新世界のディストピア

とろろ飯

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第一章 そして少年は少女に出逢う

第四話 怒声と会稽

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 朝とは大違いに賑わう、夜のスラムを早歩きで移動する。
 スラム、特にエリアCの賑わいようは朝とは段違いにうるさい。

 スラムの住人の仕事の殆どは、お天道様に顔向けできるようなものじゃない。だからこそ暗い夜の方がやりやすく、その分人も増える。
 そして何より、女と遊び倒し、酒を飲んだくれるのに、朝や昼よりも夜の方が雰囲気がある上やる気も出るからだ。
 『やる気が出る』という言葉が曖昧に聞こえてしまうだろうが、実際それしか理由がないのだから仕方ない。
 だからスラムだと、朝は吐瀉物の臭いが、夜なら女と酒の匂いが充満する。そこに更に泥と血の臭いも混ざればスラム臭の完成だ。

 ガヤガヤと雑音のうるさい道を超えて、遂には目的地に到着した。
 『マジックリリー』と書かれた看板を見上げる。
 ここがムースの運営する娼館であり、セシリアの勤め先だ。

「──!」

 木製の両開き扉の前に立つと、中から何か言い合うような声が聞こえてきた。
 もう始めたのか……
 そう思って両開き扉の右側のドアノブに手をかけた瞬間、ドンッという音が奥で聞こえた。
 危険を察知し急いで左脚に力を込め、地面を蹴って体を右に逃した次の瞬間、バアァン! と、扉を破壊し、大音量で俺の目の前を一人の男が横切った。
 内開きの扉を無理やり突き破ってきたそいつは、地面に投げ出され、意識を失ったように伸びていた。
 ……いや、実際のところ、意識はなさそうだ。

「待てよこの野郎っ!」

 俺が男を見ていると、今度は店内から見慣れた奴が、聞き慣れた声で飛び出してきた。
 コリスは飛び出して来ると同時に、未だに伸びたままの男の上に跨り拳を握った。
 これ以上はまずい。あれでは男が死んでしまう。
 そう判断した俺は、容赦なくコリスに背後から左横顔に目掛けて左脚で蹴りをいれた。

「っ!」

 それが当たる直前、コリスは俺の攻撃を感知し、左腕で受け止めた。しかし、気づかれることはこちらも承知の上。そのまま脚力で無理やり押し切る。
 押し負けると判断したのか、コリスは蹴りの勢いに身を任せ、威力を殺すと同時にそれを利用して立ち上がり、こちらを向いた。

「てめぇ何しやが──って、イーサン!」

「お前こそ何してるんだ!」

 惚けた顔をするコリスにそう言うと、慌てるように弁明し出した。

「いや、だってこいつがセシリアを……!」

「言い訳は後だ。それより、お前はさっさとウチに帰ってろ」

 俺が周りに視線を動かして言うと、コリスは黙って路地裏の闇に潜り込んでいった。
 周囲には野次馬しようとこちらに寄って来る奴や、気にも止めずに酔っ払っている奴が合わせて十五人ほどいる。
 後者はまだいいが、前者は面倒だ。下手な噂を流されれば自警団の評判に響くかもしれない。

「まったく……」

 本当に面倒なことをしてくれた。もしこんなところが蟲取りの奴らにでも見つかれば、レベッカに迷惑をかけるどころの話じゃない。
 とにかく、さっさとこの伸びてる奴を回収して、セシリアの様子を見に行って……ついでにムースの方にも行っておくか。それから──

「おい、大丈夫か!」

 と、今後のことをあれこれと考えていると、鉄の鎧を着て武装した男が近寄ってきた。
 今一番きてほしくない奴が来やがった。蟲取りの隊員だ。
 ……まずい、まずいぞ。

「なんでこんな所で……おい、お前!」

 そいつは伸びた男に近寄ると、それを回収しようと一番近くにいた俺に向かって話しかけてきた。

「なんだ?」

 できるだけ平然を装う。
 実際、焦るようなことでもない。まだ取り返しはつく。

「これをやったのはお前か!?」

「違う」

「なら誰がやった!?」

「知らない」

「クッソ……」

「どうせ、酔っ払い同士の喧嘩かなんかだ。スラムじゃそんなのは日常茶飯事だ」

「そんな………ん?」

 俺が通りすがりを装っていると、そいつはあることに気づいたように俺のことを凝視し始めた。

「お前……自警団か?」

「そうだが、それがどうした」

 それに気づかれるのも織り込み済みだ。何せ、今の俺は腰から剣を降ろした武装状態。
 スラムでこんなに分かりやすく武装してる奴は自警団と蟲取り以外ではそう多くはない。むしろ希少と言っていい。気づかれるのは分かりきっていたことだ。

