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商人ギルド③
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緊張に顔を強張らせた女性職員がお茶とお菓子を配膳して退出すると、張り詰めていた空気が緩んだ。
バデリーギルド長に勧められるままに、ティーカップを手にする。
こくり、と紅茶を飲むと、ほっと息がこぼれた。
仄かに蜂蜜の甘さが香るまろやかな紅茶に、知らずに強張っていた筋肉がほぐされたみたいだ。
商人ギルドの職員は紅茶の淹れ方まで上手い。それに、茶請けのフィナンシェがとても美味しい。
私がのんびりとしている横では、ジャレッド団長が薬草を取り扱う商店のリストをチェックしている。ハベリット商会と縁を切るわけではなく、一時的な措置なので両者に不義理を働かないように考慮しなくてはならないらしい。
そういう難しいことは私には分からないので、ジャレッド団長に丸投げだ。
当然、バデリーギルド長もあれやこれやと口を挟んでいる。
「あ…。そういえば、商人の人たちはダイナマイトツリーの運搬に便乗して帝都の方へ行ったと聞きました」
マリアの情報を思い出して口にすれば、ジャレッド団長は「そうなのか?」と眉宇を顰める。
バデリーギルド長としては予想の範囲内なのだろう。悲観している様子はない。
「今年は白魔茸が出ましたので、大雪は決定的。そうなれば移動は出来ず、商売も縮小となりますから、多くの商人は南へと避難いたします。前回以上に今回は魔物の出没件数もありますので、安全を考慮したようです。ですが、出立した商人の多くが行商や露店を生業とした小口の商人ばかりなので問題はありません。彼らは護衛を雇う金を惜しみますので、ダイナマイトツリーの運搬に是幸いと便乗したのでしょう。大口の商人の口癖は”時は金なり”で安全を得るには金を惜しまず、さくさくと進むのを良しとしていますので、もうしばらくは公爵領を中心にあちこち行き来するかと思います」
「それでも、それなりの商人は出立したのか」
「はい。雪が積もれば馬車を走らせるのが難しくなります。平年であれば、積もったとしても10cmほどですが、今冬は雪の重みで家屋が倒壊しかねないほど降りますので。特に南方に家がある者たちほど、雪が降りだす前にと発っています。白魔茸がなくとも、こちらは耳が千切れるほど寒くなり、あちこちが凍りますからね」
バデリーギルド長は苦笑する。
どうやら積雪に関しては、ハノンの方が積もるらしい。
「これから公爵領に来る商人は、それなりに寒さに慣れた北方出の者ばかりとなりますが、積雪や凍結だけはどうにもなりません。なので、あとひと月足らずで物流の多くは止まります。例年より早いですが、その分、ギリギリまで商隊が大荷物を抱えて行き来しますよ」
と、バデリーギルド長がまるい顎を揺らして笑う。
ハノンは商人が頻繁に往来するような村ではなかったので知らなかったけど、冬の間は荷運びが滞ると初めて知った。
雪や凍結では馬車を走らせるのは危険らしい。
ハノンの冬を思い出そうとするけど、そもそもハノンで走る馬車は農耕馬が牽く荷車くらいで、大型の箱馬車は見たことがない。幌馬車ですら滅多にお目にかかれない。しかも、ハノンの道を行く荷車は走るではなく、暢気に歩く。馭者となる農夫が、農耕馬と一緒に歩くので滑って横転するようなことはないのだ。
ひとり恥ずかしさに頬を熱くさせながら、ちびちびと紅茶を飲む。
「しかし、商人というのは貪欲でもありますので、金払いさえ良ければ大雪を掻いてでも商品を運んでくるでしょう」
「金次第というわけか」
ジャレッド団長が口角を吊り上げると、バデリーギルド長も営業スマイルで頷く。
「ええ。雪が降ったからと、全ての商人が冬ごもりするわけではありません。人力牽引車で行き来する商人もいます」
「人力牽引車?」
「人力で牽く荷車のことです。元は貧民層が人を雇えず、馬代も賄えずに、苦肉の策として曳き始めた車なのです。人力ですので、人の力で曳ける可能な範囲の荷物な上に、時間がかかることから鮮度が重要な食品の運搬には向きませんが、冬季は重宝します。冬ということで賃金もかかりますし、時間も倍以上かかってしまいますが。賃金を安く抑えたいのであれば、背嚢に入る分と指示して下されば、人力牽引車よりも安く、少しだけ早く到着しますね。どちらにしても、労力の分、運び賃が良いと、わざわざ雪中を専門とした商人もおりますよ」
