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【アルディア創世歴一〇一八年】
月の青白い光が空から雲を抜け、うっすらと大地を照らしている。その先の荒れ果てた大地で二つの影が交差した。影は月が昇る以前から、一時も休まずに動き回っている。
距離が開いたかと思えば瞬時に交わり、轟音と火花が散り、大気が震える。人の目では追えない速度。交わる度に周囲の地形を変えていく。両者の衝突はそれほど激しいものだった。だが刻々と時は流れ、終結は着実に近づいている。
少し離れた丘の上からその様子を見守るものにとっては、手を貸す事の出来ない苛立ちすらも薄れ、ただ祈っていた。
「…絶対に…生きて帰ってきて…」
嗚咽のように言葉が零れたところで両者の動きがピタリと止まった。それぞれの顔立ちが雲の切れ間から漏れた月の光に照らされる。
一方は人間の男だった。
顔立ちは整っているが頬に小さな古傷が見える。かなり若い。纏う銀色の鎧は所々が破損し、握る剣も一部が傷んでいるようだ。少し息を切らし、身体が上下する度に短髪の黒髪も併せて揺れる。激しい戦闘、故に消耗があるのだろうが、彼の黒い瞳は強い信念を持ったように、相手をしっかりと見据えていた。
もう一方は人間ではなかった。
銀色の長髪、色黒の肌、人型の男ではあるが頭部の黒い角と背中の黒い翼が人ではないことを物語っている。ただその角は折れ、翼もその機能を果たす事はできないだろう。相手取る人間の男よりも明らか疲弊し、深い傷を負った状態であった。
彼はこの世界において「魔人」と呼ばれる存在だった。
魔人、あらゆる生物から恐れおののかれるもの。過去には、一人の魔人が都市が滅ぼした、大国の精鋭軍が指先ひとつで壊滅に追い込まれた、ということもあったほどに絶大な力を持つ。それ故、人間と魔人の能力は天と地ほどの開きがあるものだった。
しかし、目の前の光景を見ればその話が尾ひれのついた過大なものに聞こえてくる。
互いに疲弊しているものの、人間に分があるようだった。そして戦闘の膠着は魔人の口から言葉が放たれた事により動き出す。
「お前…本当に人間か?」
「人間だな」
人間の男はムッとした表情で、簡潔に返答する。
「フフフ…魔人が普通の人間に負けるなどありえんのだがな…。加護か…。いくつ持っている?」
「三つ」
その言葉に魔人の顔が緩む。
「ハハハッ!オレを圧倒するのだから、それなりの神の加護が二つと予想したが…。まぁ二つでもありえんのに三つか!これは仕方がないな!」
この世界には神々が存在する。彼らは世界の平穏を守る為に、常に監視している。ただ直接の手出しは出来ず、間接的な働きかけを行う事がある。
それが「加護」であり、生命へと授ける場合があるのだ。神は力の一部を分け与え、分け与えられた者は「加護」として授けた神の能力を得られる。
魔人が指摘したように過去の歴史を見ても加護を三つ持った例はなかった。一つでも稀なのだ。それを三つも持っているのであれば魔人を倒すことも容易いのかもしれない。
「クレスと言ったか。やはりお前は面白いな…。その力はもう人間ではなく神の領域だ。だがオレもただ負けるわけいかん。次は全力で…刺し違えるつもりでやらせてもらう」
魔人はそう言い終えると同時に構えをとった。クレスと呼ばれた人間もそれに併せ、手に持つ剣を強く握りしめ、構える。
生暖かい風が頬を撫でる。
一時の静寂の訪れ。
次の一撃で勝負は決まる。
両者は肌でそう感じ、最後の力を振り絞った。
両者それぞれを中心として、震動が波紋のように周囲へ伝わるのは一瞬だった。
爆発的な力の解放。
雲が裂け、地面が割れる。
二つの光が交わった刹那に起こる激震。
砂埃が薄れるまでに幾ばくかの時間がかかる。
結果として勝敗はつかなかった。
いや正確には勝者と敗者それぞれが生まれなかったのだ。
丘の上から一筋の光が動き出し、男の側へ寄り添う。
「ねぇ、返事して!」
「…あぁ…」
微かな声が瀕死の男から漏れた。
「あぁ、良かった!アイツは倒したよ!さぁ帰ろう!」
喜びの声が男に寄り添うような光から発せられる。ただその嬉々とした声色は長くは続かなかった。
「…すまない…オレは…ここまで…みたいだ…」
消えそうな声が返ってくる。
男の傷をみればそれが致命傷であるのは誰が見ても明らかだった。だがそれは認めたくはなかったのだろう。
「一緒に帰るって約束したじゃないか!」
怒鳴りたくはないはずなのに自然と声が大きくなる。
「…お前と……が出来て…たの…かった」
「イヤだ!イヤだ!」
泣きじゃくったような声が辺りに響く。
「…あ…り…が…とな…」
「…ア……ス…」
最後の声が男から流れ、彼は彼の生を終えた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
寄り添う光が消える。
泣き叫ぶ声の木霊を残して。
荒れ果てた大地で両者の衝突は終結を迎えた。
それと同時に二つの光が世界から消失したのだった。
