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第五章 クリスマスの涙
夜明け1
しおりを挟むごく普通のワンルームで、男女が共に食事をしている。
「この料理は何なのですか?」
「さあ。特に名前はないです」
「このラベンダーのような色はどうやって」
「うーん……特に変わった調味料は使ってませんけど」
「余計に謎ですよ」
男は一旦言葉を切ると、満足そうにスプーンを口へ運ぶ女をしげしげと観察した。
確かに料理自体は食べられないような物ではなく、不思議と後を引く味なのだが──。
不思議な人だ。
料理と同様に。
男は、人と関わることを好まない。
動物に接していた方がどれだけ気が楽だろう。
動物は良い。裏表がなくて。
こんな風になったのに、特に理由は無い。
元からこんな性格なのだ。ただ。
人は、今言っていることと逆のことを心で言っていることがある。
人は、今見せている笑顔と違う感情を心に抱いていることがある。
それを考えると心底面倒くさくなる。
男は、自分のしたいことと居心地の良さだけをひたすら追究した。
結果、今も多くの人から変わり者の烙印を押されている。
男にとっては好都合だった。人と関わらずに済むのなら。
それがどうだ。
知り合いに唆されて、こうして隣人と食事をしている。
まったく。クリスマスが何だというのだ。ここは日本だ。
男は、目の前の人に倣って料理を口に運んだ。
未知の、それでも不快ではない味が口の中に広がる。
本当に仕様がない人だ。
心配が尽きない。
とにかく危なっかしい。災難にばかり遭う。
こんな人が、よく今まで無事に生きていたものだ。
あれは九月の終わりだったか。
男は記憶の糸をたどる。
この部屋へ苦情を言いに来たのが始まりだった。
人の声や物音など、騒音が酷かったのだ。
ところがこの人は、私の部屋の音じゃないと言い張った。
結局、その話はうやむやのままだ。
後から聞いた話だが、ちょうどその頃、仕事を解雇されたり彼氏に振られたりといったことがあったらしい。
どうせ、ヤケになって騒いだのだろう。
それからだった。
どうもこの人が目について仕方がない。
変質者に、いちゃもんをつけられる。
同じアパートに住む男に襲われそうになる。
後者の男に襲われそうになったのは、自分たちが住むアパートの大家が原因だ。
年配の、暑苦しい印象のおばさんである。そのおばさんが、
「あの娘は男にだらしない」
と、根も葉もない噂を流したのだ。
噂を信じて襲った男も馬鹿だが、大家のような厄介な人物に目をつけられてしまうこの人も運が悪い。
挙句の果てには、乳児誘拐事件の重要参考人として警察に連行されてしまった。
事件時に現場のショッピングセンターにいただけで。
目撃情報にあった女と背格好が似ていただけで。
警察では、赤ちゃんをどこへ隠したのかと酷い取調べを受けたようだ。
どうも放っておけない。
大雑把なようでいて、意外と小さなことを気にしている。
大丈夫ですと言う時は、高確率で大丈夫ではない。
強がりながら泣いている。
人と関わることは好まないけれど。
自分がいなければ、この人は──。
ふいに、頭の中にピリリと刺激が走る。
この人とのこれまでに、もう一つ何かが在ったような気がするのだ。
きらっと光る、とても小さな何か……。
部屋の外では、雪がしんしんと降り続けていた。
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