なんとも商魂たくましいことだ。
「北エルバス州には馬車の車輪が橇になったものが走っているのですがね。こちらは橇はありませんので、どうしても荷物の量を制限しなくてはなりません」
「ほぉ。橇か。それは興味深いな」
「ええ。ですが、こちらでは使用できないでしょう。雪の足りない場所や、まったく降っていない地域もありますから。車輪や橇を付け替えるだけでも大変な作業です」
確かに。
帝都の方はあまり雪が降らないと聞いたので、国内各地を行き来する商人には無用の長物だ。
「あの。雪中専門の商人って、行商が定期的に来てくれるってことですか?冬の間だけとか、1回だけとか…そういうのはダメですか?」
「行商もいますよ。商人というのは、基本的に継続的取引を良しとしていますが、雪中を行く商人は短期契約や単発の依頼も請け負います。ただ、そういう単発の依頼は保険をかけていることもあり、他所より代金は割高になりますがね」
「それは興味深いな。法外な代金でなければ話を聞きたいものだな」
「なんだか冒険者みたいですね」
私が口を挟めば、バデリーギルド長は目を細めて「ええ」と機嫌よく頷く。
「実際、そういう者は冒険者出身が多いですよ。何かしらの理由で冒険者から商人に鞍替えしたり、冬季のみ運び専門で商業ギルドに登録している冒険者もいますね。変わり種は、農夫ですね。配達地域を限定して、農閑期のみ運び専門にしている者も珍しくはありません。掛け持ちは違法ではありませんので。彼らはお勧めです」
「運び専門?」
「卸売店から契約店、もしくは作り手から小売店に荷を運ぶのを専門とする職種です。行商とは異なります。行商は自ら商品を仕入れ、販売者となって客に商品を売りますが、運び屋は依頼主が指示する物を仕入れ運んできますので、商品は全て依頼主が買い取ることが原則となります。砕けた言い方をすれば”おつかい”ですね。ここは商人ギルドという名称ですが、内情は商人以外も登録が可能です。商品という明確な形あるものを売る必要はありません。例えば、運び屋は搬送という労力を対価に商売をしていますので登録が可能になります。運び屋同様に数は少ないですが、家庭教師の登録者もいますよ。彼らは知識が対価です」
年会費を出してまで登録するのだから、きっと優秀な人たちなのだろう。
そんな勝手な想像を膨らませ、私なんかが登録できるのだろうかと尻込みしている間、バデリーギルド長から簡単なレクチャーが入る。
卸売店とは各地から仕入れた商品を小売店に売る商売となる。小売店は私たちが使う商店のことで、これらの商店の多くは卸売店から商品を仕入れているそうだ。町での買い物が田舎より高いのは、この卸売店を挟んで物を仕入れているかららしい。逆に同じ商品でも安価なのは、卸売店を介さず、直に商品を仕入れている店になる。ただ、そのような店の数は多くないという。
知らなかった。
ちなみに、ハベリット商会は卸売も小売も行っている。
「運び屋は、基本的に継続取引ではなく、単発の仕事を主としています。卸売店は荷を詰め込む馬車を有していますし、護衛を雇います。大きな商会ならば、専用の護衛を抱えていますしね。護衛の出費を抑えたい商人は、商隊を組んで地方へ向かいます。何かしらの事情で早急に対処する場合に、運び屋が使われることが多いのです」
「単発でも請け負ってくれるんですね。てっきり長期契約が条件かと思いました」
「他業種との掛け持ちであれば、単発の方が融通が利くのでしょう。なので、そういう運び専門であれば、薬草園から直に仕入れることもできます。大手の商会が独占契約を結んでいない農園から、という注釈はつきますが」
「う~ん…薬草畑から採取できるものは、ハベリット商会が取り扱っている気がします」
可能なら、天然ものが欲しい。
「その点も心配無用でしょう。彼らは情報に長けていますから。どこの商店が何を仕入れているか、何を強みとして取り扱っているのか。納品する伝票の確認もしますので、ゴゼット様が必要な薬草があれば、その納品先に仕入れに行ってくれるかと思います」
