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8.ブロンディーヌ
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ケヴィンからの手紙が、リックの手元に届いたのは、リックがタリスを出発する直前のことだった。
リック、この手紙を、タリスで受け取ることができただろうか?
俺は、あの女、レティシアの過去を知って、どうしても、お前には伝えないといけないと思った。
だから、わざわざ急ぎの使いを立てて、この手紙がタリスのお前の手元へ間に合うようにした。
お前が、タリスでこの手紙を受け取れることを、祈っている。
ノックスでお前に会った時、俺は、レティシアが、絶世の美女か魔性の女か…、ファムスュパーブか、ファムファタールか、どっちだろうな、と言った。
結論から言おう、あの女、レティシアは、魔性の女、ファムファタールだ。
サニーで会った時のことを、覚えているか。
あの時既に、ギヨーム王の庶子フィリップのことも、ミルフェアストリートの出来事も、みんな俺の耳に入って来ていた。
逃がす手伝いをしたのが、黒い髪の大柄な男だということも。
そこで、サニーでお前に会った。
馬車か、と尋ねたら、違うという。
それで、ピンと来た。
「そういや、ミルフェアストリートで、人がひとり死んだらしいな」
俺のこの一言で、お前の顔色が変わった。
フィリップと一緒にいるのは、お前だと確信した。
だが、俺は、この件には関心が無い。
前にも言ったが、俺は金の匂いのしない話には、興味が無い。
刺客に追われたフィリップが、無事に逃げ切れるかどうか、賭けの対象にする程度だ。
だから、レティシアの身辺を調べたのも、特別に意図はない。
言った通り、駅馬車強盗から俺の女を守ってくれた。
その礼を兼ねて、レティシアの調査をしてやろうと思った。
明らかに、胡散臭い女だ。
俺は、レティシアが詐欺師めいた女だ、と睨んでいた。
あれだけの美貌だ。
大方、男を手玉に取って、金を巻き上げているんだろうと思った。
だから、レティシアの本性を知らせてやって、お前を助けてやろうと思った。
だが、これは、詐欺師がどうのというレベルの話ではない。
だから、忠告してやる。
この件からは、手を引け。
巻き込まれれば、命に関わる。
お前が、あの女に惚れているのは知ってる。
だが、あの女は止めておけ。
俺はあの後すぐ、手下たちと、コルマノンへ向かった。
小さな田舎町に、あの美貌だ。
コルマノンで、レティシアのことを知らない者はなかった。
調べるのに、別段苦労はなかった。
多少の金を渡せば、誰もがレティシアのことを喋った。
レティシアは一年前まで、初老の男ジャンと、コルマノンで一緒に暮らしていた。
レティシアは、その男のことを、お父様と呼んでいたらしいが、本当の親子じゃない。
それは、後でわかったことだが。
ジャンは、一年前に亡くなるまで、五年ほど、コルマノンの古い小さな教会の下男をしていて、ふたりは、その教会の狭い離れで暮らしていた。
傍目にも、仲睦まじい父娘で、一緒に散歩したり、買い物に行ったりする姿を、よく見かけたらしい。
ただ、ジャンは、酒好きだった。
安酒場に、しょっちゅう出入りしていたようだ。
一年前、コルマノンの近くの街に、ユースティティアの軍隊が駐留していた。
ある夜、その駐留していた兵士の、酒に酔った若い一団が、コルマノンまでやって来て、酒場に入った。
そこに、ジャンがいて、揉め事になった。
それで、腹を立てた兵士のひとりが、ジャンを刺した。
で、死んだ。
他に身寄りもないレティシアは、コルマノンにひとり残されることになった。
しかし、その話が、ジャンを刺した兵士の上官の耳に入った。
兵士の上官は、レティシアのことを気の毒に思い、アルカンスィエルの貧しい貴族の屋敷での奉公を、紹介した。
それが、フィリップの屋敷だ。
それで、レティシアはアルカンスィエルにやって来て、フィリップの屋敷で奉公を始めた。
不自然な点は、どこにも見当たらない。
色々探りを入れては見たが、 ジャンとレティシアは、どこにでもいそうな父娘だ。
それで、俺は考えた。
コルマノンに来る前は、何処にいたんだろうって。
ところが、これが誰も知らない。
不自然だろう?
