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第五話 だらしない女
だらしない女 五
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「なに? 母親はそういうことをしない?」
「そうだよ、母さんって高笑いしながら娘をムチで打ったりしないよ」
「そうなのか……」
ふぅむ、とレオは考え込んだ。いや、考えるところじゃないよ、そこは。
「だがわたしの母はそうしていたぞ」
「へ?」
「よく、笑いながら父を鞭打っていた」
「な……」
「父はやめてと言っていたが、なんともうれしそうだったぞ」
そ、それはご両親がド変態なのでは……?
「ふぅむ……とにかく、世間の母親はそういうことをしない、と言うんだな?」
「う、うん……」
「コホン」
レオは目をつぶって演技めいた咳払いをし、いまいちどツンツンメガネをしっかりかけなおすと、
「ごめんねデネボラちゃん! ママが悪かったわ!」
とデネボラの赤くなったところをさすり、上半身を起き上がらせた。
「もう痛い痛いはなしよ。だから運動しましょうね」
「そんなぁ、少し休ませてくださぁい」
「ダメよ、まだ腹筋終わってないでしょう? それに、そのあとにはランニングが待ってるのよ」
「ランニング?」
デネボラはすっくと立ち上がり、
「わたしランニングなら得意ですぅ!」
「あら、じゃあランニングしましょうか!」
「はぁい!」
デネボラは元気よく返事をすると、もやもやとかたちを変え、馬の姿に戻った。
「ひひぃーん!」
デネボラは高らかにいななき、パカラッ、パカラッ、と元気よく走り出した。が、
「こら!」
レオの叱責に足を止めた。
「ひとの姿になりなさい!」
デネボラはぶるるっ、と鼻息を鳴らした。
「ひひひぃいん」
「早く!」
「ぶるるるっ」
デネボラはしばし立ちすくんだが、すぐに言われた通りひとの姿になった。
「ダメでしょ、馬に戻っちゃ!」
「どうしてですかぁ?」
「馬の姿なら走るのなんか楽勝でしょ! それにこんな森の中で疾走して、木の根にでもつまづいたら大変でしょう! ひとの姿で走るの!」
「そんなぁ、ダルいですよぉ」
「まったく、楽することばかり考えてだらしない子ね! パパの教育が悪いのよ!」
「ご、ごめん……」
「きっとパパの怠け性が移ったのね! こうなったらパパもいっしょに走りなさい!」
「え、ぼくも!?」
「そうよ。パパも運動した方がいいって言われたじゃない。子は親を見て育つんだから。パパが動かないからそうなるの! ママはここで見ててあげるから行ってきなさい!」
そう言ってレオはぼくからトレイを受け取り、再び溜め池の縁の石にどっかり座ってウィスキーをあおった。
まいったなぁ。走るのはダルいからいやなんだよ。たしかに運動はしないといけないけどさ。最近レグルスと訓練もしていないし……
「なにぼーっとしてるの? ビリビリするわよ!」
げっ!
