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ダイナマイトツリー
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畑の隅っこで円陣を組むように集まっている男性陣に、見知った顔が交じっている。
冒険者ギルドのカルスギルド長とボー副ギルド長だ。
それ以外は初めて見る顔ぶれになる。
壮年の厳めしい職人気質な顔つきの男性2人は、領内の林業や製材所、大工業など木に関する仕事に従事する職人を束ねる木材組合連合会の会長と副会長だという。要は働き手を限定したギルドだ。
頭髪が寂しい方が会長で、ふくよかな方が副会長になる。
お偉いさん以外には、斧とハンマー、大鋸や丸鋸を手にした大工たちが、一様に渋い表情で黙りこくっている。
彼らの視線の先は、馬に牽かれ、”魔女の森”から畑へと引っ張り出されたダイナマイトツリーが転がる。
畑に運び込まれたダイナマイトツリーは、今や真っ黒に焼けた畑のひと区画になんとか収まっているくらい大きい。
畑が黒いのは、焼き畑農業の跡で、刈り終えた残り株を焼いたからだ。灰が肥料となるので、麦刈り後は畑を焼くそうだ。でも、一気に焼くと火の粉が飛んで森や家屋に燃え広がる危険があるので、畑を焼く区画を決め、延焼しないように何人もの農夫が鍬を手に器用に炎を誘導する。
ダイナマイトツリーを置いた畑の周辺は、既に焼き終えている。煙の残り香もない。
目を眇めて遠くに視線を馳せれば、別の区画から白い煙が昇っているのが見える。風がない日を選んでいるから、煙は僅かな揺らぎもなく、真っすぐに青空へ昇る。
焼いた畑は、あとは堆肥を混ぜて耕すだけなのに、ダイナマイトツリーを置いてしまえばそれもできない。
ダイナマイトツリーは果実だけでなく、乳白色な樹液にも毒がある。よって、大鋸屑に毒が含まれている可能性も否定できず、それが土壌に与える影響を考慮しなくてはならない。
ダイナマイトツリーを撤去した後、再び畑を焼き、さらに最低でも1年間の休耕が決定している。
ここ以外の畑での作業に制限はないが、近くで作業する農夫たちは仕事どころではない。
今も周囲の畑には、堆肥を撒き、馬鍬で耕そうとしている農夫たちがいる。
そんな彼らは、ぽかんと口を開けてダイナマイトツリーを眺めて動かなくなってしまった。ずんぐりむっくりした農耕馬も農夫たちに倣い、ダイナマイトツリーの禍々しさに浮き足立っている。
何しろ、ダイナマイトツリーは遠近法が狂うくらいに大きいのだ。
幹の直径は、私が10人両手を広げたくらいはある。
いや、それ以上あるかも…。
見た目は巨大広葉樹だ。
どっしりと太い幹が、すっと天に伸び、樹冠に丸い葉とカボチャみたいな果実が生る。
残念ながら運搬に邪魔になるので枝ごと伐り落され、葉は一枚も見当たらない。当然、危険極まりない果実も皆無だ。
果実がなければ単なる大樹かといえば、もちろん違う。
樹皮は黒く、長さが5cmもある鋭利な棘がびっしりと生えているのだ。
運搬中、その棘で怪我をした人は多い。
私がここにいるのも、怪我人の治療のためである。
ちなみに、棘は鋭利なだけで毒はない。
「しかし大きいですね…」
両腕を広げてダイナマイトツリーの直径を測ろうとしていたルタが、諦念の表情で戻って来た。
「今はどのような状況ですか?」
「相談中ですよ」と、私は険しい顔つきで話し合いをしているカルスギルド長たちを指さす。
最初は大工頭が指揮を執り、樹皮を剥ぐことから始めようとした。
使うのは、ケレン棒だ。
ケレン棒は鑿よりも幅広いヘラみたいな形をしている。それを樹皮に沿って打ち付けるのだけど、上手く入らない。
魔樹は高密度で指折りの硬度を誇るのだ。
