【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

第二章 十月の修羅場

青天の霹靂4

　「え？　入籍がまだ？」

　思いのほか、声が大きく響いてしまった。
　慌てて口を押さえる。

　「ごめんなさい、私ったら」

　ユイカさんは、別に構わないという感じでこちらに向かって両手を広げ、「お話する機会がなくて」と言った。
　先程まで遊んでいた親子連れはいつの間にか帰ったようで、公園内はしんとしている。

　ユイカさんの彼は、妊娠が分かった時点で将来を約束してくれていたらしい。
　しかし、ある事情で入籍が延びているというのだ。

　「なんだか、前に付き合ってた女性のことが絡んでるみたいで」

　「えぇっ！？」

　ユイカさんほどの女性に、こんな仕打ちを。
　世の中には、身勝手かつ風変わりな男もいるものだ。

　「分かってて一緒になったんですけどね」

　悩んでいた時期もある。でも彼のことを信じていると、ユイカさんは笑った。

　「ユイカさんが選んだ人だもの。きっと大丈夫よ」

　そうやってユイカさんを励ましながら、すぅっと心が軽くなってしまう自分が恐ろしい。

　ユイカさんみたいな人は、悩みなんて無いんだと思っていた。
　何もしなくても、みんなが大事にしてくれるんだと。

　だけど違った。

　身構えることなかったんだ。
　ツイてないのは私だけじゃない。

　そんなことを思ったらいけないという思いもある。でも。
　必死で打ち消そうとしても、ドロドロとした気持ちは次から次へと湧き上がってきてしまう。

　いつになく多弁になった。
　ユイカさんの、あんな話を聞いた後で。
　軽くなった心は、どんどん遠く飛んで行ってしまう風船みたいに高揚している。

　ユイカさんは見栄を張ったりしない。
　私なんか、全身嘘で塗り固めているのに。

　ユイカさんは知らない。
　どうしようもなく駄目な私を。

　佐山はともかく、私という人間を知った上で付き合ってくれる麻由子の存在はありがたいものだ。
　でも、違う意味で認められたい時が、私にもある。

　ルナは、どう思っているだろう。
　ルナは何も言わない。



　「あ、ちょっとごめんなさい」

　かすかに電子音がし、ユイカさんがワンピースのポケットからスマホを取り出した。

　「彼、今日は早めに仕事を切り上げてきたみたい。
　今ここへ向かってるって」

　……ふうん。
　結局、上手くいってんだ？

　はにかんだような笑顔のユイカさん。
　この様子なら入籍も時間の問題だろう。

　つまらない気分……じゃない！

　入籍できた方が良いじゃん、幸せになった方が！
　私はブンブンと首を振り、邪念を打ち消した。

　「どうかしました？」

　「か、蚊がいたような気がして」

　人の不幸を喜ぼうとするなんて、どうかしてる！