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新しい職場
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クロムウェル公爵家第2騎士団駐屯地は、クロムウェル領の僻地にある。
驚くべきことに、公爵家には第1と第2、第3の私設騎士団が存在している。
第1騎士団は公爵家の警護、領地の治安維持や主要街道の巡邏に割り振られている。
第3騎士団は、魔物の討伐に重点を置く。領民に被害が及ばないように、町や村に近づきすぎた魔物を狩るのが仕事だ。それ以外に、魔物の素材の献上が必要な場合に活躍する。公爵家が献上する相手は、推して知るべし。
そして、私が連れて来られた第2騎士団は、戦争屋と呼ばれる闇組織を撲滅すべく作られた団だ。
戦争屋というのは、平和を維持している国同士に諍いのタネを撒き、武器や奴隷を売り込むことにある。
奴隷の多くが誘拐された子供だ。
さらに戦争屋はどこかの国に属しているわけではないし、1つの組織というわけでもない。戦争屋は幾つも存在しているので、1つの戦争屋を殲滅しても終わらない。芋づる式に壊滅できるわけでもないので、厄介この上ないのだ。
分かっているのは、戦争屋が中立地帯で諍いを誘発させ、きな臭い噂を撒くということだけ。
特にキャトラル王国では”帰らずの森”を警戒していた。万が一にでもヴォレアナズ帝国と戦いの火蓋が切って落とされでもすれば、キャトラル王国側に勝ち目はないからだ。
キャトラル王国の魔導師団では、獣人率いる軍勢に太刀打ちはできない。
純粋な国力の差もあるので、戦わずして負ける可能性がある。
キャトラル王国は戦争屋を警戒していたし、冒険者ギルドでは戦争屋の情報提供に褒賞金が提示されていた。
クロムウェル公爵家が抱える騎士団の総数は千数百人になる。有事の際は予備役として領民も戦えるというので、一個師団が形成される。
そんな中で、第2騎士団は僅か100名ほどの小隊だ。所謂、少数精鋭というらしい。
”魔女の森”を切り拓いた駐屯地には2棟の営舎、司令塔、庁舎、武器庫や訓練場、厩舎が並んでいる。
100名中12名が女性騎士で、96名が獣人。4名が人族との混血の魔導士だ。
あのホグジラに炎魔法を放ったのが、混血のキース・モリソン副団長。
この国の騎士団で活躍する混血の多くが、人族の血が濃く、魔導士の才を発揮しているという。
それから、料理人を含む使用人は14名。内3名が女性で、全員が獣人だった。
そう聞いて驚いた。
獣人は私たちと殆ど違わない姿形をしているのだ。
迎えに来たモリソン副団長以外が生粋の獣人なんて、言われなければ気付けない。
「そのうち見分けられるようになるわよ」
そう言って笑うのは、トマトみたいな真っ赤な髪をポニーテールにしたマリア・パーカーだ。
今年で21才になる彼女は、人差し指で自分の目を示しながら、「分かる?」と首を傾げる。
若葉色の瞳が、人族とは異なるひし形の猫目をしている。
「ネコ科獣人の名残りよ。他にも犬歯や、尾てい骨のところに尻尾の名残り痕があったりするの。それこそ十人十色。あと性格や感情面にも残るわ。ヒツジやウサギ系は臆病だったり、遊び人が多かったり。私はイヌ科がイチ押し。グルグル唸ったり、クンクン鳴いて落ち込んだり。とにかく可愛いのよ。一途だしね」
「耳とか…尻尾とかあるのかと思いました」
「それは幼少期まで。第一次成長期の終わりには耳も尻尾もなくなってるものよ」
マリアは肩を竦める。
「獣人と接したことは?」
「初めてです。会ったこともありません…。というか、故郷から出たことなかったので、出会い自体が少ないんですけど…。あ、でも…ずっと耳と尻尾があると思ってたから…気づいてなかっただけかも」
「それじゃあ、獣人のことを少し勉強しておかないとね」
マリアは言って、女性専用スペースから出る。
女性専用スペースは、男子禁制の区画のことだ。
寮の造りは2棟とも同じで、1階が食堂とお風呂。洗濯場のような使用人が立ち入る裏方。2階から4階が各人の私室になっている。
駐屯地のゲートから近い方が1号棟で、そこから少し奥まった方が2号棟。
女性専用スペースは、両棟ともに2階の一部に壁を取り付けた区画になる。お風呂は女性専用スペースにも作られているので、男性の目を盗んで1階のお風呂場に通う必要はない。
私とマリアは2号棟だ。
女子寮には当たり前のように女性騎士もいるけど、同じ屋根の下に男性騎士がいるのは不安じゃないかと訊けば、マリアから盛大に笑われた。
「獣人は女性も強いのよ。何より、獣人の男はフェミニストが多いの」
「そうなんですか?」
「女性や子供を大切にするのが、全獣人の特徴かな?でも、獣人でも悪い奴はいる。人族でも例外っているでしょ?」
こくこく頷けば、マリアは天井を指さした。
「ここにはそんな奴はいないけど、万一いたとしても大丈夫。2号棟の4階には団長がいるしね」
思わず天井を見上げる。
団長とは、私が気絶しても馬を走らせたジャレッドのことだ。
「副団長は1号棟。実力とか所属歴とかでバランスよく配置して、団員が羽目を外し過ぎないように見張ってるのよ。獣人は羽目を外すと大変だから…。限度を知らないっていうか…ね」
そんな事態が多々あったのが、マリアの表情でよく分かる。
1階に下りると、早朝にも関わらずジャレット団長がいた。
威圧感たっぷりの黄金色の双眸が、睨むように私を見るから恐ろしい…。
「よく眠れたか?」
「……はい」
とは答えたものの、ここに着いた記憶すらない。
お尻の痛みで目が覚めた時、見知らぬ天井が見えて頭が混乱した。ベッドと机、小さなクローゼットがあるだけのシンプルな部屋の床に、ぽつんと置かれたトランクを見て記憶の整理が追い付いたのだ。
様子を見に来てくれたマリアから事情を聞き、今に至る。
渋面を作ってしまう私とは対照的に、マリアは「おはようございます」と笑顔で頭を下げる。「団長って、セクシーで目の保養じゃない?」と耳打ちするけど、よく分からない。
「おはよう。パーカーはいつも通り厨房の手伝いを頼む。イヴ・ゴゼットは俺について来い。朝食までには戻って来る」
「あ…はい」
私は頷き、踵を返したジャレッド団長の後ろを、殆ど小走りでついて行くことになった。
連れられたのは1号棟と2号棟の間、少し奥まった場所に建つ小屋だ。
寮が立派なだけに、木造家屋が小屋に見える。これがハノンで建っていたら普通の家なのだけど、規模が大きく堅牢な作りの寮に挟まれると、今にも潰れてしまいそうだ。
ジャレッド団長は鍵を開け、小屋に入って行く。
火属性の魔法を付与した照明魔道具で明かりを点ければ、意外と広い室内だと分かる。
入ってすぐに空っぽの書架と机がある。奥には衝立があり、衝立の奥を覗くとベッドが2つ並ぶ。更に奥の戸を開ければ、トイレになっていた。
促されるままに2階へ上がると、広々とした作業台と空っぽの棚が壁を覆うように立つ。
「ジャレッド団長。ここはなんですか?」
「治療院になる。お前の仕事場だ」
