神様 NEW GAME

伊織 アヤト

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輪廻の神アトス

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【神界エデン】


 「…ついに…」



 「…ついに!貯まったよ!」



 白の世界に声が響いた。

 人が見れば、視覚が悲鳴をあげそうな程に眩しい世界。そこで歓喜…、いや歓喜のどこかにほんの少しの憂いが混じったような表情で震えている。


 彼はこの世の神の一柱。


 金色に輝く艶のある髪に、ぱっちりとした大きな目、女性とも思える中性的な顔立ち。今は感情の高ぶりによって崩れてはいるが、白のローブを纏った彼の品のある所作には誰もが感嘆する程であり、その容姿は神々の中でも稀有な美しさを持っていた。


 輪廻の神アトス。


 その彼が喜びを噛み締めている理由は今しがた終えた彼の「仕事」とその「報酬」が由来する。



 「僕は人間になれる!」



 アトスは落ち着きを取り戻したかと思えばそう叫び、走りだしたのだった。



 神々はそれぞれの特性に合った「仕事」を持っている。そして、仕事を遂げる事によりポイントが貯まり、創造神ゼウスに「報酬」と交換をしてもらう事が出来る。

 その報酬は様々であり、例えば食べ物、雑貨、インテリア、娯楽、嗜好品など、好みのものが手に入る。ただし手に入れる物にはそれぞれランク別にポイントが決められており、それに見合った仕事のポイントを貯める必要があった。

 一昔前より、神界ではこの人間社会のようなシステムを取り入れているが、発端は単なる暇潰しである。神々の命は永遠であり、退屈した一人の神が人間の真似をしてみたら面白いんじゃないかと発案し、それが意外に好評を博し、定着した。

 報酬を渡す側の創造神ゼウスも最初は
「皆だけ楽しそうでズルい」
と渋っていたが、今では他の神々を驚かせようと月替わりのポイント報酬リストを作成するのにかなり頭を捻っているようだ。

 そしてアトスが今回の仕事を経て、手に入れたい報酬、それは「ゼウスに出来る事なら何でもしちゃうチケット」だ。

 非常にふざけた名称だが創造神ゼウスにとって出来ない事を探す方が難しく、ほぼ百パーセント願いが叶う。この報酬システムが導入されて以来、現在におけるまでこの「チケット」だけは変わらずリストの一番上に記載され続けてきており、最高報酬として申し分のない一品であった。

 アトスがこのチケットを使って願う事。


 それは「人間になること」だった。



 足早にゼウスの報酬交換所へ向かうアトスだがその道中で不意に声を掛けられる。


 「あ!アトスじゃん!そんなに急いでどこ行くの?」


 先を急ぐアトスにとって、今は返事をするのも惜しいくらいだが、声の主を怒らせるとあとで面倒だと思い、声の聞こえた方へパッと振り返る。

 「あ、アテネ」

 アテネと呼ばれた少女は二階の窓から上半身を乗り出し、今にもニヒヒと聞こえてきそうな笑顔でこちらへ手を振っている。

 知識の神アテネ。彼女と初対面であれば、深紅の薔薇を連想させるような赤い髪が第一印象として強く残るだろう。今は良く見えないがいつも通りの服装であれば、ゼウスからの報酬で手に入れた特注の赤いドレスを着ているはずだ。髪とドレスとは対照的な深い蒼の瞳にはアトスだって吸い込まれそうに感じたことがある。

 そんな彼女はいつもアトスを見つけると絡んでいた。アトスにとっては少し迷惑な感じに。第三者が見れば「爆発しろ」と叫びそうな感じに。

 
 「それで、どこ行くの?」


 瞬時にアトスの目の前に現れたアテネは再度同じ質問を投げ掛ける。


 「え、えーっと…ゼウス様の所だよ」


 「そっか!でもそんなに急ぐ必要あるの?ゼウスは逃げないよ?」


 「えっとね。前から貯めてたポイントがついに貯まったんだ。だから、つい嬉しくて走ってたみたい…」


 「あ!アトスたくさんポイント貯めてたもんね!いいなぁ!なになに?何貰うの?ドレス?お化粧道具?」


 怒濤の質問攻めを展開するアテネ。他者とのコミュニケーションが不得手なアトスにとって少し苦手な部分でもあったが古い付き合いからの慣れだろうか、どこかアテネに対しては嫌悪感は抱いていなかった。


 「うーん、僕は男だから流石にそういうのは貰わないかな。えっとね、僕、人間になりたいんだ」
 

 そう言った直後、アトスはヒヤッとした風が通り抜けたような気がした。無意識に後ろを振り返ったが先程まで走り抜けて来た風景が広がっている。

 ハッと意識を取り戻し、視線を戻すと何故か目の前のアテネが俯いていた。そして更に気のせいかもしれないが何か黒い、どす黒いオーラのような何かがアテネから狼煙のように上がるのが見えるような気がする。アトスがその不気味な雰囲気を感じ取っている最中にそっとアテネが口を開いた。