「お勧めと言ったが、良い人材でもいるのか?」
「フェラー兄弟ですね。冒険者としては採取を専門としているようですよ」
「採取というと…薬草か?」
「鉱物と聞いたことがありますが、詳しくは冒険者ギルドに問い合わせた方が良いでしょう」
ハノンの冒険者ギルドには何かを専門で行う人はいなかったけど、護衛を専門にするパーティーや未踏の地の探索を専門とするパーティーがいるのは聞いたことがある。特に後者はSランカーやAランカーの所属するパーティーなのだとか。
それを思うと、鉱石採取を専門とする冒険者がいても不思議じゃない。探せば、薬材採取を専門として行う冒険者もいるかもしれない。
まぁ、いたとしても間違いなく高ランカーなのだろうけど。
「フェラー兄弟の紹介は可能か?」
「ええ、大丈夫です。彼らは冒険者でもあるので、そちらのギルドからもコンタクトは取れるかと思いますが、彼らは彼らなりのルールがあるらしく、運びの依頼は商人ギルドを介してしか受け付けないとしています。そこの使い分けはご注意下さい」
「なるほど。運びの依頼はこっちで、鉱物採取の依頼は向こうで、ということか」
「はい」と、バデリーギルド長は苦笑する。
「ゴゼット様の登録とフェラー兄弟への依頼を受け付けしますか?」
「いえ!まだ私は薬師ではないので売るものがなくて……」
「いや、イヴの登録はしておく。向こうに魔物除けの香を卸す必要があるのだろう?」
「魔物除けの香?」
バデリーギルド長が興味津々と私を見てくる。
「薬師資格がなくとも作れる代物だ。イヴの故郷で使っているが、強烈な臭いがするから獣人が使うには難がある。それを向こうに卸したいのだが、フェラー兄弟が請け負ってくれるか…だな」
「どれほどの悪臭かは分かりませんが、密閉できる容器に詰めるのはどうでしょうか?ゴゼット様はゴールドスタイン出身と言っていましたね」
「ああ」と頷くジャレッド団長に、バデリーギルド長は渋い表情で肩を竦める。
「卸し先はハノンという村になるがな。領都からは幾分離れているらしい」
「ああ、ハノンですか」
「知ってるんですか?」
驚いて訊けば、バデリーギルド長は頷く。
「ハノンといえば、冒険者ギルドから興った村ですからね。冒険者ギルドのみならず商人ギルド間でも有名なのです」
「そうなのか?」
「ギルドといえば、普通は栄えている場所に拠点を構えるものでしょう?ですが、ハノンは逆で、冒険者たちが狩場の近くに出張所を要請したのが始まりの、とても珍しい例なのです。鮮度の良い素材が集まれば、自然と商人が立ち寄り、人が集まり集落ができますからね。現在も、ハノンは冒険者が多いはずですよ」
ね?、とデバリーギルド長に話を振られ、私はこくこくと頷く。
「ギルド長の言われるように、ハノンには冒険者が多いです。でも、商人が頻繁に行き来はしていませんよ?」
「それはそうでしょう。今は冒険者ギルドの支部も出張所も増えていますからね。キャトラル王国で言えば、ヴクブ山の裾野に広がる侯爵領にある町が、商人に人気ですね。あそこはマロース山脈に属している山でしょう?なので、マロース山脈に棲息する固有種が冒険者ギルドに持ち込まれることが多い。商人はシビアですからね。どうしても儲けのある方へ流れてしまうのですよ」
それを言われるとぐうの音も出ない。
ハノンの冒険者ギルドに持ち込まれる魔物は大きくてもレベル3で、固有種は棲息していない。レピオスが多く採取されるが、それすら一大産地とは言い辛い。
さらに冒険者が多いと言っても、Bランクが中心だ。腕試しや経験値を踏むのに適した地だと言えるが、場数をこなすようになるとハノン近郊は面白みがなくなるらしい。
ランスのような定住Aランカーは例外中の例外だ。
とはいえ、ハノンが寂れた村かといえば、そうではない。
経験値を積もうとする冒険者が絶えず行き来するので、それなりの活気はあるのだ。カスティーロのような上品な空気感とは程遠い粗野な雰囲気ではあるが。
「まぁ、ハノンへの配達であれば問題ないでしょう。フェラー兄弟はBランカーでもあるので、街道を駆け抜けることも可能かと思います」
「では手続きを頼む」
「承知しました」
バデリーギルド長は頭を下げ、必要書類を取りに応接室から退室して行った。
