幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな

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1巻

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    第一章 婚約を解消いたしましょう


 カイン様と婚約したのは五年前のこと。

「君がセリーナだね。僕はカイン。今日から君の婚約者だよ」

 眩しいくらいにキラキラした笑顔を見ていると、自然と私も笑顔になっていた。
 彼はいつも私に元気をくれる。金色の髪に蒼い瞳の、美しい婚約者。
 はっきり言って、私の一目惚れだった。もちろん容姿以外にもいいところはある。
 優しくて穏やかで、紳士的で……
 でもそれは、悪く言えば優柔不断で流されやすく、誰にでも良い顔をするという意味でもある。
 特にここ二年間、彼は幼馴染である王女クリスティ様のそばにベッタリだ。
 王立学園に入学してからは一緒に過ごす時間がまったくなくなった。
 最初は、仕方がないと思っていた。
 クリスティ様の婚約者だった隣国の王太子シオン殿下が、突然ご病気で亡くなったからだ。
 婚約者を亡くして、さぞお辛いのだろうと……
 けれど、それから二年が経つというのに、今も彼はクリスティ様を優先し続けている。
 私との約束なんて最初からなかったように、平気でキャンセルする。
 理由は決まって「クリスティが……」だ。
 それは、なんでも許される魔法の言葉なんかじゃないのに。

「すまない、セリーナ。クリスティが落ち込んでいるようなんだ。そばにいてやりたいから、今日の約束はキャンセルさせてほしい」

 待ち合わせの時間に遅刻してきた彼は、また同じ言葉で約束をキャンセルした。
 今日は、二人で街へ出かける予定だった。今度こそはと期待した私がバカだった。
 何度も同じことをされているのに期待してしまうのは、彼のことが本当に大好きだから。

「たまには一人で過ごすのもいいんじゃないか?」

 たまには、なんて……彼には、いつだって私を一人ぼっちにしているという自覚さえないのだ。
 きっと私は今、ひどい顔をしている。笑顔を作っているつもりだけれど、きっとうまく笑えていない。
 辛い、悲しい、寂しい……そんな感情が入り乱れた、ぐちゃぐちゃの顔だろう。
 どんな風に笑ったらいいのか、最近はわからなくなっていた。
 他の人に私の顔を見せたくない、と彼に言われて伸ばした長い前髪のおかげで、そんな表情を見られずに済んでいるけれど。

「……わかりました」

 たった一言、必死に絞り出した言葉。それだけ伝えるのが精一杯だった。
 そんな私の気持ちに気づく様子もなく、彼はクリスティ様のもとへ走っていった。
 彼の後ろ姿を見送りながら、涙が頬を伝う。
 こんなことじゃダメだ。もっと強くならなくては。
 そう自分に言い聞かせ、気合いを入れるために自分の顔をパンパンと叩いた。


 寮の部屋に戻ると、侍女のメーガンはなにも聞かずにあたたかい笑顔で迎えてくれた。
 こんなに早く帰ってきたのだから、またキャンセルされたと察したのだろう。それでも彼女はなにも聞いてこない。
 彼女は私のことを、よくわかっている。その優しさがありがたかった。
 誰かに話してしまえば、気持ちは楽になるかもしれない。
 けれど、止まらなくなる。これ以上、みじめになりたくなかった。
 まだ頑張れる。
 だって私は、カイン様が好きなのだから――そう自分に言い聞かせた。


 翌朝、何事もなかったかのように学園に登校した。
 校舎までの道を歩いていると、いつものように悪口が聞こえてくる。

「彼女、まだ学園にいらしたのね。カイン様からの援助は打ち切られたのでしょう? 昨日、馬車の前にいらしたのをお見かけしたから、とうとう学費が払えずに逃げ出したのかと思いましたわ」
「お金がないなら、さっさと退学してしまったらいいのに。いつまでも未練がましい」

 どうやら彼女たちは、昨日私がカイン様と待ち合わせしていたのを見ていたらしい。
 私のブランカ子爵家は、あまり裕福ではない。というより、はっきり言って貧乏だ。
 それでも当主であるお父様は私と弟のサミュエルのために頑張ってくれている。カイン様に援助してもらったことなど一度もない。お父様をバカにされたようで、怒りがこみ上げた。
 私は女生徒たちのほうに顔を向ける。

