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第一章 そして少年は少女に出逢う
第二話 運命の選択
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しばらく歩き、俺たちはエリアBにある自警団本部の頭と、それに認められた者しか入れない部屋にやってきた。と、言えば聞こえはいいが、要はただの頭専用の執務室というだけだ。
「それで、用件はなんだ」
部屋に着いて早々に俺が言うと、レベッカは棚からあるものを取り出した。
「そう急くなよ。景気付けにどうだ」
そう言って片手で掲げるように見せてきたのは、黒いラベルに『ヴァン・ルージュ・ジョワイユ──生産地 ルマネシア王国セクト村』と書かれた赤ワインだった。
それを見た俺は黙ってソファーに座った。
どうやら俺の好物を用意してまで話したいことらしい。
レベッカが俺の対面に置かれたソファーに腰掛け、その間にあるテーブルに先程のワインと二つのワイングラスを置いた。そしてトットットッ、という音を立てながらグラスの四分の三ほどの量を注いだ。
こういう場合、本来ならグラスの三分の一程度まで注ぐのがマナーらしいが、そんなものスラムでは関係ないし、増してや俺とレベッカの間柄で気にするようなことでもない。
「それじゃ」
「乾杯」
チン、と軽快な音を立てて、俺たちは一斉にワインを半分ほど飲む。
しかしそこで、俺は違和感に気づいた。
「……質が下がったか?」
俺は呟くように聞いた。確証は無いが自信はあった。
「どうやら、影響を受けてるのはこっちだけじゃないらしいな」
「頻度は?」
「5ヶ月に一度は現れるらしい」
「……2年前は半年に一度、じゃなかったか?」
「ああ」
魔蟲は確実に増えている。それも決定的に。
セクト村はここから南西に30キロほど行ったところにある、知る人ぞ知るワイン産地だ。
「こっちの方も、前は2週間に一度来るか来ないかだったのが、今じゃ週一で必ず来るようになった。頻度が増すペースも早くなってる」
レベッカは俺の声に耳を傾けながらも、一気にグラスを空けた。
「このままいけば、スラムを出ようと考える人間も増えてくるだろうな」
「ああ……」
俺の言葉に、レベッカは顔を俯かせる。
レベッカも分かっているのだ。ここを出たところで、生きていくことなどできないと。
俺やレベッカのように食に余裕のある奴はまだいい。だか、毎日を生きるのに必死な奴じゃあ精々ここから一番近くの村に着くので精一杯だろう。大抵は村に着く前に野垂れ死ぬか。もしくは村に着いても食費が払えなかったり、会話や文字の読み書きができなくて餓死する。
「で、用件はそれか?」
黙り込んでしまったレベッカに話しかけると、顔をハッとさせた。
「ん? いや、もう一つある」
そう言うと、レベッカは立ち上がって執務用の机の引き出しから一通の手紙を取り出してこっちに投げて寄越した。
テーブルに滑るように投げられた手紙を手に取ると、違和感を感じた。
手触りが違う。スラムはもちろん、ただの村や町では手に入らない上質な紙だ。
変に感じた俺は手紙を裏返した。すると、そこには見覚えのない赤い封蝋が押されていた。封蝋は本来そう易々と使われるものじゃない。言うなれば貴族御用達のものだ。
試しに匂いを嗅いでみると、スラムでは滅多にない花の香りがした。
上質な紙、普通は使われない封蝋、品を感じる花の香り。
「……まさか、中央からか?」
「ああ」
レベッカはソファーに座り直し、グラスにワインを注ぎながら頷いた。
「中は?」
「構わない」
許可を得てすぐに封を開く。
中には三つ折りにされた便箋が一枚だけ入っていた。これもかなり上質なものだ。
「……」
読み進めていくうちに、自分の表情が徐々に険しくなっていくのがわかった。
「……どう思う?」
手紙を読み終わり、俺が頭の中を整理し切れた直後、タイミングを見計らったようにレベッカが話しかけてきた。
「まず確認させてくれ」
そう言って、俺は手紙の内容の解釈が間違っていないかを確認する。
「簡単に言えばこうか。魔蟲の研究とやらのために、魔蟲の死体だけでなく、魔蟲に喰われた奴の死体も埋葬せずに寄越せと。そういうことか」
「ああ」
レベッカが暗い顔で頷く。
蟲取り。奴らの仕事は魔蟲を殺し、魔蟲の死体を研究所に持っていくことだ。だか、それを魔蟲だけでなく人の死体まで寄越せだと。
それに、いくら自警団の頭宛とはいえ、スラムの人間に対してこんな上質なものを手紙に使うなんてことは本来ならありえない。多分、相手は脅しのつもりなんだろう。こっちには金があるぞ、という。
「イーサン、お前の率直な、忌憚のない意見を聞きたい」
俺はワインを飲み干し、口内を潤してから口を開いた。
「……人々のことを考えるなら、くれてやるべきだろうな」
「……」
レベッカは黙って俺の話を聞く。
