【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第五章 クリスマスの涙

夜明け3

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 ある時。
 辛そうにしている超美人の妊婦さんを助けた。

 偶然にもその妊婦さんは、彼氏、もとい元彼の妻になる予定の人だった……。

 お腹のベビーは、元彼の子だったのである。
 ショックも束の間、元彼にアパート近くまで追いかけられ、いちゃもんをつけられた。


 「お前……わざとユイカに近づいたのか!?」


 勘違いも甚だしい。
 そこへ割って入ってくれたのが、この人だった。
 この人の理詰めの攻撃に元彼は退散。

 後日、和解はしたものの。
 この人は未だに勘違いしている。


 元彼のことを、春頃出没していた変質者だと。


 またある時は。
 同じアパートの二階に住む男に襲われそうになった。

 ごく普通の良い人が豹変する瞬間。
 本当に恐ろしかった。

 その時も、この人が助けてくれた。
 ヒーローそのものだった。


 挙句の果てには。
 乳児誘拐事件の重要参考人になった。

 事件発生時に現場に居合わせただけで。
 目撃情報の人物と背格好が似ていただけで。

 冗談じゃない。
 ベビーが原因で振られたばかりだ。

 ベビー・アレルギーなのに、何故わざわざ乳児を誘拐するのか。



 この世には、神も仏も無いんだと思った。



 何で?
 何でこんな目にばかり──。

 訳の分からない感情をぶつける場所は無かった。

 でも。
 この人が、いつも優しく抱きしめてくれた。

 女は、その温もりを思い出して顔が熱くなる。


 どうして優しいんだろう。
 どうして抱きしめてくれるんだろう。


 期待してもいい?
 それとも、頼りない子どものように思われているだけだろうか。

 心が振り子のように落ち着かない。
 と、彼がワインを飲む手を止めて何かを拾い上げた。


 「何です、これ?」


 大人の掌におさまるくらいの、サルのぬいぐるみだった。


 「ああ、それ。何だか愛着があって手放せないんです」


 「随分、年季が入っていますね」


 「え、ええ」


 女は、ちょっとバツが悪かった。

 そんなところに置いといたかしら?
 きれいに掃除したのに。それにしても。


 このサル、こんなにボロボロだったっけ? 


 目の前の人は、サルをグラスにもたれさせて固定すると、ククッと笑った。


 「確かに。なかなか愛嬌のある顔だな」



 不思議な人。
 でも、大好き。




 ベビー・アレルギーの話をしたのは、ほんの数日前のこと。

 否定的な反応を何度も目の当たりにしてきて、心は折れていた。
 なのに、この人には話せたのだ。ごく自然に。

 答えをもらったのは、ついさっき。
 日付が変わる少し前だった。


 ──その恐怖は、むしろ愛情ではないですか。
 ──あなたは何も悪くない。強いて言えば、少し不器用なだけですよ。


 胸にしこりのようにくっついていた「酷い女」の烙印は、涙と一緒に消えた。



 ──僕は好きですよ。あなたのような人。



 この人の声は、今も女の耳に残っている。
 イントネーションも息遣いも、すべて。


 ズルいです。
 あんなことを、サラッと言うなんて。

 

 誘拐の疑いが晴れて以降、災難には見舞われていない。
 もう、これくらいで終わりにしてほしいものだ。

 下がったり上がったり。
 まるでジェットコースターのようだった。


 ジェットコースター。


 女の脳にピリリと刺激が走る。
 そのジェットコースターに、何かを抱えながら乗っていたような気もする。
 どんなに振り回されても、女はそれを抱え続けていた。


 
 きらっと光る、小さな何か──。
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