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10.アンジェラ
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アンジェラをベッドに休ませて、レティシアは静かに椅子に座った。
しばらくすると、アンジェラの寝息が聞こえて来た。
無理もない。
昨夜は、よく眠れなかったに違いない。
これから、どうなるのか・・・。
ウッドフィールドへ向かうのか、しばらくここへ留まることになるのか。
それは、アンヌの言う通り、フィリップの判断に任せるより他なかった。
レティシアも、疲れのせいか、少し頭痛がしていた。
考えれば、ここ二晩、まともに眠れていなかった。
けれども、不思議と眼は冴えて、眠気はなかった。
リックのことを考えると、胸が詰まった。
昨夜、求められるがまま、リックと口づけを交わした。
何度も、何度も、唇を重ねた。
頭では、いけないと分かっていた。
リックに想いを寄せても、寄せられてもいけないのだと分かっていた。
私は、恋をすることはできないのだと。
ミラージュ、ブロンディーヌ、ダニエル・・・。
そう言った言葉が、レティシアの頭の中を渦巻いて、突き放さなくてはならない、もう帰らなくてはならない、立ち去らなくてはならない、何度、そう思ったことだろう。
けれども、そうは出来なかった。
気がつけば、唇に触れるリックの温もりに酔って、その背中に腕を回していた。
自分が、リックに惹かれているのだと、初めて知った。
「レティシア、行くな」
リックは、レティシアの耳に、そう囁いた。
何故、リックは私が去ろうとしていることが、わかったのだろう。
レティシアには、それが不思議だった。
リックに手を引かれてタヴァンへ帰った後、別れ際に、もう一度強く抱きしめられて、唇を重ねた。
リックは、何も言わなかった。
けれども、その黒い瞳が、驚くほど真剣にレティシアを見つめるので、これは遊びではないのだと、リックの深い想いがあるのだと、思い知らされた。
昨夜遅く、この部屋に戻った時には、立ち去ることが、できなくなっていた。
ミラージュが、いつまたやって来て、アンヌやアンジェラを盾に、恐ろしい仕事をさせるかもしれない。
そう考えれば、発たなければならなかった。
去らなければならなかった。
けれども、そう思うたび、
「レティシア、行くな」
耳に囁かれたリックの声が、眼差しが、甦って、動けなくなった。
ほとんど眠れずに、夜を過ごし、夜明け前に少しまどろんだ後、窓から差し込む明るい光で眼が覚めた。
朝、レティシアは、深い後悔に襲われた。
どうなって行くのだろう。
これからどうなってしまうのだろう。
恋した人に想いを寄せられる喜びは、一かけらもなく、一夜明けて、不安と困惑は増すばかりだった。
タヴァンの一階は、出発する人々で、賑わっていた。
その喧噪の片隅で、フィリップは、ハリーとリックを前にして、アンジェラの体調を考えて、一旦旅を中断することを告げた。
「ここまで、連れてきてもらったのに、ふたりには、本当に申し訳ない」
そう言って、フィリップは頭を下げた。
「止めろよ」
「そうだ、頭を上げるんだ、フィリップ。仕方のないことだ。俺たちも、残念だ」
ハリーは、そう言って、白髪の混じった豊かな髪の毛を、ぐしゃぐしゃっと、かいた。
「ここに留まるにしても、どうするつもりだ?しばらく、このタヴァンにいるのか?」
リックが、尋ねた。
「いや、まだ何も決められていないんだ。でも、部屋さえ取れれば、二、三日、ここにいて、その間に、考えようと思ってる」
三人の男は、しばらく黙って、それぞれ考えを巡らせていたが、口を開いたのは、リックだった。
「今から、伯爵に手紙を書けよ。仕方がないから、届けて来てやる」
「リック・・・」
「三、四日、ここで待ってろ。リヴィングストン伯爵を連れて来てやる。奴らが、あんたに手出しできないくらいの人数も一緒に」
「そうだな。それが一番いい方法かもしれんな。じゃあ俺は、お前さんが戻って来るまで、お嬢さんたちの退屈しのぎをするか」
そう言って、ハリーは笑った。
フィリップは、万一の時、ハリーが、自分たちを守ってくれようとしているのだとわかった。
「リック、ハリー、本当に、申し訳ない」
「止めろよ」
頭を下げるフィリップに、二人は声をそろえた。
自分ひとりなら、馬で、街道を全速力で駆け抜けて行ける。
行って戻って来るのに、三日あれば、十分だ。
リックは、そう考えていた。
レティシアとは、戻って来てから、ゆっくり話をしようと、思った。
昨夜、レティシアは、拒まなかった。
何度も口づけを交わして、気持ちを確かめ合ったはずだった。
ところが、今朝、アンジェラとアンヌの朝食の支度で、下に降りて来たレティシアは、リックと眼が合うと、微笑むどころか、すぐに視線をそらした。