「面識のない私の心配をしてくださったのですか? 学費はきちんと納めていますので退学の予定はございません。ご安心ください。では、失礼いたします」

 まさか言い返されると思っていなかったのか、彼女たちは呆気にとられている。
 今までどんな悪口を言われても言い返したことはなかったけれど、家族をバカにされるのは許せなかった。
 貧乏子爵家の私は、他の貴族令息や令嬢たちからあまりよく思われていない。
 その上、婚約者を王女様に奪われたと思われている私と仲良くしたい人なんていない。仲良くなんてしたら、クリスティ王女を敵に回すことになるからだ。
 それでも友達になれたらと思って必死に話しかけたことはあるけれど、誰一人友達になってはくれなかった。


 教室に入ると、クリスティ様の笑い声が聞こえてきた。昨日、落ち込んでいた人とは思えない。

「カインたら、本当に面白いわ」

 そう言いながら、彼女はカイン様の腕に触れる。
 モヤモヤした気持ちになりながらも、私は二人に視線を向けないようにして席についた。
 視線を向けなくても、同じ教室にいるのだから声は聞こえてくる。

「君の笑顔が見たいからね。クリスティの笑顔は、本当に可愛いよ」

 私の婚約者であるはずのカイン様が、他の女性を褒めている。そんな言葉、聞きたくない。
 私がどんな気持ちでいるか、どんな顔をしているかなんて彼は気にもしない。彼の目には、クリスティ様しか映っていないのだろうか。
 その一方で、私の姿を見てクスクスとあざわらう声が聞こえてくる。

「彼女、本当にみじめね。クリスティ様に勝てると思っているのかしら?」
「カイン様とクリスティ様、お幸せそう。あんなにお似合いなのだから、邪魔するような真似だけはしないでほしいわ」
「暗くて地味で、見ているこっちが嫌な気分になるわ。同じ空間にいると吐き気がする。呪いでもかけられそうね」

 私に聞こえるように言っているのはクリスティ様の取り巻きたち。ひどい言われようだ。
 クリスティ様との話に夢中なカイン様は、この状況に気づかない。
 最近は悪口だけでなく、持ち物を隠されたり捨てられたりすることも頻繁にある。
 こんなことをされなければならないほど、私は悪いことをしたのだろうか。
 授業が始まると、ようやく気持ちが落ち着く。さすがにあの二人も、授業中にイチャイチャしたりはしないからだ。
 こんな学園生活を、二年も続けている。


 ゆううつな授業を終え、寮に帰ろうと荷物をまとめていると、ハンカチがないことに気づいた。
 どこかに落としたのかもしれない、探しに行こう。
 急いで教室を出ると、男性にぶつかりそうになった。

「申し訳ありません!」

 ぶつかる直前で止まれたけれど、驚かせてしまっただろう。

「大丈夫ですよ。おケガはありませんでしたか?」

 思いがけず優しい言葉が返ってきて、思わず目を見開いた。

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 この学園には、関係者しか入ることができない。先生にしては若すぎるけれど、制服を着ていないから転校生だろうか。

「すみません、実は迷ってしまって。学園長室はどちらでしょうか?」

 やっぱり、転校生のようだ。

「えっと……そこを右に曲がって、真っ直ぐ行ったところです」
「ありがとうございます。助かりました」

 男性はそのまま、学園長室に向かって歩き出した。
 学園に入ってから、カイン様以外の男性と普通にお話ししたのは初めてのことで、少し動揺した。
 彼が右に曲がったのを確認してから、ハンカチを探しに教室を出た。


「ない……」

 今日行った場所は全部見たけれど、ハンカチはどこにも落ちていなかった。
 あのハンカチは、私の誕生日に弟のサミュエルが贈ってくれた大切なものだ。

「もう一度探そう!」

 来た道をもう一度くまなく探しながら歩いていると……

「ご覧になって。あんな汚いものを必死に探しているわ。貧乏って嫌ね」
「新しいハンカチも買えないなんて、可哀想」

 ハンカチという言葉が聞こえて、彼女たちが隠したのだと気づいた。こんなの、ひどすぎる。

「返してください! とても大切なものなんです! 返してください!」

 私を見ながら笑う女生徒の前に立ち、必死にお願いする。

「新しいのを買ったら? あんな汚いものを使われたら、この学園の品位が落ちるわ。あなた、仮にも貴族令嬢なのでしょう?」
「あんなものに必死になって、なんて哀れなの? あまりにも汚いから、ゴミ箱に捨ててしまったわ」

