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古都カスティーロ
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市場へ買い出しに向かう幌馬車に乗せてもらって40分。
降ろされた町は、ハノンとは比べ物にならないくらいに栄えてた。
ハノンのような土を踏み固めた道ではなく、石畳の整備された道が網の目状に広がっている。人々に活気があり、山のように商品が積まれた荷馬車が行き交う。
中心部のひときわ大きな時計塔がシンボルで、その下には広々とした中央広場があるという。
お城がないだけで、王都と言っても差し障りがないくらい大きな町だ。
町の名前はカスティーロ。
治安維持に努めているのは第一騎士団。
ツーマンセルで担当地区を巡邏する騎士たちは、驚くべきことに偉ぶった様子は欠片もない。
長剣を腰に佩いた筋骨逞しい騎士だというのに、町の人たちと親しそうに挨拶を交わしている。可愛らしい耳や尻尾のある子供たちでさえ、憧れを抱いた顔でじゃれつく。
キャトラル王国ではありえない光景だ。
キャトラル王国の騎士は、例外なく貴族の子息と決まっている。家を継げない子息が、小姓となって騎士の基礎を学ぶ。それから従騎士になり、叙任を儀を経て騎士と認められる。
平民がなれるのは騎士ではなく傭兵だ。
だから、キャトラル王国民は騎士ではなく傭兵に親しみを覚える。
なにしろ、騎士に無礼を働けば罰せられるからだ。平民の多くは学校へ行く余裕がない。学びの場は教会で、基本的な読み書きと計算を習うだけなので、貴族の常識が分からない。何が地雷となるか分からないから、貴族には近寄らない。それが平民の処世術だ。
なのに、ここでは貴族平民関係なく挨拶を交わしている。
「なんだ、その顔は?」
怪訝な声を見上げれば、ジャレッド団長が眉宇を顰めて私を見下ろしている。
今日は見慣れた黒い隊服ではなく、余所行きの恰好だ。白いシャツにキャメルのジャケット、黒いパンツを履いている。足下は厳ついブーツではなく、テカテカに光る革靴だ。
着ているものが変われば、雰囲気も変わる。
眉間の皺は相変わらずだけど、貴族のボンボン感が全身に滲みだしていて怖い。
片や私は、”田舎から出て来ました”と自己紹介しているような古ぼけたワンピースだ。ハノンでは普通だったワンピースが、ここでは流行遅れの一言に尽きる。
私はため息を嚥下し、ジャレッド団長を視界の外に追いやる。
「…騎士の人たちと、町の人たちが仲が良いな…というか、フレンドリーだなと」
「それがどうした?」
「向こうでは考えられないので驚いてました」
「考えられない?」
心の底から意味が分からないのだろう。
ジャレッド団長は巡回する騎士たちを観察しながら首を捻る。
「向こうの騎士は例外なく貴族なんです。平民は貴族に安易に声を掛けません」
「だが、騎士なのだろ?」
「町を見回るのは自警団なので、騎士はいませんでした。それに騎士=正義の味方ではありませんし。ちなみに自警団は平民の有志なので、逆に貴族はいません。貴族がなるのは騎士や衛兵です。平民は傭兵になります」
「こっちでも傭兵はいるが、隣とはかなり違うようだ」
ジャレッド団長が興味深いとばかりに口角を吊り上げた。
不敬になりかねないので口にはしないけど、絵に描いたような悪人面だ。
「お前も知っていると思うが、こっちは貴族も平民も関係ない。実力主義だ。騎士学校を卒業していれば、平民でも騎士になれる。主人に忠誠を使っているのが騎士で、契約して雇用主を渡り歩くのが傭兵という扱いになっている」
ジャレッド団長は言って、ゆっくりと歩き出した。
慌てて私も足を動かす。
足の長さが違うので、もたもたしていると迷子になってしまう。
「クロムウェル領に自警団はない」
「そうなんですか?」
「公爵家には私兵がいるからな。必要ない」
確かに。
騎士団が見回りをしてくれているのだから、わざわざ有志を募る必要がない。有志なんて言うと志が高い人たちのイメージだけど、言ってしまえばボランティアだ。自分たちの身は自分で守れ、と領主が領民を守る義務を放棄しているに過ぎない。