五年もコルマノンで暮らしてれば、それまで何処で暮らしていたか、どういった縁で、何故コルマノンへやって来たのか、世間話で一度ぐらい誰かに話すだろう。
父娘は頑なに、口をつぐんでいた。
借金か何か、問題でも起こして、土地を追い払われたんじゃないか、というのが、近所の人たちの見解だ。
ジャンの働いていた教会の牧師にも尋ねてはみたが、五年の間に一度、牧師が変わっていて、ジャンを下男として雇った経緯については、不明だった。
これで、俺は、完全お手上げ状態。
だけど、俺はもう一度、ジャンの行きつけの酒場に足を向けた。
酒場の主人に、食い下がった。
何でもいいから、思いだしたことがあったら、教えてくれって。
そしたら、そこへ女将がひょこっと顔を出したんだ。
で、女将はしばらく考えてたが、
「そういえば、以前、酔い潰れかけてた時に、時間も遅かったんで、私が、そろそろ帰りな、でないと、レティシアが心配するよって、腕を取ったんだ。そしたら、帰らんぞ、もうルションヌには、二度と帰らんぞって、言ったんだよ。その時は、何言ってんだい、って思ったんだけど・・・。こんなこと、何か役に立つのかい?」
って、俺に話してきた。
俺は、迷った。
ルションヌに、行くべきか。
けれども、俺はジャンとレティシアには何かある、そう確信を持つようになった。
だから、俺は手下どもと、この不確か極まりない情報ひとつだけで、ルションヌに向かうことにした。
ルションヌは、ユースティティアの小さな街だ。
コルマノンからは、ずいぶんと離れている。
俺はコルマノンからほぼ丸一日かかって、ルションヌに入った。
で、寝る間も惜しんで、レティシアとジャンのことを、手下と共に、片っぱしから聞いて回った。
ジャンのことは、すぐにわかった。
コルマノンの酒場の女将の話は、正しかったわけだ。
ジャンは、腕のいい鍛冶職人だった。
妻を十年程前に亡くしていて、子供はなかった。
酒は好きだが、楽しく飲む方で、酒癖が悪いわけでも、深酒をするわけでもなかった。
いたって大人しく、真面目で、温厚で、悪い人間ではなかったようだ。
しかし、これから話す一件が原因で、酒の飲み方が変わったんだろう。
コルマノンに移った年、ジャンは事件を起こしている。
といっても、ジャンに責任はない。
ジャンが可愛がっていた若い職人が、酒に酔って川に落ちて死んだ。
だが、酒を飲みに誘ったのはジャンで、若い職人の妻の腹の中には二人目の子供がいた。
不思議なことに、亡くなった若い職人の妻は、旦那が亡くなった後すぐ、大金を手にしたということだ。
そして、ジャンはルションヌを去った。
けれども、誰もその理由を知らない。
俺は、亡くなった若い職人の妻に、接触した。
もう再婚していたが。
言いたくはないが、リック、俺はこの件に関して、結構金を使ってるんだぜ。
世の中、金次第だからな。
その女にも、話を聞き出すために、結構な支払いをさせてもらったさ。
女に大金を渡したのは、ジャンだった。
一生とは言わないが、子供が大きくなるまで十分暮らしていける金さ。
せめてもの罪滅ぼし、と言う訳か。
女も驚いて、ジャンに尋ねたが、ジャンは金の出所に関して、一切口を割らなかったそうだ。
この時の金の出所と、レティシア、これは絶対に何か関係がある。
俺は、そう睨んだ。
ルションヌには、ジャンとレティシアが一緒に暮らした形跡は、ひとつもない。
なのに、コルマノンでいきなり、レティシアが登場するんだ。
ジャンの娘として。
一体、レティシアは、どこからやって来たのか?
どこかから、さらわれて来たのか?
いやいや、だとすれば、レティシアは逃げ出しただろう。
これは、大きな壁だった。
ルションヌは、小さな街だ。
だけど、役所、教会、市場、そういったところを聞き歩いても、何も出てこない。
タリスにいるであろうお前に、報告しなければならないから、俺は、そろそろ諦めるしかないと思い始めた。
で、これまでの経緯を記したお前への手紙を、急ぎの使いに託して、フォルティスへ帰ろうと思っていた。
だけど、もう昼が近かったので、とりあえず昼飯を食うために、食堂へ足を向けた。
その食堂は、最高に洒落てて、食い始めてから食い終わるまで、ばあさんが耳元で嫁の愚痴を聞かせてくれるんだ。
お前も一度行ってみるか?
で、俺は、早々に退散するつもりだったんだが、俺は人間が出来てる。
ばあさんをあんまり無視するのも、気の毒に思って、
「このあたりは長閑だねえ」
って、言ったんだ。
お前、俺のこの一言に感謝しろよ。
俺の、この一言がなければ、真相は永久に闇の中だ。
リック、この手紙を、タリスで受け取ることができただろうか?