「埋葬なんてしたって意味はない。そいつが生き返るわけでも、このクソッタレな現状が解決するわけでもない。その研究とやらがどんなものかは知らないが、意味のないことをするよりかは、少しでも可能性のある方に賭けるべきだ」
そう、意味なんてないんだ。どれだけ泣き叫んでも、どれだけ強く抱いても、どれだけ自警団を役立たずと罵っても。何も変わらないし、変えられない。
死は金じゃない。どれだけ死によって失われたものが多くても、どれだけ大きくても、見返りは返ってこない。釣りもなければ、返金もない。
だけど、それでも。
「だか、それは妥当性を追求した場合での話だ」
それでも、無意味だったとしても。
「たしかに埋葬なんて無意味かもしれない。だが、それは場合にもよるんじゃないか? 埋葬する人間が、もしくは埋葬される側の人間の立ち位置や心の在り方で、そこには意味が生まれるはずだ」
無意味を、意味のあるものにする。
「頭であるお前に埋葬されて本望だと感じる奴もいれば、街の人間を守り魔蟲に殺されることが自分の本懐だと言う奴もいる」
無意味が駄目とは言わない。それでは、本当に無意味に死んでいった者たちが報われない。むしろ、このスラムでは意味のある死を遂げられる奴はかなり少ない。
「それにな、レベッカ。先先代の、初代頭がなんて言って死んだか。お前も覚えてるはずだ」
「意味のある死を、意味のある戦いを。か……」
「そうだ。その言葉を足蹴にできるお前じゃないはずだ」
「……」
レベッカはこの言葉を頭として大事にしているわけじゃない。一人の人間として大事にしている。だからこそ、レベッカはこの言葉を無視できない。
18年前、俺とレベッカは目の前で初代頭が魔蟲に喰われて死ぬところを見ている。
あの時の俺たちは無力だった。何もできなかった。剣で魔蟲を斬ることも、走って逃げることもできず、ただ恐怖で震えていた。
そんな俺たちに、初代頭は言った。あの言葉を。今考えてみると、俺が自警団に入ろうと決めたのもあれが切っ掛けだったのかもしれない。
「……わかった。ありがとう、参考になった」
目を閉じて考え込んでいたレベッカがようやく目を開けたかと思うと、そこには笑みがあった。
自分で満足できる答えが見つかったらしい。
「ならよかった」
俺もそう言って頷くき、席を立った。
「なんだ、もう行くのか」
「ああ、これ以上待たせると、またどやされるからな」
「ああ、あいつか」
「そうだ、あいつだ」
俺たちは同じ人間を頭に思い浮かべながら微笑した。
「それじゃ、お仕事頑張ってくれよ。警備隊長さん」
ドアノブの手をかけたところで、レベッカがこれで最後と茶化してきた。
「それはやめろ」
「おっと、エースの方が良かったか?」
「はぁ……もういい」
「ははは」
レベッカの楽しそうな笑い声を背に、部屋を後にした。
「それで、用件はなんだ」
部屋に着いて早々に俺が言うと、レベッカは棚からあるものを取り出した。
「そう急くなよ。景気付けにどうだ」
そう言って片手で掲げるように見せてきたのは、黒いラベルに『ヴァン・ルージュ・ジョワイユ──生産地 ルマネシア王国セクト村』と書かれた赤ワインだった。
それを見た俺は黙ってソファーに座った。
どうやら俺の好物を用意してまで話したいことらしい。
レベッカが俺の対面に置かれたソファーに腰掛け、その間にあるテーブルに先程のワインと二つのワイングラスを置いた。そしてトットットッ、という音を立てながらグラスの四分の三ほどの量を注いだ。
こういう場合、本来ならグラスの三分の一程度まで注ぐのがマナーらしいが、そんなものスラムでは関係ないし、増してや俺とレベッカの間柄で気にするようなことでもない。
「それじゃ」
「乾杯」
チン、と軽快な音を立てて、俺たちは一斉にワインを半分ほど飲む。
しかしそこで、俺は違和感に気づいた。
「……質が下がったか?」
俺は呟くように聞いた。確証は無いが自信はあった。
「どうやら、影響を受けてるのはこっちだけじゃないらしいな」
「頻度は?」
「5ヶ月に一度は現れるらしい」
「……2年前は半年に一度、じゃなかったか?」
「ああ」
魔蟲は確実に増えている。それも決定的に。
セクト村はここから南西に30キロほど行ったところにある、知る人ぞ知るワイン産地だ。
「こっちの方も、前は2週間に一度来るか来ないかだったのが、今じゃ週一で必ず来るようになった。頻度が増すペースも早くなってる」
レベッカは俺の声に耳を傾けながらも、一気にグラスを空けた。
「このままいけば、スラムを出ようと考える人間も増えてくるだろうな」
「ああ……」
俺の言葉に、レベッカは顔を俯かせる。
レベッカも分かっているのだ。ここを出たところで、生きていくことなどできないと。
俺やレベッカのように食に余裕のある奴はまだいい。だか、毎日を生きるのに必死な奴じゃあ精々ここから一番近くの村に着くので精一杯だろう。大抵は村に着く前に野垂れ死ぬか。もしくは村に着いても食費が払えなかったり、会話や文字の読み書きができなくて餓死する。