バデリーギルド長に勧められるままに、ティーカップを手にする。
こくり、と紅茶を飲むと、ほっと息がこぼれた。
仄かに蜂蜜の甘さが香るまろやかな紅茶に、知らずに強張っていた筋肉がほぐされたみたいだ。
商人ギルドの職員は紅茶の淹れ方まで上手い。それに、茶請けのフィナンシェがとても美味しい。
私がのんびりとしている横では、ジャレッド団長が薬草を取り扱う商店のリストをチェックしている。ハベリット商会と縁を切るわけではなく、一時的な措置なので両者に不義理を働かないように考慮しなくてはならないらしい。
そういう難しいことは私には分からないので、ジャレッド団長に丸投げだ。
当然、バデリーギルド長もあれやこれやと口を挟んでいる。
「あ…。そういえば、商人の人たちはダイナマイトツリーの運搬に便乗して帝都の方へ行ったと聞きました」
マリアの情報を思い出して口にすれば、ジャレッド団長は「そうなのか?」と眉宇を顰める。
バデリーギルド長としては予想の範囲内なのだろう。悲観している様子はない。
「今年は白魔茸が出ましたので、大雪は決定的。そうなれば移動は出来ず、商売も縮小となりますから、多くの商人は南へと避難いたします。前回以上に今回は魔物の出没件数もありますので、安全を考慮したようです。ですが、出立した商人の多くが行商や露店を生業とした小口の商人ばかりなので問題はありません。彼らは護衛を雇う金を惜しみますので、ダイナマイトツリーの運搬に是幸いと便乗したのでしょう。大口の商人の口癖は”時は金なり”で安全を得るには金を惜しまず、さくさくと進むのを良しとしていますので、もうしばらくは公爵領を中心にあちこち行き来するかと思います」
「それでも、それなりの商人は出立したのか」
「はい。雪が積もれば馬車を走らせるのが難しくなります。平年であれば、積もったとしても10cmほどですが、今冬は雪の重みで家屋が倒壊しかねないほど降りますので。特に南方に家がある者たちほど、雪が降りだす前にと発っています。白魔茸がなくとも、こちらは耳が千切れるほど寒くなり、あちこちが凍りますからね」
バデリーギルド長は苦笑する。
どうやら積雪に関しては、ハノンの方が積もるらしい。
「これから公爵領に来る商人は、それなりに寒さに慣れた北方出の者ばかりとなりますが、積雪や凍結だけはどうにもなりません。なので、あとひと月足らずで物流の多くは止まります。例年より早いですが、その分、ギリギリまで商隊が大荷物を抱えて行き来しますよ」
と、バデリーギルド長がまるい顎を揺らして笑う。
ハノンは商人が頻繁に往来するような村ではなかったので知らなかったけど、冬の間は荷運びが滞ると初めて知った。
雪や凍結では馬車を走らせるのは危険らしい。
ハノンの冬を思い出そうとするけど、そもそもハノンで走る馬車は農耕馬が牽く荷車くらいで、大型の箱馬車は見たことがない。幌馬車ですら滅多にお目にかかれない。しかも、ハノンの道を行く荷車は走るではなく、暢気に歩く。馭者となる農夫が、農耕馬と一緒に歩くので滑って横転するようなことはないのだ。
ひとり恥ずかしさに頬を熱くさせながら、ちびちびと紅茶を飲む。
「しかし、商人というのは貪欲でもありますので、金払いさえ良ければ大雪を掻いてでも商品を運んでくるでしょう」
「金次第というわけか」
ジャレッド団長が口角を吊り上げると、バデリーギルド長も営業スマイルで頷く。
「ええ。雪が降ったからと、全ての商人が冬ごもりするわけではありません。人力牽引車で行き来する商人もいます」
「人力牽引車?」
「人力で牽く荷車のことです。元は貧民層が人を雇えず、馬代も賄えずに、苦肉の策として曳き始めた車なのです。人力ですので、人の力で曳ける可能な範囲の荷物な上に、時間がかかることから鮮度が重要な食品の運搬には向きませんが、冬季は重宝します。冬ということで賃金もかかりますし、時間も倍以上かかってしまいますが。賃金を安く抑えたいのであれば、背嚢に入る分と指示して下されば、人力牽引車よりも安く、少しだけ早く到着しますね。どちらにしても、労力の分、運び賃が良いと、わざわざ雪中を専門とした商人もおりますよ」
なんとも商魂たくましいことだ。
「北エルバス州には馬車の車輪が橇になったものが走っているのですがね。こちらは橇はありませんので、どうしても荷物の量を制限しなくてはなりません」
「ほぉ。橇か。それは興味深いな」
「ええ。ですが、こちらでは使用できないでしょう。雪の足りない場所や、まったく降っていない地域もありますから。車輪や橇を付け替えるだけでも大変な作業です」
確かに。
帝都の方はあまり雪が降らないと聞いたので、国内各地を行き来する商人には無用の長物だ。
「あの。雪中専門の商人って、行商が定期的に来てくれるってことですか?冬の間だけとか、1回だけとか…そういうのはダメですか?」
「行商もいますよ。商人というのは、基本的に継続的取引を良しとしていますが、雪中を行く商人は短期契約や単発の依頼も請け負います。ただ、そういう単発の依頼は保険をかけていることもあり、他所より代金は割高になりますがね」
「それは興味深いな。法外な代金でなければ話を聞きたいものだな」
「なんだか冒険者みたいですね」
私が口を挟めば、バデリーギルド長は目を細めて「ええ」と機嫌よく頷く。
「実際、そういう者は冒険者出身が多いですよ。何かしらの理由で冒険者から商人に鞍替えしたり、冬季のみ運び専門で商業ギルドに登録している冒険者もいますね。変わり種は、農夫ですね。配達地域を限定して、農閑期のみ運び専門にしている者も珍しくはありません。掛け持ちは違法ではありませんので。彼らはお勧めです」
「運び専門?」
「卸売店から契約店、もしくは作り手から小売店に荷を運ぶのを専門とする職種です。行商とは異なります。行商は自ら商品を仕入れ、販売者となって客に商品を売りますが、運び屋は依頼主が指示する物を仕入れ運んできますので、商品は全て依頼主が買い取ることが原則となります。砕けた言い方をすれば”おつかい”ですね。ここは商人ギルドという名称ですが、内情は商人以外も登録が可能です。商品という明確な形あるものを売る必要はありません。例えば、運び屋は搬送という労力を対価に商売をしていますので登録が可能になります。運び屋同様に数は少ないですが、家庭教師の登録者もいますよ。彼らは知識が対価です」
年会費を出してまで登録するのだから、きっと優秀な人たちなのだろう。
そんな勝手な想像を膨らませ、私なんかが登録できるのだろうかと尻込みしている間、バデリーギルド長から簡単なレクチャーが入る。
卸売店とは各地から仕入れた商品を小売店に売る商売となる。小売店は私たちが使う商店のことで、これらの商店の多くは卸売店から商品を仕入れているそうだ。町での買い物が田舎より高いのは、この卸売店を挟んで物を仕入れているかららしい。逆に同じ商品でも安価なのは、卸売店を介さず、直に商品を仕入れている店になる。ただ、そのような店の数は多くないという。
知らなかった。
ちなみに、ハベリット商会は卸売も小売も行っている。
「運び屋は、基本的に継続取引ではなく、単発の仕事を主としています。卸売店は荷を詰め込む馬車を有していますし、護衛を雇います。大きな商会ならば、専用の護衛を抱えていますしね。護衛の出費を抑えたい商人は、商隊を組んで地方へ向かいます。何かしらの事情で早急に対処する場合に、運び屋が使われることが多いのです」
「単発でも請け負ってくれるんですね。てっきり長期契約が条件かと思いました」
「他業種との掛け持ちであれば、単発の方が融通が利くのでしょう。なので、そういう運び専門であれば、薬草園から直に仕入れることもできます。大手の商会が独占契約を結んでいない農園から、という注釈はつきますが」
「う~ん…薬草畑から採取できるものは、ハベリット商会が取り扱っている気がします」
可能なら、天然ものが欲しい。
「その点も心配無用でしょう。彼らは情報に長けていますから。どこの商店が何を仕入れているか、何を強みとして取り扱っているのか。納品する伝票の確認もしますので、ゴゼット様が必要な薬草があれば、その納品先に仕入れに行ってくれるかと思います」
「お勧めと言ったが、良い人材でもいるのか?」
「フェラー兄弟ですね。冒険者としては採取を専門としているようですよ」
「採取というと…薬草か?」
「鉱物と聞いたことがありますが、詳しくは冒険者ギルドに問い合わせた方が良いでしょう」