「治療…院」
噛みしめた言葉が、じわりと胸に染み込む。
私の職場…。
嬉しさに緩みそうになった口元を引き締め、慌ててジャレッド団長を見上げる。
「で…でも、私は15才で、Cランク冒険者です…」
「それが?」
「…怪我の治療は治癒魔法で出来るんですけど、病に効かなくて…。それに、薬の精製には制限がかかるんです。毒草などを使った薬はBランク以上で…。Bランクの昇格試験を受けるには18才以上って年齢制限があるんです。Bランク昇格を前提に、薬師の資格を得てから扱えるようになります」
「治療に毒草なんて使うのか?」
ジャレッド団長は驚いたように目を瞠る。
「毒草は少量であれば薬になるんです。扱いが難しいので、年齢制限が設けられたんだと思います。あと、ポーションの材料は毒草も使うので、Bランク以上でないとポーションは作れません…」
しょんぼりと項垂れれば、ジャレッド団長は顎に手を当てて考え込んだ。
この沈黙が怖い…。
「あと…薬師ではないので…作れる薬の量も決まってます…」
「なぜ?」
「薬師以外は薬の売買を禁止されているんです。家族間で使うには問題ありませんが、大量に作ると売買しているとみなされて、罰則対象になるんです」
「なるほど」と、ジャレッド団長は頷く。
「で、その作る薬も、Cランクが扱える範囲の制限がかかる…と?」
「は、はい…そうです」
こくこくと小刻みに頷く。
「CとかBとか。ランクに拘っているようだが、お前は冒険者希望なのか?」
「え?…いえ、冒険者は就職するのに有利というか…お金のない平民が薬師になるには冒険者になるしかないので…」
「つまり、仕事があればいいんだろ?じゃ、冒険者を辞めればいい。CとかBとか、そんなのは冒険者ギルドが提示した資格にすぎんだろ?」
「でも、平民が薬師になるにはBランクに昇格して初めて薬師の試験を受ける許可が下りるんです」
貴族は最高学府経由で薬師になるので、高価な薬しか作らない。要は貧乏人の病気に興味はないのだ。薬師にならず研究職に就く人も多いと聞く。
だからこそ、平民でも薬師に就けるように冒険者ルートが作られている。聖属性の数少ない縁だ。
「だが、それはキャトラル王国でだろ?」
そこまで詳しく調べて来なかったので、否定も肯定も出来ずに口を噤んでしまう。
「ギルドなんて辞めて、お前個人をクロムウェル公爵が雇い直せばいい。要はクロムウェル公爵家お抱えだ。それから薬師の試験を受け、公爵家から此処に派遣された形になれば、毒草が扱えるんじゃないか?」
「あ~…えっと…」
頭が混乱して来た。
「とりあえず、お前の腕を見せてもらう。試用期間は半年。使える奴だと判断したら、クロムウェル公爵に話を流そう。法律に詳しい専門家にも意見を聞いて、可能であれば薬師試験を受けてもらう。こちらの法律で問題なければ、ギルドを辞めろ」
「あ…えっと…そもそも公爵様に迷惑というか…畏れ多いというか…」
「気にするな。親父だ」
「…は…い?」
「だから、クロムウェル公爵は俺の親父だ。お前が公爵家に益を齎すと分かれば納得する」
クロムウェル公爵が父親ということは、ジャレッド団長は団長である前に公爵家の御子息…。
公爵といえば、全ての理不尽が許され、平民を農耕馬くらいにしか思っていない高位貴族の代表格。
子爵令嬢のメリンダでさえ、緊張せずに話せるようになったのは出会ってから1年はかかった。それが公爵なんて!
思い返せば、不敬を山のようにした気がする。
言葉遣い、うっかり気絶…。さっき、朝の挨拶はしただろうか?
