず口に出してしまった言葉。誰に答えを求めているわけでもない。ただ、自分の中にある漠然とした不安をどうにかしたかった。
魔法少年部のマネージャー。マネージャーとして、魔法少年たちに力を与える。
それ自体、確かにおかしなことだ。
この力。
そして、あの天使。
そもそも、なんでこの学園に、街には怪物が現れているんだろう。
考えれば考えるほど、わからないことが多い。どんどんと頭が冴えてしまい、眠りは全くやってくる気配がない。
目を開けて見ると、カーテンの隙間からちょうど細い、糸のような三日月が覗いていた。
その時、ベッドの上に小さな光の球が急に出現した。
「えっ?」
魔法少年部の部員たちが力を得た時の温かな光と違う、冷たい――青白い光だ。
その光は徐々に形を変え、人のような形になる。その形は――
「て、天使?」
光が収まると、あの天使がベッドの上に浮かんでいた。
しかし、体育館で感じたほどの、神々しい恐ろしさは感じなかった。いや、恐ろしいほどに美しくはあるのだが、それでも、なんといえばいいのだろう。少し人間のような瞳をしている、と言えばいいだろうか。
中性的な顔は、まるで完璧に彫り上げられた大理石像のようで、目を逸らしたくなるほど美しかった。透き通るほどに白い肌は冷たささえ感じさせ、その髪は月光をそのまま編み込んだかのように淡く輝いている。真紅の瞳は静かな湖に血を垂らしたように深く、毒々しいほどに赤い唇は、触れるだけで命を奪われるような錯覚を覚える。
背中の翼は、体育館で見た時よりも、わずかに力を失ったかのようなその姿は、かえって人間味を感じさせた。
天使は、その瞳をゆっくりと動かし、私の方を見てくる。
目が合った瞬間、全身に氷の刃が走ったような感覚が襲った。
息を呑む間もなく、心臓が握り潰されるような痛みに襲われ、頭の中は白くなる。恐ろしくて逃げたいのに、体が動かない。視線をそらそうとしても、あの赤い瞳に釘付けにされてしまい、わずかな動きすら許されないように感じた。
――どうしよう。
体育館での、あの惨状が頭をよぎる。
力を得た魔法少年たちでも歯が立たなかった、あの天使。いや、これは同じ天使なのだろうか、わからない。同じ天使だろうが、違う天使だろうが、私には怪物と戦う能力がない。
なんとかして、部員に連絡を取って助けてもらう……?
スマホは、勉強机の上で充電をしている。
そんなことを必死でぐるぐる考えている間も、天使は何もしてこなかった。
「はいざき、ありす」
そのぷっくりした唇を開き、その天使は私の名前を呼んだ。その声は、体育館で聞いたのと同じ、きれいな声。何かを掴むように心臓が大きく脈打ち、血液が逆流していくような感覚に襲われる。
透き通るほどに美しい声が恐怖を煽る。心の奥深くに直接届き、私を貫いてくる。逃げたいのに、体が重くて動かない。まるで見えない鎖で縛られているかのようだ。
天使は、ゆっくりと私に手を伸ばした。指先が微かに触れるその瞬間、何か鋭いものが体を貫くような感覚が襲った。温かい――でも、それは決して優しい温かさではない。氷の中に閉じ込められた炎のような矛盾した感覚。血液が逆流するように、何かが体の中に流れ込んでくる。
私は声を出すことさえできなかった。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
何かを確かめるように、微かに首を傾げていた。ずっと私から目を離さない、その赤い瞳が、私のなかにすううっと染み込んでくる。
天使は、私に覆いかぶさるようにゆっくりと身を近づけてきた。圧倒的な存在感に飲み込まれそうになる。目の前にあるその顔は、美しさと同時に得体の知れない恐怖を放っている。
息が詰まりそうだった。恐ろしいはずなのに、体は拒絶できない。その赤い瞳に見つめられるだけで、理性が崩れ落ちていくような感覚。
天使の手が私の頬に触れると、そこから冷たさと温かさが混ざった奇妙な感覚が流れ込んできた。
全身の感覚が麻痺していく――それなのに、なぜかその感触を拒みきれない自分がいた。
あれから、隠し部屋でのあの出来事の後――部室には目々澤部長と蓮華寺先輩がまだ残っていた。隠し部屋に行く前に部長が言っていたことを思い出し、どうしていいかわからずに戸惑ってしまったが、部長は「今日は早く帰れ」と、いつものぶっきらぼうの様子で私達を追い出した。
そうして、白人先輩と累は、私を家の前まで送ってくれた。
「目々澤部長は強がってるだけだよ。あれは有理須ちゃんとしたがってるね」
なんて、白人先輩の軽口に照れながら、私たちは日常――みたいな顔をしてそれぞれの家へと帰っていった。
けれど、心の中にはまだ重たい何かが残っている。天井を見上げながら、今日の出来事を振り返っていた。
――あの天使。
ベッドの中で一人になって、頭の中に蘇るのは、体育館で見たあの恐ろしいまでに美しい姿だ。背中の翼、透き通るような白い装束、虚ろな赤い瞳。そして私の名前を呼んだ、直接意識に刻み込まれるような声。
「はいざきありす」
その声を思い返すたび、背筋が冷たくなる。まるで、私の全てを見透かされたような感覚。天使はなぜ私の名前を知っていたのだろう――
胸の奥で小さなざわめきが起こる。あの時の感覚を、無理やり追い出そうとするかのように布団をぎゅっと握りしめるが、それでも消えない。何かが、私に問いかけている気がする。
――私、何か……特別なの?
