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18.イーオン<永遠> 後編
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「ようやく、これで、話を進めることができる」
ミグノフ総督は、やれやれ手のかかる、といった、気持ちを隠そうともしなかった。
結婚の承諾を報告に来た、エレノーラとシルヴィアを前に、傲慢なその態度を、ミグノフ総督が改めようとする気配はなかった。
そして、母娘の心中を察する様子もなかった。
母娘の傍に座るウィンベリー伯爵は、ミグノフ総督に、取りつくろうような笑みを向けていた。
「父上、それでもこの時期に、この婚姻が成立したことは、よかったではありませんか。アレクセイ国王も、きっと喜ばれる」
マントルピースの前に立つ、辛辣そうな将来の義理の息子、フョードルは、そう言って、父親を慰めた。
「そう、国王陛下、それは、重要だ。今、グラディウスはユースティティアとの戦いに、苦戦しているが、この婚姻は、イーオンを制圧する促進剤で、ユースティティアとの戦いにも、良い影響を与える。当然、国王陛下の信頼も厚くなる」
制圧、促進剤、そういった言葉が、自分の結婚にまつわる言葉なのだと思うと、シルヴィアは、胃に痛みを覚えた。
けれども、シルヴィアが倒れるわけにはいかなかった。
緊張もあってか、隣に座るエレノーラの顔色は、蒼白だった。
シルヴィアが労わる様に、小声でエレノーラに、大丈夫、お母様、と尋ねると、エレノーラは小さくうなずいた。
その時、
「失礼いたします、総督閣下、急ぎの連絡が」
と、取次の者が、入って来た。
ミグノフ総督は、失礼と一言告げて、そのまま立ち去り、そのあとすぐに、ウィンベリー伯爵も呼ばれた。
シルヴィアは、総督が立ち去って、ほっと、安堵の息をついた。
そのシルヴィアの前に、フョードルが顔をぬっと突き出した。
それは、明らかに礼を欠いた態度だった。
イーオンから迎える新しい母を、小馬鹿にしているとしか思えなかった。
「シルヴィア殿、緊張しておいでか?顔色が優れない様子だが」
「いいえ、大丈夫です」
「父上が、うらやましい。イーオンの者ではあっても、毎夜、このように美しい女と・・・」
と、フョードルは、シルヴィアの足元から頭の先まで、舐めるような眼で眺めまわした。
それは、傍らのエレノーラなど、まるで存在しないかのような振る舞いだった。
「シルヴィア殿、父上で満足できなければ、いつでもお呼びください。私でよければ、いつでも・・・」
と、フョードルがシルヴィアの手に触れかけた瞬間、シルヴィアは堪らずに立ちあがった。
「私、少し外の空気を、吸ってまいります」
冷たい汗が、背中を流れて行くのがわかった。
シルヴィアは、バルコニーに出た。
風は、冷たく、何も上着をまとっていないシルヴィアにとっては、凍えそうだった。
けれども、フョードルがいる部屋に戻るくらいなら、ここにいた方が、ずっとましだった。
エレノーラのことは、心配だった。
エレノーラのことを考えれば、戻らなければならなかった。
でも、今だけは、とてもそんな気持ちになれなかった。
結婚すれば、夜、夫と妻の間に、何があるのか、シルヴィアも知っていた。
けれども、その相手が、あのミグノフ総督であるということ、そしてその行為を想像して、シルヴィアは吐き気を覚えた。
その時、ミグノフ総督の怒鳴り声が、耳に届いた。
ひどく腹を立てているようで、バルコニーにいるシルヴィアの耳にまで、その声が響いた。
シルヴィアが、耳を澄ませたのは、ミグノフ総督が、ジェームズと、言ったからだった。
ジェームズ?