何本かケレン棒をダメにして、ようやく私の背丈と同じくらいの樹皮が剥がれた。
で、諦めた。
手持ちのケレン棒がなくなったから。
「今日中の解体は諦めて、スケジュールを組んでるんだと思います」
「魔樹は貴重なので、なんとしてでも解体したいでしょうね」
「通常の道具では太刀打ちできないので大変みたいですよ。そんな硬い木材、需要があるんですかね?」
「噂では、神聖国家アーバンの大聖堂が、魔樹を建材として造られたそうですよ。7、800年前に建てられて、今も大した修復が不要だというから凄いです」
確かに凄いけど、聖なる場所に魔を冠する木を使って良いのかは気になるところだ。
耐久性を考慮すると、歴史を積み重ねる場所には必要なのだろう。
その硬度が大工たちを悩ませている。
伐採隊が持参した道具が悉く廃棄なのだから、そこらの材木を加工するような道具では役に立たないはずだ。
厄介な棘もある。
「そういえば、魔樹は薬材にはならないのですか?」
「薬効に関しては不明です。専門的な本には詳しく載っているのかもしれませんが…。分かっているのは、実は熟れて乾燥すれば破裂して危険。破裂前の実は下痢や嘔吐を引き起こして、果汁が目に入れば失明すると言われています」
例え薬効があったとしても、命を賭して採取に行く冒険者はいない。
代替品のない、伝説の万能薬の材料でない限り、誰も必要としないのだ。
「それにしてもゴゼット様は詳しいですね」
「冒険者ギルドに置いてある本で勉強しました」
「ギルドにあるのですか?」
「魔物と魔石、薬材に関することは、冒険者の大きな収入源なので、それに関する本は置いてあるんです。熱心に見てる人は殆どいませんけど」
面白いと思うけど、すらすらと文字を読める平民は多くないので仕方ない。
私も祖父母に文字を習ったとはいえ、今ほどすらすらとは読めなかった。つっかえながら、分からない文字はギルド職員に訊きつつ、時間をかけて読破した。
だからだろうか。
読んだ本の内容はよく覚えている。
「ギルドに置いてあるんですね」
感心しきりに頷いていたルタが、慌てて背筋を伸ばした。
姿勢を正し、「お疲れ様です」と頭を下げた先は、汗で濡れた髪を掻きながら歩んでくるジャレッド団長だ。小脇に兜を抱えている。
ジャレッド団長に同行していたヨアキムは、遠くの畦に腰を下ろして項垂れている。かなり無茶な工程で”魔女の森”を突き進んだのが分かる。
「ジャレッド団長。お疲れ様です」
「ああ。ダイナマイトツリーの解体はどうだ?」
「まだ全然です。普通の工具は歯が立たないみたいで、あそこで話し合いをしてます」
ちょん、とギルド長たちを指さす。
腕を組み、眉間に皺を刻むお偉いさんたちと、現場たたき上げの大工たちが意見を飛ばし合う。
白熱していく議論は、専門的な言葉も飛ぶので理解は追いつかないけど、解体する手立てがあるということは分かる。
「ジャレッド団長たちの調査はどうでした?まだ魔樹はありそうですか?」
「まだ全域を調査しきれていないが、クロムウェル領にはなさそうだ。隣のビエルケ辺境伯にも鷹を飛ばし注意を呼び掛けているところだ」
何か思うところがあるのか、ジャレッド団長は眉根を寄せ、黄金色の双眸を細めてダイナマイトツリーを睨み据えている。
「団長~。そんな顔をしたらイヴちゃんが怖がるよ」
軽口を挟んだのはキース副団長だ。
キース副団長は小隊を組んで、伐採して残ったダイナマイトツリーの処理に回っていたのだ。
一度芽吹いた種は魔力が空になり二度と芽吹かないと言われているけど、確認した人はいない。
万一を考え、切り株と種の処分を命じられ、朝早くから任務に赴いていた。
そのキース副団長が連れて行った面々は、ヨアキムの近くで同じく項垂れるようにして座っている。遠目に見てもボロボロだ。
傍らに積み上げられた煤けたガラクタは、板金鎧のなれの果てに見える。
