【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

文字の大きさ
43 / 130
第二章 十月の修羅場

チーズケーキ5

しおりを挟む
 心臓が跳ね上がる。
 佐山の方が初めて目を逸らしてオホンと咳払いをした。

 「僕に面と向かって変人だと言い切る方が、あなたらしいですよ」

 ──放っておけないのです。

 ほんの短いフレーズに内包されるパワーがデカ過ぎる。
 でも勘違いしちゃいけない。

 「結局……自律できてないってことよね」

 ひっそりと呟いた。
 ぬぼーっとしている佐山を前に、チーズケーキの最後の塊を口の中へ放り込む。

 柔らかな生地は脆くも崩れ去り、フワリとした甘さも風のように消えた。
 いい加減、前に進まなきゃ。

 「フンだ、昌也のバカ!」

 これでいい。
 バイバイ、昌也。

 「静かに。
 何です、突然?」

 「言いたくなっただけです」

 「過去に囚われるのは有意義でないと思いますが」

 佐山が呆れたように言った。
 再び顔の上半分が髪に隠れて表情は読めないが、その目が優しげであろうことを私は知っている。

 「今日はいいの!」

 「静かに。
 まったく、あなたは仕様がない人ですね」


 ***

 「絵美ぃ。おーい」

 ルナの声で、ゆるゆると目が開いた。
 ぼんやりとした視界の中、ソファの脚やカーペットが徐々にハッキリした形を持ち始める。

 「あッ!」

 いつの間にか床に伏せて眠っていたのだ。

 慌てて起き上がった時、身体に毛布が掛かっていることに気づいた。
 違和感から口元に手をやる。

 「イヤだ、よだれ」

 「パパ、帰っちゃった」

 ルナが言った。
 ベビー用の小さな布団に寝転んで、腕をぱたぱた動かしている。
 ルナの世話もこの毛布も、もしかして佐山が?

 どれくらい眠ってしまったのか。
 窓から入る西陽は燃え尽きそうに弱まっており、部屋の中は暮色に染まりつつある。

 寝顔を見られた。よだれも。
 今日はみっともない様をさらしてばかりだ。

 いびき、かいてなかったかな。
 ねえルナ、と聞こうとして空気を飲み込む。

 さっき、ルナに手を上げようとしたことが思い起こされた。
 電気をつけ、ルナの側に寄って腹ばいになる。
 床で眠ってしまったために身体は痛いが、頭はスッキリしていた。

 「ルナ。さっきはごめんね」

 「さっきってなぁに?」

 あれ?
 あんなことがあった割に、ルナはやけに爽やかな表情である。

 「お、覚えてないの?」

 「何のこと?」

 本当に覚えてないみたい。
 寝ると忘れる?
 ベビーって、そういうもんなの?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい

葉方萌生
ライト文芸
淡路島で暮らす28歳の城島朝香は、友人からの情報で元恋人で俳優の天ヶ瀬翔が島に戻ってきたことを知る。 絶妙にすれ違いながら、再び近づいていく二人だったが、翔はとある秘密を抱えていた。 過去の後悔を拭いたい。 誰しもが抱える悩みにそっと寄り添える恋愛ファンタジーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...