思わず口に出してしまった言葉。誰に答えを求めているわけでもない。ただ、自分の中にある漠然とした不安をどうにかしたかった。
魔法少年部のマネージャー。マネージャーとして、魔法少年たちに力を与える。
それ自体、確かにおかしなことだ。
この力。
そして、あの天使。
そもそも、なんでこの学園に、街には怪物が現れているんだろう。
考えれば考えるほど、わからないことが多い。どんどんと頭が冴えてしまい、眠りは全くやってくる気配がない。
目を開けて見ると、カーテンの隙間からちょうど細い、糸のような三日月が覗いていた。
その時、ベッドの上に小さな光の球が急に出現した。
「えっ?」
魔法少年部の部員たちが力を得た時の温かな光と違う、冷たい――青白い光だ。
その光は徐々に形を変え、人のような形になる。その形は――
「て、天使?」
光が収まると、あの天使がベッドの上に浮かんでいた。
しかし、体育館で感じたほどの、神々しい恐ろしさは感じなかった。いや、恐ろしいほどに美しくはあるのだが、それでも、なんといえばいいのだろう。少し人間のような瞳をしている、と言えばいいだろうか。
中性的な顔は、まるで完璧に彫り上げられた大理石像のようで、目を逸らしたくなるほど美しかった。透き通るほどに白い肌は冷たささえ感じさせ、その髪は月光をそのまま編み込んだかのように淡く輝いている。真紅の瞳は静かな湖に血を垂らしたように深く、毒々しいほどに赤い唇は、触れるだけで命を奪われるような錯覚を覚える。
背中の翼は、体育館で見た時よりも、わずかに力を失ったかのようなその姿は、かえって人間味を感じさせた。
天使は、その瞳をゆっくりと動かし、私の方を見てくる。
目が合った瞬間、全身に氷の刃が走ったような感覚が襲った。
息を呑む間もなく、心臓が握り潰されるような痛みに襲われ、頭の中は白くなる。恐ろしくて逃げたいのに、体が動かない。視線をそらそうとしても、あの赤い瞳に釘付けにされてしまい、わずかな動きすら許されないように感じた。
――どうしよう。
体育館での、あの惨状が頭をよぎる。
力を得た魔法少年たちでも歯が立たなかった、あの天使。いや、これは同じ天使なのだろうか、わからない。同じ天使だろうが、違う天使だろうが、私には怪物と戦う能力がない。
なんとかして、部員に連絡を取って助けてもらう……?
スマホは、勉強机の上で充電をしている。
そんなことを必死でぐるぐる考えている間も、天使は何もしてこなかった。
「はいざき、ありす」
そのぷっくりした唇を開き、その天使は私の名前を呼んだ。その声は、体育館で聞いたのと同じ、きれいな声。何かを掴むように心臓が大きく脈打ち、血液が逆流していくような感覚に襲われる。
透き通るほどに美しい声が恐怖を煽る。心の奥深くに直接届き、私を貫いてくる。逃げたいのに、体が重くて動かない。まるで見えない鎖で縛られているかのようだ。
天使は、ゆっくりと私に手を伸ばした。指先が微かに触れるその瞬間、何か鋭いものが体を貫くような感覚が襲った。温かい――でも、それは決して優しい温かさではない。氷の中に閉じ込められた炎のような矛盾した感覚。血液が逆流するように、何かが体の中に流れ込んでくる。
私は声を出すことさえできなかった。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
何かを確かめるように、微かに首を傾げていた。ずっと私から目を離さない、その赤い瞳が、私のなかにすううっと染み込んでくる。
天使は、私に覆いかぶさるようにゆっくりと身を近づけてきた。圧倒的な存在感に飲み込まれそうになる。目の前にあるその顔は、美しさと同時に得体の知れない恐怖を放っている。
息が詰まりそうだった。恐ろしいはずなのに、体は拒絶できない。その赤い瞳に見つめられるだけで、理性が崩れ落ちていくような感覚。
天使の手が私の頬に触れると、そこから冷たさと温かさが混ざった奇妙な感覚が流れ込んできた。
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