マリアはしていた…。
たらり、と頬に冷や汗が伝う。
「ク…クロムウェル団長…様……そ、その……!」
「ジャレッドで構わない。クロムウェル団長は3人いるから紛らわしい。あと様はつけるな」
ジャレッド団長は言って、第1騎士団が兄ハワード、第3騎士団が弟グレンが率いていると教えてくれる。
「ここに必要なものが分らないから何も揃っていない。必要なものをリストアップしてくれ」
「はひ!?」
緊張で声がひっくり返った。
そんな私に、ジャレッド団長は不満そうに口角を歪める。
「自然体でいれないのか?」
「は…は、はい。が、頑張ります…」
つい俯いてしまった私に、ジャレッド団長のため息が落ちて来た。
驚くべきことに、公爵家には第1と第2、第3の私設騎士団が存在している。
第1騎士団は公爵家の警護、領地の治安維持や主要街道の巡邏に割り振られている。
第3騎士団は、魔物の討伐に重点を置く。領民に被害が及ばないように、町や村に近づきすぎた魔物を狩るのが仕事だ。それ以外に、魔物の素材の献上が必要な場合に活躍する。公爵家が献上する相手は、推して知るべし。
そして、私が連れて来られた第2騎士団は、戦争屋と呼ばれる闇組織を撲滅すべく作られた団だ。
戦争屋というのは、平和を維持している国同士に諍いのタネを撒き、武器や奴隷を売り込むことにある。
奴隷の多くが誘拐された子供だ。
さらに戦争屋はどこかの国に属しているわけではないし、1つの組織というわけでもない。戦争屋は幾つも存在しているので、1つの戦争屋を殲滅しても終わらない。芋づる式に壊滅できるわけでもないので、厄介この上ないのだ。
分かっているのは、戦争屋が中立地帯で諍いを誘発させ、きな臭い噂を撒くということだけ。
特にキャトラル王国では”帰らずの森”を警戒していた。万が一にでもヴォレアナズ帝国と戦いの火蓋が切って落とされでもすれば、キャトラル王国側に勝ち目はないからだ。
キャトラル王国の魔導師団では、獣人率いる軍勢に太刀打ちはできない。
純粋な国力の差もあるので、戦わずして負ける可能性がある。
キャトラル王国は戦争屋を警戒していたし、冒険者ギルドでは戦争屋の情報提供に褒賞金が提示されていた。
クロムウェル公爵家が抱える騎士団の総数は千数百人になる。有事の際は予備役として領民も戦えるというので、一個師団が形成される。
そんな中で、第2騎士団は僅か100名ほどの小隊だ。所謂、少数精鋭というらしい。
”魔女の森”を切り拓いた駐屯地には2棟の営舎、司令塔、庁舎、武器庫や訓練場、厩舎が並んでいる。
100名中12名が女性騎士で、96名が獣人。4名が人族との混血の魔導士だ。
あのホグジラに炎魔法を放ったのが、混血のキース・モリソン副団長。
この国の騎士団で活躍する混血の多くが、人族の血が濃く、魔導士の才を発揮しているという。
それから、料理人を含む使用人は14名。内3名が女性で、全員が獣人だった。
そう聞いて驚いた。
獣人は私たちと殆ど違わない姿形をしているのだ。
迎えに来たモリソン副団長以外が生粋の獣人なんて、言われなければ気付けない。
「そのうち見分けられるようになるわよ」
そう言って笑うのは、トマトみたいな真っ赤な髪をポニーテールにしたマリア・パーカーだ。
今年で21才になる彼女は、人差し指で自分の目を示しながら、「分かる?」と首を傾げる。
若葉色の瞳が、人族とは異なるひし形の猫目をしている。
「ネコ科獣人の名残りよ。他にも犬歯や、尾てい骨のところに尻尾の名残り痕があったりするの。それこそ十人十色。あと性格や感情面にも残るわ。ヒツジやウサギ系は臆病だったり、遊び人が多かったり。私はイヌ科がイチ押し。グルグル唸ったり、クンクン鳴いて落ち込んだり。とにかく可愛いのよ。一途だしね」
「耳とか…尻尾とかあるのかと思いました」
「それは幼少期まで。第一次成長期の終わりには耳も尻尾もなくなってるものよ」
マリアは肩を竦める。
「獣人と接したことは?」
