10 / 11
最終話 だめ。好き以外、言わせない
しおりを挟む
間近に感じた祭りの明るさも賑わいも、今は遠く。闇に片足を突っ込んだまま俺たちは、人々を塞き止めるようにして立ち尽くす。
「千早くん、なんで兼行さんと、ここにおると…?」
まるで鏡に映したみたいに、彼女と同じ表情を浮かべているのは北川さんだった。状況が良く飲み込めずにいる俺から、隣の彼女へと視線を移すと、みるみるその両目は険しくなっていく。
「有紗、あんなに警告したとに…」
警告。穏やかでない響きに、ふっと先日の今井との会話が思い起こされる。
「女子は怖いとよ」
まさか。彼女の赤い目、伏せた顔、隠す黒髪。思い出せば出すほど、合わさってしまう。彼女が何か、言い出せないような目に遭っていたのだろうこと。
「私も好きって何」
人波を、逆流しながら近づいてくる。
「手繋いどったやん。付き合っとっちゃろ?」
そのたび彼女の肩が上擦って。
「彼女がおるって噂、やっぱり…兼行さんやったとやろ!」
迫る深紅の浴衣が燃えるみたいに、
「有紗のこと騙して!陰で笑っとったっちゃろ!」
その火の手が一気に振り上げられ、
「北川さん!」
俺はその手首を掴んだ。それを眼前にして、彼女は耐えるようにじっと目を歪ませたまま、それでも閉じていなかった。
「有紗だって、千早くんのこと…」
身を捩るから力も散る。
「ずっと…ずっと前から好きやったとに!!」
男の腕を押し込めるわけもないのに、北川さんはそれでも掲げた手を振り下ろそうとしていた。だが、つい撫で落ちたその一粒に、吸い取られるようにして力が抜ける。俺はゆっくりと、手を放した。
そのまま顔を覆って泣く姿を、並んでどんな顔で見つめたのだろう、俺も、彼女も。嗚咽がざわめきを塗りつぶす中で、考えても考えても、俺はただ、一言しか掛けてやれなかった。
「北川さん…ごめん」
こんなことなら最初から、冷たくすれば良かった。そのほうがよっぽど優しかった。飾った笑顔が嫌いな俺は、多分それを一番良く知っていたのに。
「…それしか言えん、ごめん」
ここまで全部、中途半端だった。優しさの振りをした独りよがりの偽善が、俺が、北川さんをここまで追い詰めた。それがきっと、大事にしたい彼女をも傷つけた。
傲慢にも荷物を背負ってあげていたつもりでいた俺は、それを結局彼女たちに押し付けていただけなのだ。
「ひどいよ、千早くん…」
「うん」
「有紗、本当に好きだっ…っ…」
「…うん」
そして涙の流れ込む、想いを紡ぐ。
呼び止めれば振り向く背中。
いつも目を見てくれる瞳。
最後まで聴いてくれる頷き。
人懐こい笑顔。
全部、全部。
こんなの懺悔にも償いにもなりやしないけれど、北川さんが落ち着くまで俺は、ひたすら向かい合い頷いた。その言葉を全部、全部、心に聴かせた。
ずっと目を逸らしていた、これが後ろめたさのかたち。
「…兼行さん」
人波に彼を残し脇へ逸れた私たちは、木々の合間からちらつく祭りの華やぎに照らされていた。指先についたマスカラを忌々しそうに見つめる有紗の、か細い灯りにも光る濡れた頬。私は焼き付けなければいけないと思った。失うのは嫌だと、あの日教室で声を上げた、私と同じ。溢れて溢れて、蛇口を締められても構わず流れ続け、ついに今、出し尽くした彼女の姿を、私も一緒にこの胸に抱き留めようと思った。
「…有紗だって、千早くんのこと、好きやもん」
「うん」
「やけん、諦めん」
「…有紗」
「兼行さんが、千早くんのこと傷つけたら一生許さん。大事にせんやったら、有紗、すぐ、…もらって、いく…」
「…うん」
最後のほうは涙声だった。彼女の想いもまた、枯れることを知らなかった。どれだけ止められても注ぐことをやめない。ぎゅっと痛いほど分かる。だから頷いた。私も、この恋心を、身体全てで抱いて掴んで離さなかったのだから。
