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第二章 十月の修羅場

チーズケーキ3

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 「佐山さん、恋愛が長続きしたことないでしょ?
 女心が分かってないとか言われません?」

 佐山は、片肘をついてポカンと口を開けている。
 まったく。

 「私が言いたいのは、往来で元彼と喧嘩したり赤ちゃんに手を上げたり。
 そういう自分が嫌で嫌でたまらな……あっつ!」

 何の気無しに口に含んだコーヒーが熱かった。

 「まあ、独り言みたいなものなんで気にしないでください」

 「あの、一つだけ言っておきますが」

 佐山が口を開いた。
 私が喋る間、置物のように身じろぎ一つしないから何も聞いてないと思ってた。

 「ルナさんに手を上げようとしていた時のあなたは、本気には見えませんでしたよ。
 躊躇が無かったら、僕が入ったところで間に合わなかったかと。
 だからやっていい、とは言いませんがね」

 身体の中心だけお風呂に浸かったみたいにポッとなる。

 ふいと視線をずらしてルナを見た。
 ぐっすり眠ってる、クッションに身体が収まっちゃうくらい小さなルナ。
 ごめんね。

 「済んでしまったことは、気に病まないことです」

 佐山の目は相変わらず髪に隠れているが、落ち着いた声と少し上がった口角は優しげに見えた。
 ズレまくっていると思えば、突然ど真ん中に来る。



 「裏切ったのは彼なんです」

 「……」

 「これは独り言じゃないです」

 「ほう。裏切りですか」

 私、佐山相手に何してんだろ──?

 ただ佐山は、突然の私の報告に驚くでもなく普通に応じた。
 ヤケになってあおったコーヒーは、丁度いい温度になりつつある。

 「彼、浮気して相手の女の人を妊娠させたんです。
 もうすぐ生まれるの……っていうか浮気じゃなかったのかも」

 「と、言いますと?」

 佐山の相槌には同情の色も否定の色もなく、極めて平坦であった。
 その平坦さが、却って私に勢いをつけた。

 「本気になったのよ!」

 グシャリとカップを握り締めると、プラスチック製の蓋部分からわずかに残っていたコーヒーが飛び出し、ローテーブルのガラス面に点々と汚れをつける。

 「はあ。僕はそういった人間関係が煩わしくて避けているので、よく分かりませんが」

 佐山は少し身を乗り出し、コンビニの紙おしぼりでローテーブルの汚れを拭った。

 「動物は、狩り損ねた獲物のことなど考える間もなく次へ行動を移します。
 厳しい自然界を生き抜くためにね」

 えらく壮大な話になってしまった。
 そう簡単には行かないわ。
 だって私、人間ですもの。

 「佐山さんて……なんか、動物みたいですね」

 確信があった訳でもないが、口に出してみたら妙に得心がいった。
 彼の飄々として端的な言動は、何故か動物を連想させた。
 かといって、サバンナを闊歩するライオンには見えないが。
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