俺は、あの女、レティシアの過去を知って、どうしても、お前には伝えないといけないと思った。
だから、わざわざ急ぎの使いを立てて、この手紙がタリスのお前の手元へ間に合うようにした。
お前が、タリスでこの手紙を受け取れることを、祈っている。
ノックスでお前に会った時、俺は、レティシアが、絶世の美女か魔性の女か…、ファムスュパーブか、ファムファタールか、どっちだろうな、と言った。
結論から言おう、あの女、レティシアは、魔性の女、ファムファタールだ。
サニーで会った時のことを、覚えているか。
あの時既に、ギヨーム王の庶子フィリップのことも、ミルフェアストリートの出来事も、みんな俺の耳に入って来ていた。
逃がす手伝いをしたのが、黒い髪の大柄な男だということも。
そこで、サニーでお前に会った。
馬車か、と尋ねたら、違うという。
それで、ピンと来た。
「そういや、ミルフェアストリートで、人がひとり死んだらしいな」
俺のこの一言で、お前の顔色が変わった。
フィリップと一緒にいるのは、お前だと確信した。
だが、俺は、この件には関心が無い。
前にも言ったが、俺は金の匂いのしない話には、興味が無い。
刺客に追われたフィリップが、無事に逃げ切れるかどうか、賭けの対象にする程度だ。
だから、レティシアの身辺を調べたのも、特別に意図はない。
言った通り、駅馬車強盗から俺の女を守ってくれた。
その礼を兼ねて、レティシアの調査をしてやろうと思った。
明らかに、胡散臭い女だ。
俺は、レティシアが詐欺師めいた女だ、と睨んでいた。
あれだけの美貌だ。
大方、男を手玉に取って、金を巻き上げているんだろうと思った。
だから、レティシアの本性を知らせてやって、お前を助けてやろうと思った。
だが、これは、詐欺師がどうのというレベルの話ではない。
だから、忠告してやる。
この件からは、手を引け。
巻き込まれれば、命に関わる。
お前が、あの女に惚れているのは知ってる。
だが、あの女は止めておけ。
俺はあの後すぐ、手下たちと、コルマノンへ向かった。
小さな田舎町に、あの美貌だ。
コルマノンで、レティシアのことを知らない者はなかった。
調べるのに、別段苦労はなかった。
多少の金を渡せば、誰もがレティシアのことを喋った。
レティシアは一年前まで、初老の男ジャンと、コルマノンで一緒に暮らしていた。
レティシアは、その男のことを、お父様と呼んでいたらしいが、本当の親子じゃない。
それは、後でわかったことだが。
ジャンは、一年前に亡くなるまで、五年ほど、コルマノンの古い小さな教会の下男をしていて、ふたりは、その教会の狭い離れで暮らしていた。
傍目にも、仲睦まじい父娘で、一緒に散歩したり、買い物に行ったりする姿を、よく見かけたらしい。
ただ、ジャンは、酒好きだった。
安酒場に、しょっちゅう出入りしていたようだ。
一年前、コルマノンの近くの街に、ユースティティアの軍隊が駐留していた。
ある夜、その駐留していた兵士の、酒に酔った若い一団が、コルマノンまでやって来て、酒場に入った。
そこに、ジャンがいて、揉め事になった。
それで、腹を立てた兵士のひとりが、ジャンを刺した。
で、死んだ。
他に身寄りもないレティシアは、コルマノンにひとり残されることになった。
しかし、その話が、ジャンを刺した兵士の上官の耳に入った。
兵士の上官は、レティシアのことを気の毒に思い、アルカンスィエルの貧しい貴族の屋敷での奉公を、紹介した。
それが、フィリップの屋敷だ。
それで、レティシアはアルカンスィエルにやって来て、フィリップの屋敷で奉公を始めた。
不自然な点は、どこにも見当たらない。
色々探りを入れては見たが、 ジャンとレティシアは、どこにでもいそうな父娘だ。
それで、俺は考えた。
コルマノンに来る前は、何処にいたんだろうって。
ところが、これが誰も知らない。
不自然だろう?
