61 / 77
二章
再び工房へ
しおりを挟む「セリーナ、マリーに会いに行こう」
どうやら親方から、頼んでいた物ができたと連絡がきたようだ。マリーちゃんに会えるのは嬉しい。
早速準備をすませ、出発した。
「カシム様、マリーちゃんに謝罪したそうですね」
親方の工房に向かう馬車の中で、あの時の光景を思い出す。声は聞こえなかったけれど、誠心誠意謝っていたように見えた。
両親を目の前で殺されてしまったのだから、マリーちゃんがカシム様を許すことなど絶対にないだろう。
それでも、マリーちゃんの心が少しでも救われていたらと思う。誰かを恨み続ける人生ではなく、前を向いて生きて欲しい。
「セリーナに会えば、マリーも元気になるだろう」
「それなら、いいのですけれど……」
マリーちゃんは、お祖父さんまで失うところだった。クリフ様やミリアナもそうだけれど、この国の子供たちはつらい目にあいすぎだと思う。
これからは、幸せな未来が待っていると信じている。
「そういえば、ホワイトはクリフ様のおそばを離れないようですね。クリフ様にすっかり懐いてしまったとか。もう伝説の狼……ではないですね」
短期間で色々なことが起こり、頼りない国王だと言われていたクリフ様は立派に成長した。それでも、幼い国王だからと不安を抱く者はいるだろう。
けれど伝説の狼であるホワイトがそばにいることで、その不安は徐々に消えていくはずだ。クリフ様は唯一、ホワイトと話すこともできるのだから。
「ホワイトのことを、言えないのではないか?」
レイビス様の視線が、私のコートの中で眠っているクウに向けられる。コートの中は、すっかりクウの居場所になってしまった。
「私もいつか、クウの言っていることが理解できるようになるのでしょうか。ねえ、クウ」
「……クゥ……」
眠ったまま、返事をしてくれた。これは、寝言?
「今でも十分、通じ合えているように見えるが? ずっとセリーナの胸元で寝られて羨ま……いや、クウは幸せ者だな」
「殿下、心の声が漏れていますよ。クウを触るフリしてあわよくば……などというお考えはお捨てください。でないと、このセリーナにもらった剣が血に染まることになります」
クウを触ろうと伸ばされたレイビス様の手が、ピタリと止まる。そしてそのまま、元の位置に戻っていく。
二人の顔を交互に見ると、レイビス様の顔にうっすらと汗が滲んでいて、カタリーナの目は全く笑っていない。
二人の間に変な空気が流れているけれど、それはいつものことだ。外の景色でも眺めよう。
「雪……」
馬車の窓から外を見ると、雪が降り出していた。この光景を見られるのは、あと何回だろうか。
音もなく降り積もる雪は、心を穏やかにしてくれる。この景色が、私は好きだ。
「セリーナ、一緒に来てくれてありがとう」
「急に、どうされたのですか?」
レイビス様の顔を見ると、柔らかい微笑みを浮かべている。
「俺一人でこの国に来ていたら、どうなっていたかわからない。セリーナがいてくれたから、この国は今も平和なんだ」
「そんなことは……」
「素直に感謝されて欲しい。君は、本当にすごい人だ」
レイビス様の指が、私の頬に触れる。
彼の指が触れているところが熱を持ち、頬が赤く染まっていく。
私がすごいわけじゃない。いつだって誰かに、助けられている。
「……私がいるのを、忘れていないか?」
カタリーナの声で、一瞬で我に返る。
「わ、忘れてないよ!」
赤くなった頬を隠すように、両手で隠す。
カタリーナがいることを、完全に忘れていた。
「殿下、私の前でセリーナに手を出すのはおやめください。私は全て、陛下(スフィリル皇帝)にお伝えしなければなりません」
「カタリーナ、それって……」
「つまり、カタリーナがいないところでしろということだな」
「さあ、なんのことでしょう?」
カタリーナはカタリーナなりに、レイビス様を認めている。それが、すごく嬉しい。
「ちなみに、シェリルにも同じ情報を送っています」
「はあ!?」
「えっ……シェリルにも、伝えているの!?」
「そうしないと泣いてやる! と脅されたので」
シェリル、恐るべし。
私たちのことを聞いて、どうするつもりなのだろうか。それにしても、可愛い脅し方だ。
シェリルが情報通なのは、まさかそんなふうにみんなを脅しているから? なんて、あるわけないか。
「シェリルのやつ……」
シェリルと離れてからだいぶ経つのに、今も私たちのそばにいるように感じる。
「仕方がありません。だって、シェリルですから」
その言葉で納得して、私たちは笑い合う。
工房に着くまで、シェリルの話で盛り上がっていた。
「お姉ちゃん!」
工房に着くと、マリーちゃんが出迎えてくれた。彼女は職人になるために勉強中で、毎日工房にいるらしい。彼女の元気な姿が見られて、ホッとする。
工房の中は、この前来た時と違ってずいぶんと賑やかだ。
「お待ちしてましたよ、レイビス殿下~」
親方はとても機嫌がよさそうに、レイビス様を出迎える。レイビス様が親方と話している間、マリーちゃんが工房を案内してくれる。
白い狼が人間を襲うという噂が流れて、鉱石を採ることができなくなってから数年。何人もいた職人たちは、工房から去っていった。
噂が嘘だったと知り、鉱山の採掘も再開され、職人たちも戻ってきたようだ。
白い狼を、一目見ようと訪れる観光客も増えてきている。ただ、ホワイトたちはすでに山にはいないのだけれど……
「お姉ちゃん……なんか、コートの中にいるみたい……」
私のコートの胸元を見ながら、マリーちゃんが驚いている。
「そういえば、マリーちゃんに紹介していなかったね。この子は、クウ。よろしくね」
胸元から、まだ眠たそうなクウを出してマリーちゃんに紹介する。
「わあ! かわいー! 抱いてもい?」
「どうぞ」
嬉しそうにクウを見つめるマリーちゃんに、そっとクウを手渡す。幼い女の子と小さな狼……この組み合わせは、最強だ。
107
あなたにおすすめの小説
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。