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第五章 クリスマスの涙

すれ違い5

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 「うえぇぇん」


 ルナが泣き出した。

 ルナ。
 私にどんな審判を下すつもりでいるの?


 ルナは泣き続ける。
 ハッと正気に戻った。

 ルナは、不快を感じると普通の赤ちゃんに戻るのだ。
 お腹が空いたんだろう。

 ルナの場合。
 否、ベビー全てに当てはまるのか。

 泣く、という行為は、不快や空腹を伝えるものであるらしい。
 自力で動けない彼らにとって、「泣く」とは生存を賭けた行為だ。


 どうして泣くの?


 言葉が通じても、本当のところは分からない。
 ただ、せめてほんの少しでも私との別れを惜しんでくれたなら──。



 涙を拭ってキッチンへ向かう。
 当たり前のように、一日に何度も繰り返す作業。

 すっかり普通の赤ちゃんに戻っているルナは、小さな身体に懸命に栄養を取り込む。
 見慣れた、斜め上からの景色。



 夜は、ルナと並んで寝た。
 審判のことも佐山のことも、考えることを放棄した。
 ただ、今はひっついて眠っていたかった。




 ***


 静かだな。
 しんしんとした気配。
 スマホの光の中に浮かぶ時刻は午前二時だ。
 ルナと一緒に早く就寝したために、目が覚めてしまった。


 佐山は、やっぱり来なかった。


 目覚めた途端に思い出して胸が痛む。
 こうなると、もう一度眠ろうにも眠れない。

 少し開いたカーテンを直そうと窓辺に寄り、何気なく外に目をやった。

 「雪……」

 湿気を含んでいそうな大きな塊が斜めに降る様が、街灯に照らされている。
 この分だと朝には積もっているだろうか。
 雪だと思うと条件反射のように底冷えがしてくる。


 「ふええぇぇん」


 「……!」


 初めはいつもの夜泣きだと思っていた。
 でも。


 抱き上げたルナは冷え切っていた。


 寝る前に切っていたエアコンを慌ててつけ、毛布を引き寄せる。

 どうして?
 昼間は元気だったのに。



 ──消えるまでに残された時間は多くないだろう。



 夢の中の声がよみがえった。

 イヤだ。
 ギュッと目を閉じ、ルナを抱きしめる。




 脳裏に浮かぶのは、どうしてもだけだった。
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