「い、行くよ!」
「わかればよろしい。それじゃ館の周りを十周して来なさい。泣き言は聞きませんから」
「は、はい!」
ぼくは無意識に敬語で返事をしていた。ああ、逆らえない。よく酒好きの兵士たちが”結婚は男の墓場だ”なんて言っていたけど、このことだったのか。
彼らは酔うと決まってこんな話をした。
「結婚して、子供が産まれるまでは女神様だ。けど子供が産まれてからは魔王になっちまう。おれがどれだけ歯向かおうと、母ちゃんのひと声でビリビリ痺れて動けなくなって、さらに平手の一発でブッ倒されて、早く野菜買ってきなさい! もう一発やられたいの!? って言われたら、おれはもうわかりましたーって頭を下げるしかねえんだ。いいかアーサー、結婚なんかするもんじゃねえ。女なのは妊娠前までだ。子供が産まれたら、皮を破って中から魔物が出て来るぞ」
当時はくだらない話だと思っていたけど、いまならよくわかる。だって、まるっきり彼らの言う通りなんだ。命令され、電撃を浴びせられ、ムチで叩かれ、敬語で頭を下げて……
ぼくはレオが子供を産めるようになる日が来るのを、こころから祈っている。けど、もしそうなったらレオはずっとこの調子なのだろうか……
………………と、とにかく走ろう。これ以上痛いのはごめんだ。
「さあデネボラ、行こう。ゆっくり走ればいいよ」
「ふえぇ……」
そんなこんなでぼくらは走りはじめた。しかしデネボラの体力はいちじるしく低く、館の周りを半周しただけでもうあごが上がってしまった。
それにしてもすごいなぁ……腹筋のときも思ったけど、その、なんだろう。走るのに合わせてたっぷんたっぷんと大きなものが上下に揺れて、はぁ、はぁ、と熱い息を吐いて……
う、いけない。見てたらぼくも息が荒くなってきちゃった。疲れてないっていうのに。
「あっ!」
ぼくと並走していたデネボラがつまづいて転びそうになった。
「危ない!」
ぼくは咄嗟に手を伸ばし、彼女の体を支えた。瞬間、とんでもなくやわこい感触がぼくを襲った。
——うわぁ……
なんてやわこいんだ……ぼくはいま、デネボラの右肩を胸板で受け止め、伸ばした右手で彼女の左脇腹を支えている。するとぼくの右肩から腕にかけて、たっぷんたっぷんのふわんふわんが押しつけられ、天にも昇る心地よさとマグマのような熱が芯から湧き上がってくる。
や、やばい! これ以上はいけない! 離れなくては!
そんなぼくの理性とは裏腹に、デネボラは荒い息とともに、
「あぁん、疲れたぁ」
と、ぼくの耳元であえぎ、全体重をかけてしがみついてきた。
お、重い! けどそれ以上に彼女のやわらかさが……吐息が……汗のにおいが!
まずい、これ以上密着されたらぼくの反応した部分が——
「あ……ゾスマちゃん」
デネボラはそう言って自分の力で立ち、ぼくにかけていた圧力を弱めた。
た、助かった。もしバレたら騎士として生きていけないところだった。あの感触が離れてしまったのはちょっと残念だけど……
「見張りに来たよ」
ぼくの背後からゾスマの声がした。
「レオ様が、パパとデネボラがサボらないか見張りなさい、だって」
「見張り?」
ぼくは半身を逸らして振り返り、十歩分ぼくのうしろでたたずむゾスマを見やった。蜘蛛の変げであり、どこか異質な雰囲気を持つ彼女は、相変わらずなにを考えているのかわからないへらへら顔で微笑んでいた。
「そこまで徹底して、いくらなんでもキツすぎない?」
「知らない。夏に海に行くからそれまでに痩せさせるって言ってたよ」
「海?」
「うん。水場は霊魂が集まるから、その収集に行くんだって。だらしない腹だと目立ちやすくなって”顔を覚えられない魔法”が効かなくなるかもしれないから、絶対にデネボラを痩せさせるんだって」
なるほど、そんな予定があったのか。たしかに”顔を覚えられない魔法”は目立つ格好だと効きにくくなる。魔法は矛盾に弱い。魔法が「見るな」と言っても姿が「見て」と言ってしまえばそれで終わりだ。
「それでわたしが来たよ。レオ様の目の届かないところはわたしがぜんぶ見張るよ。怠けちゃダメだよ」
「そ、そんなぁ。ふえぇ……」
デネボラはぼくの背に回したままの腕をぎゅっと締めつけ、力任せに抱きついてきた。待って! いまそれはまずい! まだぼくのあれが反応したまま……あっ!