昨晩、抱きしめ合って、唇を重ねた女から、翌朝、無視されるというのは、中々きつかった。
リックは思った。
これは、ミラージュのせいだろうと。
過去と、先日のタリスでの一件が、レティシアをためらわせているのだろうと。
リックは、レティシアが今、ミラージュと、どう関わっているのか分からなかったが、やはり、どう考えても、レティシアが望んで関わりを持っているようには、見えなかった。
何か、事情があるのだろうと思った。
そのあたりを、一度、ふたりで話さなければならないと考えたが、レティシアは、リックがまさか、自分の過去を知っているとは思わないだろうし、知られたくはないだろうから、気の重い話になるに違いなかった。
時間を、費やすことになるだろう。
けれど、どんなに時間を費やしたとしても、必要な話し合いだと考えていた。
後戻りするつもりなど、リックには全くなかった。
正直、昨日までの自分が、馬鹿らしくなっていたところだった。
ブリストンで、レティシアが俺に微笑みかけた時から、俺は虜になっていた。
あの美しいヘーゼルの瞳に。
それを今さら、レティシアの背景を言い訳に、自分の気持ちをどう牽制したところで、牽制しきれるものではない。
ケヴィンは、命が惜しければレティシアに関わるな、と言った。
そうできたら、とっくにそうしてるんだよ。
脳裏に浮かぶケヴィンの皮肉な顔に、リックはそう呟いた。
ともかく、レティシアとは、ウッドフィールドから戻ってきたら、ゆっくり話すつもりだった。
それには、リックがウッドフィールドから、伯爵を連れて戻って来るまでの数日間に、ミラージュやリックとの関係に苦しんで、レティシアがどこかへ行ってしまわないようにしなければならなかった。
やはり、ウッドフィールドへ発つ前に、少し話しておく必要がありそうだ。
俺が、ウッドフィールドから戻るまで、ここで必ず待っていると約束させなくては。
リックは、そう思った。
けれども、その必要はないことが、直ぐに分かった。
着替えて、出発の支度を済ませたアンジェラが、タヴァンの階段を、降りて来たからだった。
傍らには、レティシアが付き添って、アンジェラに心配そうな眼差しを向けている。
「アンジェラ!」
そのアンジェラを見つけて、フィリップが驚きの声を上げた。
「お兄様、出発しましょう。ウッドフィールドへ」
アンジェラの灰色の瞳から、いつもの子供っぽさは消え、強い意志が滲んでいた。
しばらくすると、アンジェラの寝息が聞こえて来た。
無理もない。
昨夜は、よく眠れなかったに違いない。
これから、どうなるのか・・・。
ウッドフィールドへ向かうのか、しばらくここへ留まることになるのか。
それは、アンヌの言う通り、フィリップの判断に任せるより他なかった。
レティシアも、疲れのせいか、少し頭痛がしていた。
考えれば、ここ二晩、まともに眠れていなかった。
けれども、不思議と眼は冴えて、眠気はなかった。
リックのことを考えると、胸が詰まった。
昨夜、求められるがまま、リックと口づけを交わした。
何度も、何度も、唇を重ねた。
頭では、いけないと分かっていた。
リックに想いを寄せても、寄せられてもいけないのだと分かっていた。
私は、恋をすることはできないのだと。
ミラージュ、ブロンディーヌ、ダニエル・・・。
そう言った言葉が、レティシアの頭の中を渦巻いて、突き放さなくてはならない、もう帰らなくてはならない、立ち去らなくてはならない、何度、そう思ったことだろう。
けれども、そうは出来なかった。
気がつけば、唇に触れるリックの温もりに酔って、その背中に腕を回していた。
自分が、リックに惹かれているのだと、初めて知った。
「レティシア、行くな」
リックは、レティシアの耳に、そう囁いた。
何故、リックは私が去ろうとしていることが、わかったのだろう。
レティシアには、それが不思議だった。
リックに手を引かれてタヴァンへ帰った後、別れ際に、もう一度強く抱きしめられて、唇を重ねた。
リックは、何も言わなかった。
けれども、その黒い瞳が、驚くほど真剣にレティシアを見つめるので、これは遊びではないのだと、リックの深い想いがあるのだと、思い知らされた。
昨夜遅く、この部屋に戻った時には、立ち去ることが、できなくなっていた。
ミラージュが、いつまたやって来て、アンヌやアンジェラを盾に、恐ろしい仕事をさせるかもしれない。
そう考えれば、発たなければならなかった。
去らなければならなかった。
けれども、そう思うたび、
「レティシア、行くな」
耳に囁かれたリックの声が、眼差しが、甦って、動けなくなった。
ほとんど眠れずに、夜を過ごし、夜明け前に少しまどろんだ後、窓から差し込む明るい光で眼が覚めた。
朝、レティシアは、深い後悔に襲われた。
どうなって行くのだろう。
