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10.アンジェラ
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翌朝、タヴァンの一階の自炊場で、朝食の後片付けを済ませたレティシアが、部屋に戻ろうとすると、レティシアの部屋の前にアンヌが立っていた。
レティシアと、アンジェラは同室だった。
レティシアがアンヌに近づくと、アンヌは、しっ、と唇の前で、指を立てた。
部屋の外まで、フィリップとアンジェラの言い争う声が、漏れていた。
「聞き分けのないことを言うんじゃない!」
珍しく、フィリップが声を荒らげていた。
「聞き分けが無いのは、私じゃないわ。お兄様の方よ」
「アンジェラ、どうしてお前だけを、ここへ置いて行けると言うんだ?ウッドフィールドへ向かうのは、お前のためだ。それなのに、お前をひとり置いて行けるわけがないだろう」
「少しの間だけよ。それに、ひとりじゃない。レティシアも一緒だわ。お兄様たちが、先に、無事ウッドフィールドへ到着したら、リヴィングストン伯爵様にお願いして、迎えに来てもらうの。それがどうしていけないの?」
「駄目だ、アンジェラ、それは絶対に駄目だ」
「お兄様の分からずや!嫌いよ!」
アンジェラは、泣きだした。
「アンジェラ・・・」
そこまで聞くと、アンヌは、レティシアの腕を取って、そっとその場を離れ、
「先ほどから、ずっとああなのです。フィリップ様が、一度、旅を中断して、どこかでしばらく休もうと言うのですが、聞き入れません。レティシアと自分を、ここに置いて、先にウッドフィールドへ向かうように、と。それが、駄目だというのなら、今から、自分も皆と一緒に、ウッドフィールドへ向かうと」
小声で、レティシアの耳に、そう囁いた。
「アンヌ様、一体どうしたらいいのでしょう?」
「わたくしにも、判断がつきかねます。ここは、フィリップ様におまかせするより、仕方ないでしょう」
「私、アンジェラ様が可哀想で・・・」
「あなたにしか、できないことがあります。行って、アンジェラの話を聞いておやりなさい。あなたが、胸の内を聞いてあげることが、一番の慰めになります」
「アンヌ様・・・」
アンヌは、レティシアの背中をそっと押した。
ためらいながら、レティシアは、部屋をノックした。
涙のせいだろう。
アンジェラの眼が、赤く腫れていた。
アンジェラはベッドの端に座り、レティシアも傍らに座って、その背中を優しく撫でた。
あのままでは、フィリップも、アンジェラも感情的になるばかりで、アンジェラの身体にもよくないので、フィリップには、席をはずしてもらった。
「お兄様は、どうして、聞きいれてはくださらないのかしら?」
「アンジェラ様のことが心配で、片時も離れられないのですわ。大切に、大切になさっている妹なのですから」
「妹・・・。そうね」
「アンジェラ様」
「レティシア、私、おかしいわよね。身体が弱いのに、こんな風に、お兄様のことを好きになって」
アンジェラは、レティシアの肩に顔を寄せた。
涙声になっていた。
アンジェラがいつも以上に感情的なのは、思うようにならない体調への苛立ちもあるのだろうと、レティシアは思った。
「そんなこと、ありませんわ。人を好きになる気持ちは、誰にでもあることですもの」
レティシアは、アンジェラにそう諭しながら、それはまるで自分自身へ言い聞かせているようだと思った。
リックへの想いを、その言葉に重ねた。
「それに、アンジェラ様の気持ちが、フィリップ様に伝わらないと、決まったわけではないでしょう?いつか、そういった日が、来るかもしれません」
「いいえ、それは違うわ、レティシア」
「どういうことでしょう?」
