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13.暗殺者
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リックは、馬車を急がせた。
「奴ら、うまくひっかかってくれたかな」
御者台のリックの隣に座るハリーは、そう言いながら、風で帽子が飛ばされそうになって、慌てて押さえた。
「どうだかな」
「後ろも吐いてないといいんだが」
ハリーは車室の、フィリップ、アンヌ、レティシアを気遣った。
フォレストバーグを出て、しばらく走れば民家はなくなり、街道の両側には、木々が覆い茂っていた。
馬車が、すれ違う程度の道幅は、十分にあったが、ときおり、道が大きく曲がっており、加えて、速度を上げているため、車室の中は、上下、左右にかなり揺れているはずだった。
「フィリップと、あの高慢な女は頼む」
リックは、視線を前に向けたままで言った。
「何?」
「ウッドフィールドに着いたら、フィリップと、アンヌは頼むって、言ったんだ。俺は、レティシアの介抱をする」
「リック、お前さんは・・・」
ハリーは、呆れたように、首を振った。
「何?」
「お前さんは、今、よくそんな冗談が言えるもんだ」
リックは、声を立てて笑った。
けれども、その時、ハリーの耳が、後方からのわずかな蹄の音を、聞きつけた。
振り落とされないように、注意しながら、後方を振り返ると、馬が五頭、ものすごい勢いで、迫って来るのが、眼に入った。
「リック、まずいぞ」
そう言いながら、ハリーは、銃を取り出して、弾を詰めた。
もちろん、銃が武器として有効であることは確かだったが、銃を扱いなれているわけではない、リックとハリーでは、おそらく熟練しているであろう敵に立ち向かうのに、不利であることは間違いなかった。
走っている馬車での銃撃戦となれば、尚更だった。
そういう意味ならば、軍人の卵のフィリップの方が、銃の扱いには、慣れていたのかもしれない。
異変を感じたフィリップも、馬車の中で、すでに銃を構えていた。
敵は、すぐ馬車に近づいて来た。
「止まれ!」
先頭に立って、そう叫ぶキツネ目の男に、リックは見覚えがあった。
ブリストンから逃げる時、リックが馬上から肩に、蹴りを見舞った相手だった。
銃を構えたミハイルは、直ぐに撃って来た。
当たらなかったものの、到底、威嚇射撃とは思えなかった。
ハリーもミハイルに向かって、撃ち返した。
銃弾はそれたが、銃声に怯えたミハイルの馬の脚が、乱れる。
そうこうする内にも、ミハイルの手下が、馬上から、馬車に向かって飛びついて来た。
何としても、フィリップを亡き者にしようとする、グラディウスの王の執念を、目の当たりにするようだった。
「ハリー、馬を頼む!」
リックはそう言って、手綱をハリーに渡すと、振り返って、馬車に飛び乗って来た男の頭を殴りつけた。
相手は一瞬ひるんだものの、手にしていたナイフをリック目がけて、振りかざす。
ナイフの刃先が、リックのジャケットの袖を鋭く切り裂いた。
そして、一味の放った銃弾が、危機一髪、リックの頭をかすめた。
リックは、ナイフを振りかざす男の顔面を殴ると、一瞬、気を失いかけた男の手から、素早くナイフを奪って、左肩に付きたてた。
男は、声を上げて、馬車から転がり落ちて行った。
そうこうする内にも、別の男が、馬上から、渾身の力で、リックにナイフを振りおろして来る。
その瞬間、手綱を持ちつつ、振りむきざまに撃ったハリーの銃弾が、リックに襲いかかって来た男の、馬に命中した。
崩れ落ちる馬から、男は落馬した。
ハリーはその時、銃を構える自分の腕に何の違和感も覚えず、二十年近くを経ても尚、俺はやっぱり軍人らしいと、思い知らされていた。
けれども、イヴァンと、再び追いついて来たミハイルが、リックと、ハリーに発砲し、動きを止める。
その隙に、残る手下とイヴァンが、馬から馬車に飛び移って、車室のドアを開けた。