 捨てたと聞いて、彼女たちの笑い声を背に、急いでゴミ置き場に走った。


 ゴミの中から必死にハンカチを探しながら、涙が頬を伝った。いつまでこんなことを我慢しなければならないの? 心が壊れてしまいそう……

「探し物はなんですか?」

 そう声をかけられて、顔を上げる。そこには、先ほど学園長室の場所を聞いてきた男性の姿があった。

「……ハンカチです」
「わかりました。必ず見つけましょう」

 男性はそのまま、私と一緒にゴミの山を探しはじめた。
 名前も知らない男性が、どうして? そう思ったけれど、今はその優しさに甘えることにした。

「ありがとうございます」


 ゴミ置き場を探しはじめて、二時間が経った。まだ見つかってはいないけれど、男性は文句も言わずにずっと探してくれている。さすがに、申し訳なさすぎる。

「あの……」
「ありました!」

 もう大丈夫ですと伝えようとしたところで、男性は大きな声を上げた。

「本当ですか!?」

 急いで男性に駆け寄り、彼の手の中にあるものを見つめる。

「これですよね?」
「はい……! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 受け取ったハンカチを胸に抱きしめると、涙が溢れ出してきた。

「見つかってよかったです。では、私はこれで失礼します」
「あの……!」

 見つかったことが嬉しくて、ようやく落ち着いて顔を上げると、すでに男性の姿はなかった。お名前を聞いておけばよかった。見つかったのは彼のおかげだ。
 感謝の気持ちで、胸がいっぱいだった。


 昨日のことがあったので、ハンカチは綺麗に洗った後、大切にしまっておくことにした。
 お金はなくても家族三人で力を合わせて生きてきた。お母様が早くに亡くなったこともあり、サミュエルに対しては姉であると同時に、母親のような感情も抱いている。
 サミュエルがくれたこのハンカチは私にとって、とても大切なものだ。もう二度と、失いたくない。
 寮を出ると、カイン様が立っていた。クリスティ様を迎えに来たのだろうけど、少し早すぎる。
 二人きりになれる時間は貴重だから、嬉しくて胸が熱くなる。

「カイン様、おはようございます」

 せっかく会えたのだから、彼がこんな時間に来た理由は聞かない。クリスティ様の名前をカイン様の口から聞きたくないからだ。

「おはよう、セリーナ。昨日は大変だったみたいだね」

 私を心配してくださったのだと思い、さらに嬉しくなり口元がゆるむ。

「おかげさまで、無事に見つかりました」
「あんなに必死に探す必要はあったのかい? ハンカチなんて、僕が新しいのを買ってあげるのに」
「……え?」

 さっきまでの嬉しい気持ちが完全に消え去ってしまった。
 事情も聞かずに、ただ買い替えればいいと思っていることにも苛立ちを覚える。
 それに『あんなに』ということは、私がハンカチを探していたところを見かけたのだろう。
 それなのに、彼は声さえかけてこなかった。

「あんな真似は二度としないでくれ。なくなったのなら僕が新しい物を買ってあげるから。これは、君のためを思って言っているんだよ」

 私のため? 自分のためでは?
 必死で探し物をする婚約者の姿を他の人に見られるのはみっともないと思っているのだろう。
 サミュエルからの贈り物でなくても、物は大切にしたい。新しい物を買えばいいなんて、ちっとも思わない。
 この人は、私のことをなにもわかっていないのだ。
 けれど、仕方がないのかもしれない。私のことを知ってもらう時間が、私たちにはないのだから。

「カイン! 今日は早いのね! 窓からカインの姿が見えたから、急いで来たの!」

 二人の時間は、クリスティ様の声ですぐに終わってしまった。息を切らせながら可愛らしい笑顔を振りまくクリスティ様を、愛おしそうに見つめるカイン様。
 先ほどまで私に向けていた表情とはまるで違う。私はカイン様にとって、一体なんなのだろうか。

「走ったら危ないよ。ゆっくりで大丈夫だから」
「ありがとう、カイン。でも、早くカインに会いたかったの」

 二人のことを見ているのが辛くて、そっとその場を離れた。

「いつからこんなに臆病になったのかな……」

 まるで婚約者同士のような二人を見て、なにも言えない自分に腹が立つ。
 婚約者は私なのに……そう言いたいけれど、彼の答えはわかっていた。前に一度そう言った時に、「君は心が狭いのだな」とカイン様は言った。その言葉が私をどれほど傷つけたのかを、彼は知らない。
 言いたいことも言えなくなった私たちに、未来はあるのだろうか。