貧乏領主なら分かるけど、ゴールドスタイン伯領は国境を守る意味でも国から支援金を貰い、衛兵だって揃っていた。
でも、ハノンでは滅多に騎士を見なかった。
それに比べ、クロムウェル領の騎士たちは凄い。不審者はいないかと睨みを利かせるばかりじゃなく、大きな荷物を抱えた老婦人の手を引いて通りを渡る優しさまである。かと思えば、じゃれつく子供を肩車したり、梯子に上って2階の鎧戸の修理までしている。
そんな騎士たちが、ジャレッド団長に気付くと控え目に胸に拳を当てる礼を見せる。
控え目なのは、ジャレッド団長がプライベートで来ているからだろう。ジャレッド団長は礼を見ても、軽く頷いて流している。
「それにしても、巡邏兵が多いですね」
「クロムウェル領の自慢は国内トップクラスの治安の良さだ。その理由が、騎士と領民の距離感だな。騎士が領民を無視することはない。乞われれば屋根の修理もするし、店には1軒1軒声をかける。特にカスティーロはクロムウェル領の要でもあるからな」
ジャレッド団長は言って、不意に足を止めた。
通りを挟んだ向かいに、色とりどりのテントが張られ、活気ある声が飛び交っている。風に乗って溢れる香りは芳しく、匂いだけで生唾が出る。
見上げるばかりの時計塔があるので、町の中心部だ。
「そこが中央広場になる。不定期だが、蚤の市が開かれている」
「蚤の市?お祭りじゃなくて?…ですか?」
ハノンの蚤の市は、地べたにラグを広げ、商品を売っていた。活気なんてない。お得な掘り出し物があればラッキーくらいの、散歩ついでに立ち寄るようなイベントだ。
こんなに食欲のそそる香りはしなかった。
「ここの蚤の市は異国の行商人も参加するほど大規模だからな。見つからない物はないと言われている。料理を提供する屋台も多いから、帝国中から観光客が押し寄せる」
すごく気になる!
とはいえ、あの人熱れに突き進む勇気はない。
ほぼ獣人となれば尚更だ。
どん臭い人族なんて、あっという間に押し出されるか、押し倒されるかして強制退場だろう。
「カスティーロは治安は良いのだが、いかんせん建物が似通っているから、自分が何処にいるのか分からなくなる。要は迷子が多い」
「観光客は大変ですね」
「ああ。それで、アレだ」
アレと指さすのは時計塔だ。
「迷子になれば、時計塔を目指すのが一般的だ。騎士に道案内を頼むことも出来るが、騎士は事件事故が起これば優先順位をつけて行動するからな。時計塔は覚えておいて損はない」
確かに、時計塔の屋根は円錐形になっていて、他の建物と比べて突出している。
目印にはちょうど良さそうだ。
「行くぞ」
再び歩き出したジャレッド団長の歩幅は、相変わらずに大きい。
速度を落とさず、雑踏を縫うように歩く姿は流石騎士といったところだ。誰にもぶつからず、泳いでいるみたいにスイスイと進んでいる。
私と言えば小走りで、何度足を止めて「すみません」と頭を下げたか知れない。
額に汗が滲む頃、ジャレッド団長を見失ったのは必然だ。
まぁ、ここで悲嘆に暮れるほど子供ではない。
目的地も聞かされているので、人に聞きながら歩けば着くだろう。
「それにしてもハノンと全く違うのね」
活気もさることながら、朝からエールを煽る人たちの多いこと。
ハノンの酒場は早くても昼を過ぎなければ開店しない。朝からエールを飲むのは、這々の体で帰還した冒険者くらいだ。
なのに、こっちはコーヒーでも飲むようにエールを煽っている。
通りに面したカフェ風のバーが多いのも理由だろう。ハノンのように女性が入り辛い酒場ではない。とにかくお洒落なのだ。厳ついジョッキではなく、ワイングラスのような繊細なグラスでエールを嗜むご婦人方もいる。つまみはチョコレートだから驚く。
私も成人したら、あんなお洒落なバーでエールを嗜んでみたい。
そんな未来を想像するだけで楽しくなる。
せっかくだから、はぐれたことを利用して観光を楽しんでも罰は当たらないと思う。ポシェットには僅かばかりのお金も持って来ているので、少し背伸びしてお洒落カフェに入ってみても良いかもしれない。
芳しい香りが立つパン屋も捨てがたいし、可愛い雑貨店があれば覗きたくなる。
と、急に町の雰囲気が変わった。
