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第二章 十月の修羅場
チーズケーキ1
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「彼のような人間には、嘘でもハッキリと宣言しておいた方が効くのですよ」
佐山は、ルナにミルクを飲ませながら言う。
佐山は、私が元彼に付きまとわれいたと思い込んでいるらしい。
結果的に、ルナを含めた私たちがファミリーだという話をでっち上げて昌也を帰らせた。
──後ほど、お邪魔しますので。
出かける前に言っていた通り、律儀に有言実行の佐山である。
クッションも敷かずに、フローリングに直に座ってる。
話がややこしくなった気もするけど。
あのとき佐山が間に入ってくれなかったら、ルナが昌也と私の子だという話が継続してしていたことになる。
重大な嘘だ。
だから、やっぱり助かったよね。
「感謝してます」
ソファの隅っこに正座して頭を下げる。
「でも、なんか私が不貞を働いたみたいになってません?」
大人の会話も耳に入らない様子でミルクを補給するルナに目をやった。
作り話とはいえ。
そういうことをしなきゃ、ベビーはできない訳で。
これじゃ、大家に流された噂の通りじゃない。
「っかー! 生き返るぅ」
ルナが空の哺乳瓶を押しやり、どこかのオヤジのようなことを言う。
佐山は、大きな手でルナの背中をトントンやり始めた。
「ずっと付きまとわれるより良いでしょう」
「外聞が悪いわ」
オムツでもりっとなったルナのおしりを眺める。
これは出てるな。
「言いたい者には言わせておけばいい。
大切なのは、あなた方の安全が確保されることでしょう」
そういうことじゃないんだよなぁ。
「スッキリしない表情ですね」
ルナが「ぐげぇ」とゲップした。
「そういう時は、動物と触れ合うことをお勧めしますよ」
佐山は、慣れた手つきでルナを抱き直すと口の片端をひん曲げる。
本気で言ってるんだろうな。
「そろそろ着替えの時間です。男性は外へ」
動物云々は華麗にスルーしておく。
不満そうなルナを私に託すと、佐山は素直に出て行った。
「あぁ、スッキリした」
ルナが嬉しそうな声を上げる。
オムツを替えて、ついでに服も着替えさせた。
お下がりでもらったカバーオールは、腹の部分にデカデカと『I ♡ papa』とプリントされている。
外側についたタグを見ると一応ブランド物らしい。
「色々とお騒がせしたわね」
ルナにも悪いことをした。
仮にも(?)ベビーなんだし、ああいう緊迫した状況は疲れただろう。
「ふーん。珍しく、しおらしいじゃん」
ルナは、きゅっと口をすぼめた。
「だからあの公園はやめろって言ったでしょ?
あたしはずっとイヤな感じがしてたの」
ルナは小さな指で器用に鼻をほじる。
確かに、ユイカさんに会うことは反対されてた。
素直に聞いとけば良かったかな。
散歩のコース、変えよう。
早く忘れたいな。
「あのおにーさん、顔だけだったね」
クッションの上から、ルナは偉そうにものを言う。
ベビーにまでこんなこと言われるなんて。
昌也も大概だけど私も情けないよ。
──顔だけだったね。
少しだけ自覚があるのが辛い。
自覚があるからこそ、次にルナが発した言葉にカチンときた。
「本当に好きだったの?」
何それ。
私、ベビーに何を言われてるの。
「もう、誰にも自慢できなくなっちゃったね」
自慢なんて。
でも、鼻が高かった覚えはある。
昌也、仕事もできるみたいだったし。
ルナは悪びれるでもなく、クッションの上で小さな身体を動かす。
「ニュータウンの豪華なマンションに住むのはユイカさん。
自分はこんな狭いアパートで赤ちゃんのお守り……って思ってるでしょ」
ユイカさんの名前を出されてカッとなった。
「黙りなさい!」
「絵美は、全部をベビー・アレルギーのせいにしてるだけなんだよ」
奥歯を噛み締めた拍子に涙が落ちる。
どうして?
何かが変わればと思ってルナを預かったのに、良いことなんて一つも起こらない。
「あんたに何が分かるのよ!!」
気づいたら、右手を高々と振り翳していた。
ルナが怯えたように泣き出す。
また泣く。
苛々する。
泣くくらいなら初めから何も言わないでよ。
振り翳した右手は、後は重力に従うだけになっていた。
バタン──!
