【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第三章 十一月の受難

窮地2

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 「あぁ? 何だ、その顔は!?
 バカにしやがって!」

 木田は頬をひくつかせ、私の口を塞いだのと反対の手でカットソーの首元を引っ張り上げた。
 そのまま、衣服と肌の狭い隙間に無理やり顔をねじ込んでくる。

 全身に寒気が走った。

 「いつもそうやって誘ってんだろ?
 夜道で追われてるんですとか言ってさぁ」

 狭い空間で木田の頭が動く度、吐き気にも似た不快感に襲われる。

 道代が流した噂を鵜呑みにしたにしても、言うことが滅茶苦茶だ。
 必死で腕を突っ張って引き剥がそうともがく。
 が、抵抗も虚しく今度は手が腰へ回ってきた。

 「んぎゃああぁぁっ! んぎゃあーっ!」

 乳母車のカゴの中で、ルナが毛布を蹴飛ばす勢いで暴れ始めた。
 木田が舌打ちする。

 「うるせえな!
 おい、さっさと開けろ!」

 部屋に上げたらお終いだ。
 誰か……。



 誰も来ない。
 バカみたい。

 目の前が滲む。

 仕事はクビになった。
 恋人には振られて、おまけに違う女の人との間にベビーまで。

 何も知らずに、その女の人と一生懸命友だちになろうとしたりして。


 バカみたい。


 あの人たちは幸せなのに、私はこんなところで襲われそうになっている。
 佐山は来ない。

 木田は、私が物欲しそうだと言った。そうかもしれない。
 だけど。

 覆い被さってくる木田から顔を背けた。
 隣室のドアが目に飛び込んでくる。103号室。



 助けて──。



 口を塞いでくる手の中でうめいた。
 それは、くぐもって言葉にもならないけど。

 助けて。

 「ぶええぇん」

 ルナが泣き続けている。

 突如、耳を圧迫される。
 ねちゃっと糸を引くような感触で、耳の中でうごめくものが木田の舌だと理解した。
 
 怖い。助けて。

 力を振り絞って呻く。
 ギュッと目を閉じた拍子に涙が落ちた。
 鼻も口も塞がれているために酸欠状態になる。
 意識が遠のく。



 ザッと地面を擦る音がした。



 ぼやけた意識が輪郭を取り戻す。

 弾かれたように木田の体が離れた。
 口を覆う手を払い退けると、咳が急激に喉を駆け上ってくる。
 堪らずその場に座り込んだ。

 「ああー……この方、体調崩されたみたいで。
 送ってきました。失礼しますね」

 「んぎゃーっ!」

 木田がいかにも怪しい言い訳を吐くと、ルナがさらに大きな声を上げた。

 玄関ポーチに現れた人物が動き出す。
 木田が逃げるように背を向ける。

 ちょっと季節外れな、ジャージにサンダル履きの足がスタスタと目の前を通り過ぎる。




 「あの。全く誤魔化せていませんよ」

 軽々と木田の首根っこを掴むと、佐山はいつもの調子で言った。
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