「ねえ、見て。セリーナ様よ。昨日はずっと汚らしいハンカチを探してらしたんですって」
「ハンカチさえ買えないほど貧乏なの? 本当に貴族令嬢なのかしら」

 皆が私を見ながら噂している。内容を聞くまでもなく、私をバカにしているのだと表情を見ればわかる。
 この学園に私の居場所なんてない。けれど、無理して学費を出してくれているお父様のためにも、学園を辞めて逃げるようなことはしたくない。
 今日は、学園の講堂で夜会が開かれる。クリスティ様も元気そうだったし、今度こそはカイン様と一緒に出席できるかもしれない。
 そう思っていたのに……
 今日も、彼は私との約束を破る。

「セリーナ、すまない。今日の夜会はクリスティと出席する。相手が見つからないらしくて、悲しそうにしていたんだ。君は強いから、大丈夫だよな?」

 彼はわざわざ私に断りに来たわけではない。女子寮にクリスティ様を迎えに来たのだ。
 クリスティ様のことはよく見ているのに、今、私が悲しそうにしているのは見えていないのだろうか。


 毎月学園で開かれる夜会に、私たちは一度も一緒に出席したことがない。
 今度こそは一緒に出席してくれると言っていたのに……なんて、何度同じ目に遭えば私は学習するのだろうか。
 いい加減、私もバカなのだと思う。信じたい気持ちが強すぎるようだ。
 君は強いから、大丈夫――なんて、カイン様には、私が強い人間に見えているのだろうか。
 いつもは悲しい気持ちを隠すために、顔を見られないようにしてきた。けれど、今はあからさまに泣きそうな顔を見せている。それほど私は、限界だった。
 強くならなければと思って頑張ってきたけれど、なんのために頑張っているのかわからなくなった。
 同じ学園に通っているはずの婚約者と一緒に過ごせる時間はまったくない。
 いつだって彼の隣には、クリスティ様がいるのだから。
 仕方なく、一人で夜会に向かうことにした。
 カイン様が好きな水色のドレスを着て、カイン様が好きな香りの香水をつける。
 バカみたいだとわかっているけれど、少しでも彼に意識してほしかった。


 講堂に入ると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。

「今日も一人よ。みじめね」
「婚約者をクリスティ様にとられたのに、いつまでも引きずっているなんてね。私なら恥ずかしくて引きこもってしまうわ」
「いい加減、諦めればいいのに」

 カイン様はまだ、私の婚約者だ。そう自分に言い聞かせる。けれどカイン様とクリスティ様が一緒にいるところを見ると、心が折れそうになる。
 二人は私に気づくことなく、楽しそうに笑い合っている。カイン様の肩に、クリスティ様の手が触れた。嫌がる素振りもせずに、カイン様はクリスティ様に笑いかける。
 この光景を見るのは、何度目……いや、何十回目だろうか。私が見ていることさえ、二人は気づいていない。
 しばらくすると、二人はダンスを踊りはじめた。こうして見ると、美男美女の二人はとてもお似合いだ。
 私はここに、なにをしに来たのだろう……
 落ち込みながらも、せっかく来たのだから一人で楽しむことにした。用意された料理をお皿に取り、次々に平らげていく。
 そんな私の姿を見て、周りはまた私をバカにする。けれど、そんなことはまったく気にならない。
 よく思われたい相手は、私をまったく見ていないのだから。

「ん~っ! このお肉、すっごく美味おいしい!」

 食べている時は嫌なことを忘れられる。というより、食べている時は幸せな気持ちでいられる。

「そんなに美味おいしいのですか? それなら、私にも一ついただけませんか?」

 いつの間にか隣に、男性が立っていた。彼は、ハンカチを一緒に探してくれた男性だ。

「昨日はありがとうございました。お取りしますね」

 そう返したところで気がついた。残っていたお肉が全部私のお皿に載っている。

「……食べます?」

 少し気まずく思いつつ、お皿を男性に差し出すと、彼は気にした様子もなく「いただきます」と、お肉を一つ取って自分のお皿に載せた。

「うん、確かにこれは美味おいしいですね」

 喜んでくれたことがなんだか嬉しくて自然と笑顔になる。
 こんな風に笑えたのは、いつぶりだろう。

「ですよね! あのケーキも美味おいしいですよ!」
「では、いただいてみます」

 男性は、言われた通りケーキも食べはじめる。
 他の人は会話やダンスに夢中なのに、変わった人だな。
 なんて、私には言われたくないだろうけれど。

「セリーナ様、少しよろしいですか?」

 料理の話に夢中になっていると、突然話しかけられた。
 振り返ると、そこに立っていたのは意外なことにクリスティ様だった。
 彼女の後ろには、当たり前のようにカイン様の姿がある。声をかけられたことに驚く私を気にもせず、クリスティ様は続けた。

