23 / 130
第二章 十月の修羅場
誘拐事件2
しおりを挟む
──知らないで引き受けたの? バカなの?
九月の終わり。ルナはそう言った。
三ヶ月の試用期間で優秀と認められたら、どうやら私は本当にママになってしまうらしい。
しかし、どんな事にも順序というものがある。
私は、ちゃんと順を追いたい人間だ。
アレルギーは克服したいけど……合格しちゃったらどうしよう。
煮干しの袋をローテーブルに放り、テレビをつける。
ちょうどお昼のニュースが始まったところだった。
【この地方のニュースをお伝えします。
生後三ヶ月の女の赤ちゃんが行方不明になっています。
赤ちゃんは先月二十七日の午前十一時半頃、母親に連れられて『ララマート◯◯町店』内の衣料品店を訪れており、母親が品物を手に取っている隙にベビーカーごと連れ去られたとみられています。
警察は、誘拐事件とみて捜査を続けています。
なお、現在身代金の要求はなく……】
麻由子が「えっ」と息を飲んだ。
赤ちゃんの連れ去りという衝撃的なニュースに私も釘付けになる。
麻由子の肩の上で、ルナが「ぐえぇ」と盛大なげっぷをした。
佐山は放られた煮干しの袋を無表情で見つめており、その心中は定かでない。
しかし、テレビの音は耳に入っているはずである。
テレビに事件現場となった衣料品店が映し出された。
赤ちゃんや子供の服を扱う売り場だ。
「あれ?」
棚の配置やマネキンに着せられた服に、どうも見覚えがある。
直後、心臓がキュッと縮み上がった。
「いやだ、私たちが行った店! しかも同じ日! ねぇ、ルナ」
ルナは、麻由子の腕の中であくびをする。
「んー、そうだっけ?」
「まったく。あんたは呑気なんだから」
ルナ語が分からない麻由子たちはポカンとしているが──。
九月二十七日。確かに買い出しに行った日だ。
あれはお昼前のこと。事件発生の時間と被る。
あの時、誘拐犯も同じフロアにいたのだ。
ゾッとした。私の説明に、麻由子も蒼ざめている。
生後三ヶ月といえばルナと同じくらいか。
家族はどんな思いでいることだろう。
眠そうに指をしゃぶるルナを視界の端に捉えつつ、ふとある考えが頭をもたげた。
誘拐──。
私が今していることも、同じようなことではないのか。
結局、警察には連絡しなかった。
でも。
軽く頭を振って、浮かんだ二文字を打ち消す。
ルナは自分の意思でここに居るのだ。
分かり切ったことなのに、広くない部屋にが急に冷え冷えとしてきた。
問題は、「ここに居る」という意思表明をしたのがルナ本人だということだ。
ルナはベビーである。
私以外の人物に、ルナの言葉は聞こえない。
何かで説明を求められた時、ルナの意思など確認しようがないのである。
そして。この奇妙な状況を証明できるのは、たった一片の紙だけ。
【この子を預かってください。
三ヶ月後、あなたに審判が下されます】
差出人も書かれていない紙。
忘れもしない。九月二十五日。
昌也が残された荷物を持って帰った数分後。
雹と一緒にルナがやって来た。
そして。まるでルナが携えてきたかのように、その紙はいつの間にか私の部屋に在った。
ソファの背もたれと座面の間。
二十五日に麻由子が来てくれた時、そこに慌てて隠した一片の紙。
今は確認できない。一人にならないと。
思考の海から徐々に現実に引き戻され、耳にテレビの音が入ってきた。
ワイドショーが始まっている。
いつにも増して、内容は頭に入ってこなかった。
九月の終わり。ルナはそう言った。
三ヶ月の試用期間で優秀と認められたら、どうやら私は本当にママになってしまうらしい。
しかし、どんな事にも順序というものがある。
私は、ちゃんと順を追いたい人間だ。
アレルギーは克服したいけど……合格しちゃったらどうしよう。
煮干しの袋をローテーブルに放り、テレビをつける。
ちょうどお昼のニュースが始まったところだった。
【この地方のニュースをお伝えします。
生後三ヶ月の女の赤ちゃんが行方不明になっています。
赤ちゃんは先月二十七日の午前十一時半頃、母親に連れられて『ララマート◯◯町店』内の衣料品店を訪れており、母親が品物を手に取っている隙にベビーカーごと連れ去られたとみられています。
警察は、誘拐事件とみて捜査を続けています。
なお、現在身代金の要求はなく……】
麻由子が「えっ」と息を飲んだ。
赤ちゃんの連れ去りという衝撃的なニュースに私も釘付けになる。
麻由子の肩の上で、ルナが「ぐえぇ」と盛大なげっぷをした。
佐山は放られた煮干しの袋を無表情で見つめており、その心中は定かでない。
しかし、テレビの音は耳に入っているはずである。
テレビに事件現場となった衣料品店が映し出された。
赤ちゃんや子供の服を扱う売り場だ。
「あれ?」
棚の配置やマネキンに着せられた服に、どうも見覚えがある。
直後、心臓がキュッと縮み上がった。
「いやだ、私たちが行った店! しかも同じ日! ねぇ、ルナ」
ルナは、麻由子の腕の中であくびをする。
「んー、そうだっけ?」
「まったく。あんたは呑気なんだから」
ルナ語が分からない麻由子たちはポカンとしているが──。
九月二十七日。確かに買い出しに行った日だ。
あれはお昼前のこと。事件発生の時間と被る。
あの時、誘拐犯も同じフロアにいたのだ。
ゾッとした。私の説明に、麻由子も蒼ざめている。
生後三ヶ月といえばルナと同じくらいか。
家族はどんな思いでいることだろう。
眠そうに指をしゃぶるルナを視界の端に捉えつつ、ふとある考えが頭をもたげた。
誘拐──。
私が今していることも、同じようなことではないのか。
結局、警察には連絡しなかった。
でも。
軽く頭を振って、浮かんだ二文字を打ち消す。
ルナは自分の意思でここに居るのだ。
分かり切ったことなのに、広くない部屋にが急に冷え冷えとしてきた。
問題は、「ここに居る」という意思表明をしたのがルナ本人だということだ。
ルナはベビーである。
私以外の人物に、ルナの言葉は聞こえない。
何かで説明を求められた時、ルナの意思など確認しようがないのである。
そして。この奇妙な状況を証明できるのは、たった一片の紙だけ。
【この子を預かってください。
三ヶ月後、あなたに審判が下されます】
差出人も書かれていない紙。
忘れもしない。九月二十五日。
昌也が残された荷物を持って帰った数分後。
雹と一緒にルナがやって来た。
そして。まるでルナが携えてきたかのように、その紙はいつの間にか私の部屋に在った。
ソファの背もたれと座面の間。
二十五日に麻由子が来てくれた時、そこに慌てて隠した一片の紙。
今は確認できない。一人にならないと。
思考の海から徐々に現実に引き戻され、耳にテレビの音が入ってきた。
ワイドショーが始まっている。
いつにも増して、内容は頭に入ってこなかった。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる