Joker

海子

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13.暗殺者

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 キツネ目の男、ミハイルは、机の上に広げた地図にしばらく眼を落した後、苛立ちをぶつけるように、思い切り、椅子を蹴った。 
椅子は、壁に当たって、ガン、と、大きな物音をたてた。
居合わせたミハイルの手下三人は、フィリップ襲撃のリーダー、ミハイルの苛立ちが、頂点に達したことを理解した。
「どこに消えやがった」 
ミハイルは、吐き捨てるように、言った。 
ブリストンから、ウッドフィールドへ向かう街道は、全て押さえ、街道沿いのタヴァンも、しらみつぶしに当たった。
馬車で通り過ぎたなら、気付かないはずがなかった。 
机の上に広げた地図を、拳で叩く。 
ブリストンで、黒い髪の大柄な男に蹴られた左肩が、まだ痛んだ。
あとひと息だったんだ。 
もう少しで、フィリップを仕留めることができたのに。
あいつめ・・・。 
余計な手出しをしやがって! 
スタンリーにいたことは、分かった。 
フィリップの連れの貴族の女と、例の大柄な男が、酒場で、騒ぎを起こしていた。 
首都タリスを通り過ぎたことも、確認できた。 
タリスのタヴァンを片っぱしから調べ上げて、街の外れの小さなタヴァンに、泊っていたことが、わかった。
けれども、すべて後手だ。
こちらが、手をこまねいている間に、フィリップたちは、着実に、ウッドフィールドへ近づいている。
ウッドフィールド付近での待ち伏せも、考えた。
しかし、リヴィングストン伯爵の眼に着くことは、避けなければならなかった。
けれども、このままでは、ウッドフィールドのリヴィングストン伯爵の屋敷へ、逃げ込まれてしまう。
ドンドンと、階段を駆け上がって来る足音が聞こえて、ドアが開いた。 
「兄さん、奴らは、今朝、ケインズフォードを発ったみたいだ」
部屋に入って来るなり、ミハイルに面差しのよく似た若者が、息を切らしながらそう告げた。
「ケインズフォード?ケインズフォードだと?」 
「ああ、だけど少し、顔ぶれが変わっている。フィリップの妹が、いない。代わりに、中年の男が加わっているんだ」
「フィリップはいたんだろう、イヴァン?」 
イヴァンと呼ばれた若者は頷いて、 
「それに、黒髪の大柄な男、美貌が眼につく女、高慢そうな貴族の女がいたことは、間違いない。奴らかな?」 
ミハイルに判断を委ねた。 
「ああ・・・、多分。いや、間違いなく、奴らだ」 
それは、ミハイルの勘だった。 
ミハイルは、地図に目を向ける。
今朝、ケインズフォードだとすれば・・・、今夜中にも、ウッドフィールドへ駆け込まれてしまうかもしれない。
一体、どこを通ってきやがった。 
地図にない道でもあるというのか。 
フィリップに、そんな機転が利くはずはない。 
あいつだ。 
黒髪の、眼光の鋭い、黒い瞳の、あの男しかいない。
「くそっ!」 
ミハイルは、食い入るように、地図を眺めた。
このまま、グラディウスに帰れるものか。 
フィリップの首という手土産を持たずに、おめおめ帰れるものか。
国王陛下の期待に応えられずに、帰れるはずがない。
今朝、ケインズフォードにいたのだとすれば、今日の夕刻には・・・、フォレストバーグ! 
そこしかない。 
ミハイルは、壁の時計を見上げた。 
今から急げば、フォレストバーグで奴らに、追いつける。 
「全員すぐに、馬に乗れ。フォレストバーグだ!」 
その場にいた、全員が、すぐに部屋を飛び出した。



 夕方近く、リックたちは、フォレストバーグの約束のタヴァンに着いた。 
リヴィングストン伯爵自ら赴くことは難しくとも、せめて使いの者くらいは、と期待していたが・・・、姿はなかった。
誰もが、落胆した。
みなの胸に、不安が去来する。 
もしや、リヴィングストン伯爵は、フィリップを歓迎していないのではないか・・・。
「どうする、リック。ここで、一晩待つか?」 
ハリーの顔も険しかった。 
「いや、すぐにウッドフィールドへ向かう。馬車を借りる手配だ」 
夕暮れは近かった。 
この分では、馬車を飛ばしたところで、ウッドフィールドへ駆け込むのは、夜になる。
暗い夜道に、馬車を走らせるのは危険だと分かっていた。 
ウッドフィールドへ到着したところで、リヴィングストン伯爵に、追い返される可能性もある。
しかも、待ち伏せされていたら、万事休すだ。
けれども、もうここまできたら、後には引けない。 
男だけなら、馬で急げばいいが、アンヌとレティシアがいる。 
馬だと、二人が後れを取るだろう。 
そう判断すると、後は早かった。
タヴァンで、すぐに馬車を借りる交渉をし、残りの馬と荷物を預け、二つある街道のうちひとつを選び、出立した。



 夕刻、ミハイルは、弟イヴァンと、手下三人でフォレストバーグに入った。 
フィリップが、立ち寄ったタヴァンはすぐに見つかった。 
フォレストバーグで、有名なタヴァンだった。 
受付の者に、人相、様相、詳しく尋ねて、ミハイルは確信した。 
フィリップに、間違いないと。
何より、先刻、ウッドフィールドに向けて、慌ただしく出発したという。 
まだ、追いつける。 
時計を見て、ミハイルは、確信した。
受付で、フィリップが向かった街道を尋ね、すぐに出立した。 
フィリップ、今日がお前の最期だ! 



 ミハイルは、馬に飛び乗った。
ミハイルは、追った。
追いつけると、信じて。 
追いつけないはずはなかった。
向こうは、馬車だ。 
こちらは、馬だ。 
追いつけないはずがない。 
まだ陽はあった。 
広くまっすぐに続く街道は、遠くまで見通せた。
けれども、ずうっと先にも、それらしい馬車を見つけることはできなかった。
ミハイルは、焦った。
どこだ、どこへ行った! 
待てよ。 
ミハイルは、手綱を引いて、馬を止める。
砂ぼこりが舞い上がった。
思い当った想像に、ミハイルの顔色が変わっていた。
「どうしたの、兄さん?」 
イヴァンは急に止まったかと思うと、強張った表情をしているミハイルを不審に思った。 
「戻るぞ」 
「え?」 
「フォレストバーグのタヴァンへ戻るぞ!」 
ミハイルは、馬を急がせた。
フォレストバーグのタヴァンへ向かって。
そして、タヴァンへ着くなり、受付めがけて突進し、先ほど道を尋ねた中年の男を見つけると、いきなり胸倉を掴んで、睨みつけた。
「俺は、何も悪くない、頼まれただけだ」 
胸倉を掴まれた男は、おびえた眼をしていた。
「誰に、何を、頼まれた。言え!」 
「もしも、自分たちの行方を訪ねて来るものが来たら、自分たちが、向かった街道と別の街道を教えてくれって・・・。黒髪の大柄な男に」
と、中年の男は、震える手でポケットの中から、先ほどリックに渡された紙幣を出した。 
ミハイルは、テーブルを拳で叩きつけた。 
 
 
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