五年もコルマノンで暮らしてれば、それまで何処で暮らしていたか、どういった縁で、何故コルマノンへやって来たのか、世間話で一度ぐらい誰かに話すだろう。
父娘は頑なに、口をつぐんでいた。
借金か何か、問題でも起こして、土地を追い払われたんじゃないか、というのが、近所の人たちの見解だ。
ジャンの働いていた教会の牧師にも尋ねてはみたが、五年の間に一度、牧師が変わっていて、ジャンを下男として雇った経緯については、不明だった。
これで、俺は、完全お手上げ状態。
だけど、俺はもう一度、ジャンの行きつけの酒場に足を向けた。
酒場の主人に、食い下がった。
何でもいいから、思いだしたことがあったら、教えてくれって。
そしたら、そこへ女将がひょこっと顔を出したんだ。
で、女将はしばらく考えてたが、
「そういえば、以前、酔い潰れかけてた時に、時間も遅かったんで、私が、そろそろ帰りな、でないと、レティシアが心配するよって、腕を取ったんだ。そしたら、帰らんぞ、もうルションヌには、二度と帰らんぞって、言ったんだよ。その時は、何言ってんだい、って思ったんだけど・・・。こんなこと、何か役に立つのかい?」
って、俺に話してきた。
俺は、迷った。
ルションヌに、行くべきか。
けれども、俺はジャンとレティシアには何かある、そう確信を持つようになった。
だから、俺は手下どもと、この不確か極まりない情報ひとつだけで、ルションヌに向かうことにした。
ルションヌは、ユースティティアの小さな街だ。
コルマノンからは、ずいぶんと離れている。
俺はコルマノンからほぼ丸一日かかって、ルションヌに入った。
で、寝る間も惜しんで、レティシアとジャンのことを、手下と共に、片っぱしから聞いて回った。
ジャンのことは、すぐにわかった。
コルマノンの酒場の女将の話は、正しかったわけだ。
ジャンは、腕のいい鍛冶職人だった。
妻を十年程前に亡くしていて、子供はなかった。
酒は好きだが、楽しく飲む方で、酒癖が悪いわけでも、深酒をするわけでもなかった。
いたって大人しく、真面目で、温厚で、悪い人間ではなかったようだ。
しかし、これから話す一件が原因で、酒の飲み方が変わったんだろう。
コルマノンに移った年、ジャンは事件を起こしている。
といっても、ジャンに責任はない。
ジャンが可愛がっていた若い職人が、酒に酔って川に落ちて死んだ。
だが、酒を飲みに誘ったのはジャンで、若い職人の妻の腹の中には二人目の子供がいた。
不思議なことに、亡くなった若い職人の妻は、旦那が亡くなった後すぐ、大金を手にしたということだ。
そして、ジャンはルションヌを去った。
けれども、誰もその理由を知らない。
俺は、亡くなった若い職人の妻に、接触した。
もう再婚していたが。
言いたくはないが、リック、俺はこの件に関して、結構金を使ってるんだぜ。
世の中、金次第だからな。
その女にも、話を聞き出すために、結構な支払いをさせてもらったさ。
女に大金を渡したのは、ジャンだった。
一生とは言わないが、子供が大きくなるまで十分暮らしていける金さ。
せめてもの罪滅ぼし、と言う訳か。
女も驚いて、ジャンに尋ねたが、ジャンは金の出所に関して、一切口を割らなかったそうだ。
この時の金の出所と、レティシア、これは絶対に何か関係がある。
俺は、そう睨んだ。
ルションヌには、ジャンとレティシアが一緒に暮らした形跡は、ひとつもない。
なのに、コルマノンでいきなり、レティシアが登場するんだ。
ジャンの娘として。
一体、レティシアは、どこからやって来たのか?
どこかから、さらわれて来たのか?
いやいや、だとすれば、レティシアは逃げ出しただろう。
これは、大きな壁だった。
ルションヌは、小さな街だ。
だけど、役所、教会、市場、そういったところを聞き歩いても、何も出てこない。
タリスにいるであろうお前に、報告しなければならないから、俺は、そろそろ諦めるしかないと思い始めた。
で、これまでの経緯を記したお前への手紙を、急ぎの使いに託して、フォルティスへ帰ろうと思っていた。
だけど、もう昼が近かったので、とりあえず昼飯を食うために、食堂へ足を向けた。
その食堂は、最高に洒落てて、食い始めてから食い終わるまで、ばあさんが耳元で嫁の愚痴を聞かせてくれるんだ。
お前も一度行ってみるか?
で、俺は、早々に退散するつもりだったんだが、俺は人間が出来てる。
ばあさんをあんまり無視するのも、気の毒に思って、
「このあたりは長閑だねえ」
って、言ったんだ。
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