これからどうなってしまうのだろう。
恋した人に想いを寄せられる喜びは、一かけらもなく、一夜明けて、不安と困惑は増すばかりだった。
タヴァンの一階は、出発する人々で、賑わっていた。
その喧噪の片隅で、フィリップは、ハリーとリックを前にして、アンジェラの体調を考えて、一旦旅を中断することを告げた。
「ここまで、連れてきてもらったのに、ふたりには、本当に申し訳ない」
そう言って、フィリップは頭を下げた。
「止めろよ」
「そうだ、頭を上げるんだ、フィリップ。仕方のないことだ。俺たちも、残念だ」
ハリーは、そう言って、白髪の混じった豊かな髪の毛を、ぐしゃぐしゃっと、かいた。
「ここに留まるにしても、どうするつもりだ?しばらく、このタヴァンにいるのか?」
リックが、尋ねた。
「いや、まだ何も決められていないんだ。でも、部屋さえ取れれば、二、三日、ここにいて、その間に、考えようと思ってる」
三人の男は、しばらく黙って、それぞれ考えを巡らせていたが、口を開いたのは、リックだった。
「今から、伯爵に手紙を書けよ。仕方がないから、届けて来てやる」
「リック・・・」
「三、四日、ここで待ってろ。リヴィングストン伯爵を連れて来てやる。奴らが、あんたに手出しできないくらいの人数も一緒に」
「そうだな。それが一番いい方法かもしれんな。じゃあ俺は、お前さんが戻って来るまで、お嬢さんたちの退屈しのぎをするか」
そう言って、ハリーは笑った。
フィリップは、万一の時、ハリーが、自分たちを守ってくれようとしているのだとわかった。
「リック、ハリー、本当に、申し訳ない」
「止めろよ」
頭を下げるフィリップに、二人は声をそろえた。
自分ひとりなら、馬で、街道を全速力で駆け抜けて行ける。
行って戻って来るのに、三日あれば、十分だ。
リックは、そう考えていた。
レティシアとは、戻って来てから、ゆっくり話をしようと、思った。
昨夜、レティシアは、拒まなかった。
何度も口づけを交わして、気持ちを確かめ合ったはずだった。
ところが、今朝、アンジェラとアンヌの朝食の支度で、下に降りて来たレティシアは、リックと眼が合うと、微笑むどころか、すぐに視線をそらした。
昨晩、抱きしめ合って、唇を重ねた女から、翌朝、無視されるというのは、中々きつかった。
リックは思った。
これは、ミラージュのせいだろうと。
過去と、先日のタリスでの一件が、レティシアをためらわせているのだろうと。
リックは、レティシアが今、ミラージュと、どう関わっているのか分からなかったが、やはり、どう考えても、レティシアが望んで関わりを持っているようには、見えなかった。
何か、事情があるのだろうと思った。
そのあたりを、一度、ふたりで話さなければならないと考えたが、レティシアは、リックがまさか、自分の過去を知っているとは思わないだろうし、知られたくはないだろうから、気の重い話になるに違いなかった。
時間を、費やすことになるだろう。
けれど、どんなに時間を費やしたとしても、必要な話し合いだと考えていた。
後戻りするつもりなど、リックには全くなかった。
正直、昨日までの自分が、馬鹿らしくなっていたところだった。
ブリストンで、レティシアが俺に微笑みかけた時から、俺は虜になっていた。
あの美しいヘーゼルの瞳に。
それを今さら、レティシアの背景を言い訳に、自分の気持ちをどう牽制したところで、牽制しきれるものではない。
ケヴィンは、命が惜しければレティシアに関わるな、と言った。
そうできたら、とっくにそうしてるんだよ。
脳裏に浮かぶケヴィンの皮肉な顔に、リックはそう呟いた。
ともかく、レティシアとは、ウッドフィールドから戻ってきたら、ゆっくり話すつもりだった。
それには、リックがウッドフィールドから、伯爵を連れて戻って来るまでの数日間に、ミラージュやリックとの関係に苦しんで、レティシアがどこかへ行ってしまわないようにしなければならなかった。
やはり、ウッドフィールドへ発つ前に、少し話しておく必要がありそうだ。
俺が、ウッドフィールドから戻るまで、ここで必ず待っていると約束させなくては。
リックは、そう思った。
けれども、その必要はないことが、直ぐに分かった。
着替えて、出発の支度を済ませたアンジェラが、タヴァンの階段を、降りて来たからだった。
傍らには、レティシアが付き添って、アンジェラに心配そうな眼差しを向けている。
「アンジェラ!」
そのアンジェラを見つけて、フィリップが驚きの声を上げた。
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アンジェラの灰色の瞳から、いつもの子供っぽさは消え、強い意志が滲んでいた。
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