フィリップは、敵の姿が見えた瞬間、銃を撃った。
銃弾は、手下ひとりを仕留め、絶命した。
けれども、残る一人、イヴァンは、素早く馬車の中に入り込んできた。
イヴァンの持つ銃の銃口は、アンヌの頭にぴたりと押しつけられていた。
アンヌは、決して取り乱したりはしなかった。
けれども、表情は厳しかった。
レティシアが、悲鳴を上げた。
「刃向かってみろ、女の命はないぜ、王子様」
イヴァンは、息を弾ませながら、ミハイルそっくりの憎悪の眼で、フィリップを睨みつけた。
リック、ハリー、フィリップ、アンヌ、レティシアは、背後からミハイルに銃で狙われたまま、街道から逸れた、人目に付きにくい林の中へ連れて行かれた。
イヴァンが、動ける仲間と共に、手早く、亡くなった仲間、深手を負った仲間、馬車、馬、全てを街道から、引き上げさせた。
フィリップらを始末した後、証拠を残さないためだった。
夕日は、沈みかけていた。
「膝を付けよ」
ミハイルが言った。
フィリップが、膝をつこうとすると、
「お前じゃない。そいつだ」
と、ミハイルは、リックに向けて、顎をしゃくった。
ミハイルは、両手を後ろに回して、ゆっくり、両膝をついたリックの頭から、帽子を取り、投げ捨てると、
「面倒掛けさせやがって!」
と、頭を殴りつけて、腹に力いっぱい蹴りを入れた。
リックは、その場に、腹を押さえて、うずくまった。
蒼白な顔のレティシアが、口元を押さえて、小さな悲鳴を上げた。
「彼は、関係ない。僕の命が目当てなら、僕だけ殺すがいい!」
フィリップが、怒鳴った。
ミハイルは、そのフィリップににじり寄ると、
「よおく、見とけ」
睨みつけて、吐き捨てるように言った。
そして、まだ腹を押さえて、地面にうずくまるリックの頭に銃を押しつけた。
「まずは、お前からだ」
皆が息を呑んだ。
その瞬間、
「リヴィングストン伯爵様!」
アンヌが、夕日の方向を見つめながら、いつものように、よく通る、威厳のある声で、叫んだ。
居合わせた者全員が、はっ、として、夕日が落ちる方向を、見つめた。
「どこだ!」
ミハイルが、眩しさに目を細める。
その時だった。
夕日が落ちる方角とは反対から、銃弾が飛んできた。
銃弾は、イヴァンの腕に命中した。
「イヴァン!」
ミハイルが、叫んだ。
「すぐに銃を下せ、狼藉者。フィリップとその供に手出しをする者は、ウッドフィールドのリヴィングストン家に、フォルティスに刃を向ける者とみなす」
アンヌに勝るとも劣らない、重く低い威厳のある声が、降り注いだ。
みながそちらを振り返ると、騎乗し、銃を構えた数名の先頭に、厳しい顔つきの声の主がおり、そして、その後方からは、十名程の徒歩の男たちが、ミハイルらに銃を向けていた。
「くそっ」
イヴァンの身体を手助けして馬に乗せ、手下たちと、この場から逃げ出そうとするミハイルに、照準を合わせる従僕へ向かって、
「撃ってはならない」
リヴィングストン伯爵は、そう告げた。
「ですが、旦那様」
「いい、行かせるがいい。無用な血は、流さない方がいい。報復は、報復を呼ぶ。フィリップが無事なら、それでいい」
リヴィングストン伯爵の眼が、初めて穏やかになった。
その眼差しの先には、フィリップがいた。
「すまなかった、領地に出ていて、手紙を受け取るのが遅れた」
リヴィングストン伯爵は、馬から降りると、初めて会う甥に、自ら歩み寄った。
フィリップは、笑顔のリヴィングストン伯爵を見て、まだこれが、現実のものとは思えなかった。
あまりも突然で、そして、想像以上に、その笑顔が優しかった。
けれども、気を取り直すと、ユースティティアの貴族として、デュヴィラール伯爵として恥ずかしくないように、品格を保って、挨拶をしようとした。
「初めてお目にかかります、リヴィングストン伯爵。私は・・・」
その挨拶を遮って、
「堅苦しい挨拶は、いらない。よく来た、本当によく来た、フィリップ」
「叔父上・・・」
