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8、胸が痛いのはなぜ?
しおりを挟む馬車に戻り、オスカー様とダナドア公爵に、森での出来事を全て話した。
「やはり、ベントンの仕業だったということか……。君達が無事で、本当に良かった。だけど、聖女である君をオルガがよく帰したね」
オルガ様は、ベントン様の側近……つまり、ベントン様が命じたということだ。オルガ様が独断で、このような大それたことが出来るはずがない。もしも、二人が一緒に行っていたら、あの場が戦場になっていたかもしれない。そう考えると、恐ろしい。
「オルガ様はバカですから、誤魔化すのは簡単でした。未だに、私が聖女だと信じていないのです。自分の傷は、今の婚約者が治したのだと思っています」
「あははっ! 元婚約者を、バカ呼ばわりとはね。君を聖女だと、信じていないわけか。それなら、君を自由にしてくれたオルガのバカに感謝しないとね」
オスカー様は笑ってくれたけれど、空元気のように感じた。分かっていたことだったけれど、本当に弟君の仕業なのだと確信したことで、心を痛めているようだ。
あの笛で魔物を操っているなら、かなりの驚異ではある。けれど、魔物なら私の力でなんとかなる。結界を張ったことで、この町は安全……それなら、国全体に結界を張ればいい。でも、この町の結界を張っただけで魔力が尽きて倒れてしまった私には、国全体に結界を張るのは無理だろう。それに……
「私が、オルガ様の治療をしたからこんなことに……本当に、申し訳ありません」
私が治療しなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。
オルガ様がこの町の近くに居て、あの笛を持っている……それだけでは、オルガ様が魔物を操った証拠にはならない。あの笛が禍々しいと感じられるのは、聖女の私だけだろう。
それを私が証言したとしても、オルガ様に捨てられたから彼を陥れようと嘘を言っているのだと言い返されるだけだろう。
「オルガがやらなくても、別の誰かがやっていただろう。君が責任を感じる必要なんてない」
例えそうだとしても、謝らずにはいられなかった。
「あなたは、何も悪くありません。人を救うことが、悪いことのはずがないでしょう」
オルガ様の話をしてから、ずっと黙っていたダナドア公爵が、今まで見たことのないくらい優しい表情でそう言った。思わず、一瞬だけ彼に見惚れてしまう……
「私は、オルガ様を救えてはいません。オルガ様の傷は、完治していないのです。あと三ヶ月ほど……それが、オルガ様の命の時間です」
オルガ様は体調がいいと言っていたけれど、確実に身体は蝕まれているはず。それに気付かない鈍感さが、ある意味すごい。
「君を信じなかった報いか……」
彼は初めて会った時から、私を信じてはいなかった。セイバン公爵の命令だから、仕方なく治療を受けていただけ。
オルガ様に信じて欲しかったわけでも、助けたかったわけでもない。私はただ、やれと言われたことをやっただけ。ダナドア公爵が思っているような人間じゃない……なんだかそれが、胸を締め付けた。
話し合いが終わると、一人で馬車に残った。
ダナドア公爵に出会う前の私は、誰かの為に何かをしたいなんて思わなかった。公爵に出会って、孤児院の院長を治療した時から、私は変わり始めた。
「少し、いいですか?」
馬車の外からダナドア公爵の声が聞こえた。ドアを開けると、公爵は真剣な顔で立っている。
「どうかされたのですか?」
あまりにも真剣な顔をしているから、何かあったのかと心配になった。
「話したいことがあります」
そう言って向かいに座ると、勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
ダナドア公爵が、頭を下げるなんて一体何事!?
わけがわからずあたふたしていると、公爵は頭を下げたまま話し出す。
「あなたを危険な目にあわせてしまい、本当に申し訳ないと思っています。今後、このようなことは二度とないようにします」
平民の私に、あの意地悪で口の悪いダナドア公爵が頭を下げて謝るなんて……
「頭をあげてください。森に行くことを決めたのは私です。公爵が謝る必要は、ありません。それに、こうして無事に帰って来れたではありませんか」
公爵はまだ、頭を下げたままだ。
「……あなたを巻き込んだのは、私です。ですから、私にはあなたを守る責任がある。それに、この国にとってもあなたは必要な存在なのです」
この国にとって……なぜだか、胸の辺りがチクチクする。
「公爵は、真面目な方なのですね。これからは、私も気をつけるようにします」
胸の痛みがなんなのか分からないまま、その日、眠れぬ夜を過ごした。
「お姉ちゃん、また会える?」
当面の物資を配り追え、私達は王都へと帰ることになった。結界を張ったことで、この町の物流は再開されるだろう。安全になったことで、前よりも賑やかになるのは違いない。
「もちろん! また、会いに来るからね!」
泣きそうなハンナと、ハンナのお母さん、町の人達に別れを告げて、馬車に乗り込む。
この町に来た時は、みんな暗い顔をしていたけれど、別れる時は元気を取り戻していた。
姿が見えなくなるまで、町の人たちは手を振ってくれていた。次に来た時は、きっと町は元通りになっているだろう。
「マディソン、邸に帰る前に父に会ってほしい」
無事に王都に到着し、今回の以来が終了してホッとしていたら、オスカー様が急にそう仰った。
私が、国王陛下に!?
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