神様 NEW GAME

伊織 アヤト

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神の加護と共に

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【アルディア創世歴一〇〇〇年】


 神がこの世界を創った、とされて一千年の時が流れようとしていた。ただ実際には、遥か昔から世界は存在した。人間が知恵をつけ、歴史を作り始めたのが約一千年前という意味だ。

 人間という種族はこの世界の生命としては、知恵と繁殖力において突出していた。もちろん、個々の能力は他の生命である魔物や異種族の者よりも弱い。だが集団での戦闘、武具を生み出す技術、魔法を創造する力、そうした生き残るための知恵が人間の社会を繁栄させる要因となっていたのである。

 事実、一千年の平穏により現在に至る訳ではなく、長い争いの歴史があり、その中には魔物や異種族との争いもあれば、人間同士の戦争もあった。時には人間にとって、種族滅亡の危機に落ちいるような場面もあったのだが、なんとかそれを知恵によって乗り越えて来たようだ。

 しがしながら、めでたく創世歴一〇〇〇年を迎える人々は非常に浮かれていた。王都パルテナにおいては、来る「千年祭」に向けて着々と準備が進められ、人の往来が普段の何倍にも増えていった。祭り前の高まる期待により、人々は陽気に包まれ、準備と称した宴が毎日のように開催される始末である。

 その高まる雰囲気が徐々に伝染し、王都より離れた農村部においても、日に日に熱を帯び始めていた頃である。



  王都から南西部に広がるヤスラ大森林を抜けた先にあるのどかな村、ビスタ村。ここは小麦の生産や酪農で生計を立てる小さな村である。多種の木々が生い茂り、大型の魔物が生息する大森林が隣接している事もあり、そこで暮らす人々は腕っぷしに自信のある者が多いようであった。

 その村の村長である男、ケビン・ゲオルギアは若くして村を任されている。普段であれば村人からの生産報告や魔物の情報により頭を悩まされているのだが今日は少し違った様子であった。ソワソワと落ち着きなく、同じ所をぐるぐると歩き回る。傍に座っていた男がケビンに声を掛けた。


 「おい、落ち着いて座ったらどうだ?」


 「落ち着ける訳がないじゃないか!産婆には死産かもしれないと言われたんだ!」


 怒鳴るつもりがなかったケビンは自分の予想以上に大きな声を出してしまった事に驚き、我に返る。そして、ばつの悪そうな顔で男の横に腰を下ろし、頭を抱えた。

 ケビンが頭を抱えて暫くの沈黙。隣の部屋が慌ただしくなるのがわかる。そしてケビン達のいる部屋のドアが勢いよく開いた。


 「ケビンさん、産まれましたよ!」


 その声が耳に届くか否や、隣の部屋から赤子の鳴き声が鳴り響いた。


 「元気な男の子です!」


 ケビンは動くことが出来ず、またその顔には喜びと胸に迫る思いが込み上げ、うっすらと涙が滲み出ていた。


 「やったな!ケビン!」


 男の大きな声と手がケビンの背中を打ち付け、ケビンはハッとした顔で隣の部屋へ駆け込んだ。


 「マリア!」


 「…あなた。元気な男の子よ」


 マリアと呼ばれた女はかなり疲れた様子でケビンの呼び掛けに答える。その腕の中には産まれたばかりの赤子が存在を証明するかのように声を張り上げ、抱えられていた。


 「マリア…本当に良く頑張ってくれた…。ありがとう」

  
 「えぇ…あなた。ただ…」


 マリアの顔にほんの少し、影が差す。そしてその目の先にあるのは赤子の胸の辺りに見えるアザであった。


 「…加護か」


 ケビンが頭の整理を終える前に部屋の入口から先程まで一緒にいた男の声が聞こえる。ケビンはそれを聞き、脳内の処理速度を加速させる。

 加護は神によって与えられるものだが、一般的に先天的なものではない。歴史に名を連ねる様な行いをして神の目に留まったとか、神隠しにあって戻って来た時に加護を得ていた等、事例は様々であるが後天的に得られるものがほとんどである。

 生まれつきの加護の例はないことはないが、それは加護を持つ王族や英雄と呼ばれる者の子孫であったりと、神に愛された系譜を持つ者達であり、こんな片田舎の村長の息子が得られた例はなかった。ましてやケビンもマリアも加護持ちではないし、加護を持つような高位な者とは関わりもなかった。 

 ケビンはそこまで考えても答えが出ず、妻であるマリアへ問いかける。


 「マリア…何故、この子が加護を…?」


 「私にもわかりません…ただ産婆の方が、死産を免れたのはおそらくこの子に神の加護があったからだと…」


  傍に寄り添っていた産婆もそれに無言で頷いている。皆が普通はあり得ない出来事に直面し、戸惑いの空気が部屋を埋める。


 「ケビン!そんな些細な事は気にするな!それより、今の喜ばしいこの時を皆で分かち合おうじゃないか」


 部屋の入口に立つ男が明るさを取り繕ったような太い声がケビンへと降りかかる。


 「…ジーク。…そうだな!我が子の誕生を祝う!考えるのはその後だ!」

 
 ケビンもその明るさに便乗していた。ジーク・ヒストリア。彼はケビンとは古い付き合いである。ジークは現在、王都での職務に励んでいるが、馴染みであるケビンの不安を少しでも拭おうとわざわざビスタ村まで訪れていた。


 「確か加護はアザの形でどの神のものかわかるんだよな?ジークは加護にも詳しかったはずだろ?この子の名前も加護を授けて下さった神様にあやかりたいんだが見てくれないか?」


 ケビンがそう言うとジークが笑顔で頷き、マリアの方へ歩み寄る。そして赤子のアザを見てジークは驚愕する。

 アザが二つ、重なっていたのである。

 色濃く浮かぶアザの一つは輪廻の神の加護、そしてもう一つの薄いアザは…。


 「そ、創造…」

 
 ジークの口から小さな声が漏れる。


 「ん?ジーク、なんだって?」


 上手く聞き取れなかったケビンはジークへ聞き返す。


 「…ん、あぁ、すまないケビン…。…輪廻の神の加護だな!神の名は…アトスだったか」


 「おぉ!そうか!ではこの子の名前はアトスだ!神様の名前をそのまま頂戴するのは失礼かな?」


 「…いや、大丈夫だ。ただ名前よりもこの子の加護は誰にも話さない方がいいだろう」


 「そうだな!加護は有り難いがあまり大きな声で広める事ではないしな」


 「そうではない。むしろ、ここにいる皆はこの事を誰にも話すな。そしてケビン、マリア。この子のアザは誰にも見られないようにしろ。生まれつきの加護は特殊だ。この子にもあまり良くない事が起きるかもしれん…」


 ジークが真剣な眼差しで二人に訴える。明るさを取り繕ったジークがそれをなかったことにするように釘を刺してくる。その違和感を覚えながらもケビンとマリアは頷いたのだった。



 こうしてアトス・ゲオルギアはビスタ村にて生を受ける。何の因果か、神の時と同じ名前で。

 その胸に創造神ゼウスの加護を宿して。
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