リヴィングストン伯爵は、大きな腕でフィリップを強く、強く抱きしめた。
「奴ら、うまくひっかかってくれたかな」
御者台のリックの隣に座るハリーは、そう言いながら、風で帽子が飛ばされそうになって、慌てて押さえた。
「どうだかな」
「後ろも吐いてないといいんだが」
ハリーは車室の、フィリップ、アンヌ、レティシアを気遣った。
フォレストバーグを出て、しばらく走れば民家はなくなり、街道の両側には、木々が覆い茂っていた。
馬車が、すれ違う程度の道幅は、十分にあったが、ときおり、道が大きく曲がっており、加えて、速度を上げているため、車室の中は、上下、左右にかなり揺れているはずだった。
「フィリップと、あの高慢な女は頼む」
リックは、視線を前に向けたままで言った。
「何?」
「ウッドフィールドに着いたら、フィリップと、アンヌは頼むって、言ったんだ。俺は、レティシアの介抱をする」
「リック、お前さんは・・・」
ハリーは、呆れたように、首を振った。
「何?」
「お前さんは、今、よくそんな冗談が言えるもんだ」
リックは、声を立てて笑った。
けれども、その時、ハリーの耳が、後方からのわずかな蹄の音を、聞きつけた。
振り落とされないように、注意しながら、後方を振り返ると、馬が五頭、ものすごい勢いで、迫って来るのが、眼に入った。
「リック、まずいぞ」
そう言いながら、ハリーは、銃を取り出して、弾を詰めた。
もちろん、銃が武器として有効であることは確かだったが、銃を扱いなれているわけではない、リックとハリーでは、おそらく熟練しているであろう敵に立ち向かうのに、不利であることは間違いなかった。
走っている馬車での銃撃戦となれば、尚更だった。
そういう意味ならば、軍人の卵のフィリップの方が、銃の扱いには、慣れていたのかもしれない。
異変を感じたフィリップも、馬車の中で、すでに銃を構えていた。
敵は、すぐ馬車に近づいて来た。
「止まれ!」
先頭に立って、そう叫ぶキツネ目の男に、リックは見覚えがあった。
ブリストンから逃げる時、リックが馬上から肩に、蹴りを見舞った相手だった。
銃を構えたミハイルは、直ぐに撃って来た。
当たらなかったものの、到底、威嚇射撃とは思えなかった。
ハリーもミハイルに向かって、撃ち返した。
銃弾はそれたが、銃声に怯えたミハイルの馬の脚が、乱れる。
そうこうする内にも、ミハイルの手下が、馬上から、馬車に向かって飛びついて来た。
何としても、フィリップを亡き者にしようとする、グラディウスの王の執念を、目の当たりにするようだった。
「ハリー、馬を頼む!」
リックはそう言って、手綱をハリーに渡すと、振り返って、馬車に飛び乗って来た男の頭を殴りつけた。
相手は一瞬ひるんだものの、手にしていたナイフをリック目がけて、振りかざす。
ナイフの刃先が、リックのジャケットの袖を鋭く切り裂いた。
そして、一味の放った銃弾が、危機一髪、リックの頭をかすめた。
リックは、ナイフを振りかざす男の顔面を殴ると、一瞬、気を失いかけた男の手から、素早くナイフを奪って、左肩に付きたてた。
男は、声を上げて、馬車から転がり落ちて行った。
そうこうする内にも、別の男が、馬上から、渾身の力で、リックにナイフを振りおろして来る。
その瞬間、手綱を持ちつつ、振りむきざまに撃ったハリーの銃弾が、リックに襲いかかって来た男の、馬に命中した。
崩れ落ちる馬から、男は落馬した。
ハリーはその時、銃を構える自分の腕に何の違和感も覚えず、二十年近くを経ても尚、俺はやっぱり軍人らしいと、思い知らされていた。
けれども、イヴァンと、再び追いついて来たミハイルが、リックと、ハリーに発砲し、動きを止める。
その隙に、残る手下とイヴァンが、馬から馬車に飛び移って、車室のドアを開けた。
フィリップは、敵の姿が見えた瞬間、銃を撃った。
銃弾は、手下ひとりを仕留め、絶命した。
けれども、残る一人、イヴァンは、素早く馬車の中に入り込んできた。