「でも、有紗もひどいことした。お祭り、千早くんに断られて、兼行さんと、行くんやって、思ったら…。上履きとか机とか…ごめん」
瞑った目尻から弧を描くは一筋、それだけ色が違って見えた。彼女のくるおしい恋情に混じる、さめざめとした悔恨。私はそれを、ここに流していく。
「ううん…私も、気持ち知ってたのに…こそこそ千早くんと話したりして、…ごめんね」
「…それは許さんけど」
ふっと笑う彼女の素顔。強くて、柔らかい。大事に恋を抱き締めた、それは一人の女の子の笑顔。今やっと私は、彼女と、本当の意味で向かい合って見つめ合えた。
「有紗、帰る」
巾着から出した私のハンカチを、彼女は受け取らなかった。
「いい。だってまだ、負けとらんっちゃけん」
幾重にも涙痕の残る頬をくいっと上げて、
「じゃあね」
それを撫でた手を一瞬だけ振ると、彼女の後ろ姿は、迸る夜灯りの中へとけていった。
眠たそうな月明かりだけを頼りに暗がりを、手を取り合って二人進む。あれだけの大人数が押し寄せたのに、ここまで来れば景色も随分開けてきた。とは言ってもこの闇だ。花火が上がり始めるまでは、数人の話し声と、下駄に上がり込む芝生の感触くらいしか分からない。あとは、傍らに彼女の息遣い。適度に周囲と距離を取り、少しちくりとする青い香りの上、俺たちは並んで腰掛けた。
「…さっき、北川さんがさ」
「え?…うん」
俺の口から出たその名前に、彼女は少しドキリとしたようだった。別れ際、笑顔を交わし合っていたのを少し離れたところから見ていた俺には、何をされたかなんて無粋なことは、尋ねられなかった。去っていった彼女を問い質すこともできないし、ここにいる彼女に謝ることもできない。きっと二人の間では決着がついたのだ、それを蒸し返す権利など、俺には無い。
それでも守れなかったと悔いるのは、これきりにしなければならない。自分を戒めるためにひとつ、大きな呼吸を飲み込んだ。
俺の神妙な様子を感じ取ってか、少しの間の後、彼女はゆるやかに顔を向ける。訊きたいことはまだあった。だから手探りで、その瞳に言葉をつぐ。
「…言っとったやん?…私も好きって何…って」
今夜聞かせてくれるはずの、大事な返事。
「えっ…」
どんなに夜に紛れたって、彼女の動揺を俺は見過ごさなかった。彼女が向こうの手をゆるく握り、口元を押さえて忍ぶ。息を潜め、隠す赤面すら俺には見える。
「…」
だんまりを決め込む彼女が焦れったい。もうすでにこうして、手を結んで隣にいるのに。これ以上どうすれば、その心に触れられるのか。
「さや果」
たまらずそう呼んだ。
「…それは、二人のときだけって…」
「…二人になりたいと?」
「そういう、意味じゃ…っ!」
繋いだ手だけが、二人の間に座している。その束ねた指を割り込んで、絶対に振りほどけないくらいにかたく、指を絡めた。
もう、逃がさない。
速さを増す、鼓動が聞こえる。それが二人の世界を成す。草を踏む音も騒ぎ立てる声ももう関係無い。長い睫毛に佇むもどかしさ。こんなに、融かすほどに、秘しきれない愛しさを乗せ見つめているのに。
「…俺はなりたいけど」
跳ねる彼女の短い吐息。
「毎日昼休み、楽しみやったし、晴れろって念じたし、…いつも」
最短距離で見つめ合う。
「俺、」
震える彼の黒い瞳。
「さや果のこと、好きやけん」
もう、離せない。動けない。こんなにも絡まって、指先から、瞳から、身体のすべてに熱を宿らせ流れ込む。掴まれる。だからきっと逃げられない。彼が欲しい言葉を、私が届けるまで。
「…もう限界」
絡み合う手を強く引かれた。彼の吐息が瞬間、触る。そして煮え切らない私の唇を、彼の手が、
「ちは…っ!」
塞ぐ。
「だめ」
瞳いっぱいに、彼。
「好き以外、言わせない」
こんなにも。
直情な眼差しが、烈しくて切なくて、際限なく滲んで沸き上がるこの気持ちが、どうしても言葉にならなくて。
