新世界のディストピア

とろろ飯

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第一章 そして少年は少女に出逢う

第三話 本当に意味はあるのか

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スラムの大まかな全体図




「中央、か……」

 自警団本部を出てすぐ、数分前に自分で言った言葉をもう一度思い出す。
 中央。それは、このルマネシア王国が征服した新生エウローパ大陸の中心部分にある、この国で最も人口が多く、最も発展した街。平民だけでなく上級国民や貴族の住む街だ。
 そしてさらにその中心には城があり、そこには代々受け継がれる王家とその召使いが住んでいるという。
 スラムや田舎の町ではほぼ全ての人間が中央と呼ぶおかげで、今のスラムでは中央の正式名称を知る人間は殆どいない。それこそ、レベッカのような奴でない限り。

「……と、さっさと行かないと」

 思考を中断し、仕事に向かうことにした。



「おい、おせぇぞイーサン!」

 仕事場に着くなり、そいつは待ってましたと言わんばかりに怒りをあらわにする。

「すまん、少しレベッカと話してきた」

「はぁ……また頭か……」

「そう言うな」

 これで何度目だ、と愚痴を溢しながら、そいつが俺の隣に並び歩き出す。
 コリス・リラージ。俺の仕事仲間だ。
 俺たち自警団の仕事は二人一組となり、町を各区ごとに五組ずつ巡回・警備し、町を魔蟲から守ることだ。
 時折、人間同士のいざこざにも首を突っ込むことはあるが、かなり稀だ。それは俺たちの管轄じゃない。奴らの仕事を奪ってやるわけにもいかないしな。

「なあ、前から思ってたんだが」

「なんだ」

 コリスがらしくない、真剣な趣で訊いてきた。

「いくらイーサンが警備隊長だからって、少し親しすぎやしないか?」

「……それについては、お前も知ってるはずだが」

 俺たちの関係は上司と部下以上のものであるのは確かだ。自警団でレベッカを名前で呼ぶのも俺くらいなものだ。だが、コリスは俺とレベッカの間柄を知っているはずだ。なぜ今更こんな話を。

「いや、お前らの過去は知ってる。俺はそういうことを言ってるんじゃなくてよ。部下の前でくらいもう少しビシッとしねぇと、士気が下がるかもって言ってるんだ」

「……ビシッとってのは?」

「まあ、なんだ。他のやつみたいに名前じゃなくて役職で呼ぶとか。頭って」

 なるほど。たしかに一理ある。
 レベッカは何かと部下に人気だ。俺がレベッカと深い関係にあると思うと色々と誤解を生んでしまうかもしれない。

「わかった、レベッカにも言ってみよう」

「頼むぜほんと」

 それから俺たちはいつも通りの仕事に取り掛かった。
 俺たちの管轄はエリアA。最も壁の中心に近く、最も魔蟲が現れる頻度が高い区域だ。

 エリアは危険度ごとに分けられており、A、B、C、Dの順で下がっていく。
 つまり、ここが一番危険な場所ということだ。そして一番危険だからこそ、剣の腕が立つ者が担当することになっている。
 いま隣にいるコリスも一見ふざけているように見えなくもないが、剣の腕は確かであり、瞬時の思考力や判断力にも優れる。

「今なんか、褒められながも少しだけ誰かに馬鹿にされた波動を感じた気がする」

「一体誰だろうな」

 そして、時たまこいつの勘は馬鹿にできない時がある。

 そうやって時々駄弁りながらも、周囲の警戒は怠らないように気を張り続ける。一瞬の緩みが十人の命を取ることだってある。スラムとはそう言う場所だ。

 周囲を見回す。
 エリアAにいるのは布の上で寝ぼける老人ばかりだ。地べたに薄い布一枚だけをひき、そこに寝っ転がっている。
 何度も言うが、エリアAは最も危険な区域だ。だからこそ、最も人口は少ない。
 だが、それでもやはり人はいる。こんな場所にいるような奴は当然、九割以上が訳ありだ。
 色々とやらかして命を奪われるようになり他のエリアでは生きられなくなった奴や、死にたくても死にきれないような奴が集まってくる。そんな場所。

「……なぁ……あんたたち……」

 と、そこで一人の老爺が話しかけてきた。

「あんたたち……わしの……脚は知らんか……?」

 消え入りそうなボソボソ声で話す老爺の左脚は、そこにはなかった。
 俺はいつものことだと、平然と答える。

「いや、見ていないな」

「……そうか……」

 老爺は悲しそうに目を俯かせた。
 そこで、屈んで老爺の脚の断面を確認したコリスがこちらに向かって首を横に振った。
 魔蟲にやられたものではない。つまり、俺たちの管轄外。