イヴァンの持つ銃の銃口は、アンヌの頭にぴたりと押しつけられていた。
アンヌは、決して取り乱したりはしなかった。
けれども、表情は厳しかった。
レティシアが、悲鳴を上げた。
「刃向かってみろ、女の命はないぜ、王子様」
イヴァンは、息を弾ませながら、ミハイルそっくりの憎悪の眼で、フィリップを睨みつけた。
リック、ハリー、フィリップ、アンヌ、レティシアは、背後からミハイルに銃で狙われたまま、街道から逸れた、人目に付きにくい林の中へ連れて行かれた。
イヴァンが、動ける仲間と共に、手早く、亡くなった仲間、深手を負った仲間、馬車、馬、全てを街道から、引き上げさせた。
フィリップらを始末した後、証拠を残さないためだった。
夕日は、沈みかけていた。
「膝を付けよ」
ミハイルが言った。
フィリップが、膝をつこうとすると、
「お前じゃない。そいつだ」
と、ミハイルは、リックに向けて、顎をしゃくった。
ミハイルは、両手を後ろに回して、ゆっくり、両膝をついたリックの頭から、帽子を取り、投げ捨てると、
「面倒掛けさせやがって!」
と、頭を殴りつけて、腹に力いっぱい蹴りを入れた。
リックは、その場に、腹を押さえて、うずくまった。
蒼白な顔のレティシアが、口元を押さえて、小さな悲鳴を上げた。
「彼は、関係ない。僕の命が目当てなら、僕だけ殺すがいい!」
フィリップが、怒鳴った。
ミハイルは、そのフィリップににじり寄ると、
「よおく、見とけ」
睨みつけて、吐き捨てるように言った。
そして、まだ腹を押さえて、地面にうずくまるリックの頭に銃を押しつけた。
「まずは、お前からだ」
皆が息を呑んだ。
その瞬間、
「リヴィングストン伯爵様!」
アンヌが、夕日の方向を見つめながら、いつものように、よく通る、威厳のある声で、叫んだ。
居合わせた者全員が、はっ、として、夕日が落ちる方向を、見つめた。
「どこだ!」
ミハイルが、眩しさに目を細める。
その時だった。
夕日が落ちる方角とは反対から、銃弾が飛んできた。
銃弾は、イヴァンの腕に命中した。
「イヴァン!」
ミハイルが、叫んだ。
「すぐに銃を下せ、狼藉者。フィリップとその供に手出しをする者は、ウッドフィールドのリヴィングストン家に、フォルティスに刃を向ける者とみなす」
アンヌに勝るとも劣らない、重く低い威厳のある声が、降り注いだ。
みながそちらを振り返ると、騎乗し、銃を構えた数名の先頭に、厳しい顔つきの声の主がおり、そして、その後方からは、十名程の徒歩の男たちが、ミハイルらに銃を向けていた。
「くそっ」
イヴァンの身体を手助けして馬に乗せ、手下たちと、この場から逃げ出そうとするミハイルに、照準を合わせる従僕へ向かって、
「撃ってはならない」
リヴィングストン伯爵は、そう告げた。
「ですが、旦那様」
「いい、行かせるがいい。無用な血は、流さない方がいい。報復は、報復を呼ぶ。フィリップが無事なら、それでいい」
リヴィングストン伯爵の眼が、初めて穏やかになった。
その眼差しの先には、フィリップがいた。
「すまなかった、領地に出ていて、手紙を受け取るのが遅れた」
リヴィングストン伯爵は、馬から降りると、初めて会う甥に、自ら歩み寄った。
フィリップは、笑顔のリヴィングストン伯爵を見て、まだこれが、現実のものとは思えなかった。
あまりも突然で、そして、想像以上に、その笑顔が優しかった。
けれども、気を取り直すと、ユースティティアの貴族として、デュヴィラール伯爵として恥ずかしくないように、品格を保って、挨拶をしようとした。
「初めてお目にかかります、リヴィングストン伯爵。私は・・・」
その挨拶を遮って、
「堅苦しい挨拶は、いらない。よく来た、本当によく来た、フィリップ」
「叔父上・・・」
リヴィングストン伯爵は、大きな腕でフィリップを強く、強く抱きしめた。
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