「私は、少しも、そんなこと望んでいないの。気付いて欲しいなんて、思っていないわ。私はただ、お兄様に、幸せになっていただきたいだけ。私は、いつか、お兄様が、優しい素敵な方を見つけて、幸せになってくれればいいと思ってるの。本当よ。自分が、そうなりたいなんて、思わないわ」
そう言いながらも、アンジェラの灰色の瞳は潤んでいた。
レティシアの手は、アンジェラの堅く握りしめた細い華奢な手を、優しくいたわるかの様に包んだ。
アンジェラの胸のペンダントが、レティシアの眼に止まった。
その視線に気付いたアンジェラは、ペンダントを外して、手に取った。
「私のお守り」
そう言って、アンジェラは微笑んだ。
「存じております」
金色の繊細な細工が施された、円形の淡い緑色のペンダントは、フィリップからの贈り物だった。
半年ほど前、士官学校の休暇で帰って来た時、街で見つけたと、アンジェラに贈ったものだった。
「似合うと思うけど」
そう言って、フィリップは、少し照れ笑いしながら、アンジェラの首につけた。
「とっても素敵だわ。本当にありがとう、お兄様」
アンジェラの顔は、輝いていた。
以来、片時も、肌身離さず持っていた。
体調がすぐれない時、さみしい時、眠れない夜、いつも、そのペンダントを握りしめていることを、レティシアは知っていた。
どうにかして差し上げたいのにと、レティシアは、いたたまれなくなって、瞳が潤んだ。
「いやだ、レティシアまで、そんな顔しないで」
アンジェラが、泣き笑いの顔になった。
「申し訳ありません」
「私、ひとつぐらいお兄様の嫌なところを、みつけようと思うの。こんなにも好きでいたら、思いつめてしまって、苦しくなるから。そうしたら、少しは、楽になるでしょう。でも、いつも私には、優しくて、甘やかすんですもの。中々見つからなくて。レティシア、何かないかしら?」
気を取り直すかのように、アンジェラが言った。
「フィリップ様の嫌なところですか?さあ、どうでしょう・・・」
と、レティシアは少し頭を廻らした後、
「ありました」
と、瞳に笑みを浮かべた。
「どんなところ?」
「女心に、鈍感なところです」
「本当ね」
ふたりとも、潤んだ瞳で、笑った。
レティシアと、アンジェラは同室だった。
レティシアがアンヌに近づくと、アンヌは、しっ、と唇の前で、指を立てた。
部屋の外まで、フィリップとアンジェラの言い争う声が、漏れていた。
「聞き分けのないことを言うんじゃない!」
珍しく、フィリップが声を荒らげていた。
「聞き分けが無いのは、私じゃないわ。お兄様の方よ」
「アンジェラ、どうしてお前だけを、ここへ置いて行けると言うんだ?ウッドフィールドへ向かうのは、お前のためだ。それなのに、お前をひとり置いて行けるわけがないだろう」
「少しの間だけよ。それに、ひとりじゃない。レティシアも一緒だわ。お兄様たちが、先に、無事ウッドフィールドへ到着したら、リヴィングストン伯爵様にお願いして、迎えに来てもらうの。それがどうしていけないの?」
「駄目だ、アンジェラ、それは絶対に駄目だ」
「お兄様の分からずや!嫌いよ!」
アンジェラは、泣きだした。
「アンジェラ・・・」
そこまで聞くと、アンヌは、レティシアの腕を取って、そっとその場を離れ、
「先ほどから、ずっとああなのです。フィリップ様が、一度、旅を中断して、どこかでしばらく休もうと言うのですが、聞き入れません。レティシアと自分を、ここに置いて、先にウッドフィールドへ向かうように、と。それが、駄目だというのなら、今から、自分も皆と一緒に、ウッドフィールドへ向かうと」
小声で、レティシアの耳に、そう囁いた。
「アンヌ様、一体どうしたらいいのでしょう?」
「わたくしにも、判断がつきかねます。ここは、フィリップ様におまかせするより、仕方ないでしょう」
「私、アンジェラ様が可哀想で・・・」
「あなたにしか、できないことがあります。行って、アンジェラの話を聞いておやりなさい。あなたが、胸の内を聞いてあげることが、一番の慰めになります」