「もし見つけたら、教えてやるよ」

「ああ……頼む……」

 コリスの言葉に、老爺は少しだけ安堵したような表情を見せた。
 エリアAは、あういうので溢れ返っているというわけだ。

 しばらくして日が沈み始めた頃、エリアCに面した方を歩いていると、今度は正面から見知った顔が現れた。

「あら、イーサンさん。こんにちは。今日もお仕事お疲れ様です」

 そう声をかけてきたのは、シュミーズを着用して豊満な胸と綺麗なボディラインを強調し、男を引き寄せる見た目をした優艶と微笑む女。娼婦のセシリアだ。

「何度も言ってるが、イーサンさんじゃ変だろ。イーサンでいい」

「はい、イーサンさん」

 人の話を聞いてるのか。いや、聞く気がないな。絶対に。

「あれ、俺は!?」

 そう隣で訴えるコリスに、セシリアは慣れた様子で応える。

「ふふ、わかっていますよ。こんにちは、コリスさん。この間はどうも」

「えっへへ」

 と、そんなに嬉しかったのか、顔を緩ませるコリス。
 しかし、この間はどうも、ということは……

「お前、また遊びに行ったのか」

「セシリアちゃんはこれから仕事? どうしてAに?」

 俺の言葉を無視し、コリスはセシリアに質問する。
 だがたしかに気になる。娼館はエリアCに集まっているはずだ。こんな所に娼婦というのは些か奇妙だ。

「実はお仕事の準備がこれからあるのですが、ムースさんがあまり機嫌がよろしくないようで」

 ムースとは、セシリアの勤める娼館の管理者。要はその娼館のトップだ。

「それで、どうしたの?」

「稼ぎが悪いと、追い出されてしまいました」

 セシリアが笑って言った。
 実際、こういったことも珍しくはない。ムースに限らず、その地位に就く者にとって、娼婦とは商売道具に過ぎない。物に当たるのは当然の人情だろう。
 とは言っても、流石に追い出すのはやりすぎだが。連れ去られでもしたらどうするつもりなのか。

「なるほど、よしわかった。俺がなんとかしてやろう」

「は?」

「本当ですか?」

「もちろん!」

 胸を張って言い切るコリスにセシリアは嬉しそうにしているが、俺としては大変困る。

「おい待て、それは管轄外だ」

「良いじゃねえか、別に」

「良いわけないだろ」

 そう、良いわけがないのだ。
 俺たちは魔蟲専門。それ以外は基本的に手を出さない。そうして明確な区切りを付けなければ、自警団をなんでも屋と勘違いする奴が出てくるだろうし、何よりレベッカが困るはずだ。

「なら、俺は今から自警団としてではなく、一人の人間として助けに行く」

「お前、何言って──」

「じゃ、行ってくる!」

 そう言って、コリスはセシリアを連れてエリアCの娼館街に行ってしまった。

「おいおい……」

 一体レベッカにどう説明すれば良いんだ……
 俺は諦めたように日の沈んだ空を見上げ、次にその目を右に向けた。
 そこには、壁があった。
 今もなお、世界を半分に分け、淡く翡翠色に光り続けている。
 かつて、英雄にして咎人であるルーカスがつくったと言われる壁だ。

 今日の老爺の出来事、そして、今のセシリアのことを思い出しながら俺は考える。

 俺たちの住む世界、新世界。ここは本来あった旧世界の半分の世界だ。
 過去にあった旧世界はルーカスという一人の人間の命と引き換えに作られた巨大な壁によって、人間と魔族の半分に分けられた。
 それが今から200年前の話。そしていつしか、人々は半分にされた世界を新世界と呼び、半分にさせる前の世界を旧世界と呼び始めた。
 ルーカスが一体、どうして壁を作ったのかは分からない。当時起こっていた人間と魔族の戦争が見ていられなかったのか。それとも、魔族との戦争で劣勢にあった人間助けたかったのか。もしくは、その他にやむを得ない事情があったのか。
 いずれにせよ、もしそいつが今この世界を見ているのなら、もし会えるのなら、俺は一つ聞いてみたいことがある。

 ──お前は本当に、自分の命を捨ててまで、こんな無意味な世界をつくりたかったのか?
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