「あっ……」
デネボラはそう声を漏らしたきり、無言になった。その原因はいまもぐぐっと押しつけられている。
その体がゆっくり退がり、ぼくから一歩離れた。赤らんだデネボラの顔が、石のように硬直したぼくを見つめ、
「ご……ごめんなさぁい」
と困った笑みを見せた。
あ、あ、あ、なんてことだ……騎士たるぼくがレオ以外の女に反応したうえ、それをぐりぐり押しつけてしまうなんて……
そんなバツの悪いぼくらを見て、ゾスマが言った。
「なんでデネボラは謝ってるの?」
彼女は疑問に思ったことはなんでも訊いてくる。それがたとえどんなに答えにくい質問でも、いちど興味を持ったら明確な回答が得られるまでなんどでも訊き返してくる。それはいまはぐらかしても、答えるまで毎日延々とだ。
「なんでふたりは顔が赤いの?」
「そ、それは……」
ぼくは答えられなかった。だって、目の前の女に欲情して、固くなった部分が当たってしまったからなんて言えないじゃないか。
しかしデネボラは案外平気なようで、
「わたしが悪いのよぉ」
「なにが悪いの?」
「ほらぁ、わたしおっぱい大きいでしょ? それなのにくっついたりしたからアーサー様いやらしい気持ちになっちゃったのよぉ」
うっ! そんなストレートに言わないでほしい! ……その通りだけど。
「なんでアーサー様がいやらしい気持ちになったってわかるの?」
「だってぇ、おちんちんおっきくなってるんだもの」
ううっ! 恥ずかしい!
「デネボラこっち見てたのになんでおっきくなったってわかるの?」
「それはだってぇ、あんなにガチガチになってるのが当たってたら、ねぇ」
「ふーん……」
ゾスマはやっと質問をやめ、言った。
「勉強になった。ありがと」
どうやらご納得らしい。まったく、悪気がないとはいえたまんないよ。ぼくの恥をすべて解説されてしまった。よくデネボラは口に出せるなぁ。というかレオの使い魔って、みんなこういうことが平気なんだよなぁ。ダメなのはレグルスくらいだ。よその使い魔はどうなのか、いっぺん訊いてみたいよ。
ぼくがそんなことを思っていると、デネボラがゾスマの体をじーっと見つめ、言った。
「いいなぁ、ゾスマちゃんは」
「なにが?」
「だってぇ、細いじゃない」
たしかにゾスマは驚くほど細い。だらしないデネボラと並ぶと余計に細く見える。
「わたしもゾスマちゃんみたいに細かったらなぁ」
デネボラはそう言ってため息を吐いた。女はみんな細い体に憧れるという。男としては少しくらい肉があった方が興奮……じゃなくて、魅力的なんだけど、とにかく細い方がいいらしい。
しかしゾスマは違った。
「細いからなに?」
「だってぇ、細い方がいいじゃない」
「たまたま細い体なだけでしょ。どーーでもいい」
「そんなの細いから言えるのよぉ。うらやましいわぁ」
「違うよ」
ゾスマは言った。
「わたしは選んで細い体になったんじゃないよ。たまたま細い体なんだよ。だから別にうらやましくないよ」
……言ってることがよくわからない。どういう意味なんだろう。
「だからデネボラは細くなくていいよ」
そう言ってゾスマは親指を立てたグーを突き出した。相変わらずのにへら顔だが、どうやらデネボラをフォローしてるらしい。
デネボラはやや困ったような顔で黙っていたが、
「……そっかぁ」
クスリと笑い、
「じゃあわたし、太っててもいいかな?」
「うん、いいよ」
「やったあ! あははは!」
ぼくにはゾスマの言うことがわからなかったけど、デネボラには通じたらしい。その証拠にデネボラは気が晴れたような笑顔をしていた。
しかし、
「あ、でもダメ」
ゾスマはどこからともなくムチを取り出し、びゅんびゅん振り回した。
「レオ様の命令。痩せろ」
——ピシィン! パシィン!
「わあ!」
「きゃあ!」
そうだった! そういえばこの子ダイエットの見張りに来たんだった! ていうか痛い! これふつうのムチじゃないか! やめて! 走るからちょっと、ちょっと!
「ほら、命令だよ。走れ、走れー」
「そうだよ、母さんって高笑いしながら娘をムチで打ったりしないよ」
「そうなのか……」
ふぅむ、とレオは考え込んだ。いや、考えるところじゃないよ、そこは。
「だがわたしの母はそうしていたぞ」
「へ?」
「よく、笑いながら父を鞭打っていた」
「な……」
「父はやめてと言っていたが、なんともうれしそうだったぞ」
そ、それはご両親がド変態なのでは……?
「ふぅむ……とにかく、世間の母親はそういうことをしない、と言うんだな?」
「う、うん……」
「コホン」
レオは目をつぶって演技めいた咳払いをし、いまいちどツンツンメガネをしっかりかけなおすと、
「ごめんねデネボラちゃん! ママが悪かったわ!」
とデネボラの赤くなったところをさすり、上半身を起き上がらせた。
「もう痛い痛いはなしよ。だから運動しましょうね」
「そんなぁ、少し休ませてくださぁい」
「ダメよ、まだ腹筋終わってないでしょう? それに、そのあとにはランニングが待ってるのよ」
「ランニング?」
デネボラはすっくと立ち上がり、
「わたしランニングなら得意ですぅ!」
「あら、じゃあランニングしましょうか!」
「はぁい!」
デネボラは元気よく返事をすると、もやもやとかたちを変え、馬の姿に戻った。
「ひひぃーん!」
デネボラは高らかにいななき、パカラッ、パカラッ、と元気よく走り出した。が、
「こら!」
レオの叱責に足を止めた。
「ひとの姿になりなさい!」
デネボラはぶるるっ、と鼻息を鳴らした。
「ひひひぃいん」
「早く!」
「ぶるるるっ」
デネボラはしばし立ちすくんだが、すぐに言われた通りひとの姿になった。
「ダメでしょ、馬に戻っちゃ!」
「どうしてですかぁ?」
「馬の姿なら走るのなんか楽勝でしょ! それにこんな森の中で疾走して、木の根にでもつまづいたら大変でしょう! ひとの姿で走るの!」
「そんなぁ、ダルいですよぉ」
「まったく、楽することばかり考えてだらしない子ね! パパの教育が悪いのよ!」
「ご、ごめん……」
「きっとパパの怠け性が移ったのね! こうなったらパパもいっしょに走りなさい!」
「え、ぼくも!?」
「そうよ。パパも運動した方がいいって言われたじゃない。子は親を見て育つんだから。パパが動かないからそうなるの! ママはここで見ててあげるから行ってきなさい!」
そう言ってレオはぼくからトレイを受け取り、再び溜め池の縁の石にどっかり座ってウィスキーをあおった。
まいったなぁ。走るのはダルいからいやなんだよ。たしかに運動はしないといけないけどさ。最近レグルスと訓練もしていないし……
「なにぼーっとしてるの? ビリビリするわよ!」
げっ!
