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② 北国の春
おわる3
しおりを挟むほうか。
死んだんか。
だから、自分の姿が見えるんやな。
抜け殻のアタシは、薄目を家族の寝床の方へ向けて、ぽっかり口を開けていた。
ゆずちゃんがアタシの頭につけてってくれたんは、ピンク色の髪留めだったと、いま分かった。
うーん。
なんや、もうちょっと締まりのある顔で逝きたかったな。
ハハハ。
ドラマのようにはいかん。
アタシの人生、こんなもんや。
お父さんも菫も幹也も、割と冷静に動いてる。
そか。そやな。
お父さん、ずーっと介護してくれはったし。ずーっと。出す時なんて、ぜーんぶ丸出しで。苦労かけたもんな。子供らかて、何回も来てくれたしな。
疲れたよな。
ごめんな。
これから何日か大変かしれんけど、その後はゆっくりしてな。
意識が途切れて次に気づいたら、見慣れん場所にいた。
抜け殻のアタシは、白い着物を左前にして横たわってる。
目は閉じられて、いい感じになってた。
誰かが直してくれはったんやねぇ、おおきに。
さっきから、黒いネクタイの若い男の子が行き来しとる。樹と同なしくらいか。葬儀場の人やろか?
キリキリと、よう動く。
働き者は好きや。気持ちがええ。
「よぉ、メガネくん。よろしゅう頼むわ」
これ、樹!
なんちゅう失礼な!
あんた、メガネくん見習いや。
図体ばっか大きなって。いつまでも子供のままじゃアカンで。
メガネくんが言う。
「故人様、お化粧のお時間となります。よろしければご遺族様で?」
「そやね。孫一同でさしてもうたらどうやろ」
晴子さんと菫が頷き合った。
「俺、化粧はよう分からんわ。ゆずちゃん、菜々美姉と一緒にやるか」
「やる!」
ゆずちゃん……。
あんた、ちょっと不器用さんと違うた? 大丈夫か。
菜々美は「任しとき!」と腕を捲る。
「メガネくん、マスカラある? ギャルメイクにしよーや」
おい! ちょー待ちや!
誰か、止めてやー!
「ええと……故人様のご印象から離れない方がよろしいかと」
菜々美、メガネくんの言うことよう聞きや! って聞かんのよなぁ、この子は。
あぁ。困ってはるやん、メガネくん。うちの孫が、えらいすんまへんなぁ。
「そう! 上手いで、ゆずちゃん! 花タソ、若返ったはるわ!」
ホンマかいな。
「ほお。お母さん、ええ感じにしてもうてるやん」
ホンマかいな、お父さん。あんた、孫には甘いからなぁ。
どれどれ。アタシもアタシの顔を覗いてみるか。
なんかテカッてへん? 口元とか。これ、親戚たちに見られるのん?
ええけど。
ええけどや。
この家の者たちは、こんな時まで賑やかしくして。
ちょっとくらい、しんみりせんの?
アタシ、こんななってんのに。
ちょっとも寂しないの?
あ。また、意識飛んだ。
家の近所。桜満開や。
ほうか、今は春やったか。
見慣れた庭が見えた。
いちばん手前に松、その先は三色スミレ。小さな畑に菜の花、奥に柚子の木。
しみじみ眺めるんは久しぶりや。
その庭に、幹也一家がいた。
三人で、えらい神妙な顔で花を刈り取ってる。
え?
アタシの庭。
どういう、こと──?
また意識が飛んで。
気がついたら、アタシは大きな畳敷きの空間に尻餅をついてた。
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