「セリーナ様には婚約者がいらしたわよね? それなのに、なぜレイビス様と? 大人しそうな顔をしているのに、意外とこうかつなのね」

 レイビス様?
 なんのことかわからず、首をかしげながらクリスティ様の顔を見た。彼女の目が私に向いていないことに気づいて視線の先を追ってみる。
 クリスティ様が見ているのは、私と話をしていた男性だった。どうやら、彼がレイビス様らしい。食べ物の話に夢中で、またお名前を聞くのを忘れていた。

「お料理の話をしていただけです」

 先ほどのクリスティ様の言葉を思い出し、今になって腹が立ってきた。
『セリーナ様には婚約者がいらしたわよね?』なんて、どの口が言っているのか。
 その婚約者と一緒に、クリスティ様はこの夜会に参加しているというのに……

「お料理のことでしたら、私のほうが詳しいですわ! 私、食べることが大好きなのです。レイビス様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 カイン様と一緒に出席しているのに、クリスティ様はレイビス様を誘った。
 私には、彼女の思考回路がまったくわからない。

「クリスティ様。そちらにいらっしゃるのは婚約者の方ではないのですか? 同伴者がいらっしゃるのに他の男に声をかけるのは、いかがなものかと」

 レイビス様が口にしたのは、私の思っていたことを代弁するような言葉だった。
 にこやかに話してはいるけれど、クリスティ様のプライドをチクリと攻撃したように思える。

「彼は婚約者でもなんでもありませんわ! セリーナ様の婚約者ですもの!」

 クリスティ様が誤解を解こうと必死になったせいで、かえって墓穴を掘っていた。

「クリスティ様は、婚約者のいる男性を同伴者になさっているのですか? いくら王女殿下とはいえ他人の婚約者を連れ回すなど、わがままがすぎるのではありませんか?」

 なぜだかわからないけれど、レイビス様は私が今までずっと思っていたことを堂々と口にしてくれる。
 心のモヤモヤがパッと晴れたような感覚。一方で、カイン様の表情が険しくなった。

「それは違います! クリスティはなにも悪くありません、僕が勝手にクリスティのそばにいるだけです。セリーナも同意してくれています!」

 私がクリスティ様に嫌味を言われた時はなにも反応しなかったのに、クリスティ様が言われるとカイン様はすぐに反論した。
 私は同意などしていない。仕方がないと、諦めただけだ。
 けれど今、決心がついた。


「カイン様、私は同意などしておりません。私が意見を言うことなど許してはくださらなかったではありませんか。ずっと我慢していたことにも、お気づきにならなかったのでしょうね」
「セリーナ……?」

 カイン様は、なにを言っているのかわからないという表情を浮かべている。

「こんな私たちに未来はありません。婚約は、解消いたしましょう」

 カイン様のことが好きだった。
 最初は一目惚れだった。でも彼と過ごすうちに、好きなところが増えていった。優しいところも、笑った時にエクボができるところも、ちょっぴり怖がりなところも、辛いものが苦手なところも、雨が降ると髪がうねうねするところも、本当は少食なのに私に合わせようとしてたくさん食べようとしてくれるところも……全部、大好きだった。
 婚約してから五年。私は大好きな婚約者と、別れる決意をした。

「セリーナ……? なぜ……だ?」

 まるで被害者のような顔で、彼は私に問いかける。
 なぜ? それは、私が聞きたい。
 なぜカイン様は、婚約者の私よりもクリスティ様を優先していたのか。
 誰がどう見ても、彼の婚約者は私ではなくクリスティ様だった。優しくすることが悪いとは思わない。現に、そんな優しいところも大好きだった。けれど彼はいつだって私ではなくクリスティ様を選ぶ。私がいつも悲しい顔をしていたのは、彼の目に映っていなかった。

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