「アンヌ様・・・」
アンヌは、レティシアの背中をそっと押した。
ためらいながら、レティシアは、部屋をノックした。
涙のせいだろう。
アンジェラの眼が、赤く腫れていた。
アンジェラはベッドの端に座り、レティシアも傍らに座って、その背中を優しく撫でた。
あのままでは、フィリップも、アンジェラも感情的になるばかりで、アンジェラの身体にもよくないので、フィリップには、席をはずしてもらった。
「お兄様は、どうして、聞きいれてはくださらないのかしら?」
「アンジェラ様のことが心配で、片時も離れられないのですわ。大切に、大切になさっている妹なのですから」
「妹・・・。そうね」
「アンジェラ様」
「レティシア、私、おかしいわよね。身体が弱いのに、こんな風に、お兄様のことを好きになって」
アンジェラは、レティシアの肩に顔を寄せた。
涙声になっていた。
アンジェラがいつも以上に感情的なのは、思うようにならない体調への苛立ちもあるのだろうと、レティシアは思った。
「そんなこと、ありませんわ。人を好きになる気持ちは、誰にでもあることですもの」
レティシアは、アンジェラにそう諭しながら、それはまるで自分自身へ言い聞かせているようだと思った。
リックへの想いを、その言葉に重ねた。
「それに、アンジェラ様の気持ちが、フィリップ様に伝わらないと、決まったわけではないでしょう?いつか、そういった日が、来るかもしれません」
「いいえ、それは違うわ、レティシア」
「どういうことでしょう?」
「私は、少しも、そんなこと望んでいないの。気付いて欲しいなんて、思っていないわ。私はただ、お兄様に、幸せになっていただきたいだけ。私は、いつか、お兄様が、優しい素敵な方を見つけて、幸せになってくれればいいと思ってるの。本当よ。自分が、そうなりたいなんて、思わないわ」
そう言いながらも、アンジェラの灰色の瞳は潤んでいた。
レティシアの手は、アンジェラの堅く握りしめた細い華奢な手を、優しくいたわるかの様に包んだ。
アンジェラの胸のペンダントが、レティシアの眼に止まった。
その視線に気付いたアンジェラは、ペンダントを外して、手に取った。
「私のお守り」
そう言って、アンジェラは微笑んだ。
「存じております」
金色の繊細な細工が施された、円形の淡い緑色のペンダントは、フィリップからの贈り物だった。
半年ほど前、士官学校の休暇で帰って来た時、街で見つけたと、アンジェラに贈ったものだった。
「似合うと思うけど」
そう言って、フィリップは、少し照れ笑いしながら、アンジェラの首につけた。
「とっても素敵だわ。本当にありがとう、お兄様」
アンジェラの顔は、輝いていた。
以来、片時も、肌身離さず持っていた。
体調がすぐれない時、さみしい時、眠れない夜、いつも、そのペンダントを握りしめていることを、レティシアは知っていた。
どうにかして差し上げたいのにと、レティシアは、いたたまれなくなって、瞳が潤んだ。
「いやだ、レティシアまで、そんな顔しないで」
アンジェラが、泣き笑いの顔になった。
「申し訳ありません」
「私、ひとつぐらいお兄様の嫌なところを、みつけようと思うの。こんなにも好きでいたら、思いつめてしまって、苦しくなるから。そうしたら、少しは、楽になるでしょう。でも、いつも私には、優しくて、甘やかすんですもの。中々見つからなくて。レティシア、何かないかしら?」
気を取り直すかのように、アンジェラが言った。
「フィリップ様の嫌なところですか?さあ、どうでしょう・・・」
と、レティシアは少し頭を廻らした後、
「ありました」
と、瞳に笑みを浮かべた。
「どんなところ?」
「女心に、鈍感なところです」
「本当ね」
ふたりとも、潤んだ瞳で、笑った。
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