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第四章 続・十一月の受難
女の横顔1
しおりを挟む誘拐事件解決から数日。
マスコミは連日、争うように犯人の女の生い立ちについて報道していた。
犯人がどこかへ移送される際の映像が頻繁に出てくる。
茶色がかった髪に横顔を隠す女──。
ワイドショーでは、どう手に入れるのか中学時代と思しき写真が使われていた。
鬼のようでもなく寂しそうでもなく、普通の女だった。
『友達? いなかったんじゃない?』
『地味で目立たない子でしたね。
まさか、こんな大それた事件を起こすなんて』
同級生の声がテレビから流れる。
加工された声はやけに無機質で、女の孤独が仄見えるようだった。
どこから漏れたのか、事件解決直前に誤認逮捕があったことも明るみに出た。
警察側はノーコメントを貫いている。
これによって私個人が特定されることはなくなったが、分かる人には分かってしまうだろう。
そこが憂鬱だ。
ここへ警察が乗り込んできた時、アパート周辺は騒然としていた。
大半が勤め人で、ほとんど顔を合わさずに済むところが救いといえば救いだが……。
ところで。
ここ最近、ルナは足や腕のムチムチ感が増してきた。
「立派になって」などと、しみじみするのも一時だ。
中身は何も変わらない。
生意気な口をきいておいて、腹が減ると普通のベビーに戻って泣く。
人違いでどこかへ連れて行かれたことなどすっかり忘れたようで、すんなりと元の生活に戻っている。
冴子さんの店は、早々に営業を再開した。
店主自らが起こした警察沙汰の影響は無くもないが、常連は離れていかなかったようだ。
そこは冴子さんの人柄だろうか。
彼女も相変わらず。
たまに私の部屋に寄ってはルナにちょっかいを出し、コーヒーを飲んで行く。
娘さんの話は……あの日以来、一度もしていない。
表向き、お互い何もなかったように過ごしている。
元来明るい女性だが、あれ以来、憑き物が落ちたように生き生きとしている。
そして。
すっかり鳴りを潜めているのがアパートの大家・狭間道代だ。
ルナは、誘拐された梨奈ちゃんに良く似ている。
あの違いに気づけと言うのは気の毒だが、調子に乗ったのはマズかった。
自慢話などしなければ、誰が通報したか知られることはなかったものを。
あれ以来、道代の口は貝のように堅く閉ざされているとか。
もちろん、冴子さんの店にも顔を出していないそうだ。
道代に『恥』という常人並の感覚が備わっていたのは意外だった。
一皮剥けば、ただの小心者なのだ。
そんな道代と偶然顔を合わせた佐山は、
「これに懲りて、入居者の詮索は止めていただきたい」
と、キッパリ言ったそうである。
冴子さんが目撃していた。
「何のことかしら」
と言いながら、道代は逃げるように立ち去ったとか。
「あぁ、スカッとした!」
冴子さんは、これで一週間は美味しいお酒が飲めると笑っていた。
その佐山については説明するまでもない。
律儀に私の部屋へ顔を出してはルナの様子をうかがい、あれやこれやと細かい注文をつけてピーコの元へ帰っていく。
皆、落ち着くべきところへ落ち着いた。
それは私も例外ではない。
あの騒動は、まるで前世の記憶かというくらい遠い過去だ。
ごくたまに事件について続報が流れると、暗い取調室を思い出したりもするが。
そんな記憶も、慌ただしい日常とともに薄らいでいくだろうか。
麻由子がいて、冴子さんがいて。ルナがいて。
それから。あの人がいて。
でも。
そんな日常がいずれ変わってしまうことを、私は知っている。
今、十一月の真ん中。
あと一ヶ月で、“三ヶ月後の審判”はやって来る。
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