どきん、と、心臓が打って、鼓動が速くなる。
シルヴィアは、思わず、ミグノフ総督の声のする方へと、歩みを向けていた。
バルコニー沿いに進むと、ミグノフ総督の声が漏れる部屋に、行きあたった。
シルヴィアは、柱の陰にそっと身を隠した。
総督は、シルヴィアに気付いていなかった。
「いまいましい、ナイトレイ家の子倅め!大体、君の眼は節穴か!何故、こんなことになる前に、気がつかなかったんだ!」
総督の眼は、釣り上っていた。
「警戒は、しておりました。不穏の芽は、つんでおりました。先日の酒場の襲撃で、過激派には、打撃をあたえたはずなのです。よもや、イーオンの貴族と手を組んで、こんなにも早く、切り返してくるとは・・・」
それは、ウィンベリー伯爵の声だった。
驚きと共に、その裏切りに、シルヴィアは、怒りがこみ上げて来た。
「いいわけはいい!」
総督の怒りは、収まらなかった。
「それで、奴らは、もう集結したのか?」
「ぞくぞくと、集結し始めています。王宮前の広場に、ナイトレイ伯爵を始めとした貴族たちも、民衆も」
それは、シルヴィアの知らない声だった。
王宮広場の現状を、知らせに来た、使いの者のようだった。
総督は、奥歯をかみしめ、拳を握りしめた。
そして、
「直ぐに、軍隊を出動させろ」
そう告げた。
「しかし、それでは・・・」
ウィンベリー伯爵の、戸惑う声が聞こえた。
「いい。イーオンに、グラディウスの力を見せつけてやれ。我々に刃向かうということがどういうことか、思い知るといい」
ミグノフ総督の残忍な声が、響いた。
シルヴィアは、決して気付かれないように、その場を離れた。
呼吸をするのが、苦しかった。
軍隊・・・、武器を持ったグラディウスの軍隊が、広場に。
そして、その広場には、ジェームズが、ジェームズが・・・。
いけない!
あの人を死なせてはいけない。
あの人を守らなければ!
そう思った時、シルヴィアは、既に駆け出していた。
「ハリー、そろそろ俺たちも行こうぜ」
リックが、ハリーの部屋のドアをノックして、入って来た。
「ん、ああ、そうだな」
ハリーは、椅子から、立ちあがった。
ふたりは、これから王宮広場へ向かう予定だった。
もうすぐ、王宮広場で集会が始まるはずだった。
後方に王宮を構える広場に、イーオンの国民たちが集結する。
それは、イーオンの意思を、国内外に示す狙いがあった。
そして、そこで、ジェームズが、演説をすることになっていた。
「どうかしたのか?」
リックの眼から見て、ハリーは心ここにあらず、といった様子だった。
「うん、いや、まあ・・・、すまない、こんな時に」
思えば、馬鹿げた話だ。
シルヴィアが、ナターリアの、俺の・・・、娘であるはずがない。
「いや、いいんだ。行こう、リック」
「話せよ」
リックは、ハリーを押し留めた。
ハリーは、椅子に座った。
そして、頭をばりばりと掻いた。
「あの娘の瞳が・・・、シルヴィアの碧い瞳が、同じなんだ。ナターリアと。亡くなった、妻と・・・」
リックは、怪訝な顔になった。
「だろう?だから、俺のきっと気のせいだ。そんなこと、あるはずがないんだ。あの娘は、ゴードン家の由緒正しいお嬢様だ。馬鹿なことを言った。悪かった。さあ、行こう。遅れちまう」
と、自分で自分の思いに区切りを付けて、行こうとするハリーを、リックはもう一度、引き留めた。
「確かめろよ」
「気のせいさ」
「何を怖がってる?」
ハリーは、下を向いた。
「ハリー、万一、シルヴィアが娘だったら、どうする?もう二度と、後悔はしたくないんじゃないのか?」
そこへ、次第に大きくなる、車輪の音が聞こえた。
リックが窓から外を覗くと、ちょうど馬車が、屋敷の門の前に到着したところだった。
シルヴィアの家の馬車だった。
けれども、馬車から、思いつめた様な表情で降りて来たのは、サラだった。
「ハリー、何かあったみたいだぜ。サラが来た」
リックはそう告げて、二人とも足早に玄関へ向かった。
リックと、ハリーの顔を見るや否や、
「ジェームズ様は?」
サラは、思いつめた様な表情で、言った。
「ジェームズは、少し前に、王宮広場へ行った。何があった、サラ?シルヴィアは?」
「ああ、ハリー。私、おとといの深夜、お嬢様が屋根裏の私の部屋にいらした時から、このままでは、とんでもないことになってしまうのではないかと思って、恐ろしくなったの。お嬢様は、本当にひどい思い違いをしているの。ええ、本当に、ひどい誤解。本当に、どうしようか迷ったのだけど、どうしても、ジェームズ様にお話せずにはいられなくて。ジェームズ様に何も伝えないまま、お嬢様がミグノフ総督と結婚してはいけないと思って、勝手なことをして、お嬢様には、叱られるかもしれないけれど、ここへ来たの」
「サラ、話すんだ」
ハリーは、サラを強く促した。
ミグノフ総督は、やれやれ手のかかる、といった、気持ちを隠そうともしなかった。
結婚の承諾を報告に来た、エレノーラとシルヴィアを前に、傲慢なその態度を、ミグノフ総督が改めようとする気配はなかった。
そして、母娘の心中を察する様子もなかった。
母娘の傍に座るウィンベリー伯爵は、ミグノフ総督に、取りつくろうような笑みを向けていた。
「父上、それでもこの時期に、この婚姻が成立したことは、よかったではありませんか。アレクセイ国王も、きっと喜ばれる」
マントルピースの前に立つ、辛辣そうな将来の義理の息子、フョードルは、そう言って、父親を慰めた。
「そう、国王陛下、それは、重要だ。今、グラディウスはユースティティアとの戦いに、苦戦しているが、この婚姻は、イーオンを制圧する促進剤で、ユースティティアとの戦いにも、良い影響を与える。当然、国王陛下の信頼も厚くなる」
制圧、促進剤、そういった言葉が、自分の結婚にまつわる言葉なのだと思うと、シルヴィアは、胃に痛みを覚えた。
けれども、シルヴィアが倒れるわけにはいかなかった。
緊張もあってか、隣に座るエレノーラの顔色は、蒼白だった。
シルヴィアが労わる様に、小声でエレノーラに、大丈夫、お母様、と尋ねると、エレノーラは小さくうなずいた。
その時、
「失礼いたします、総督閣下、急ぎの連絡が」
と、取次の者が、入って来た。
ミグノフ総督は、失礼と一言告げて、そのまま立ち去り、そのあとすぐに、ウィンベリー伯爵も呼ばれた。
シルヴィアは、総督が立ち去って、ほっと、安堵の息をついた。
そのシルヴィアの前に、フョードルが顔をぬっと突き出した。
それは、明らかに礼を欠いた態度だった。
イーオンから迎える新しい母を、小馬鹿にしているとしか思えなかった。
「シルヴィア殿、緊張しておいでか?顔色が優れない様子だが」
「いいえ、大丈夫です」
「父上が、うらやましい。イーオンの者ではあっても、毎夜、このように美しい女と・・・」
と、フョードルは、シルヴィアの足元から頭の先まで、舐めるような眼で眺めまわした。
それは、傍らのエレノーラなど、まるで存在しないかのような振る舞いだった。
「シルヴィア殿、父上で満足できなければ、いつでもお呼びください。私でよければ、いつでも・・・」
と、フョードルがシルヴィアの手に触れかけた瞬間、シルヴィアは堪らずに立ちあがった。
「私、少し外の空気を、吸ってまいります」
冷たい汗が、背中を流れて行くのがわかった。
シルヴィアは、バルコニーに出た。
風は、冷たく、何も上着をまとっていないシルヴィアにとっては、凍えそうだった。
けれども、フョードルがいる部屋に戻るくらいなら、ここにいた方が、ずっとましだった。
エレノーラのことは、心配だった。
エレノーラのことを考えれば、戻らなければならなかった。
でも、今だけは、とてもそんな気持ちになれなかった。
結婚すれば、夜、夫と妻の間に、何があるのか、シルヴィアも知っていた。
けれども、その相手が、あのミグノフ総督であるということ、そしてその行為を想像して、シルヴィアは吐き気を覚えた。
その時、ミグノフ総督の怒鳴り声が、耳に届いた。
ひどく腹を立てているようで、バルコニーにいるシルヴィアの耳にまで、その声が響いた。
シルヴィアが、耳を澄ませたのは、ミグノフ総督が、ジェームズと、言ったからだった。
ジェームズ?
どきん、と、心臓が打って、鼓動が速くなる。
シルヴィアは、思わず、ミグノフ総督の声のする方へと、歩みを向けていた。
バルコニー沿いに進むと、ミグノフ総督の声が漏れる部屋に、行きあたった。
シルヴィアは、柱の陰にそっと身を隠した。
総督は、シルヴィアに気付いていなかった。
「いまいましい、ナイトレイ家の子倅め!大体、君の眼は節穴か!何故、こんなことになる前に、気がつかなかったんだ!」
総督の眼は、釣り上っていた。
「警戒は、しておりました。不穏の芽は、つんでおりました。先日の酒場の襲撃で、過激派には、打撃をあたえたはずなのです。よもや、イーオンの貴族と手を組んで、こんなにも早く、切り返してくるとは・・・」
それは、ウィンベリー伯爵の声だった。
驚きと共に、その裏切りに、シルヴィアは、怒りがこみ上げて来た。
「いいわけはいい!」
総督の怒りは、収まらなかった。
「それで、奴らは、もう集結したのか?」
「ぞくぞくと、集結し始めています。王宮前の広場に、ナイトレイ伯爵を始めとした貴族たちも、民衆も」
それは、シルヴィアの知らない声だった。
王宮広場の現状を、知らせに来た、使いの者のようだった。
総督は、奥歯をかみしめ、拳を握りしめた。
そして、
「直ぐに、軍隊を出動させろ」
そう告げた。
「しかし、それでは・・・」
ウィンベリー伯爵の、戸惑う声が聞こえた。
「いい。イーオンに、グラディウスの力を見せつけてやれ。我々に刃向かうということがどういうことか、思い知るといい」
ミグノフ総督の残忍な声が、響いた。
シルヴィアは、決して気付かれないように、その場を離れた。
呼吸をするのが、苦しかった。
軍隊・・・、武器を持ったグラディウスの軍隊が、広場に。
そして、その広場には、ジェームズが、ジェームズが・・・。
いけない!
あの人を死なせてはいけない。
あの人を守らなければ!
そう思った時、シルヴィアは、既に駆け出していた。
「ハリー、そろそろ俺たちも行こうぜ」
リックが、ハリーの部屋のドアをノックして、入って来た。
「ん、ああ、そうだな」
ハリーは、椅子から、立ちあがった。
ふたりは、これから王宮広場へ向かう予定だった。
もうすぐ、王宮広場で集会が始まるはずだった。
後方に王宮を構える広場に、イーオンの国民たちが集結する。
それは、イーオンの意思を、国内外に示す狙いがあった。
そして、そこで、ジェームズが、演説をすることになっていた。
「どうかしたのか?」
リックの眼から見て、ハリーは心ここにあらず、といった様子だった。
「うん、いや、まあ・・・、すまない、こんな時に」
思えば、馬鹿げた話だ。
シルヴィアが、ナターリアの、俺の・・・、娘であるはずがない。
「いや、いいんだ。行こう、リック」
「話せよ」
リックは、ハリーを押し留めた。
ハリーは、椅子に座った。
そして、頭をばりばりと掻いた。
「あの娘の瞳が・・・、シルヴィアの碧い瞳が、同じなんだ。ナターリアと。亡くなった、妻と・・・」
リックは、怪訝な顔になった。
「だろう?だから、俺のきっと気のせいだ。そんなこと、あるはずがないんだ。あの娘は、ゴードン家の由緒正しいお嬢様だ。馬鹿なことを言った。悪かった。さあ、行こう。遅れちまう」
と、自分で自分の思いに区切りを付けて、行こうとするハリーを、リックはもう一度、引き留めた。
「確かめろよ」
「気のせいさ」
「何を怖がってる?」
ハリーは、下を向いた。
「ハリー、万一、シルヴィアが娘だったら、どうする?もう二度と、後悔はしたくないんじゃないのか?」
そこへ、次第に大きくなる、車輪の音が聞こえた。
リックが窓から外を覗くと、ちょうど馬車が、屋敷の門の前に到着したところだった。
シルヴィアの家の馬車だった。
けれども、馬車から、思いつめた様な表情で降りて来たのは、サラだった。
「ハリー、何かあったみたいだぜ。サラが来た」
リックはそう告げて、二人とも足早に玄関へ向かった。
リックと、ハリーの顔を見るや否や、
「ジェームズ様は?」
サラは、思いつめた様な表情で、言った。
「ジェームズは、少し前に、王宮広場へ行った。何があった、サラ?シルヴィアは?」
「ああ、ハリー。私、おとといの深夜、お嬢様が屋根裏の私の部屋にいらした時から、このままでは、とんでもないことになってしまうのではないかと思って、恐ろしくなったの。お嬢様は、本当にひどい思い違いをしているの。ええ、本当に、ひどい誤解。本当に、どうしようか迷ったのだけど、どうしても、ジェームズ様にお話せずにはいられなくて。ジェームズ様に何も伝えないまま、お嬢様がミグノフ総督と結婚してはいけないと思って、勝手なことをして、お嬢様には、叱られるかもしれないけれど、ここへ来たの」
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