ハノンの冒険者ギルドには何かを専門で行う人はいなかったけど、護衛を専門にするパーティーや未踏の地の探索を専門とするパーティーがいるのは聞いたことがある。特に後者はSランカーやAランカーの所属するパーティーなのだとか。
それを思うと、鉱石採取を専門とする冒険者がいても不思議じゃない。探せば、薬材採取を専門として行う冒険者もいるかもしれない。
まぁ、いたとしても間違いなく高ランカーなのだろうけど。
「フェラー兄弟の紹介は可能か?」
「ええ、大丈夫です。彼らは冒険者でもあるので、そちらのギルドからもコンタクトは取れるかと思いますが、彼らは彼らなりのルールがあるらしく、運びの依頼は商人ギルドを介してしか受け付けないとしています。そこの使い分けはご注意下さい」
「なるほど。運びの依頼はこっちで、鉱物採取の依頼は向こうで、ということか」
「はい」と、バデリーギルド長は苦笑する。
「ゴゼット様の登録とフェラー兄弟への依頼を受け付けしますか?」
「いえ!まだ私は薬師ではないので売るものがなくて……」
「いや、イヴの登録はしておく。向こうに魔物除けの香を卸す必要があるのだろう?」
「魔物除けの香?」
バデリーギルド長が興味津々と私を見てくる。
「薬師資格がなくとも作れる代物だ。イヴの故郷で使っているが、強烈な臭いがするから獣人が使うには難がある。それを向こうに卸したいのだが、フェラー兄弟が請け負ってくれるか…だな」
「どれほどの悪臭かは分かりませんが、密閉できる容器に詰めるのはどうでしょうか?ゴゼット様はゴールドスタイン出身と言っていましたね」
「ああ」と頷くジャレッド団長に、バデリーギルド長は渋い表情で肩を竦める。
「卸し先はハノンという村になるがな。領都からは幾分離れているらしい」
「ああ、ハノンですか」
「知ってるんですか?」
驚いて訊けば、バデリーギルド長は頷く。
「ハノンといえば、冒険者ギルドから興った村ですからね。冒険者ギルドのみならず商人ギルド間でも有名なのです」
「そうなのか?」
「ギルドといえば、普通は栄えている場所に拠点を構えるものでしょう?ですが、ハノンは逆で、冒険者たちが狩場の近くに出張所を要請したのが始まりの、とても珍しい例なのです。鮮度の良い素材が集まれば、自然と商人が立ち寄り、人が集まり集落ができますからね。現在も、ハノンは冒険者が多いはずですよ」
ね?、とデバリーギルド長に話を振られ、私はこくこくと頷く。
「ギルド長の言われるように、ハノンには冒険者が多いです。でも、商人が頻繁に行き来はしていませんよ?」
「それはそうでしょう。今は冒険者ギルドの支部も出張所も増えていますからね。キャトラル王国で言えば、ヴクブ山の裾野に広がる侯爵領にある町が、商人に人気ですね。あそこはマロース山脈に属している山でしょう?なので、マロース山脈に棲息する固有種が冒険者ギルドに持ち込まれることが多い。商人はシビアですからね。どうしても儲けのある方へ流れてしまうのですよ」
それを言われるとぐうの音も出ない。
ハノンの冒険者ギルドに持ち込まれる魔物は大きくてもレベル3で、固有種は棲息していない。レピオスが多く採取されるが、それすら一大産地とは言い辛い。
さらに冒険者が多いと言っても、Bランクが中心だ。腕試しや経験値を踏むのに適した地だと言えるが、場数をこなすようになるとハノン近郊は面白みがなくなるらしい。
ランスのような定住Aランカーは例外中の例外だ。
とはいえ、ハノンが寂れた村かといえば、そうではない。
経験値を積もうとする冒険者が絶えず行き来するので、それなりの活気はあるのだ。カスティーロのような上品な空気感とは程遠い粗野な雰囲気ではあるが。
「まぁ、ハノンへの配達であれば問題ないでしょう。フェラー兄弟はBランカーでもあるので、街道を駆け抜けることも可能かと思います」
「では手続きを頼む」
「承知しました」
バデリーギルド長は頭を下げ、必要書類を取りに応接室から退室して行った。
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金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
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