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② 北国の春
顔が良すぎる男
しおりを挟むアタシは、どうやら元気な頃の体に戻ってるようだった。
それにしても、けったいな場所やな。
でっかい畳が延々続いて、朱色のぶっとい柱がドカンドカンと建っとる。
「大丈夫ですか?」
若い女の子が声をかけてくれた。グレーのビジネススーツで、歳は菜々美と同なしくらいやろか。
「すんまへん。ここ、どこですやろ? アタシね、確か死んだ思うんですけど」
「はい。ここは死後の世界、冥界の入り口となっております」
女の子は柔らかく微笑んだ。
「あんた、その若さでこっち来てしもたん?」
「いえ。私はここで案内の仕事をしておりまして」
「仕事なん!?」
何それ、そんな仕事あるん!?
「あんた、偉いなぁ。うちの孫、もっとチャラチャラしとるで」
「おばあちゃんの前では甘えが出るんですよ。お仕事ではしっかりなさってるはずです」
孫の話をしたら、なんやちょっと心細なった。さっきまでは、みんなの姿を追えてたけど。
「申し遅れました。私、緑川 紗那と申します。これから上司のところへご案内します」
紗那ちゃんの上司は、真っ赤な着物の澄ました美人だった。あ、よう見たら男や。
「紗那ちゃん。この人はあんたの“ええ人”か?」
「た、ただの上司です!」
怪しいわぁ。アタシが釘刺しとかな。こんな無垢そうな娘、コロッと騙されてまう!
「紗那ちゃん、悪いことは言わん。この男はやめとき」
「で、ですから」
「顔が良すぎる男いうんは、信用でけん」
「はあ」
何や、その髪は。ファーッ! と伸ばしてからに。
チャラチャラしとったらアカンでえ!
男いうんはな。お父さんみたいに、どっしり構えとかなアカン。
こんなん言うたら、お父さんに怒られそやけどな。「人のことに口出しなや」ってな。
お父さんのこと思い出したら、また寂しなった。
「篁さま」
「ん」
「今回は一筋縄で行かないようですよ」
紗那ちゃんが、笑い出しそうな顔で男前の隣に控えた。
「あんた、若いのに顔白いなぁ」
何か言おうとしてた男前が、顳顬に青筋を立てる。
「ちゃんと食べて、お日さんの光浴びなアカンわ」
「ぶふっ。篁さまがペース崩されてる……」
「おい。何者だ、この婆は」
「篁さま、仕事してください。仕事」
上司やいう男前より、紗那ちゃんの方がよっぽどしっかりしたはる。
「我が名は小野篁である」
何を言ってんのやろな、この人は。
「あのね。小野さん? 高村さん? どっちかハッキリしてくれる?」
「無礼者が! 我を知らぬは恥であるぞ」
「あんたな。そりゃ大きな間違いやで」
こういう若者はどうも我慢ならん。いくら男前でもな。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな、ゆう言葉を知らんか」
長々と説教を垂れた後、アタシは紗那ちゃんからようやく男前の正体を聞いた。なんや昔の偉い人みたい。またお父さんに怒られてまうな。
「えらいすんまへんなぁ。そういうんは最初から言うといてや」
「やる気を削がれた」
男前が拗ねる。
「篁さま、後ろが詰まってます。仕事しないと閻魔さまに報告しますよ」
紗那ちゃんに急かされた男前は、仕方なさそうに扇を掲げた。フワフワの羽がぎょうさん付いとる。
「うむ。大往生である」
男前が扇を振った。
大往生?
アタシが?
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