想像でしかないけど、火属性のキース副団長が焼却している間、飛び火しそうな木々を伐採していたのだろう。ついでに、騒音を聞きつけてやってきた魔物の討伐と、団員たちは休む間もなく剣と斧を振るったに違いない。
煤け、べこべこに凹んだ板金鎧に苦労が滲む。
キース副団長も凹み、煤けた板金鎧を装備しているけど、兜を脱いだ汗だく顔には余力が見える。さらに暑さに火照り、ほんのり頬を染めた顔は壮絶な色気が漂う。
汗を拭う仕草ですら絵になる。
眼福だ。
と思っていると、目の前が真っ暗になった。
正確には、目の鼻の先にジャレッド団長が立ったのだ。
急にできた壁で、キース副団長は見えなくなった。ただ、軽快な笑い声だけが聞こえる。
「キース、怪我でもしたのか?そこの籠の中に軟膏があるから自分で塗って休憩でもしていろ」
「団長、心が狭すぎだね。あと、怪我はなし。一仕事終わったから、ダイナマイトツリーを見にね。野次馬だよ、野次馬」
心の中で、うんうんと頷く。
私も治癒が必要なくても、近くで魔樹解体が見れると聞いたら駆けつける。
見なきゃ損だ。
「魔樹が解体されたら、木材に困らないですね」
大雪に備えて多くの家が補強中なのだ。
”魔女の森”の木々は大量に伐り倒せないので、魔樹のような予期せぬ大木の入手は幸運だろう。
なのに、「無理無理」とキース副団長が笑う。
「イヴちゃん、あれは恐らく皇帝に献上されるよ」
「そうだな。本来なら、オークションにかけても良い素材だが、うちはトードブルーを出したばかりだ。立て続けに魔樹など出せば、多くの貴族家から余計な嫉妬を買う。かと言って、領内で使う場所がないからな。材木にするのも一苦労だ。この時期に余計な人手は割きたくない。皇帝に献上すれば万事丸く収まる」
なんだか王様がゴミ箱みたいだ。
「今、兄上が父に確認を取っているところだが、献上で決まりだろう。帝都までの行程を思案しているそうだ。雪が降るまでには帝都に着きたいからな。返事が来次第、帝都に送ることになるだろう」
「加工はどうするんだい?」
「それも込みで確認中だが、こちらで樹皮を剥がすのは決定している。あとは何分割して運ぶかだな。あまり細切りにしても価値が下がる。樹皮も一緒に献上するので、そこは職人の腕の見せ所だな」
ジャレッド団長の言葉が聞こえたのか、大工たちの肩がぴくりと跳ねた。
木材組合連合会の会長と副会長が気合いを入れるように拳を握り、その隣に並ぶカルスギルド長たちが苦笑する。
「街道を行くコレは、かなりの見世物になるだろうね。下手すると、一目見ようと帝都に観光客が殺到しそうだ」
うんうん、と頷いてしまう。
こんな巨木がハノンに運ばれてきたら、1週間は人波が引かない。露店だっていっぱい出て、商魂たくましい商人たちが巨木をモチーフにした商品を売り出すに違いない。
それは人族も獣人も変わらないらしい。キース副団長は楽しそうに「祭りで賑わうだろうね」と笑っている。
「それでキース。核は燃やしたのか?」
「いやぁ、久しぶりに燃やし尽くしたよ。火力全開!枝払いした青い果実も集めて山にして焼き尽くしたんだけど、あれって熱っすると危ないね!ばっちばち弾けてさ」
何が可笑しいのか、キース副団長が軽やかに笑う。
板金鎧の凸凹は、熱で弾けた種によるものだったようだ。てっきり、昨日の伐採隊の板金鎧を使っているのかと思った。
そろりとジャレッド団長の後ろからキース副団長を覗き見れば、にかりと爽やかな笑顔で手を振られた。
「見てくれに騙されるな。あいつは意外と戦闘狂の放火魔だ」
「団長、酷い!」
「事実だろ。だからイヴ、キースの顔に絆されるな、近寄るな」
シッシ、とおざなりに手を振るジャレッド団長に、私とキース副団長は目を合わせて笑った。
―・―・―・―あとがき―・―・―・―