 「そうなんだ…。人間になるんだね…。一応聞くけど神を辞めるってことだよね?」


 どこか、いつもと声の抑揚とか口調とかが違うと考えながらもアトスはやっとの思いで答える。


 「そ、そうです。神を辞めて人間になります。」


 何故か敬語だった。何故かそうしないとダメだと思ったのだろう。

 アトスの返事を聞くとアテネから見えないはずのオーラが収まっていくのを見た。


 「そっか!じゃあ最後に質問!アトスはどんな女の子がタイプ?」


 アトスは意表を突く質問と態度の変化に頭が整理出来ていない。パニックになりながらアトスは直感的に言葉を選び、それを放った。


「…や、優しくて。お、大人しい方です!」


 それを聞いたアテネがまた不機嫌になり、ご機嫌取りに時間を要したのは言うまでもないだろう。





 逃げ去るように走って行くアトスの背を眺め、アテネは涙ぐんでいた。


 「…アトスのばか…」


 そう呟くと彼女はスッと何処かへ消えた。





 アトスはゼウスのいる交換所の前にいた。原因はわかっているのだが、何だかここまでの道のりがいつもより長く感じた。

 ゼウスの交換所はきらびやかな宮殿であった。シンメトリーに作られた大きな建物は正門の前に立つと両端が見えない。人間で言えばどこかの王族が住む様な、権威を見せつけるようなものだった。実際にゼウスは創造神であり、神々の最高権力者であるのでそれ相応なのかもしれないが…。

 中に入ると赤い絨毯が長く先へと続いている。左右を見渡すと金色に輝く置物や絵画が多く飾ってある。久しくこの場所へ訪れていなかったアトスは前よりも装飾が増えている事を確認しながら前へと進んで行った。


 最奥の部屋へ入ると、輝く宝石の散りばめられた王冠を被り、威厳のあるオーラを出し、満更でもない様子の男が玉座の様な椅子に座っていた。

 老齢の男、白髪で白く長い髭が顎から流れている。純白のローブに包まれ、装飾の入った木の杖を右手で持ち、如何にも神という出で立ちだったが王冠と玉座のせいで王様に見えなくもなかった。

 アトスが前へと進み、ゼウスが口を開く。


 「ようこそアトスちゃん!ワシの可愛い一人娘!」


 ゼウスの威厳は何処へ旅に出たのか。甘えたような声が室内に響き渡った。


 「ご無沙汰しております、ゼウス様。いつもお伝えしておりますが“ちゃん”は止めてください。そして僕は男です。あと全ての神はあなたから生まれておりますので一人娘でもありません。発言の全てが間違っております」


 アトスはゼウスにだけはハッキリと、普通に話す事が出来た。親に対する子供の心情のようなものだろうか。


 「アトスちゃん…。そんなに可愛いんだからいいじゃん…。」


 「だから“ちゃん”は…。はぁ…。もういいです…。今日は報酬の交換に参りました。」


 これに付き合うと話が長くなる。只でさえ、ここへ来るまでに手間取り、更に心に負担が掛かったというのに…。


 「あ、ついに貯まっちゃったかのぅ?やっぱり思いは変わらないのじゃな?」


 ゼウスには全て話を通してある。前置きはゼウスの茶番としか言えなかった。


 「はい。貯まったポイントで僕を人間にして下さい」


 ゼウスの目がアトスを見据え、少しだけ威厳が戻ってくる。


 「いいんじゃな?人間の命は有限。生まれ変われば神には戻れん」


 「はい。構いません」


 アトスは即答する。今、ふと沸き上がった願いではない。ずっと…この為に仕事をこなしてきた。この願いが叶う事を夢見てきたのだ。


 「ふむ……わかった。お前を人間の世界へと導こう。して、何処か希望はあるのか?」


 アトスは折り曲げた紙を一枚懐から取り出し、ゼウスへと差し出す。但し、この行為も形式上である。ゼウスはゆっくりとその紙を眺め、頷く。

 
 「輪廻の神アトス。お主を人間としてアルディア、創世歴一千年へと送る」


 その言葉と同時にアトスは眩しい光に包まれた。

 アトスはぼんやりとした意識の中、ゼウスの声が聞こえた。


 「これは可愛い娘への餞別だ。あまり大きな事は出来んが…。持っていくがいい…」


 心の中に直接語りかけて来るようなゼウスの声。娘じゃない、とアトスは心の中で突っ込もうとした所で意識を失ったのだった。





 アトス送り出した後、ゼウスは感慨深そうについさっきまでアトスが居た場所を見つめている。


「やっぱり子の願いとは言え、辛いのぅ」


 そう呟くとゆっくりと目を閉じた。

 部屋の扉からノックの音がする。


 「…次はお主か…」
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