「い、行くよ!」
「わかればよろしい。それじゃ館の周りを十周して来なさい。泣き言は聞きませんから」
「は、はい!」
ぼくは無意識に敬語で返事をしていた。ああ、逆らえない。よく酒好きの兵士たちが”結婚は男の墓場だ”なんて言っていたけど、このことだったのか。
彼らは酔うと決まってこんな話をした。
「結婚して、子供が産まれるまでは女神様だ。けど子供が産まれてからは魔王になっちまう。おれがどれだけ歯向かおうと、母ちゃんのひと声でビリビリ痺れて動けなくなって、さらに平手の一発でブッ倒されて、早く野菜買ってきなさい! もう一発やられたいの!? って言われたら、おれはもうわかりましたーって頭を下げるしかねえんだ。いいかアーサー、結婚なんかするもんじゃねえ。女なのは妊娠前までだ。子供が産まれたら、皮を破って中から魔物が出て来るぞ」
当時はくだらない話だと思っていたけど、いまならよくわかる。だって、まるっきり彼らの言う通りなんだ。命令され、電撃を浴びせられ、ムチで叩かれ、敬語で頭を下げて……
ぼくはレオが子供を産めるようになる日が来るのを、こころから祈っている。けど、もしそうなったらレオはずっとこの調子なのだろうか……
………………と、とにかく走ろう。これ以上痛いのはごめんだ。
「さあデネボラ、行こう。ゆっくり走ればいいよ」
「ふえぇ……」
そんなこんなでぼくらは走りはじめた。しかしデネボラの体力はいちじるしく低く、館の周りを半周しただけでもうあごが上がってしまった。
それにしてもすごいなぁ……腹筋のときも思ったけど、その、なんだろう。走るのに合わせてたっぷんたっぷんと大きなものが上下に揺れて、はぁ、はぁ、と熱い息を吐いて……
う、いけない。見てたらぼくも息が荒くなってきちゃった。疲れてないっていうのに。
「あっ!」
ぼくと並走していたデネボラがつまづいて転びそうになった。
「危ない!」
ぼくは咄嗟に手を伸ばし、彼女の体を支えた。瞬間、とんでもなくやわこい感触がぼくを襲った。
——うわぁ……
なんてやわこいんだ……ぼくはいま、デネボラの右肩を胸板で受け止め、伸ばした右手で彼女の左脇腹を支えている。するとぼくの右肩から腕にかけて、たっぷんたっぷんのふわんふわんが押しつけられ、天にも昇る心地よさとマグマのような熱が芯から湧き上がってくる。
や、やばい! これ以上はいけない! 離れなくては!
そんなぼくの理性とは裏腹に、デネボラは荒い息とともに、
「あぁん、疲れたぁ」
と、ぼくの耳元であえぎ、全体重をかけてしがみついてきた。
お、重い! けどそれ以上に彼女のやわらかさが……吐息が……汗のにおいが!
まずい、これ以上密着されたらぼくの反応した部分が——
「あ……ゾスマちゃん」
デネボラはそう言って自分の力で立ち、ぼくにかけていた圧力を弱めた。
た、助かった。もしバレたら騎士として生きていけないところだった。あの感触が離れてしまったのはちょっと残念だけど……
「見張りに来たよ」
ぼくの背後からゾスマの声がした。
「レオ様が、パパとデネボラがサボらないか見張りなさい、だって」
「見張り?」
ぼくは半身を逸らして振り返り、十歩分ぼくのうしろでたたずむゾスマを見やった。蜘蛛の変げであり、どこか異質な雰囲気を持つ彼女は、相変わらずなにを考えているのかわからないへらへら顔で微笑んでいた。
「そこまで徹底して、いくらなんでもキツすぎない?」
「知らない。夏に海に行くからそれまでに痩せさせるって言ってたよ」
「海?」
「うん。水場は霊魂が集まるから、その収集に行くんだって。だらしない腹だと目立ちやすくなって”顔を覚えられない魔法”が効かなくなるかもしれないから、絶対にデネボラを痩せさせるんだって」
なるほど、そんな予定があったのか。たしかに”顔を覚えられない魔法”は目立つ格好だと効きにくくなる。魔法は矛盾に弱い。魔法が「見るな」と言っても姿が「見て」と言ってしまえばそれで終わりだ。
「それでわたしが来たよ。レオ様の目の届かないところはわたしがぜんぶ見張るよ。怠けちゃダメだよ」
「そ、そんなぁ。ふえぇ……」
デネボラはぼくの背に回したままの腕をぎゅっと締めつけ、力任せに抱きついてきた。待って! いまそれはまずい! まだぼくのあれが反応したまま……あっ!
「あっ……」
デネボラはそう声を漏らしたきり、無言になった。その原因はいまもぐぐっと押しつけられている。
その体がゆっくり退がり、ぼくから一歩離れた。赤らんだデネボラの顔が、石のように硬直したぼくを見つめ、
「ご……ごめんなさぁい」
と困った笑みを見せた。
あ、あ、あ、なんてことだ……騎士たるぼくがレオ以外の女に反応したうえ、それをぐりぐり押しつけてしまうなんて……
そんなバツの悪いぼくらを見て、ゾスマが言った。
「なんでデネボラは謝ってるの?」
彼女は疑問に思ったことはなんでも訊いてくる。それがたとえどんなに答えにくい質問でも、いちど興味を持ったら明確な回答が得られるまでなんどでも訊き返してくる。それはいまはぐらかしても、答えるまで毎日延々とだ。
「なんでふたりは顔が赤いの?」
「そ、それは……」
ぼくは答えられなかった。だって、目の前の女に欲情して、固くなった部分が当たってしまったからなんて言えないじゃないか。
しかしデネボラは案外平気なようで、
「わたしが悪いのよぉ」
「なにが悪いの?」
「ほらぁ、わたしおっぱい大きいでしょ? それなのにくっついたりしたからアーサー様いやらしい気持ちになっちゃったのよぉ」
うっ! そんなストレートに言わないでほしい! ……その通りだけど。
「なんでアーサー様がいやらしい気持ちになったってわかるの?」
「だってぇ、おちんちんおっきくなってるんだもの」
ううっ! 恥ずかしい!
「デネボラこっち見てたのになんでおっきくなったってわかるの?」
「それはだってぇ、あんなにガチガチになってるのが当たってたら、ねぇ」
「ふーん……」
ゾスマはやっと質問をやめ、言った。
「勉強になった。ありがと」
どうやらご納得らしい。まったく、悪気がないとはいえたまんないよ。ぼくの恥をすべて解説されてしまった。よくデネボラは口に出せるなぁ。というかレオの使い魔って、みんなこういうことが平気なんだよなぁ。ダメなのはレグルスくらいだ。よその使い魔はどうなのか、いっぺん訊いてみたいよ。
ぼくがそんなことを思っていると、デネボラがゾスマの体をじーっと見つめ、言った。
「いいなぁ、ゾスマちゃんは」
「なにが?」
「だってぇ、細いじゃない」
たしかにゾスマは驚くほど細い。だらしないデネボラと並ぶと余計に細く見える。
「わたしもゾスマちゃんみたいに細かったらなぁ」
デネボラはそう言ってため息を吐いた。女はみんな細い体に憧れるという。男としては少しくらい肉があった方が興奮……じゃなくて、魅力的なんだけど、とにかく細い方がいいらしい。
しかしゾスマは違った。
「細いからなに?」
「だってぇ、細い方がいいじゃない」
「たまたま細い体なだけでしょ。どーーでもいい」
「そんなの細いから言えるのよぉ。うらやましいわぁ」
「違うよ」
ゾスマは言った。
「わたしは選んで細い体になったんじゃないよ。たまたま細い体なんだよ。だから別にうらやましくないよ」
……言ってることがよくわからない。どういう意味なんだろう。
「だからデネボラは細くなくていいよ」
そう言ってゾスマは親指を立てたグーを突き出した。相変わらずのにへら顔だが、どうやらデネボラをフォローしてるらしい。
デネボラはやや困ったような顔で黙っていたが、
「……そっかぁ」
クスリと笑い、
「じゃあわたし、太っててもいいかな?」
「うん、いいよ」
「やったあ! あははは!」
ぼくにはゾスマの言うことがわからなかったけど、デネボラには通じたらしい。その証拠にデネボラは気が晴れたような笑顔をしていた。
しかし、
「あ、でもダメ」
ゾスマはどこからともなくムチを取り出し、びゅんびゅん振り回した。
「レオ様の命令。痩せろ」
——ピシィン! パシィン!
「わあ!」
「きゃあ!」
そうだった! そういえばこの子ダイエットの見張りに来たんだった! ていうか痛い! これふつうのムチじゃないか! やめて! 走るからちょっと、ちょっと!
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