なんで泣くんだろう、全然悲しくなんかないのに。こんなに、こんなに満ちているのに。塞き止めるものは何も無くなって、満ちすぎて溢れて掬えない。あの日の涙と全然違う、溶けるように熱い、染みるように痛い。
それが彼の小指を濡らすから、唇からそっと離したその手で、ひりひりと焼け付く涙を、撫でてくれた。頬に落ちる、親指の優しい感触、ぽつり、ぽつり。
そして黙って見つめてくれる。待っている。こんなに大きくて、大切で、溢れて抱えきれない想いのすべてを、私が、自分で、心ごと、唇に乗せるのを。
「…さや果…」
気持ちを伝えなきゃ。しっかり言わなきゃ。どうか今は、笑って。
笑って、私。
「…好き」
弾けた。
光った。
頭上で瞬いた大輪の花火が、待ちわびたように両手を広げ、彼女のとびきりの笑顔を、煌々と迎える。
「千早くん、好き…」
泣いているのに、笑っている。華奢な雫を乗せる睫毛、涙を纏う頬、好きと言う唇、熱を溢す瞳。そのすべてで笑っている。やっと手に入れた。赤にも緑にも黄色にも輝くこれ以上ない、七色の、本物の、笑顔。
「…っ好き…」
涙が伝うほどに何度も差し出される「好き」を、俺は噛み締めるように刻み込むように、受け取った。指先の鼓動は暁の水面のように穏やかに。同じテンポ、ひとつのリズム。俺も彼女も、いっぱいになった瞬間。
「俺も好き、さや果…」
花火が呼ぶたびそうやって笑うから、指をほどいて、俺はさや果を抱き締めた。
「千早くん、なんで兼行さんと、ここにおると…?」
まるで鏡に映したみたいに、彼女と同じ表情を浮かべているのは北川さんだった。状況が良く飲み込めずにいる俺から、隣の彼女へと視線を移すと、みるみるその両目は険しくなっていく。
「有紗、あんなに警告したとに…」
警告。穏やかでない響きに、ふっと先日の今井との会話が思い起こされる。
「女子は怖いとよ」
まさか。彼女の赤い目、伏せた顔、隠す黒髪。思い出せば出すほど、合わさってしまう。彼女が何か、言い出せないような目に遭っていたのだろうこと。
「私も好きって何」
人波を、逆流しながら近づいてくる。
「手繋いどったやん。付き合っとっちゃろ?」
そのたび彼女の肩が上擦って。
「彼女がおるって噂、やっぱり…兼行さんやったとやろ!」
迫る深紅の浴衣が燃えるみたいに、
「有紗のこと騙して!陰で笑っとったっちゃろ!」
その火の手が一気に振り上げられ、
「北川さん!」
俺はその手首を掴んだ。それを眼前にして、彼女は耐えるようにじっと目を歪ませたまま、それでも閉じていなかった。
「有紗だって、千早くんのこと…」
身を捩るから力も散る。
「ずっと…ずっと前から好きやったとに!!」
男の腕を押し込めるわけもないのに、北川さんはそれでも掲げた手を振り下ろそうとしていた。だが、つい撫で落ちたその一粒に、吸い取られるようにして力が抜ける。俺はゆっくりと、手を放した。
そのまま顔を覆って泣く姿を、並んでどんな顔で見つめたのだろう、俺も、彼女も。嗚咽がざわめきを塗りつぶす中で、考えても考えても、俺はただ、一言しか掛けてやれなかった。
「北川さん…ごめん」
こんなことなら最初から、冷たくすれば良かった。そのほうがよっぽど優しかった。飾った笑顔が嫌いな俺は、多分それを一番良く知っていたのに。
「…それしか言えん、ごめん」
ここまで全部、中途半端だった。優しさの振りをした独りよがりの偽善が、俺が、北川さんをここまで追い詰めた。それがきっと、大事にしたい彼女をも傷つけた。
傲慢にも荷物を背負ってあげていたつもりでいた俺は、それを結局彼女たちに押し付けていただけなのだ。
「ひどいよ、千早くん…」
「うん」
「有紗、本当に好きだっ…っ…」
「…うん」
そして涙の流れ込む、想いを紡ぐ。
呼び止めれば振り向く背中。
いつも目を見てくれる瞳。