石造りの町並みが、瀟洒な煉瓦造りへと変化したのだ。見るからに歴史があり、軒を連ねるお店にも高級感がある。
スパイス店に砂糖専門店。チョコレート菓子を取り扱った高級菓子店もあるし、入り口に警備兵が立つ宝石店もある。香水専門店から甘く爽やかな香りが漏れ、高級織物を扱うブティックのウィンドウには、貴族向けの煌びやかなドレスが飾られている。
見ているだけで楽しい。
と、「おい」と不機嫌な声と共に、がっちりと襟首を掴まれた。
見上げれば、剣呑な目つきが私を見下ろしている…。
「あ…ジャレッド団長……捜してました……」
「あ”?」
「すみません…迷子になってました…」
しおしおと項垂れれば、通りかかったカップルから「これぞネコ科ね」と微笑みを向けられた。
いえ…人族です。
「今日は遊びに来たわけじゃない。しっかり前を見て歩け」
もう少し優しく言ってくれてもいいのに、ジャレッド団長の口調は厳しい。
面と向かって文句を言えないのは、1に怖いから。2に商会の敷居を跨ぐにはジャレッド団長がいないと無理だから。
情けない。
まるで犯人を連行するように、ジャレッド団長は私の襟首を掴んだままずんずんと進む。
身長が違えば、足の長さも違う。歩幅が違い過ぎて、私は小走りにならなければならないというのに、ジャレッド団長の辞書には気遣いと容赦が抜けている。
まぁ、良いけど…。
それにしても、この区画は品のある高級店が多い。貴族の乗る箱馬車が止まっているのも目につくし、通りを歩く人たちの服装にも華やかさが出て来た。
ジャレッド団長がいなければ、時計塔に向かって逃げていたかもしれない。
「クロムウェル領は歴史が古く公国以前から続いている」
私が興味津々に町並みを眺めているのに気づいたのか、ようやく襟首から手を離したジャレッド団長が説明する。
「当時の爵位は伯爵。武勲を立てて陞爵し、帝国となってから皇女が降嫁。先祖は陞爵を望まなかったそうだが、気付けば公爵位だ」
「陞爵って偉くなることですよね?どうして望まないんですか?」
「面倒だからだ。国へ治める税も上がる。領地が広がれば、それだけ守るものも増え、自由が利かなくなる。特にクロムウェル領は”魔女の森”に接しているからな。魔物の被害。隣国との諍い。問題が山積していた」
今でこそ平和条約を締結しているけど、ひと昔前は、獣人差別も相俟って小競り合いが酷かったと聞いたことがある。
「クロムウェル領が豊かになったのは高祖父の代からだ。特に領内で質の良い粘土が発見されてからは発展が目まぐるしい」
「あ、ここ!」
「そうだ。この区画は、当時からある。もっとも古い区画になる」
どこか誇らしげなジャレッド団長の言葉に、この町の重みを感じた。
降ろされた町は、ハノンとは比べ物にならないくらいに栄えてた。
ハノンのような土を踏み固めた道ではなく、石畳の整備された道が網の目状に広がっている。人々に活気があり、山のように商品が積まれた荷馬車が行き交う。
中心部のひときわ大きな時計塔がシンボルで、その下には広々とした中央広場があるという。
お城がないだけで、王都と言っても差し障りがないくらい大きな町だ。
町の名前はカスティーロ。
治安維持に努めているのは第一騎士団。
ツーマンセルで担当地区を巡邏する騎士たちは、驚くべきことに偉ぶった様子は欠片もない。
長剣を腰に佩いた筋骨逞しい騎士だというのに、町の人たちと親しそうに挨拶を交わしている。可愛らしい耳や尻尾のある子供たちでさえ、憧れを抱いた顔でじゃれつく。
キャトラル王国ではありえない光景だ。
キャトラル王国の騎士は、例外なく貴族の子息と決まっている。家を継げない子息が、小姓となって騎士の基礎を学ぶ。それから従騎士になり、叙任を儀を経て騎士と認められる。
平民がなれるのは騎士ではなく傭兵だ。
だから、キャトラル王国民は騎士ではなく傭兵に親しみを覚える。
なにしろ、騎士に無礼を働けば罰せられるからだ。平民の多くは学校へ行く余裕がない。学びの場は教会で、基本的な読み書きと計算を習うだけなので、貴族の常識が分からない。何が地雷となるか分からないから、貴族には近寄らない。それが平民の処世術だ。
なのに、ここでは貴族平民関係なく挨拶を交わしている。