「なら、やっぱりお前が……!」

「だから違う。自警団として、騒ぎが起こっていたから確認しに来ただけだ。万が一にも魔蟲だったら、それを殺すのは俺たちの仕事だからな」

「そうか……」

 と、そいつは納得したように小さく頷いた。
 そろそろ戻るか。俺もずっといてボロを出さないとは限らない。

「おい! 起きろよ、リョウ!」

 歩き出した俺の足は、そこで止まった。
 今こいつ、伸びてる奴の名前を呼んだのか?

「なあ、あんた。そいつ、知り合いなのか?」

「え? ああ、仕事仲間だ」

「……」

 本当になんてことしてくれたんだ、コリスのやつ。
 ……いや、焦るな。俺のやることは変わらない。たとえ殴った相手が蟲取りであろうとなかろうと、バレなければどちらでもいいんだ。
 そう自分に言い聞かせ、また歩き出した瞬間だった。

「イーサンさん!」

「!?」

 店の中から扉の破片が散らばった玄関をセシリアが急いだ様子で出てきた。

「コリスさんは無事ですか!? 蟲取りの方に殴りかかってしまって──ぅむ!」

 急いでセシリアの元に駆け寄り口を塞ぐが、もう遅かった。
 ……まったく、ひどい偶然の重なり合いだな。
 心の中でそう悪態をつけながら、後ろを振り向くと、そこには剣を両手に構えた蟲取りが立っていた。

「やっぱり、お前たち自警団だったんだな! コリスってヤツもどうせ仲間なんだろ!」

 やはり気づかれたか。
 おそらくは今のセシリアの発言で、『俺は自警団のイーサンである』と『俺の仲間のコリスが男を殴った』という二つの情報が結びついて、『自警団のコリスが男を殴った』というところで綺麗に収まったのだろう。
 今ほどセシリアを鬱陶しく思ったのは初めてだ、くそ。

「セシリア、店に戻ってろ」

「は、はい」

 セシリアの口から手を離し、店の奥へと行かせる。
 流石のあいつでも状況を理解できたらしい。
 現状を一言で言えば、最悪だ。
 正直、正論をぶつけてやることは簡単だ。だか、今あの蟲取りに何か言ったところで何も通じはしないだろう。となれば、最後に残る手段は一つだけ。

「剣を構えろ。それくらいは待ってやる」

 そいつは俺を睨みながら言うと、腰を低く落とした。
 どうやら本気らしい。
 周囲には既に先程の倍近い人数が集まっていた。
 できればこんな所でやり合いたくはなかったが、こうなっては仕方ない。俺も、抵抗せずに斬られるのは嫌だからな。

「これが俺の構えだが?」

 手を下にぶら下げながら言うと、挑発と受け取ったのか、眉を顰め、剣を握る手の力を強めた。

「……」

 一拍の静寂が流れた、その瞬間。
 蟲取りが動いた。
 体の重心を前方へと移動させ、それと同時に剣を振り上げようとする。
 剣がちょうど奴の目先程度まで振り上げられた瞬間、俺はノーモーションで奴の懐へと突っ走った。瞬きほどの一瞬。2メートルあった距離を詰める。

「──!?」

 蟲取りは俺の予想外の行動により反射的に後ろに跳び退こうとする。それによって前に出ていた重心は崩れ、中途半端な位置から急いで振り下げたその剣筋は、剣士とは思えぬほど鈍い。
 その一瞬に、服で隠れていた後腰からソードブレイカーを左手で逆手に引き抜き、右から左へと刀身を押し当てて剣の軌道を僅かに逸らす。
 剣同士が擦れ合ったことにより少しだけ火花を散らすが、見た目ほどの威力はない。
 左にずれた剣を通り過ぎ、俺は蟲取りの懐に完全に入り込む。と、同時に、腰からアーミングソードを抜き奴の首に刃を当ててやる。