最後まで聴いてくれる頷き。
人懐こい笑顔。
全部、全部。
こんなの懺悔にも償いにもなりやしないけれど、北川さんが落ち着くまで俺は、ひたすら向かい合い頷いた。その言葉を全部、全部、心に聴かせた。
ずっと目を逸らしていた、これが後ろめたさのかたち。
「…兼行さん」
人波に彼を残し脇へ逸れた私たちは、木々の合間からちらつく祭りの華やぎに照らされていた。指先についたマスカラを忌々しそうに見つめる有紗の、か細い灯りにも光る濡れた頬。私は焼き付けなければいけないと思った。失うのは嫌だと、あの日教室で声を上げた、私と同じ。溢れて溢れて、蛇口を締められても構わず流れ続け、ついに今、出し尽くした彼女の姿を、私も一緒にこの胸に抱き留めようと思った。
「…有紗だって、千早くんのこと、好きやもん」
「うん」
「やけん、諦めん」
「…有紗」
「兼行さんが、千早くんのこと傷つけたら一生許さん。大事にせんやったら、有紗、すぐ、…もらって、いく…」
「…うん」
最後のほうは涙声だった。彼女の想いもまた、枯れることを知らなかった。どれだけ止められても注ぐことをやめない。ぎゅっと痛いほど分かる。だから頷いた。私も、この恋心を、身体全てで抱いて掴んで離さなかったのだから。
「でも、有紗もひどいことした。お祭り、千早くんに断られて、兼行さんと、行くんやって、思ったら…。上履きとか机とか…ごめん」
瞑った目尻から弧を描くは一筋、それだけ色が違って見えた。彼女のくるおしい恋情に混じる、さめざめとした悔恨。私はそれを、ここに流していく。
「ううん…私も、気持ち知ってたのに…こそこそ千早くんと話したりして、…ごめんね」
「…それは許さんけど」
ふっと笑う彼女の素顔。強くて、柔らかい。大事に恋を抱き締めた、それは一人の女の子の笑顔。今やっと私は、彼女と、本当の意味で向かい合って見つめ合えた。
「有紗、帰る」
巾着から出した私のハンカチを、彼女は受け取らなかった。
「いい。だってまだ、負けとらんっちゃけん」
幾重にも涙痕の残る頬をくいっと上げて、
「じゃあね」
それを撫でた手を一瞬だけ振ると、彼女の後ろ姿は、迸る夜灯りの中へとけていった。
眠たそうな月明かりだけを頼りに暗がりを、手を取り合って二人進む。あれだけの大人数が押し寄せたのに、ここまで来れば景色も随分開けてきた。とは言ってもこの闇だ。花火が上がり始めるまでは、数人の話し声と、下駄に上がり込む芝生の感触くらいしか分からない。あとは、傍らに彼女の息遣い。適度に周囲と距離を取り、少しちくりとする青い香りの上、俺たちは並んで腰掛けた。
「…さっき、北川さんがさ」
「え?…うん」
俺の口から出たその名前に、彼女は少しドキリとしたようだった。別れ際、笑顔を交わし合っていたのを少し離れたところから見ていた俺には、何をされたかなんて無粋なことは、尋ねられなかった。去っていった彼女を問い質すこともできないし、ここにいる彼女に謝ることもできない。きっと二人の間では決着がついたのだ、それを蒸し返す権利など、俺には無い。
それでも守れなかったと悔いるのは、これきりにしなければならない。自分を戒めるためにひとつ、大きな呼吸を飲み込んだ。
俺の神妙な様子を感じ取ってか、少しの間の後、彼女はゆるやかに顔を向ける。訊きたいことはまだあった。だから手探りで、その瞳に言葉をつぐ。
「…言っとったやん?…私も好きって何…って」
今夜聞かせてくれるはずの、大事な返事。
「えっ…」
どんなに夜に紛れたって、彼女の動揺を俺は見過ごさなかった。彼女が向こうの手をゆるく握り、口元を押さえて忍ぶ。息を潜め、隠す赤面すら俺には見える。
「…」
だんまりを決め込む彼女が焦れったい。もうすでにこうして、手を結んで隣にいるのに。これ以上どうすれば、その心に触れられるのか。
「さや果」
