上 下
1 / 130
序章

体質1

しおりを挟む
 ***

 「そういうのってどうなの、絵美。
 生まれてきた生命いのちに対して」



 え──?



 「イヤなら来なきゃいいのに」

 行き先が変わったこと、知らなかったのよ。

 「おかしくない?
 彼氏と、やることはやってるんでしょ?」

 「そうそう。そっちも潔癖って言うなら分かるけど」

 考えたこともなかった。

 「なんか絵美ってさぁ。
 子供ができたら虐待とかしそうじゃない?」

 「あー……分かる」

 「間違って妊娠でもしたらヤバいよね。
 絵美って男が絶えないから」

 私って、そんなに駄目なの?



 神様。
 生まれたばかりの人間に恐怖する私は、人間失格ですか──?

 ***


 何故こんな日に、こんな上天気なのだ。
 まるで、あの男の晴れの門出を祝福するようではないか。

 窓越しに男を見送る。
 もう半年前に終わった男。
 もう新しい女と楽しくやってるらしい。

 今日は、この部屋に遺されたわずかな荷物を取りに来たのだ。
 これで彼の痕跡はなくなり、疲労だけが残った。
 足早な後ろ姿が、早々に建物の陰に消える。

 無機質な景色。
 都心からは少し離れた、東京にしては静かな場所と言えるだろう。

 就職のため上京し、五年ほどになる。
 特段やりたいことがあった訳ではない。
 慣れるまでは苦労もしたが、住んでみれば実家暮らしより気楽なものだ。

 エアコンで冷えすぎた部屋には、九月の午後の日差しが燦々さんさんと注がれている。

 九月二十五日。
 十畳のワンルームから、男の痕跡が全て消えた日。
 イヤでも忘れられない日になりそう。

 向こうの女から見たら、私が悪役なんだろうな。

 何かの演出かと思うほど完璧な空は、私ではない誰かを応援しているようだ。
しおりを挟む

処理中です...