「初めてです。会ったこともありません…。というか、故郷から出たことなかったので、出会い自体が少ないんですけど…。あ、でも…ずっと耳と尻尾があると思ってたから…気づいてなかっただけかも」
「それじゃあ、獣人のことを少し勉強しておかないとね」
マリアは言って、女性専用スペースから出る。
女性専用スペースは、男子禁制の区画のことだ。
寮の造りは2棟とも同じで、1階が食堂とお風呂。洗濯場のような使用人が立ち入る裏方。2階から4階が各人の私室になっている。
駐屯地のゲートから近い方が1号棟で、そこから少し奥まった方が2号棟。
女性専用スペースは、両棟ともに2階の一部に壁を取り付けた区画になる。お風呂は女性専用スペースにも作られているので、男性の目を盗んで1階のお風呂場に通う必要はない。
私とマリアは2号棟だ。
女子寮には当たり前のように女性騎士もいるけど、同じ屋根の下に男性騎士がいるのは不安じゃないかと訊けば、マリアから盛大に笑われた。
「獣人は女性も強いのよ。何より、獣人の男はフェミニストが多いの」
「そうなんですか?」
「女性や子供を大切にするのが、全獣人の特徴かな?でも、獣人でも悪い奴はいる。人族でも例外っているでしょ?」
こくこく頷けば、マリアは天井を指さした。
「ここにはそんな奴はいないけど、万一いたとしても大丈夫。2号棟の4階には団長がいるしね」
思わず天井を見上げる。
団長とは、私が気絶しても馬を走らせたジャレッドのことだ。
「副団長は1号棟。実力とか所属歴とかでバランスよく配置して、団員が羽目を外し過ぎないように見張ってるのよ。獣人は羽目を外すと大変だから…。限度を知らないっていうか…ね」
そんな事態が多々あったのが、マリアの表情でよく分かる。
1階に下りると、早朝にも関わらずジャレット団長がいた。
威圧感たっぷりの黄金色の双眸が、睨むように私を見るから恐ろしい…。
「よく眠れたか?」
「……はい」
とは答えたものの、ここに着いた記憶すらない。
お尻の痛みで目が覚めた時、見知らぬ天井が見えて頭が混乱した。ベッドと机、小さなクローゼットがあるだけのシンプルな部屋の床に、ぽつんと置かれたトランクを見て記憶の整理が追い付いたのだ。
様子を見に来てくれたマリアから事情を聞き、今に至る。
渋面を作ってしまう私とは対照的に、マリアは「おはようございます」と笑顔で頭を下げる。「団長って、セクシーで目の保養じゃない?」と耳打ちするけど、よく分からない。
「おはよう。パーカーはいつも通り厨房の手伝いを頼む。イヴ・ゴゼットは俺について来い。朝食までには戻って来る」
「あ…はい」
私は頷き、踵を返したジャレッド団長の後ろを、殆ど小走りでついて行くことになった。
連れられたのは1号棟と2号棟の間、少し奥まった場所に建つ小屋だ。
寮が立派なだけに、木造家屋が小屋に見える。これがハノンで建っていたら普通の家なのだけど、規模が大きく堅牢な作りの寮に挟まれると、今にも潰れてしまいそうだ。
ジャレッド団長は鍵を開け、小屋に入って行く。
火属性の魔法を付与した照明魔道具で明かりを点ければ、意外と広い室内だと分かる。
入ってすぐに空っぽの書架と机がある。奥には衝立があり、衝立の奥を覗くとベッドが2つ並ぶ。更に奥の戸を開ければ、トイレになっていた。
促されるままに2階へ上がると、広々とした作業台と空っぽの棚が壁を覆うように立つ。
「ジャレッド団長。ここはなんですか?」
「治療院になる。お前の仕事場だ」
「治療…院」
噛みしめた言葉が、じわりと胸に染み込む。
私の職場…。
嬉しさに緩みそうになった口元を引き締め、慌ててジャレッド団長を見上げる。
「で…でも、私は15才で、Cランク冒険者です…」
「それが?」
「…怪我の治療は治癒魔法で出来るんですけど、病に効かなくて…。それに、薬の精製には制限がかかるんです。毒草などを使った薬はBランク以上で…。Bランクの昇格試験を受けるには18才以上って年齢制限があるんです。Bランク昇格を前提に、薬師の資格を得てから扱えるようになります」
「治療に毒草なんて使うのか?」
ジャレッド団長は驚いたように目を瞠る。
「毒草は少量であれば薬になるんです。扱いが難しいので、年齢制限が設けられたんだと思います。あと、ポーションの材料は毒草も使うので、Bランク以上でないとポーションは作れません…」
しょんぼりと項垂れれば、ジャレッド団長は顎に手を当てて考え込んだ。
この沈黙が怖い…。
「あと…薬師ではないので…作れる薬の量も決まってます…」
「なぜ?」
「薬師以外は薬の売買を禁止されているんです。家族間で使うには問題ありませんが、大量に作ると売買しているとみなされて、罰則対象になるんです」
「なるほど」と、ジャレッド団長は頷く。
「で、その作る薬も、Cランクが扱える範囲の制限がかかる…と?」
「は、はい…そうです」
こくこくと小刻みに頷く。
「CとかBとか。ランクに拘っているようだが、お前は冒険者希望なのか?」
「え?…いえ、冒険者は就職するのに有利というか…お金のない平民が薬師になるには冒険者になるしかないので…」
「つまり、仕事があればいいんだろ?じゃ、冒険者を辞めればいい。CとかBとか、そんなのは冒険者ギルドが提示した資格にすぎんだろ?」
「でも、平民が薬師になるにはBランクに昇格して初めて薬師の試験を受ける許可が下りるんです」
貴族は最高学府経由で薬師になるので、高価な薬しか作らない。要は貧乏人の病気に興味はないのだ。薬師にならず研究職に就く人も多いと聞く。
だからこそ、平民でも薬師に就けるように冒険者ルートが作られている。聖属性の数少ない縁だ。
「だが、それはキャトラル王国でだろ?」
そこまで詳しく調べて来なかったので、否定も肯定も出来ずに口を噤んでしまう。
「ギルドなんて辞めて、お前個人をクロムウェル公爵が雇い直せばいい。要はクロムウェル公爵家お抱えだ。それから薬師の試験を受け、公爵家から此処に派遣された形になれば、毒草が扱えるんじゃないか?」
「あ~…えっと…」
頭が混乱して来た。
「とりあえず、お前の腕を見せてもらう。試用期間は半年。使える奴だと判断したら、クロムウェル公爵に話を流そう。法律に詳しい専門家にも意見を聞いて、可能であれば薬師試験を受けてもらう。こちらの法律で問題なければ、ギルドを辞めろ」
「あ…えっと…そもそも公爵様に迷惑というか…畏れ多いというか…」
「気にするな。親父だ」
「…は…い?」
「だから、クロムウェル公爵は俺の親父だ。お前が公爵家に益を齎すと分かれば納得する」
クロムウェル公爵が父親ということは、ジャレッド団長は団長である前に公爵家の御子息…。
公爵といえば、全ての理不尽が許され、平民を農耕馬くらいにしか思っていない高位貴族の代表格。
子爵令嬢のメリンダでさえ、緊張せずに話せるようになったのは出会ってから1年はかかった。それが公爵なんて!
思い返せば、不敬を山のようにした気がする。
言葉遣い、うっかり気絶…。さっき、朝の挨拶はしただろうか?
マリアはしていた…。
たらり、と頬に冷や汗が伝う。
「ク…クロムウェル団長…様……そ、その……!」
「ジャレッドで構わない。クロムウェル団長は3人いるから紛らわしい。あと様はつけるな」
ジャレッド団長は言って、第1騎士団が兄ハワード、第3騎士団が弟グレンが率いていると教えてくれる。
「ここに必要なものが分らないから何も揃っていない。必要なものをリストアップしてくれ」
「はひ!?」
緊張で声がひっくり返った。
そんな私に、ジャレッド団長は不満そうに口角を歪める。
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人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
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