畑のイメージは1町(だいたい100m × 100m)
ダイナマイトツリーは、リアルなダイナマイトツリーとセコイアの木(世界最大のヒノキ科)をごちゃ混ぜにしたイメージで書いてます。
冒険者ギルドのカルスギルド長とボー副ギルド長だ。
それ以外は初めて見る顔ぶれになる。
壮年の厳めしい職人気質な顔つきの男性2人は、領内の林業や製材所、大工業など木に関する仕事に従事する職人を束ねる木材組合連合会の会長と副会長だという。要は働き手を限定したギルドだ。
頭髪が寂しい方が会長で、ふくよかな方が副会長になる。
お偉いさん以外には、斧とハンマー、大鋸や丸鋸を手にした大工たちが、一様に渋い表情で黙りこくっている。
彼らの視線の先は、馬に牽かれ、”魔女の森”から畑へと引っ張り出されたダイナマイトツリーが転がる。
畑に運び込まれたダイナマイトツリーは、今や真っ黒に焼けた畑のひと区画になんとか収まっているくらい大きい。
畑が黒いのは、焼き畑農業の跡で、刈り終えた残り株を焼いたからだ。灰が肥料となるので、麦刈り後は畑を焼くそうだ。でも、一気に焼くと火の粉が飛んで森や家屋に燃え広がる危険があるので、畑を焼く区画を決め、延焼しないように何人もの農夫が鍬を手に器用に炎を誘導する。
ダイナマイトツリーを置いた畑の周辺は、既に焼き終えている。煙の残り香もない。
目を眇めて遠くに視線を馳せれば、別の区画から白い煙が昇っているのが見える。風がない日を選んでいるから、煙は僅かな揺らぎもなく、真っすぐに青空へ昇る。
焼いた畑は、あとは堆肥を混ぜて耕すだけなのに、ダイナマイトツリーを置いてしまえばそれもできない。
ダイナマイトツリーは果実だけでなく、乳白色な樹液にも毒がある。よって、大鋸屑に毒が含まれている可能性も否定できず、それが土壌に与える影響を考慮しなくてはならない。
ダイナマイトツリーを撤去した後、再び畑を焼き、さらに最低でも1年間の休耕が決定している。
ここ以外の畑での作業に制限はないが、近くで作業する農夫たちは仕事どころではない。
今も周囲の畑には、堆肥を撒き、馬鍬で耕そうとしている農夫たちがいる。
そんな彼らは、ぽかんと口を開けてダイナマイトツリーを眺めて動かなくなってしまった。ずんぐりむっくりした農耕馬も農夫たちに倣い、ダイナマイトツリーの禍々しさに浮き足立っている。
何しろ、ダイナマイトツリーは遠近法が狂うくらいに大きいのだ。
幹の直径は、私が10人両手を広げたくらいはある。
いや、それ以上あるかも…。
見た目は巨大広葉樹だ。
どっしりと太い幹が、すっと天に伸び、樹冠に丸い葉とカボチャみたいな果実が生る。
残念ながら運搬に邪魔になるので枝ごと伐り落され、葉は一枚も見当たらない。当然、危険極まりない果実も皆無だ。
果実がなければ単なる大樹かといえば、もちろん違う。
樹皮は黒く、長さが5cmもある鋭利な棘がびっしりと生えているのだ。
運搬中、その棘で怪我をした人は多い。
私がここにいるのも、怪我人の治療のためである。
ちなみに、棘は鋭利なだけで毒はない。
「しかし大きいですね…」
両腕を広げてダイナマイトツリーの直径を測ろうとしていたルタが、諦念の表情で戻って来た。
「今はどのような状況ですか?」
「相談中ですよ」と、私は険しい顔つきで話し合いをしているカルスギルド長たちを指さす。
最初は大工頭が指揮を執り、樹皮を剥ぐことから始めようとした。
使うのは、ケレン棒だ。
ケレン棒は鑿よりも幅広いヘラみたいな形をしている。それを樹皮に沿って打ち付けるのだけど、上手く入らない。
魔樹は高密度で指折りの硬度を誇るのだ。
何本かケレン棒をダメにして、ようやく私の背丈と同じくらいの樹皮が剥がれた。
で、諦めた。
手持ちのケレン棒がなくなったから。
「今日中の解体は諦めて、スケジュールを組んでるんだと思います」