佐山は、ルナにミルクを飲ませながら言う。
佐山は、私が元彼に付きまとわれいたと思い込んでいるらしい。
結果的に、ルナを含めた私たちがファミリーだという話をでっち上げて昌也を帰らせた。
──後ほど、お邪魔しますので。
出かける前に言っていた通り、律儀に有言実行の佐山である。
クッションも敷かずに、フローリングに直に座ってる。
話がややこしくなった気もするけど。
あのとき佐山が間に入ってくれなかったら、ルナが昌也と私の子だという話が継続してしていたことになる。
重大な嘘だ。
だから、やっぱり助かったよね。
「感謝してます」
ソファの隅っこに正座して頭を下げる。
「でも、なんか私が不貞を働いたみたいになってません?」
大人の会話も耳に入らない様子でミルクを補給するルナに目をやった。
作り話とはいえ。
そういうことをしなきゃ、ベビーはできない訳で。
これじゃ、大家に流された噂の通りじゃない。
「っかー! 生き返るぅ」
ルナが空の哺乳瓶を押しやり、どこかのオヤジのようなことを言う。
佐山は、大きな手でルナの背中をトントンやり始めた。
「ずっと付きまとわれるより良いでしょう」
「外聞が悪いわ」
オムツでもりっとなったルナのおしりを眺める。
これは出てるな。
「言いたい者には言わせておけばいい。
大切なのは、あなた方の安全が確保されることでしょう」
そういうことじゃないんだよなぁ。
「スッキリしない表情ですね」
ルナが「ぐげぇ」とゲップした。
「そういう時は、動物と触れ合うことをお勧めしますよ」
佐山は、慣れた手つきでルナを抱き直すと口の片端をひん曲げる。
本気で言ってるんだろうな。
「そろそろ着替えの時間です。男性は外へ」
動物云々は華麗にスルーしておく。
不満そうなルナを私に託すと、佐山は素直に出て行った。
「あぁ、スッキリした」
ルナが嬉しそうな声を上げる。
オムツを替えて、ついでに服も着替えさせた。
お下がりでもらったカバーオールは、腹の部分にデカデカと『I ♡ papa』とプリントされている。
外側についたタグを見ると一応ブランド物らしい。
「色々とお騒がせしたわね」
ルナにも悪いことをした。
仮にも(?)ベビーなんだし、ああいう緊迫した状況は疲れただろう。
「ふーん。珍しく、しおらしいじゃん」
ルナは、きゅっと口をすぼめた。
「だからあの公園はやめろって言ったでしょ?
あたしはずっとイヤな感じがしてたの」
ルナは小さな指で器用に鼻をほじる。
確かに、ユイカさんに会うことは反対されてた。
素直に聞いとけば良かったかな。
散歩のコース、変えよう。
早く忘れたいな。
「あのおにーさん、顔だけだったね」
クッションの上から、ルナは偉そうにものを言う。
ベビーにまでこんなこと言われるなんて。
昌也も大概だけど私も情けないよ。
──顔だけだったね。
少しだけ自覚があるのが辛い。
自覚があるからこそ、次にルナが発した言葉にカチンときた。
「本当に好きだったの?」
何それ。
私、ベビーに何を言われてるの。
「もう、誰にも自慢できなくなっちゃったね」
自慢なんて。
でも、鼻が高かった覚えはある。
昌也、仕事もできるみたいだったし。
ルナは悪びれるでもなく、クッションの上で小さな身体を動かす。
「ニュータウンの豪華なマンションに住むのはユイカさん。
自分はこんな狭いアパートで赤ちゃんのお守り……って思ってるでしょ」
ユイカさんの名前を出されてカッとなった。
「黙りなさい!」
「絵美は、全部をベビー・アレルギーのせいにしてるだけなんだよ」
奥歯を噛み締めた拍子に涙が落ちる。
どうして?
何かが変わればと思ってルナを預かったのに、良いことなんて一つも起こらない。
「あんたに何が分かるのよ!!」
気づいたら、右手を高々と振り翳していた。
ルナが怯えたように泣き出す。
また泣く。
苛々する。
泣くくらいなら初めから何も言わないでよ。
振り翳した右手は、後は重力に従うだけになっていた。
バタン──!
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