短編集

キツナ月。

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② 北国の春

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 大往生。
 そんなワケないがな。

 そりゃ、若くはないで。
 ほやけど、今の人やったらもうちょっと長生きするやろ。

 アタシ、ホンマはもっと、みんなの傍で生きたかった。

 
 
 「なあ。泣きなや、お母さん」

 ある時、お父さんは言うた。

 「治らん。アタシの病気、治らんのや」

 子供や孫らがおらん時、よう弱音を吐いた。あの頃はまだ腕も動いたし、美味しいもんも食べれた。

 「どないなっても、俺が看たるさかい」

 お父さんは、ホンマに言葉通りにしてくれた。
 右脚に続いて左脚が効かんようになって、歩行器が車椅子に変わっても。腕も動かんようになって、ずっとベッドにいるようになっても。

 一つずつ、できることが減った。
 ホンマに些細な、何も考えずにでけたことが。

 噛む力すら危うくなった頃、でけんこと数えるんをやめた。
 最期は物を飲み込むことも、痰を吐き出すこともでけんかった。

 “手術で取りきれない”
 “稀な症例”

 ってなに。
 アタシ、難しい話わからんねん。ついてけへんねん。

 なんで、アタシなん?
 みんな元気やのに、なんでアタシだけ。

 病気やなかったら、アタシはまだ、元気でみんなの傍におったのに。




 あれ?
 そうかな、アタシ。みんなの傍におって良かったんかな。

 お父さん、何でも自分でしはるし。家のことも分かってる。
 子供らは家庭を持ってる。

 アタシ、要る?

 アタシが病気でも元気でも。
 アタシ抜きで、みんなの会話は回ってる。

 アタシ、鈍臭いし、かしこない。
 みんなの話、ついてけへん。気の利いたこと、よう言わん。

 さっき見たやん。

 お葬式の準備。みんな、しっかりしたはる。お父さんと菫と幹也。アタシの家族は立派や。ちょっとも寂しそうやなかった。孫らも、何ならアタシで遊んどるくらいやった。

 そか。
 おらんくても、良かったか……。
 でも。


 チョキン。


 幹也一家が刈り取ってた庭の花が胸に蘇った時、アタシの周囲に風が巻き起こった。




 アタシ、ただ普通に暮らしたかってん。

 お父さんと早起きしてな。畑仕事してな。それから、孫らの好きなもんうてな。

 お父さんと並んで台所だいどこ立ちたかってん。
 お料理、いっぱい作りたかってん。
 おいしい、おいしいて。みんなが笑うの見たかってん。

 ヘタな鼻歌、歌いながら。

 平たいやつ。
 孫らに教えてもらうて約束しててん。
 アタシも、ちょこっとでええからやってみたかってん。

 まだ小さなゆずちゃん。もっと遊びたい、成長が見たい。
 孫らも、いつか家庭を持つやろう。その時まで。
 
 戻りたい。
 みんなに会いたい。

 もう叶わんの?
 どうして。

 みんなの輪の中におれたらそれで良かってん。
 あの家にみんなの輪があって、庭に花があればそれで良かってん。

 どうして。
 どうして。

 そう思たら、アタシの周りの風は、どす黒い渦を作った。


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