「なんだ、その顔は?」
怪訝な声を見上げれば、ジャレッド団長が眉宇を顰めて私を見下ろしている。
今日は見慣れた黒い隊服ではなく、余所行きの恰好だ。白いシャツにキャメルのジャケット、黒いパンツを履いている。足下は厳ついブーツではなく、テカテカに光る革靴だ。
着ているものが変われば、雰囲気も変わる。
眉間の皺は相変わらずだけど、貴族のボンボン感が全身に滲みだしていて怖い。
片や私は、”田舎から出て来ました”と自己紹介しているような古ぼけたワンピースだ。ハノンでは普通だったワンピースが、ここでは流行遅れの一言に尽きる。
私はため息を嚥下し、ジャレッド団長を視界の外に追いやる。
「…騎士の人たちと、町の人たちが仲が良いな…というか、フレンドリーだなと」
「それがどうした?」
「向こうでは考えられないので驚いてました」
「考えられない?」
心の底から意味が分からないのだろう。
ジャレッド団長は巡回する騎士たちを観察しながら首を捻る。
「向こうの騎士は例外なく貴族なんです。平民は貴族に安易に声を掛けません」
「だが、騎士なのだろ?」
「町を見回るのは自警団なので、騎士はいませんでした。それに騎士=正義の味方ではありませんし。ちなみに自警団は平民の有志なので、逆に貴族はいません。貴族がなるのは騎士や衛兵です。平民は傭兵になります」
「こっちでも傭兵はいるが、隣とはかなり違うようだ」
ジャレッド団長が興味深いとばかりに口角を吊り上げた。
不敬になりかねないので口にはしないけど、絵に描いたような悪人面だ。
「お前も知っていると思うが、こっちは貴族も平民も関係ない。実力主義だ。騎士学校を卒業していれば、平民でも騎士になれる。主人に忠誠を使っているのが騎士で、契約して雇用主を渡り歩くのが傭兵という扱いになっている」
ジャレッド団長は言って、ゆっくりと歩き出した。
慌てて私も足を動かす。
足の長さが違うので、もたもたしていると迷子になってしまう。
「クロムウェル領に自警団はない」
「そうなんですか?」
「公爵家には私兵がいるからな。必要ない」
確かに。
騎士団が見回りをしてくれているのだから、わざわざ有志を募る必要がない。有志なんて言うと志が高い人たちのイメージだけど、言ってしまえばボランティアだ。自分たちの身は自分で守れ、と領主が領民を守る義務を放棄しているに過ぎない。
貧乏領主なら分かるけど、ゴールドスタイン伯領は国境を守る意味でも国から支援金を貰い、衛兵だって揃っていた。
でも、ハノンでは滅多に騎士を見なかった。
それに比べ、クロムウェル領の騎士たちは凄い。不審者はいないかと睨みを利かせるばかりじゃなく、大きな荷物を抱えた老婦人の手を引いて通りを渡る優しさまである。かと思えば、じゃれつく子供を肩車したり、梯子に上って2階の鎧戸の修理までしている。
そんな騎士たちが、ジャレッド団長に気付くと控え目に胸に拳を当てる礼を見せる。
控え目なのは、ジャレッド団長がプライベートで来ているからだろう。ジャレッド団長は礼を見ても、軽く頷いて流している。
「それにしても、巡邏兵が多いですね」
「クロムウェル領の自慢は国内トップクラスの治安の良さだ。その理由が、騎士と領民の距離感だな。騎士が領民を無視することはない。乞われれば屋根の修理もするし、店には1軒1軒声をかける。特にカスティーロはクロムウェル領の要でもあるからな」
ジャレッド団長は言って、不意に足を止めた。
通りを挟んだ向かいに、色とりどりのテントが張られ、活気ある声が飛び交っている。風に乗って溢れる香りは芳しく、匂いだけで生唾が出る。
見上げるばかりの時計塔があるので、町の中心部だ。
「そこが中央広場になる。不定期だが、蚤の市が開かれている」
「蚤の市?お祭りじゃなくて?…ですか?」
ハノンの蚤の市は、地べたにラグを広げ、商品を売っていた。活気なんてない。お得な掘り出し物があればラッキーくらいの、散歩ついでに立ち寄るようなイベントだ。
こんなに食欲のそそる香りはしなかった。
「ここの蚤の市は異国の行商人も参加するほど大規模だからな。見つからない物はないと言われている。料理を提供する屋台も多いから、帝国中から観光客が押し寄せる」
すごく気になる!
とはいえ、あの人熱れに突き進む勇気はない。
ほぼ獣人となれば尚更だ。
どん臭い人族なんて、あっという間に押し出されるか、押し倒されるかして強制退場だろう。
「カスティーロは治安は良いのだが、いかんせん建物が似通っているから、自分が何処にいるのか分からなくなる。要は迷子が多い」
「観光客は大変ですね」
「ああ。それで、アレだ」
アレと指さすのは時計塔だ。
「迷子になれば、時計塔を目指すのが一般的だ。騎士に道案内を頼むことも出来るが、騎士は事件事故が起これば優先順位をつけて行動するからな。時計塔は覚えておいて損はない」
確かに、時計塔の屋根は円錐形になっていて、他の建物と比べて突出している。
目印にはちょうど良さそうだ。
「行くぞ」
再び歩き出したジャレッド団長の歩幅は、相変わらずに大きい。
速度を落とさず、雑踏を縫うように歩く姿は流石騎士といったところだ。誰にもぶつからず、泳いでいるみたいにスイスイと進んでいる。
私と言えば小走りで、何度足を止めて「すみません」と頭を下げたか知れない。
額に汗が滲む頃、ジャレッド団長を見失ったのは必然だ。
まぁ、ここで悲嘆に暮れるほど子供ではない。
目的地も聞かされているので、人に聞きながら歩けば着くだろう。
「それにしてもハノンと全く違うのね」
活気もさることながら、朝からエールを煽る人たちの多いこと。
ハノンの酒場は早くても昼を過ぎなければ開店しない。朝からエールを飲むのは、這々の体で帰還した冒険者くらいだ。
なのに、こっちはコーヒーでも飲むようにエールを煽っている。
通りに面したカフェ風のバーが多いのも理由だろう。ハノンのように女性が入り辛い酒場ではない。とにかくお洒落なのだ。厳ついジョッキではなく、ワイングラスのような繊細なグラスでエールを嗜むご婦人方もいる。つまみはチョコレートだから驚く。
私も成人したら、あんなお洒落なバーでエールを嗜んでみたい。
そんな未来を想像するだけで楽しくなる。
せっかくだから、はぐれたことを利用して観光を楽しんでも罰は当たらないと思う。ポシェットには僅かばかりのお金も持って来ているので、少し背伸びしてお洒落カフェに入ってみても良いかもしれない。
芳しい香りが立つパン屋も捨てがたいし、可愛い雑貨店があれば覗きたくなる。
と、急に町の雰囲気が変わった。
石造りの町並みが、瀟洒な煉瓦造りへと変化したのだ。見るからに歴史があり、軒を連ねるお店にも高級感がある。
スパイス店に砂糖専門店。チョコレート菓子を取り扱った高級菓子店もあるし、入り口に警備兵が立つ宝石店もある。香水専門店から甘く爽やかな香りが漏れ、高級織物を扱うブティックのウィンドウには、貴族向けの煌びやかなドレスが飾られている。
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と、「おい」と不機嫌な声と共に、がっちりと襟首を掴まれた。
見上げれば、剣呑な目つきが私を見下ろしている…。
「あ…ジャレッド団長……捜してました……」
「あ”?」
「すみません…迷子になってました…」
しおしおと項垂れれば、通りかかったカップルから「これぞネコ科ね」と微笑みを向けられた。
いえ…人族です。
「今日は遊びに来たわけじゃない。しっかり前を見て歩け」
もう少し優しく言ってくれてもいいのに、ジャレッド団長の口調は厳しい。
面と向かって文句を言えないのは、1に怖いから。2に商会の敷居を跨ぐにはジャレッド団長がいないと無理だから。
情けない。
まるで犯人を連行するように、ジャレッド団長は私の襟首を掴んだままずんずんと進む。
身長が違えば、足の長さも違う。歩幅が違い過ぎて、私は小走りにならなければならないというのに、ジャレッド団長の辞書には気遣いと容赦が抜けている。
まぁ、良いけど…。
それにしても、この区画は品のある高級店が多い。貴族の乗る箱馬車が止まっているのも目につくし、通りを歩く人たちの服装にも華やかさが出て来た。
ジャレッド団長がいなければ、時計塔に向かって逃げていたかもしれない。
「クロムウェル領は歴史が古く公国以前から続いている」
私が興味津々に町並みを眺めているのに気づいたのか、ようやく襟首から手を離したジャレッド団長が説明する。
「当時の爵位は伯爵。武勲を立てて陞爵し、帝国となってから皇女が降嫁。先祖は陞爵を望まなかったそうだが、気付けば公爵位だ」
「陞爵って偉くなることですよね?どうして望まないんですか?」
「面倒だからだ。国へ治める税も上がる。領地が広がれば、それだけ守るものも増え、自由が利かなくなる。特にクロムウェル領は”魔女の森”に接しているからな。魔物の被害。隣国との諍い。問題が山積していた」
今でこそ平和条約を締結しているけど、ひと昔前は、獣人差別も相俟って小競り合いが酷かったと聞いたことがある。
「クロムウェル領が豊かになったのは高祖父の代からだ。特に領内で質の良い粘土が発見されてからは発展が目まぐるしい」
「あ、ここ!」
「そうだ。この区画は、当時からある。もっとも古い区画になる」
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