「魔樹は貴重なので、なんとしてでも解体したいでしょうね」
「通常の道具では太刀打ちできないので大変みたいですよ。そんな硬い木材、需要があるんですかね?」
「噂では、神聖国家アーバンの大聖堂が、魔樹を建材として造られたそうですよ。7、800年前に建てられて、今も大した修復が不要だというから凄いです」
確かに凄いけど、聖なる場所に魔を冠する木を使って良いのかは気になるところだ。
耐久性を考慮すると、歴史を積み重ねる場所には必要なのだろう。
その硬度が大工たちを悩ませている。
伐採隊が持参した道具が悉く廃棄なのだから、そこらの材木を加工するような道具では役に立たないはずだ。
厄介な棘もある。
「そういえば、魔樹は薬材にはならないのですか?」
「薬効に関しては不明です。専門的な本には詳しく載っているのかもしれませんが…。分かっているのは、実は熟れて乾燥すれば破裂して危険。破裂前の実は下痢や嘔吐を引き起こして、果汁が目に入れば失明すると言われています」
例え薬効があったとしても、命を賭して採取に行く冒険者はいない。
代替品のない、伝説の万能薬の材料でない限り、誰も必要としないのだ。
「それにしてもゴゼット様は詳しいですね」
「冒険者ギルドに置いてある本で勉強しました」
「ギルドにあるのですか?」
「魔物と魔石、薬材に関することは、冒険者の大きな収入源なので、それに関する本は置いてあるんです。熱心に見てる人は殆どいませんけど」
面白いと思うけど、すらすらと文字を読める平民は多くないので仕方ない。
私も祖父母に文字を習ったとはいえ、今ほどすらすらとは読めなかった。つっかえながら、分からない文字はギルド職員に訊きつつ、時間をかけて読破した。
だからだろうか。
読んだ本の内容はよく覚えている。
「ギルドに置いてあるんですね」
感心しきりに頷いていたルタが、慌てて背筋を伸ばした。
姿勢を正し、「お疲れ様です」と頭を下げた先は、汗で濡れた髪を掻きながら歩んでくるジャレッド団長だ。小脇に兜を抱えている。
ジャレッド団長に同行していたヨアキムは、遠くの畦に腰を下ろして項垂れている。かなり無茶な工程で”魔女の森”を突き進んだのが分かる。
「ジャレッド団長。お疲れ様です」
「ああ。ダイナマイトツリーの解体はどうだ?」
「まだ全然です。普通の工具は歯が立たないみたいで、あそこで話し合いをしてます」
ちょん、とギルド長たちを指さす。
腕を組み、眉間に皺を刻むお偉いさんたちと、現場たたき上げの大工たちが意見を飛ばし合う。
白熱していく議論は、専門的な言葉も飛ぶので理解は追いつかないけど、解体する手立てがあるということは分かる。
「ジャレッド団長たちの調査はどうでした?まだ魔樹はありそうですか?」
「まだ全域を調査しきれていないが、クロムウェル領にはなさそうだ。隣のビエルケ辺境伯にも鷹を飛ばし注意を呼び掛けているところだ」
何か思うところがあるのか、ジャレッド団長は眉根を寄せ、黄金色の双眸を細めてダイナマイトツリーを睨み据えている。
「団長~。そんな顔をしたらイヴちゃんが怖がるよ」
軽口を挟んだのはキース副団長だ。
キース副団長は小隊を組んで、伐採して残ったダイナマイトツリーの処理に回っていたのだ。
一度芽吹いた種は魔力が空になり二度と芽吹かないと言われているけど、確認した人はいない。
万一を考え、切り株と種の処分を命じられ、朝早くから任務に赴いていた。
そのキース副団長が連れて行った面々は、ヨアキムの近くで同じく項垂れるようにして座っている。遠目に見てもボロボロだ。
傍らに積み上げられた煤けたガラクタは、板金鎧のなれの果てに見える。
想像でしかないけど、火属性のキース副団長が焼却している間、飛び火しそうな木々を伐採していたのだろう。ついでに、騒音を聞きつけてやってきた魔物の討伐と、団員たちは休む間もなく剣と斧を振るったに違いない。