「──!」

 左下の方でカチャカチャと音が鳴る。
 どうやら気づいたらしい。
 俺は先程、奴の剣が降り下がりきった瞬間にソードブレイカーを180度回して持ち替えた。それにより、櫛状になった峰が刀身をがっしりと抑え込み、後ろに引かない限りは動かないようにした。
 だが、今の蟲取りにそんな余裕はない。
 俺と奴の距離は殆どない。そんな状態で引こうとすれば、俺は右手に持った剣に力を込め、容赦なく奴の首を切断する。
 上に向かって押し上げようとしても意味はない。
 力というのは、上方向よりも下方向の方が強い。それが例え、両手と片手であったとしても。

「く……っ」

 それから奴は、動かなくなった。
 勝負は一瞬。
 時間にして2秒足らず。
 俺の勝ちだ。

「お前──!」

「なんだ、何か文句でもあるのか?」

「武器を隠し持つなんて!」

 未だに首に剣を当てながら、それでも奴は俺を睨みつける。
 ソードブレイカーを使ったのは卑怯だ。とでも言いたいのだろう。

「お前、忘れたのか?」

 これは審判のいる公式戦でなければ、真っ当な訓練などでもない。

「ここはスラム、お前たちが見放した町だ」

 ──こうやって武器を隠してでも持たなきゃ、ここじゃ生きられなかったんだよ。クソ野郎。

「待て!」

「!」

 蟲取りの背後から聞こえた声に、蟲取りは体をビクッと小さく跳ねさせた。

「そ、その声は──」

「すまない、イーサン殿。何があったかは知らないが、私に免じてその剣をしまって欲しい」

 レイズ、ようやく出てきたか。
 こいつの願いを聞いてやるのも少し癪ではあるが、断る理由はない。
 両手の剣を引き、鞘に収める。

「あ、ありがとうございます、隊長」

「お前は戻ってろ」

「はいっ!」

 蟲取りの隊員は背筋をビシッと正し、人混みを掻き分けて走り去っていった。

「さて、イーサン殿」

 こちらに向き直ったレイズからは、見た目通りの凛として落ち着いた雰囲気が伝わってくる。
 特に緊張感はない。

「何があったかは知らないが、まずはを感謝を」

 そう言うと、レイズは胸に右手を当て、頭を軽く下げた。

「私の部下を殺さなかった貴方の寛容さに感謝します」

「……どうした、急に」

 その格式ばった態度と口調は、決して中央の人間がスラムの住人に送るようなものではない。
 というか、正直に言って気色悪い。

「いやなに、君なら私の部下を殺すことなど容易な筈だ。それを現実にしなかったのだから、感謝を送るのは当然だ」

 なるほど、やはり腐っても中央出身の隊長クラスか。多少の礼儀は残っていたらしい。

「いや、スラムではこういうのはよくあることだ。気にするな」

「そうだな」

 レイズが怪しく微笑む。

「にしても、イーサン殿はやはり強いな」

 感心した、とでも言うようにレイズは話す。

「彼は若齢な部下の中でも指折りの実力者でしてね。それを簡単に圧倒されてしまった」

「たしかに、あれは悪くなかった」

 実際、さっきの蟲取りの動きは本当に悪くなかった。
 俺が懐に入ろうと駆け出した時、それを退けようと重心を崩したのは、逆に言えば俺の動きに反応できたということになる。
 それに、奴を封じ込めてから抵抗しなくなるまでの時間も短かった。状況判断が早い。
 訓練だけでああはなれない。実戦経験をよく積んでいる証拠だ。

「イーサン殿に直接そう言ってもらえれば、彼もきっと喜んだだろう」

「本当にそうか?」

「ああ」

 臆することなく、レイズは頷いた。
 冗談なのか本気なのか、分かりずらい奴だ。

「それでは、私は仕事がまだ残っているのでな。これで失礼する」

 そう言って、俺の横を通り過ぎようとしたレイズに小さく声をかける。

「あまり下手に覗き見するな。危うく殺しそうになった」

「……次からは気をつけよう」

 一言そう答えてから、レイズはまたカシャ、カシャという音を立てながら去っていった。

「はぁ……食えない奴だ」

 これから面倒なことにならないといいが……
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