88 / 130
第四章 続・十一月の受難
女の横顔1
しおりを挟む誘拐事件解決から数日。
マスコミは連日、争うように犯人の女の生い立ちについて報道していた。
犯人がどこかへ移送される際の映像が頻繁に出てくる。
茶色がかった髪に横顔を隠す女──。
ワイドショーでは、どう手に入れるのか中学時代と思しき写真が使われていた。
鬼のようでもなく寂しそうでもなく、普通の女だった。
『友達? いなかったんじゃない?』
『地味で目立たない子でしたね。
まさか、こんな大それた事件を起こすなんて』
同級生の声がテレビから流れる。
加工された声はやけに無機質で、女の孤独が仄見えるようだった。
どこから漏れたのか、事件解決直前に誤認逮捕があったことも明るみに出た。
警察側はノーコメントを貫いている。
これによって私個人が特定されることはなくなったが、分かる人には分かってしまうだろう。
そこが憂鬱だ。
ここへ警察が乗り込んできた時、アパート周辺は騒然としていた。
大半が勤め人で、ほとんど顔を合わさずに済むところが救いといえば救いだが……。
ところで。
ここ最近、ルナは足や腕のムチムチ感が増してきた。
「立派になって」などと、しみじみするのも一時だ。
中身は何も変わらない。
生意気な口をきいておいて、腹が減ると普通のベビーに戻って泣く。
人違いでどこかへ連れて行かれたことなどすっかり忘れたようで、すんなりと元の生活に戻っている。
冴子さんの店は、早々に営業を再開した。
店主自らが起こした警察沙汰の影響は無くもないが、常連は離れていかなかったようだ。
そこは冴子さんの人柄だろうか。
彼女も相変わらず。
たまに私の部屋に寄ってはルナにちょっかいを出し、コーヒーを飲んで行く。
娘さんの話は……あの日以来、一度もしていない。
表向き、お互い何もなかったように過ごしている。
元来明るい女性だが、あれ以来、憑き物が落ちたように生き生きとしている。
そして。
すっかり鳴りを潜めているのがアパートの大家・狭間道代だ。
ルナは、誘拐された梨奈ちゃんに良く似ている。
あの違いに気づけと言うのは気の毒だが、調子に乗ったのはマズかった。
自慢話などしなければ、誰が通報したか知られることはなかったものを。
あれ以来、道代の口は貝のように堅く閉ざされているとか。
もちろん、冴子さんの店にも顔を出していないそうだ。
道代に『恥』という常人並の感覚が備わっていたのは意外だった。
一皮剥けば、ただの小心者なのだ。
そんな道代と偶然顔を合わせた佐山は、
「これに懲りて、入居者の詮索は止めていただきたい」
と、キッパリ言ったそうである。
冴子さんが目撃していた。
「何のことかしら」
と言いながら、道代は逃げるように立ち去ったとか。
「あぁ、スカッとした!」
冴子さんは、これで一週間は美味しいお酒が飲めると笑っていた。
その佐山については説明するまでもない。
律儀に私の部屋へ顔を出してはルナの様子をうかがい、あれやこれやと細かい注文をつけてピーコの元へ帰っていく。
皆、落ち着くべきところへ落ち着いた。
それは私も例外ではない。
あの騒動は、まるで前世の記憶かというくらい遠い過去だ。
ごくたまに事件について続報が流れると、暗い取調室を思い出したりもするが。
そんな記憶も、慌ただしい日常とともに薄らいでいくだろうか。
麻由子がいて、冴子さんがいて。ルナがいて。
それから。あの人がいて。
でも。
そんな日常がいずれ変わってしまうことを、私は知っている。
今、十一月の真ん中。
あと一ヶ月で、“三ヶ月後の審判”はやって来る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい
葉方萌生
ライト文芸
淡路島で暮らす28歳の城島朝香は、友人からの情報で元恋人で俳優の天ヶ瀬翔が島に戻ってきたことを知る。
絶妙にすれ違いながら、再び近づいていく二人だったが、翔はとある秘密を抱えていた。
過去の後悔を拭いたい。
誰しもが抱える悩みにそっと寄り添える恋愛ファンタジーです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる