騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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過保護な獣人たち

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 愛用の鉈を使って邪魔な茂みを払い、”魔女の森”を突き進む。
 小型の鉈は使い勝手が良く、刃は薬草の刈り取りに使え、出っ張った峰で土を掻いて薬草の根を掘り起こせる。しかもナイフと違って頑丈な刃は、必要な樹皮を剥ぎ取っても欠けることがない。
 実に便利だ。
 足元に置いた籠を覗き込み、薬草やキノコ、抜け落ちたネズミジカの角、木の実の種類を指折り数える。
 解熱薬と止瀉薬、疲労回復薬は作れる。
 マリアからはお通じのリクエストを受けているので、蜂蜜が採れれば最高だ。
 一応、蜂の巣を見つけても対処できるように、燻煙剤くえんざいも用意している。コーヒー豆をベースに、木酢やハーブなどを練り込んだ特製だ。これに着火して煙を焚けば、蜂は気絶するので安全に巣が採取できる。
 蜂の巣からは蜂蜜はもちろん、蜜蝋、蜂の子が採れる。特に蜜蝋は優秀で、加工して蝋燭にもなるし、軟膏の基剤となる。女性陣からリップとハンドクリームの声が上がっているので、蜜蝋が採れれば重宝する。
 どこかに蜂の巣はないだろうか。
 樹上を仰ぎ、朽木の隙間を覗き、蜂が飛んでいないかと周囲に視線を巡らせる。
 と、「ゴゼットさん!」と引き攣った叫び声が微かに聞こえた。
 見渡しても人影を見つけることはできないのに、「イヴ・ゴゼット!」と私を呼ぶ声は徐々に近づいて来ている。
 ようやく人影らしきものが見えたと思えば、「いた!」と絶叫が届く。
 絶叫したのはロッド・シルだ。後ろにはキース・モリソン副団長とジェレミー・マーゴもいる。
 この3人は、ジャレッド団長と共に私を迎えに来た騎士である。
 ロッドは黒髪で、ジェレミーは栗毛。モリソン副団長は絵本の王子様みたいな金髪碧眼の美青年だ。
 騎士と言えば貴族の子息のイメージが強いけど、この国は実力主義で貴族平民関係がない。しかも、向こうの騎士より高身長で鍛えられた体躯をしているので、見た目の威圧感は半端ない。
 それが喋ってみれば、世話焼きのお兄ちゃんタイプ。
 3人は私を”転んでも大怪我する”よわよわ少女と思っているのだ。
 いや、人族全体をよわよわと思っているのだろう。
「ゴゼットさん!動かないで」
 ロッドとジェレミーが声を揃え、その後ろでモリソン副団長が苦笑している。
 きっちりと黒い隊服を着て、腰に長剣を佩いているというのに、枝や蔦にもたつくことがない。やっぱり人とは違うのだな、と暢気に眺めていると、何度目かの「ゴゼットさん!」と叱責を孕んだ声が飛んで来た。
「心配したじゃないか!」
 私の前で必死の形相で声を荒立てるのはジェレミーだ。怒っているというより、今にも泣きそうな顔をしている。
 その隣のロッドも、「めちゃくちゃ捜したんだ!」と地団駄を踏む。
「よく森の中で見つけられましたね」
「そりゃあ、俺たちイヌ科獣人だし」と、ロッドとジェレミーが声を揃えた。
「それで、イヴちゃん。どうして森にいるの?」
 微苦笑を浮かべるモリソン副団長に、私は首を傾げてしまった。
「なぜって材料採取ですけど?」
 何を当たり前のことを言っているのだろうか。
 手した鉈を軽く持ち上げれば、モリソン副団長は私の足元の籠に視線を落とした。
「材料採取?」
「足りない素材を集めてるんです」
 ジャレッド団長に必要なものを書いて提出するようにと言われ、薬研やげんに乳鉢、軽量匙などに加えて、薬草・・と書いたメモを提出した。
 薬草の種類を書いていなかった私も悪いのだけど、翌日届けられた薬草は、量こそ多かったものの薬のみだった。つまり葉の部分だけだ。薬の調合は花や茎、根も使う。
 面倒だから略して薬草と言うけど、要は薬を作る材料のこと指しているのだ。
 ちなみに、樹皮やキノコ、蜂蜜、蜜蝋、魔物の爪や臓器などは素材や薬材と言う。
「町へ出るより、森の方が近いでしょ?薬材も採取したかったし」
 営舎は”魔女の森”を切り拓いて作られているので、町から離れた立地にある。
 町に出て、薬草店に行っても欲しい薬草はない可能性がある。なぜなら、届けられた品は全て葉の部分だけだったからだ。そうなると、馬車を手配するお金を考えても割に合わない。
 薬草の種類が少なく、知識も乏しいのは、獣人特有の自己治癒力の高さがあるからだろう。
 怪我をしてもすぐに治る。風邪くらいは平気。
 なので、今も住民の大多数が獣人である旧公国内では、薬草の売買が少ない。治療院の数も多くないので、大病に罹ると懐を痛ませながらポーションを取り寄せるのが通例なのだとマリアは言っていた。
 併合された人族地域には獣人が少ないので、薬草の栽培やポーション作りが盛んだと聞くけど、全体で見たらまだまだ足りない。
 そこで、クロムウェル公爵は領地での薬作りの支援に乗り出したのだ。
 その第一号が私になる。
 獣人は差別されている。というより恐れられているのを、彼らは重々承知している。それが原因で聖属性の人族が来てくれないのことを、苛立ちと諦めの境地で見ていたらしい。
 ジャレッド団長から年齢を訊かれ、「15」と答えた時の沈黙は、ジャレッド団長の悩みの時間だったそうだ。
 年相応に見えなかったので年齢詐称を疑われ、さらに15才では頼りないと感じていたらしい。
 でも、背に腹は代えられない。ということで迎えられた。
 まるで人攫いに近い連れ去り方で気絶した私は、彼らにとってガラス細工並みに繊細に映ったらしい。
「それで…1人で森に入ったのか?」
 ロッドが愕然としている。
「私は獣人みたいに超人じゃないけど、そこまで弱くもないので」
「いや…ここは”魔女の森”なんだ。ゴゼットさんを迎えた時もホグジラが出ただろ?」
「魔物が棲息してるだけじゃなくて、危険な獣もわんさといるんだ」
 早口に捲し立てるロッドとジェレミーに呆れてしまう。
「あのね。私はCランク冒険者ですよ?聖属性は他の属性と違って攻撃や防御に弱いけど、冒険者登録している聖属性の人たちはそこまで弱くないんです」
「いや…だって…」と、ジェレミーが口籠る。
「聖属性は就職難民だから、結婚だったり家業だったり逃げ道のない人たちが、頑張って冒険者登録をするんです。で、聖属性はポーションを作れるわけだけど、ポーションを作る素材をゲットできるのはBランク以上の冒険者。ここまで分かります?」
 年上に対する口調ではないけど、優しく、宥めるように言えば、2人は素直に頷く。
「冒険者は最低ランクのFからスタートするんですけど、昇格には試験があります。試験は筆記と実技。筆記は薬草、魔物の種類、生態、遭遇時の回避方法、素材の特徴なんかが出題されるんです。実技は指定された日程で、この仕事を何回こなすとか、この素材を何個回収してくるとか。そういうの。FランクとEランクは子供でもできるランク。DランクとCランクは少し難しくなるんですけど、その実技に罠の張り方や武術も含まれるんです。なので、逃げ方は熟知してます」
 これには2人も驚いたらしい。
「聖属性って…部屋にこもって黙々と治療とか研究とかするイメージだった…」とロッド。
「それは学校に行ってる貴族とかお金持ち。最高学府に進学して専門職を学ぶ人たちですね。それ以外は叩き上げ」
 だからこそ、平民の聖属性が食べて行くには厳しい。
 薬師の多くが平民なのも、貴族の薬師はほんの一握りな上、高価な薬しか取り扱っていないからだ。貴族からのお目溢しのような扱いになっている。貴族の気まぐれで学歴至上主義となれば、平民出の薬師が淘汰されるだろう…。
「私は小さいし、力も弱いから剣と槍は向いてないけど、ボーガンの腕は良いんですよ?」
 腰に吊るした無骨な形のボーガンを叩けば、今気づいたとばかりに、3人は目玉が飛び出すんじゃないかってくらい瞠目した。
「イヴちゃん、鉈もだけど……ボーガンなんてどうしたの?」
「鉈は持参しました。モリソン副団長が持ってくれてたトランクに入ってたんですよ」
「え?そうなの?」
 モリソン副団長はぱちくりと瞬きを繰り返し、「トランクに鉈を入れるって…」と苦笑した。
「ボーガンは武器庫から借りて来ました。別に構わないって言われたので」
「誰に!?」と、ロッドとジェレミーが口を揃えて叫んだ。
「アーロンさん」
 この騎士団の中では小柄な、涅色の髪をした混血の男性を思い出す。
 年齢も、生きていれば私のお父さんと変わらないくらいだ。
 謹厳なイメージのある騎士の中で、年長者だからか、落ち着いた雰囲気が安心感を与えてくれるタイプだ。今、騎士団の中で一番頼りになるのがアーロンである。
 ボーガンを探している時も、私でも扱えそうな物を一緒に選んでくれた。
「このボーガンを見つけてくれたのもアーロンさんですよ」
「アーロン・サンド!」
 ロッドが天を仰ぎ、ジェレミーが頭を抱えた。
「でも、1人で森に入るのはダメだよ」
 モリソン副団長が肩を竦める。
「イヴちゃんの立ち位置は、第2騎士団の賓客でもあるからね」
「そうなんですか?」
「だからこそ、迎えに行っただろう?普通、団長と副団長が揃って騎士団を離れることはないよ」
 まさかの持て成し!
「あ、あとモリソン副団長じゃなくてキースって呼んでいいよ。団長もジャレッドって呼んでるし」
「それはクロムウェル団長だと3人いるから紛らわしいって言われたので」
「そうだけど。俺はイヴちゃんにはキース副団長って呼んで欲しいかな」
 にかっ、と笑った顔は軟派王子様だ。
 ロッドとジェレミーも同感なのだろう、その視線は冷たい。
「分かりました。その代わり、素材採取は続行です」
「交換条件か!いいね。そうしよう」
 モリソン改めキース副団長の了承に、ロッドとジェレミーが悲鳴を上げる。
「モリソン副団長!ジャレッド団長がゴゼットさんを探してるんですよ!?」
「それも殺人鬼みたいな顔で!」
 それを聞いたら、ますます帰りたくない。
「放置しておこう。イヴちゃんも治癒師としての仕事で森に入ってるわけだからね。俺たちは護衛として、無傷でイヴちゃんを連れて帰る。命令ね」
 にっこりと微笑んだキース副団長に、2人は地団駄を踏む。
 そして、2人は「分かりました!護衛に徹します!」と自棄くそ気味に、やっぱり双子みたいに声を揃えて叫んだ。
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