「で、用件はそれか?」
黙り込んでしまったレベッカに話しかけると、顔をハッとさせた。
「ん? いや、もう一つある」
そう言うと、レベッカは立ち上がって執務用の机の引き出しから一通の手紙を取り出してこっちに投げて寄越した。
テーブルに滑るように投げられた手紙を手に取ると、違和感を感じた。
手触りが違う。スラムはもちろん、ただの村や町では手に入らない上質な紙だ。
変に感じた俺は手紙を裏返した。すると、そこには見覚えのない赤い封蝋が押されていた。封蝋は本来そう易々と使われるものじゃない。言うなれば貴族御用達のものだ。
試しに匂いを嗅いでみると、スラムでは滅多にない花の香りがした。
上質な紙、普通は使われない封蝋、品を感じる花の香り。
「……まさか、中央からか?」
「ああ」
レベッカはソファーに座り直し、グラスにワインを注ぎながら頷いた。
「中は?」
「構わない」
許可を得てすぐに封を開く。
中には三つ折りにされた便箋が一枚だけ入っていた。これもかなり上質なものだ。
「……」
読み進めていくうちに、自分の表情が徐々に険しくなっていくのがわかった。
「……どう思う?」
手紙を読み終わり、俺が頭の中を整理し切れた直後、タイミングを見計らったようにレベッカが話しかけてきた。
「まず確認させてくれ」
そう言って、俺は手紙の内容の解釈が間違っていないかを確認する。
「簡単に言えばこうか。魔蟲の研究とやらのために、魔蟲の死体だけでなく、魔蟲に喰われた奴の死体も埋葬せずに寄越せと。そういうことか」
「ああ」
レベッカが暗い顔で頷く。
蟲取り。奴らの仕事は魔蟲を殺し、魔蟲の死体を研究所に持っていくことだ。だか、それを魔蟲だけでなく人の死体まで寄越せだと。
それに、いくら自警団の頭宛とはいえ、スラムの人間に対してこんな上質なものを手紙に使うなんてことは本来ならありえない。多分、相手は脅しのつもりなんだろう。こっちには金があるぞ、という。
「イーサン、お前の率直な、忌憚のない意見を聞きたい」
俺はワインを飲み干し、口内を潤してから口を開いた。
「……人々のことを考えるなら、くれてやるべきだろうな」
「……」
レベッカは黙って俺の話を聞く。
「埋葬なんてしたって意味はない。そいつが生き返るわけでも、このクソッタレな現状が解決するわけでもない。その研究とやらがどんなものかは知らないが、意味のないことをするよりかは、少しでも可能性のある方に賭けるべきだ」
そう、意味なんてないんだ。どれだけ泣き叫んでも、どれだけ強く抱いても、どれだけ自警団を役立たずと罵っても。何も変わらないし、変えられない。
死は金じゃない。どれだけ死によって失われたものが多くても、どれだけ大きくても、見返りは返ってこない。釣りもなければ、返金もない。
だけど、それでも。
「だか、それは妥当性を追求した場合での話だ」
それでも、無意味だったとしても。
「たしかに埋葬なんて無意味かもしれない。だが、それは場合にもよるんじゃないか? 埋葬する人間が、もしくは埋葬される側の人間の立ち位置や心の在り方で、そこには意味が生まれるはずだ」
無意味を、意味のあるものにする。
「頭であるお前に埋葬されて本望だと感じる奴もいれば、街の人間を守り魔蟲に殺されることが自分の本懐だと言う奴もいる」
無意味が駄目とは言わない。それでは、本当に無意味に死んでいった者たちが報われない。むしろ、このスラムでは意味のある死を遂げられる奴はかなり少ない。
「それにな、レベッカ。先先代の、初代頭がなんて言って死んだか。お前も覚えてるはずだ」
「意味のある死を、意味のある戦いを。か……」
「そうだ。その言葉を足蹴にできるお前じゃないはずだ」
「……」
レベッカはこの言葉を頭として大事にしているわけじゃない。一人の人間として大事にしている。だからこそ、レベッカはこの言葉を無視できない。
18年前、俺とレベッカは目の前で初代頭が魔蟲に喰われて死ぬところを見ている。
あの時の俺たちは無力だった。何もできなかった。剣で魔蟲を斬ることも、走って逃げることもできず、ただ恐怖で震えていた。
そんな俺たちに、初代頭は言った。あの言葉を。今考えてみると、俺が自警団に入ろうと決めたのもあれが切っ掛けだったのかもしれない。
「……わかった。ありがとう、参考になった」
目を閉じて考え込んでいたレベッカがようやく目を開けたかと思うと、そこには笑みがあった。
自分で満足できる答えが見つかったらしい。
「ならよかった」
俺もそう言って頷くき、席を立った。
「なんだ、もう行くのか」
「ああ、これ以上待たせると、またどやされるからな」
「ああ、あいつか」
「そうだ、あいつだ」
俺たちは同じ人間を頭に思い浮かべながら微笑した。
「それじゃ、お仕事頑張ってくれよ。警備隊長さん」
ドアノブの手をかけたところで、レベッカがこれで最後と茶化してきた。
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