煤け、べこべこに凹んだ板金鎧に苦労が滲む。
キース副団長も凹み、煤けた板金鎧を装備しているけど、兜を脱いだ汗だく顔には余力が見える。さらに暑さに火照り、ほんのり頬を染めた顔は壮絶な色気が漂う。
汗を拭う仕草ですら絵になる。
眼福だ。
と思っていると、目の前が真っ暗になった。
正確には、目の鼻の先にジャレッド団長が立ったのだ。
急にできた壁で、キース副団長は見えなくなった。ただ、軽快な笑い声だけが聞こえる。
「キース、怪我でもしたのか?そこの籠の中に軟膏があるから自分で塗って休憩でもしていろ」
「団長、心が狭すぎだね。あと、怪我はなし。一仕事終わったから、ダイナマイトツリーを見にね。野次馬だよ、野次馬」
心の中で、うんうんと頷く。
私も治癒が必要なくても、近くで魔樹解体が見れると聞いたら駆けつける。
見なきゃ損だ。
「魔樹が解体されたら、木材に困らないですね」
大雪に備えて多くの家が補強中なのだ。
”魔女の森”の木々は大量に伐り倒せないので、魔樹のような予期せぬ大木の入手は幸運だろう。
なのに、「無理無理」とキース副団長が笑う。
「イヴちゃん、あれは恐らく皇帝に献上されるよ」
「そうだな。本来なら、オークションにかけても良い素材だが、うちはトードブルーを出したばかりだ。立て続けに魔樹など出せば、多くの貴族家から余計な嫉妬を買う。かと言って、領内で使う場所がないからな。材木にするのも一苦労だ。この時期に余計な人手は割きたくない。皇帝に献上すれば万事丸く収まる」
なんだか王様がゴミ箱みたいだ。
「今、兄上が父に確認を取っているところだが、献上で決まりだろう。帝都までの行程を思案しているそうだ。雪が降るまでには帝都に着きたいからな。返事が来次第、帝都に送ることになるだろう」
「加工はどうするんだい?」
「それも込みで確認中だが、こちらで樹皮を剥がすのは決定している。あとは何分割して運ぶかだな。あまり細切りにしても価値が下がる。樹皮も一緒に献上するので、そこは職人の腕の見せ所だな」
ジャレッド団長の言葉が聞こえたのか、大工たちの肩がぴくりと跳ねた。
木材組合連合会の会長と副会長が気合いを入れるように拳を握り、その隣に並ぶカルスギルド長たちが苦笑する。
「街道を行くコレは、かなりの見世物になるだろうね。下手すると、一目見ようと帝都に観光客が殺到しそうだ」
うんうん、と頷いてしまう。
こんな巨木がハノンに運ばれてきたら、1週間は人波が引かない。露店だっていっぱい出て、商魂たくましい商人たちが巨木をモチーフにした商品を売り出すに違いない。
それは人族も獣人も変わらないらしい。キース副団長は楽しそうに「祭りで賑わうだろうね」と笑っている。
「それでキース。核は燃やしたのか?」
「いやぁ、久しぶりに燃やし尽くしたよ。火力全開!枝払いした青い果実も集めて山にして焼き尽くしたんだけど、あれって熱っすると危ないね!ばっちばち弾けてさ」
何が可笑しいのか、キース副団長が軽やかに笑う。
板金鎧の凸凹は、熱で弾けた種によるものだったようだ。てっきり、昨日の伐採隊の板金鎧を使っているのかと思った。
そろりとジャレッド団長の後ろからキース副団長を覗き見れば、にかりと爽やかな笑顔で手を振られた。
「見てくれに騙されるな。あいつは意外と戦闘狂の放火魔だ」
「団長、酷い!」
「事実だろ。だからイヴ、キースの顔に絆されるな、近寄るな」
シッシ、とおざなりに手を振るジャレッド団長に、私とキース副団長は目を合わせて笑った。
―・―・―・―あとがき―・―・―・―
畑のイメージは1町(だいたい100m × 100m)
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