月の青白い光が空から雲を抜け、うっすらと大地を照らしている。その先の荒れ果てた大地で二つの影が交差した。影は月が昇る以前から、一時も休まずに動き回っている。
距離が開いたかと思えば瞬時に交わり、轟音と火花が散り、大気が震える。人の目では追えない速度。交わる度に周囲の地形を変えていく。両者の衝突はそれほど激しいものだった。だが刻々と時は流れ、終結は着実に近づいている。
少し離れた丘の上からその様子を見守るものにとっては、手を貸す事の出来ない苛立ちすらも薄れ、ただ祈っていた。
「…絶対に…生きて帰ってきて…」
嗚咽のように言葉が零れたところで両者の動きがピタリと止まった。それぞれの顔立ちが雲の切れ間から漏れた月の光に照らされる。
一方は人間の男だった。
顔立ちは整っているが頬に小さな古傷が見える。かなり若い。纏う銀色の鎧は所々が破損し、握る剣も一部が傷んでいるようだ。少し息を切らし、身体が上下する度に短髪の黒髪も併せて揺れる。激しい戦闘、故に消耗があるのだろうが、彼の黒い瞳は強い信念を持ったように、相手をしっかりと見据えていた。
もう一方は人間ではなかった。
銀色の長髪、色黒の肌、人型の男ではあるが頭部の黒い角と背中の黒い翼が人ではないことを物語っている。ただその角は折れ、翼もその機能を果たす事はできないだろう。相手取る人間の男よりも明らか疲弊し、深い傷を負った状態であった。
彼はこの世界において「魔人」と呼ばれる存在だった。
魔人、あらゆる生物から恐れおののかれるもの。過去には、一人の魔人が都市が滅ぼした、大国の精鋭軍が指先ひとつで壊滅に追い込まれた、ということもあったほどに絶大な力を持つ。それ故、人間と魔人の能力は天と地ほどの開きがあるものだった。
しかし、目の前の光景を見ればその話が尾ひれのついた過大なものに聞こえてくる。
互いに疲弊しているものの、人間に分があるようだった。そして戦闘の膠着は魔人の口から言葉が放たれた事により動き出す。
「お前…本当に人間か?」
「人間だな」
人間の男はムッとした表情で、簡潔に返答する。
「フフフ…魔人が普通の人間に負けるなどありえんのだがな…。加護か…。いくつ持っている?」
「三つ」
その言葉に魔人の顔が緩む。
「ハハハッ!オレを圧倒するのだから、それなりの神の加護が二つと予想したが…。まぁ二つでもありえんのに三つか!これは仕方がないな!」
この世界には神々が存在する。彼らは世界の平穏を守る為に、常に監視している。ただ直接の手出しは出来ず、間接的な働きかけを行う事がある。
それが「加護」であり、生命へと授ける場合があるのだ。神は力の一部を分け与え、分け与えられた者は「加護」として授けた神の能力を得られる。
魔人が指摘したように過去の歴史を見ても加護を三つ持った例はなかった。一つでも稀なのだ。それを三つも持っているのであれば魔人を倒すことも容易いのかもしれない。
「クレスと言ったか。やはりお前は面白いな…。その力はもう人間ではなく神の領域だ。だがオレもただ負けるわけいかん。次は全力で…刺し違えるつもりでやらせてもらう」
魔人はそう言い終えると同時に構えをとった。クレスと呼ばれた人間もそれに併せ、手に持つ剣を強く握りしめ、構える。
生暖かい風が頬を撫でる。
一時の静寂の訪れ。
次の一撃で勝負は決まる。
両者は肌でそう感じ、最後の力を振り絞った。
両者それぞれを中心として、震動が波紋のように周囲へ伝わるのは一瞬だった。
爆発的な力の解放。
雲が裂け、地面が割れる。
二つの光が交わった刹那に起こる激震。
砂埃が薄れるまでに幾ばくかの時間がかかる。
結果として勝敗はつかなかった。
いや正確には勝者と敗者それぞれが生まれなかったのだ。
丘の上から一筋の光が動き出し、男の側へ寄り添う。
「ねぇ、返事して!」
「…あぁ…」
微かな声が瀕死の男から漏れた。
「あぁ、良かった!アイツは倒したよ!さぁ帰ろう!」
喜びの声が男に寄り添うような光から発せられる。ただその嬉々とした声色は長くは続かなかった。
「…すまない…オレは…ここまで…みたいだ…」
消えそうな声が返ってくる。
男の傷をみればそれが致命傷であるのは誰が見ても明らかだった。だがそれは認めたくはなかったのだろう。
「一緒に帰るって約束したじゃないか!」
怒鳴りたくはないはずなのに自然と声が大きくなる。
「…お前と……が出来て…たの…かった」
「イヤだ!イヤだ!」
泣きじゃくったような声が辺りに響く。
「…あ…り…が…とな…」
「…ア……ス…」
最後の声が男から流れ、彼は彼の生を終えた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
寄り添う光が消える。
泣き叫ぶ声の木霊を残して。
荒れ果てた大地で両者の衝突は終結を迎えた。
それと同時に二つの光が世界から消失したのだった。
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