たまらずそう呼んだ。
「…それは、二人のときだけって…」
「…二人になりたいと?」
「そういう、意味じゃ…っ!」
繋いだ手だけが、二人の間に座している。その束ねた指を割り込んで、絶対に振りほどけないくらいにかたく、指を絡めた。
もう、逃がさない。
速さを増す、鼓動が聞こえる。それが二人の世界を成す。草を踏む音も騒ぎ立てる声ももう関係無い。長い睫毛に佇むもどかしさ。こんなに、融かすほどに、秘しきれない愛しさを乗せ見つめているのに。
「…俺はなりたいけど」
跳ねる彼女の短い吐息。
「毎日昼休み、楽しみやったし、晴れろって念じたし、…いつも」
最短距離で見つめ合う。
「俺、」
震える彼の黒い瞳。
「さや果のこと、好きやけん」
もう、離せない。動けない。こんなにも絡まって、指先から、瞳から、身体のすべてに熱を宿らせ流れ込む。掴まれる。だからきっと逃げられない。彼が欲しい言葉を、私が届けるまで。
「…もう限界」
絡み合う手を強く引かれた。彼の吐息が瞬間、触る。そして煮え切らない私の唇を、彼の手が、
「ちは…っ!」
塞ぐ。
「だめ」
瞳いっぱいに、彼。
「好き以外、言わせない」
こんなにも。
直情な眼差しが、烈しくて切なくて、際限なく滲んで沸き上がるこの気持ちが、どうしても言葉にならなくて。
なんで泣くんだろう、全然悲しくなんかないのに。こんなに、こんなに満ちているのに。塞き止めるものは何も無くなって、満ちすぎて溢れて掬えない。あの日の涙と全然違う、溶けるように熱い、染みるように痛い。
それが彼の小指を濡らすから、唇からそっと離したその手で、ひりひりと焼け付く涙を、撫でてくれた。頬に落ちる、親指の優しい感触、ぽつり、ぽつり。
そして黙って見つめてくれる。待っている。こんなに大きくて、大切で、溢れて抱えきれない想いのすべてを、私が、自分で、心ごと、唇に乗せるのを。
「…さや果…」
気持ちを伝えなきゃ。しっかり言わなきゃ。どうか今は、笑って。
笑って、私。
「…好き」
弾けた。
光った。
頭上で瞬いた大輪の花火が、待ちわびたように両手を広げ、彼女のとびきりの笑顔を、煌々と迎える。
「千早くん、好き…」
泣いているのに、笑っている。華奢な雫を乗せる睫毛、涙を纏う頬、好きと言う唇、熱を溢す瞳。そのすべてで笑っている。やっと手に入れた。赤にも緑にも黄色にも輝くこれ以上ない、七色の、本物の、笑顔。
「…っ好き…」
涙が伝うほどに何度も差し出される「好き」を、俺は噛み締めるように刻み込むように、受け取った。指先の鼓動は暁の水面のように穏やかに。同じテンポ、ひとつのリズム。俺も彼女も、いっぱいになった瞬間。
「俺も好き、さや果…」
花火が呼ぶたびそうやって笑うから、指をほどいて、俺はさや果を抱き締めた。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
王冠の乙女
ボンボンP
恋愛
『王冠の乙女』と呼ばれる存在、彼女に愛された者は国の頂点に立つ。
インカラナータ王国の王子アーサーに囲われたフェリーチェは
何も知らないまま政治の道具として理不尽に生きることを強いられる。
しかしフェリーチェが全てを知ったとき彼女を利用した者たちは報いを受ける。
フェリーチェが幸せになるまでのお話。
※ 残酷な描写があります
※ Sideで少しだけBL表現があります
★誤字脱字は見つけ次第、修正していますので申し分ございません。
人物設定がぶれていましたので手直作業をしています。
Short stories
美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……?
切なくて、泣ける短編です。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる